第六羽໒꒱ 散るは、桜か紅葉か
✼攻〖陽ノ雉〗•┈☖1四雉┈•【陰ノ雁】防✼
「紅葉に雁、桜に燕。ねぇ、どっちの『 粆燕ちゃん』が可愛い? 番と雛を愛でれる燕かな……」
柳葉刀の刀尖から逃れ、夜空に前宙舞。月下に反転する、雁翼の少女。赤いリボン揺れる、栗梅色の尼削ぎ髪。その裏重ねは紅葉色。左胸鎧輝く山吹色の長着に、若草色の袴を纏う。
「成ったのか、お前!」
雉明が叫べば、『燕の青玉色』を失った 粆燕は泣き咲いした。ブーツの細ヒール揃え、水鏡の地に着水した彼女の背後に、雉明の柳葉刀が振るわれる! 粆燕は翠玉の棗眼で涙散らす振り向きざまに、側面を掴んだ銀色の刺突両手剣で一閃を受けた!
「私は『強さ』の代償を知らなかった! 雁も燕も『幸せを運ぶ鳥』なのに、帰郷は正反対だったの。戦禍が灰になるはずの今戦、独りで雁に成った私は、燕と一緒に南の地には帰れない。見知らぬ北の地はきっと、酷く寒い。……妬けるよ! 独りなのに、何故雉明は強く在れるの!? 」
粆燕が踏み出せば、柳葉刀を右に受け流すままに振り下ろす刺突両手剣の切先が、雉明の眼前へ迫る!
「初めから俺達は独りだろ! 粆燕は他人に情を期待し過ぎだ! 自分が選んだヤツだけ、愛せばいい! 」
左髪を掠める切先を、寸前で躱した雉明は荒い息を吐く。背中・鎖骨上を通り、瞬速で廻す柳葉刀の朱い火花が散る一閃!
「雉花を殺めた雉明のせいだよ! 私を愛してくれた親友が居ないから、誰かを『愛する』のが怖くなった……。今、戦う私が縋れるのは雉明しかいないの!」
燃える刃風を、刺突両手剣で弾き返す! 粆燕は不器用に甘えるかのように嘲笑した。
「恨めば? 私が『行かないで』と縋ったせいで、雉花は雉明を選べなかった! 愛知れぬ北の孤独に墜ちる前に、雉花を殺した私を戦禍に散らしてよ!」
尖晶石の火輪眼で、雉明は鬼神の如く睨み返す!
「ざけんなっ……! 雉花は仲間を……粆燕を生かす為に、俺の手を振り払ったんだ! 儚く散れるだなんて、自惚れるな! 『裏切れ』よ! 群れる弱い燕に戻りたければ、俺が負かしてやる! 『孤高の誇りで皆に愛され、雪華に咲える雁』か選べ! 」
眼前の苛烈へ、斜めに構えた刺突両手剣を突き出す 粆燕は呆然と息を呑む。避けた朱い閃光を映す、翠玉の棗眼が揺らいだ。
「何それ……そんな 粆燕を夢見ちゃったら、皆に愛される雁で在りたいって願っちゃうじゃん。雉花が可愛くて大好きって言ってくれた、『赤リボンの 粆燕ちゃん』を殺せなくなる」
動かぬ刺突両手剣を軸に、朱い火花散らす柳葉刀の刃と翠の刀彩が廻り振るわれれば、風車の如し! 水鏡に足を滑らせた 粆燕に迫る!
「……雉明と私、同じ禽だったら良かったのかな。疚しくても、二人で雉花を偲んであげられた」
「 粆燕は俺と傷を舐め合う程、安い女に堕ちれるのか? 」
水鏡に横たわる少女を、少年は見下ろす。雉明の柳葉刀に、左胸鎧が守る 粆燕の心臓は貫かれなかった。目の端が少し赤い、 粆燕の瑞々しい笑顔は弾ける。
「そんなのまっぴら! 私は『裏切って』でも、皆に愛される強い自分に成りたい! 綺麗な雉花みたいに、私は雉明と『死んで』、地獄で番になれないの。あんたの右手首に納まれるほど、小さな女じゃないからね」
とある二羽を繋ぐのは、少年の右手首に結ばれた朱い組紐だけだ。
✼勝〖陽ノ雉〗•┈☖1四雉┈•【陰ノ雁】負✼
┈敗北者:【陰ノ雁】二者択一後、『裏切り』┈
――ぴょこんと、愛らしい赤いリボンは変わらない。身を浸す水鏡から 粆燕が立ち上がれば、翠玉の棗眼は青玉に染まる。尼削ぎ髪の裏重ねは、紅葉色から天色へ戻る。若草色の袴は、紺の詰襟軍服に化した。銀色刺突両手剣は、金色細剣へ。雁翼は、燕翼へ。 粆燕は、ウィンク&ピース☆する!
