第五羽໒꒱ 裏切り者には生を
竹格子枠に、植物有機曲線の硝子窓。採光は、落雷の金以外意味が無い。泥のように眠って、眠って、起きても『夜雨』は続くから。湯気曇る窓に、指先で『二』を引けば雫が歪む尾を引いた。
あれから二手は進んだ。後継の僕が【陰ノ王禽】と成った今、 鵬美が空に消えた真実は【陰ノ駒】達に明かされた。だが未熟な僕は、鏡鶉の気がかり通り『影の王』である鷹子の傀儡から抜け出せないまま。このままでは駄目だ。『空を滅し、 鵬美を取り戻す』という鷹子との目的は一致するが、彼女が告げた最小限の犠牲者とは〖陽〗の王である鵬飛だから。
僕の願いを叶えるには、最後は鵬飛に空を殺させないといけない。その為には鷹子では無く、僕自身に忠誠を誓ってくれる駒が必要だ。
「湯冷めするけど、鵼。そろそろ湯船から上がれば? 」
振り返れば、ふかふかのタオルを持ったまま待機している『世話役』の……鏡鶉……とまたドキリと見間違えてしまったが、双子の妹である彼女は【陰ノ左鶉】である。ぴょこんと触覚モドキの冠羽も、黄茶色のふわふわボブも、両耳の桃の花も同じだが……黄水晶のツリ目と、左腕と合着した巨大な左翼だけが違う。黄色矢絣着物に、白練色のロングエプロンも。
「ねぇ、留鶉。鷹子の嫌いなモノって知ってる? 」
『影の王』の弱点でも探ってみるか……と潤んだ上目遣いを送れば、何故か留鶉は目が泳ぐ。うん、面白い。
「何よ急に……。『裏切り者』と『男』じゃないの? なんであんな潔癖で、誉鷹っていう人の許嫁になったのか知らないけど。敬愛する 鵬美様に仲人でもされたのかしらね」
「それだよ、留鶉! 〖陽ノ駒〗の裏切り者が、【陰ノ城】に居るはずだ! 」
ザッバーン!! と水飛沫を上げて立ち上がれば、一瞬固まった留鶉は悲鳴を上げてタオルを落とす!
「キャァアアッ!! う、後ろを向きなさいよ、いつも通りに!! 」
「中性の身体には恥じるようなモノは、なにも……」
「そういう問題じゃないの! だって……」
天使みたいなんだもの……と赤らめた可憐な顏を左翼から覗かせ、結局僕を一瞥するツンデレ少女に小首を傾げた。彼女と同じく翼はあるが、僕も禽である。
「ここここ今度、前を向いたら許さないんだから! 」
「ごめんって。それで……地下牢って何処? 」
湯船から上がった僕におっかなびっくり着物を着せるのを終えれば、ぷんすかと怒れる留鶉は油燈を手に、素直な案内役になる。彼女は、畳下の隠し階段へと誘う。
「忘れないで。留鶉が鵼に従うのは、私の片翼の鏡鶉を殺した〖陽ノ鵬〗に復讐する為。王手を打つのは、この私よ」
鋭い黄水晶の瞳に射抜かれ、僕は頷く。留鶉の願いを叶える事は出来ないが、手駒としてギリギリまで期待させなくては。もう僕は、大切な人達の生命を失う訳にはいかない。その点、裏切り者は捨て駒にだって出来る。同情は命取りだ。
「鷹子が毛嫌いする俺の前にお出ましとは……新しいオウサマとは気が合いそうだなァ」
暗く穢れた檻と、端が破れた粗末な朱殷色の着物は『影の王』が彼を呪う証か。白銀だったはずの荒々しい短髪も翼もくすみ、白鼠色。翼先の黒と、両頬の三本緋の刺青……そして、飢えた獣のように爛々と底光りする、柘榴石の狼眼だけが異常に鮮やかだ。
「【陰ノ雄鶴】、鶴麻だ。弟の弓鶴から聞いてんだろォ? 『袖黒鶴の一族』が伝承してきた『鵺』を。俺は歓迎するぜ、空を爽快に喰らう鵼を! 生命削り合う、最高の惨劇を魅せてやる! 」
ヒュゥ……ゼェゼェ……と荒い息をつき、両手を広げ天を仰ぐこの男。肺では無く、頭の病気なんじゃないかという言葉を、僕は作り笑いで呑み込んだ。
「それは嬉しいナ。羅鶴も同じ一族なの? 」