《【陰ノ雁】⇒〖陽ノ雌燕〗へ成り下がり》
「親友 兼 ファン第一号が地獄堕ちしちゃう程の、愛され系アイドルの爆誕です☆ 即行で成り上がるから、燕な 粆燕ちゃんを崇めなさい、ファン第二号! 雉花の口癖は、『愛らし 粆燕ちゃんが生き甲斐、むぎゅーっ! 』だったんだから♡ 」
雉花の抱擁を再現するように、 粆燕は雉明の二の腕に抱きつき、ファンサービスする! 小さな柔さが当たっているのは、常磐緑色の総髪逆立て、真っ赤になるファン第二号の錯覚か……。
「誰がファン第二号だっ! 雉花の脳内から去ねや! 」
「強烈シスコン男の嫉妬は醜いね☆ ファン第二号の雉明っちには、春夏秋冬☆天地巡遊系アイドルのLIVEチケットを速達で贈ったげる♡ 『桜の燕』を散らす、月下の雁金ならば、文の便りも又の縁っ! 推しの成り上がりの為に、【陰ノ城】までサポートしなさい! 」
「ワガママな、推し売りアイドルを推す気は無い!」
ご冗談を♡と 粆燕は、牙を剥く雉明を掴むがままに【陰ノ城】への滑翔を開始する!
✼••┈☗2二雄鶴┈••✼
月光冠が晒す【陰ノ天守閣】の回廊に、立つ男あり。嫌な咳に、喀血。その右掌は絖る血を握り、隠蔽した。
「あ……? 蚊が飛んで来たかァ? 」
悪人顔で夜空を見上げた鶴麻は、柘榴石の狼眼に【陰ノ天守閣】へ乱入寸前の〖陽ノ雌燕〗を映す!
「きゃぁああっ、どいて、どいてぇ――っ! 」
✼••┈☖1三雌燕┈••✼
(✼••┈☗4五燕┈••✼)
✼••┈☖1二雌雁┈••✼
《〖陽ノ雌燕〗⇒〖陽ノ雌雁〗へ成り上がり》
「即行☆ 美少女超変身!」
可憐に、ニコリ♡【陰ノ天守閣】の高欄に止まり、翠玉の色彩を取り戻していく 粆燕の首根っこは後ろの二人に掴まれ、城外に引き摺られる! 瞠目する彼女の眼前を、舌打ちした鶴麻の短剣の軌跡が過ぎゆく!
「馬鹿 粆燕! 頭とリボンが無くなりますよ! 」
「アイドルなら、肌斬られんなっ!」
「ありがと粮燕、雉明! 鶉壱ちゃん! 流石、私の親衛隊ね☆ ……あの謎優男は誰? 」
短剣の軌跡は、きょとんとする 粆燕に背を向ける一人の男によって防がれた。 粆燕達を金の鷹眼で一瞥したのは、嗤う鶴麻と刃交える誉鷹だった。
「ここは危険です。お行きなさい!」
✼••┈☗6一左鶉┈••✼
✼••┈☖2五雉┈••✼
✼••┈☗5二鷹┈••✼
✼••┈☖1四雌雁┈••✼
頷いた雉明達が飛び去るのを見送り、刃を弾き返した誉鷹の視界。【陰ノ左鶉】の少女に手を引かれ、襖の奥へと去る一人の禽が映る。柳茶色の髪筋と金の虎翼を靡かせ、罪悪感を滲ませた漆黒の虎眼は睫毛に伏せられた。
「ごめん……誉鷹」
✼••┈☗5一王禽┈••✼
「待って下さい、鵼!鵬飛は、君に会う為に……っ」
「鵼様は、追わせません」
赤白橡色の長髪が、緩やかに靡く。十二単の裾を捌き、襖を閉ざした鷹子は、自身の許婚である誉鷹に大薙刀を向ける。冷静な顏に反し、柄を固く握りすぎて白皙の指先が赤らんでいるのを誉鷹は知っている。
「ようやくお出ましですかっ、誉鷹!」
天井裏から降り立ったのは、緋の鳥打ち帽被る白銀の長髪の女! 復讐に燃える羅鶴が誉鷹へ放った苦無は、醒めた鶴麻によって弾かれる!
「何のつもりですか、鶴麻っ! 娘を殺めた誉鷹を狩らせて下さい! 二つの鶴族の子守役の一人だった貴方が、何故羅鶴を阻むのですか!」
「残念だが、羅鶴。お前の復讐相手は間違っている。そうだろ、お人好しの鷹共がァッ! 鶴麻が病で逝っちまう前に、いつもみたいに来いよ。誉鷹アァッッ!」
覇気纏う鶴麻は、剣劇を待ち望む悪餓鬼のように嗤った。蒼白になる誉鷹を生意気に手招く、天上へ晒された右手の内は乾いた血に塗れていた。
✼攻〖陽ノ鷹〗•┈☖2二鷹┈•【陰ノ雄鶴】防✼
鶴麻の柘榴石の狼眼へ吸い込まれるように、誉鷹の太刀は振われた。応えた刃の重みを味わう鐵の短剣は、髑髏が歯軋りで祝うが如く、悦びの金属音を震わせ、鳴る。
「誉鷹は鶴麻を殺したくない。だけど……俺と戦う事が鶴麻の願いならば、叶えるよ。道場通いの、幼馴染のよしみだ」
「クソお人好しがァッ! だから誉鷹は生きてんのに、自分が死んでんだッ! 喉が焼き切れても、崖っ縁で血潮に叫べないなら、そんなん死んでんのと同じだろうがァッ! 下手クソな化けの皮を生きたまま剥いでやるッ! 」
咆哮した鶴麻は、誉鷹の腹を容赦なく蹴っ飛ばし、柱に激突させる! 血混じりの唾を吐く誉鷹の隣で、悲鳴を上げた鷹子に嗤い、彼らを切先で示す!
「『開戦の口上』を王に述べる、『占卜の鷹一族』! 鷹共は、本能で選ばれる俺達とは違ェ。鷹一族の中で選ばれる、『最初の禽駒』だ! 牛車の旅路で、自覚の無い奴らへ『禽駒』に成った運命を告げるお役目もあったよなァ! あの日もそうだった! 」
顔を上げ、誉鷹は鶴麻を睨んだ。鷹眼に金の鋭光宿らせ、誉れ高い一閃と成る! 太刀を短剣で受け止めた鶴麻は、静かに笑みを返す。
「次期長の弓鶴とは違い、死に損ない故に押し付けられた子守りなんて、クソ喰らえだったが……鷹共が運命を告げに訪れる前に、草原に立つ鶴麻は黄昏の空に自覚した! 手を繋ぐ愛鶴諸共、『禽駒』に成ったことを。運命に気づかぬ『幼い禽駒』が無慈悲な戦禍に喰われる地獄をな」
「だから愛鶴が殺される前に、殺したのですか! 訪れた鷹子達の目の前で!」
羅鶴は呆然と、刃閃音打ち鳴らす男達に言葉を失った。彼女の憎悪を、激情に咆哮する鷹子が奪ってしまったかのように。
「そうだ。楽に殺してやるのが、愛鶴の掌の体温に返せる鶴麻のなけなしの慈悲だった。狂ってると札を貼りたきゃ、好きにすりゃあいい。だが俺からすれば、鷹共は勝手な共犯者だッ! 激情で俺を殺しかけた鷹子だけじゃない。血濡れた罪を被り、俺を『裏切り者』として【陰ノ地下牢】で生かし続けたんだからな。……なぁ、誉鷹ァッ! 」
互いの眼光は、刃拮抗する銀の火花を境に研がれていく!
「鶴麻が告げた通りだ、羅鶴。本能に逆らい、禽駒がルール違反をすれば、鷹一族に殺される。本能に縛られない鷹駒のルール違反など、更にご法度。 開戦前に鷹一族に知れれば、首ごと鷹駒を挿げ替えられる可能性があった。だから占卜を鷹子と呪い、干渉もした。鷹子にも鶴麻にも、誉鷹は死んで欲しくなかったんだ。……羅鶴、君にも」
「……何故ですか。誉鷹は羅鶴が禽駒に成るまで、会った事すら無かったはず!」
刃風吹き荒ぶ中、柔い短髪揺らぐ誉鷹は和らげた口元に弧を描く。なんてことは無い、生来の微笑を羅鶴に向ける。
「他人を生かすのに、理由なんて無い。羅鶴が誉鷹に復讐し続ければ、俺以外誰も傷つかなくて済んだ。それだけだ」
「同情で、自分に災難を呼び込む誉鷹に教えてやる。それは救いじゃない! 鶴麻が言えた義理じゃないがなァッ! 他人事に首を突っ込んだ結果、誉鷹の手で他人の首を絞めてんだよッ! 自分の苦痛を盗られたらッ! 死んでんのか、生きてんのか分かんねぇじゃねぇかァッ! 」
誉鷹は、愕然と鷹眼を見開いた! 鶴麻の短剣の深き凸凹の牙は、太刀に喰らいつく!