「無知でカワイイあの女は、『丹頂鶴の一族』だ! 早くはやくハヤク誉鷹を狩らせろッ! 俺はッ! 羅鶴に、鷹子に、誉鷹に、真っ黯な贈物を送りたいんだァッ! 悦ぶ顔は絶頂必至ィ! 」
「お話にならないわね。……鵼、鶴麻を本当に放つつもり? 」
胡乱に振り返る留鶉に思わず溜息を返すが、頷いた僕の答えは決まっている。鉄格子の隙間から、鶴麻の胸倉を掴む! 囁き声を、留鶉に聞かれる訳にはいかない。
「解放してやるのには条件がある。僕だけに従え。そして、無駄な殺生はするな。王手を打つのは許さない」
「顔と同じく、お綺麗なことで。鵬飛と誉鷹……どっちが大事なんだァ? 」
「……鵬飛に手を出したら、鶴麻を空ごと喰らってやる」
残酷な一瞬の逡巡。僕自身が恐れる漆黒の虎眼で無情に見つめてやれば、『虚空』を垣間見た鶴麻は狼眼を見開く。……恐怖は感じるんだな。
「冗談だ! 仰せのままに、オウサマ。ハナから誉鷹にしか興味ねぇ。噂をしたから……俺を殺しかけた、おっかねぇ女が来ちまったじゃねぇかァ」
怯えか悦びか判別不可能な笑いに震える鶴麻を離して振り返れば、赤白橡色の長髪を覇気で靡かせる鷹子。金の鷹眼で僕を一瞥し、鶴麻を睨め付ける。十二単の袖からしなやかに現す白魚の手には、刃渡り四尺の大薙刀。
「王禽たる御身を穢してはなりません、鵼様。鶴麻を絶ち、禊ぎ祓いを致しましょう」
「もう勝手は困るよ、鷹子。僕は鶴麻を必要としてるんだから」
睨み合う僕らを割くように、突如疾風が舞い降りる! 現れた少女は敬礼&ウィンク☆した。ん? 赤リボンの彼女は翠玉の瞳だったか?
「ヤッホー♡ みんな大好き粆燕ちゃんからの、偵察速報だよ☆ 〖陽ノ鷹〗と〖陽ノ鶴〗を筆頭に、二手に分かれて【陰ノ城】に責めてくるみたい、鵼くん! 」
鵬飛は、懐刀達で早々に決着をつけるつもりか! 鷹子が視線を離した隙に、僕は金に輝く虎翼を広げる! 雷で、狂禽封印されし檻を破壊した!
「上等だ。約束通りに僕を楽しませろ、鶴麻! 」
「最高に御意だァッ! オウサマァ! 」
✼••┈☗2三雄鶴┈••✼
雨夜晴れ、【陰ノ戦場】に月光冠が生誕する。解放の風鳴りに狂喜し墜ちる雄鶴は、墨流しの如き水鏡の大地に突っ込んだ! 月光透かす水飛沫が示すは、滞空飛行する二人の少年の輪郭。悦びに白月仰ぐ鶴麻の左手には、深き凸凹の牙並ぶ鐵の短剣。
「娑婆よ、ご機嫌麗しゅう! 爽快な苦痛を頭の碗に注いでくれェヤッ! 餓鬼共! 」
常磐緑色の総髪靡かせる雉明と、青玉の棗眼細めた粮燕は、眼下の鶴麻を嘲笑う。
「茶漬けを奢るのは雉明たちじゃない」
「んぁ? 誉鷹は重役出勤ってかァ? 」
「正解です。鶴麻の戦術には、〖陽ノ少年駒〗が三銃士の一人、地を駆ける馬鹿がピッタリ! 」
満面の笑み浮かべた粮燕が細剣で水平線を示せば、水鏡を海峡のように割く地鳴りが到来する!
攻〖陽ノ右鶉〗┈☖2三右鶉┈【陰ノ雄鶴】防
「俺は【陰ノ鶉】のように、器用じゃない!! 飛ぶのがヘッタクッソだ!! 故に!! 大地を駆けて突撃する!!」
ぴょこんとした冠羽をブンブン揺らし、柿茶色の茸髪の鶉少年は無表情で現る!! 刃生やす強靭な脚と硬質な右翼は、丸鋸の如き旋風脚で襲い来る!! 黄水晶の団栗眼が、超回転の軌跡を引く!!
「相変わらず工事現場監督並に、爆音声量だなァッ! 鶉壱!」
「ありがとう鶴麻っ!! それほどでも……ある!? 」
手応えの無さに瞠目した鶉壱は、死角からの殺気に凍りつく! 水鏡スレスレに映る、赫赫たる狼眼! 飢えた狂禽は、舌舐りした。低く両手をついた鶴麻は、地からエグるような飛び蹴りを喰らわす!
「空回りだ、馬鹿がァッ! 〖陽ノ城〗に帰れェッ! 」
鶉壱の顎に炸裂HIT! 綺麗に弧を描き夜空にぶっ飛ぶ! 受け身を取って着水したはずの鶉壱は、くるりと鶴麻に背を向けた! 水平線へと地鳴りつれて爆走を開始する!!