「誉鷹アァァッッ! ! 墓場に憎悪を持っていくのは鶴麻だアァァッ!!自分の為にッ、死ぬ気で生きてみろよッ! ! 」
開眼した鶴麻は喉を焼き切らせ、魂の咆哮を迸る! 剛腕に任せて太刀をへし折れば、戦慄の破片が降り注ぐ! 頬も腕も、肌が切り裂かれ、逃れられない斬疵が血と鋭痛を連れる!
凶器の星屑を突き抜ける短剣の切先が、真っ直ぐに己の心臓へと迫る刹那! 金の鷹眼を開眼した誉鷹は、腹の底を震わせ咆哮した!
――両手に顕現されゆくは……螺鈿鞘抜かれた、両翼刃紋の双太刀!
誉鷹は己の生命を侵す敵の心臓を、螺鈿の幻羽散らす、二連の斬撃で切り裂く! 血飛沫咲かした鶴麻は、満足気に悪餓鬼の笑みを解いた。
立ち尽くす自分に我に返れば、底知れぬ罪深さに身体は冷えていくのに……荒い呼吸を繰り返す己の、異常な鼓動だけが五月蝿い。仲間外れにされた餓鬼のように横隔膜をしゃくりあげ、泣いているのは自分独りだった。
「やっと分かりました、鶴麻。自分の為に生きるって、死にたいくらいに寂しくて、苦しいんですね……。だけど、自分の足で立つ重い実感が誉鷹を生かしてくれている」
暖かい血を流し……崩れ落ちる鶴麻を横たえた誉鷹は、友の瞼を閉じさせた。
✼勝〖陽ノ鷹〗•┈☖2二鷹┈•【陰ノ雄鶴】負✼
•┈敗北者:【陰ノ雄鶴】二者択一後、『死』┈•
✼••┈☖2二鵰┈••✼
《〖陽ノ鷹〗⇒〖陽ノ鵰〗へ成り上がり》
茫洋と立ち尽くす羅鶴の、復讐敵はもう居ない。長身痩躯の彼女が表情を無くせば、造り物のように酷く美しい。靡かない白銀の長髪と、鶴翼は幽光すら纏った。
「鶴麻の告げた通りですね。憎悪に燃えていた時の方が、羅鶴は生きていました。がらんどうの私は、もう鶴麻を憎む事すら出来ません。愛鶴を、静かに弔う事しか出来ないのです。私の憎悪は、鷹達に喰いつくされてしまったのだから」
鷹子は、羅鶴に手を伸ばそうとしたが……薄金の睫毛を伏せられたのみ。白皙の指先は届くこと無く下ろされた。
「羅鶴と愛鶴に……成れない未来を重ねてしまったのが鷹子の罪です。私が貴方のように鶴麻を憎悪してしまった」
「同情も、謝罪も要りません。鷹達は、ただの他人だった。再び他人に戻るだけです。……そうでしょう? 私の想いは、私だけの物です」
「なら……羅鶴が他人を必要とする時が来たら、君のがらんどうに応えさせて欲しい」
静かに睫毛を瞬いた羅鶴は、真っ直ぐに見つめる誉鷹を一瞥すると白月が導く夜空へと飛び去った。
✼••┈☗4一鶴┈••✼
✼••┈☖3二鵰┈••✼
✼••┈☗4二鷹┈••✼
静寂に残された鷹達は、自らの武器を手に向かい合う。大薙刀を構える鷹子の背。襖の向こうには、【陰ノ王禽】が居る。
「鷹子の許婚になった時も、同情でしたね。私は卵を産めない身体なのに……共に鷹駒にまで成ってくれた。誉鷹は、同情で私を殺すのですか? 」
気高い顏は、内傷に耐えるよう。涙の跡残る鷹子は伽羅色の瞳を、戦いの金に閃く事が出来ない。そんな彼女に、柔い笑みを辛い陶酔に解いた誉鷹は、双太刀を手放す。
「生まれた瞬間に、鷹駒になる運命を背負わされた君は忠義に生きるしかなかった。自らの王である、鵬美様の影に成ってでも。君のように鵬飛への忠義を貫いて、分かったよ。俺が鷹子を殺せないのは、同情なんかじゃない。知らないだろ? 鷹子は怒ると怖いけど……笑うと優しく見えて、可愛いんだ」
「下手クソな告白と……受け取って宜しいんでしょうか?」
潔癖な鷹は、穢れた鶴の言葉で口にしました。
頷いた誉鷹の腕に抱かれ、
再び、涙が頬に伝う私の『素直』は……
鶴麻から学んだのです。
まだ見ぬ雛達への語り部は、『鷹子』。
刀を捨てた、鷹の番が伝承していく……
いつか『昔』になる、禽駒達のお話です。