「助言ありがとう!! 今すぐ帰って猛修行だっ!! 」
だが水鏡割く爆走は、突然ピタリと静止する。白目を向いた鶉壱は、脳震盪でパタリとぶっ倒れた。スイッチは切れたのだ。
負〖陽ノ右鶉〗┈☖2七右鶉┈【陰ノ雄鶴】勝
•┈敗北者:〖陽ノ右鶉〗、『一手無効』┈•
「鶉壱鼻血出てなかったか、粮燕? 」
「戦術封じ失敗、やっぱ馬鹿でした」
「高みの見物料はその身で支払え、餓鬼共ッ! 」
嗤う鶴麻は異常な腕力で、昇天中の鶉壱を悪餓鬼二人にぶん投げる! 飛べない鶉は空を飛ぶ夢の中。
「ちょっとおぉっ、サッと逃げないで雉明! 起きてください、鶉壱! 」
反射的に仲間をキャッチ! ハズレくじを引いたのは、人柄の良い粮燕。肌粟立たせる背後の気配へと反射的に細剣を差し向ければ、獲物を捉えた柘榴石の狼眼が細まる!
「残念だったなァ、粮燕。剣を持たない鶉壱が役立たずで! 」
「……マジですか」
引き攣った笑いを返す粮燕の細剣は、鐵の短剣の凹凸の牙により、斜めに絡め取られていた。鶴麻は、わざとらしい事故に瞠目する。
「『あっ!』 鶴麻の剣に異物が! 塵芥は廃棄処分だよなァッ!? 」
嫌な音を軋ませる細剣に、飢えた鶴麻は悦んで喰らいついた! 青ざめた粮燕の悲鳴虚しく……破断音が高らかに響く! 見事にへし折られた剣先は、嘲笑う狂禽に銜えられた。
鶴麻 が口から離せば、剣先は眼下に墜ちる。彼らを映す水鏡を、波紋で乱して突き刺さった!
✼攻【陰ノ雄燕】•┈☗4五燕┈•〖陽ノ鷹〗防✼
「〖陽ノ鵬〗の懐刀を殺れば、成り上がりも容易だな! 」
「誉鷹を通してください……と言っても、無駄なのでしょうね。気が進みませんが、鵬飛の命通りに【陰ノ城】まで突撃します!」
優男の鷹翼と太刀は翻る。刹那。月光冠纏う白月すら、鮮やかな三連の斬撃で輪郭を分断される。裏切り者の燕少年は峰打ちに舞い上げられ、瞼を閉じた。
鷹が飛び立てば、水面に波紋は残らない。誉鷹の赤白橡色の柔い短髪は、刃風にそよぐ。
願い星のように金に閃いた鷹眼は、長い睫毛に憂いを透かす伽羅色の穏やかな瞳へと戻る。納刀すら、静謐に。
「裏切り続けなさい。それが君の生きる道です」
✼負【陰ノ雄燕】•┈☗4四燕┈•〖陽ノ鷹〗勝✼
•┈敗北者:【陰ノ雄燕】、『一手無効』┈•
✼••┈☖3四鷹┈••✼
月光冠を見上げた誉鷹は旧友に気づくと、ふわりと微笑した。
「良かった。生きていたのか、鶴麻。鷹子は、お前を羅鶴と会わせる事を嫌うだろうに……地下牢から出ることをよく許されたな」
待ち人と相対したはずの鶴麻は赫赫たる眼光細め、悦びの笑みを硬質に解く。
「オウサマの慈悲と誉鷹のお陰だ。今すぐ『死の苦痛』を翫味させて殺りてェ……と言いたいところだが」
ひっそりと仲間を抱え〖陽ノ地〗へ向かうはずだった、夜空羽ばたく燕少年は、狂禽の急襲に悲鳴を上げる!
「鶴麻!? 何で粮燕に掴まるんですか!? 定員オーバーですよっ! 」
「ヒュゥ……ゼェ……最悪ッ、肺の薬切れだッ。【陰ノ城】の手前まで、滑翔で送りやがれッ! 鶉壱は捨てろッ! 」
ハイジャック犯よろしく鶴麻は短剣の切先で、顏引き攣らせた粮燕を脅す。鶴麻に蹴り落とされた眠る鶉壱は、瞠目する誉鷹にキャッチされた。
「待ってください、鶴麻! 誉鷹も【陰ノ城】に行かねばならないんだ! 」
✼••┈☗2二雄鶴┈••✼
✼••┈☖2三鷹┈••✼
✼••┈☗1一雄鶴┈••✼
「まぁ、ここは誉鷹に加勢して、鶴麻を追い詰めるのが得策だろうな」
✼••┈☖1二雉┈••✼
【陰ノ城】へと飛翔する彼らを追おうとした雉明は、尖晶石の火輪眼を背後の気配に見開く! 常磐緑色の総髪を翻し、朱い火花散らす柳葉刀を差し向けた! 刀構える右手に結ばれるは、亡き想い人である姉……雉花の朱い組紐。
✼••┈☗1四雁┈••✼
「この間ぶり、雉明っち。元気してた? 」
燃える柳葉刀の刃の先。後ろ手を組み、唇震わせ咲う少女は翠玉の棗眼を潤ませた。