第四羽໒꒱ 雷鳴に出でよ
光艶の巨大な右翼は、天つ風をも切り裂き加速する! 黑明ける、金碧珠色の黎明を突き抜けていく鏡鶉と手を繋いでいなければ、暴風で翼広げるのすら覚束無い僕はとうに振り落とされていただろう!
「鏡鶉達『鶉』の駒は成長すると、渡りをする群れから弾かれてしまうの。巨大な翼では、茂みに隠れるのも困難。隠れる度に仕舞えない翼を擦らせて痛め、やがて飛べなくなる。だけど禽駒として憚らなくていい私なら、『硬質化させた右翼』で奇っ怪でも轟速の飛翔が出来る! どいてっ、〖燕】ちゃん!」
僕達は左飛翔に円弧を大きく描き、〖燕前線】の間隙を突っ切る! 瞠目した一部の〖燕】達と脆い屋根が衝撃波に吹っ飛ばされた!
「あと三秒後に着くけど、尾羽が短いから微細な方向転換は無理! ちょっと雑な着地だよ! 」
〖陽ノ天守閣〗にて僕達を呆然と見上げる鵬飛! を、認識した瞬間その隣を掠めて突っ込んだ! 襖も墜ちた鯱の飾り瓦も破壊した僕達は爆撃機か……。
「今のは、鵼か!? 」
「ただいま……鵬飛……。再会の感傷より、ちょっと身体が痛いよ……」
瓦礫の中から僕の手を引いた掌に、焦がれた体温を確信した。見上げれば、彩雲の睡鳳眼に、少しボロボロな僕が映る。美麗な顏で苦笑した鵬飛は、僕の乱れた柳茶色の髪を耳にかけてくれて……そのまま力強い腕で優しく抱き寄せた!? 〖陽ノ城〗の白檀の香は、鵬飛の濃藍の髪の香りとも同じ……。鵬飛の思わぬ吐息と強まる体温に僕の鼓動が踊り狂ってるけど、『中性』の僕はどんな反応をしたらいい!?
「ななななんか、変だから離してくれる!? 」
「雛禽の鵼は私の事が『好き』なんだろう? 散々心配を掛けておいて、羽毛で安心を確かめさせてくれないのか」
「ソ、ソダネ……。でも鵬美の事も話したいし、鏡鶉を助けなきゃ」
「あいたたぁ……また着地大失敗」
丁度瓦礫の中から、鏡鶉が這い出たところ。ぴょこんとした冠羽が乱れてて可哀想だ……と僕が駆け寄ろうとするのに、鵬飛は離してくれない。まだ安心したいのかと思ったけれど、鵬飛は冷徹に鏡鶉を見下ろした。
「【陰ノ右鶉】。〖陽ノ天守閣〗に来た意味は分かっているのか」
「勿論です、〖陽ノ鵬〗」
✼••┈☗7七右鶉┈••✼
立ち上がった鏡鶉が黄水晶の瞳を硬質に反射し、鵬飛に向かい合った瞬間。肝が冷えた!
「危ない、鏡鶉! 」
僕の声に鏡鶉が左蹴出歩すると、白羽の矢が畳に連続して突き刺さる!
「やめろ、弓鶴。【陰ノ右鶉】は、私に一手を打ったのだ」
「王手だからこそです、我が主。雪辱を【陰ノ右鶉】に果たさせて下さい」
柘榴石の狐目細め、冷えた美貌で淡々と語るのは、緋の和弓を構えた〖陽ノ鶴〗。両頬に三本緋の刺青が彫られた、白銀の長髪の男だった。鏡鶉との過去の戦いで、卵の僕を盗んだのが弓鶴か! 疑念の男が鵬飛の傍に居るだけで、不安が燻る。
「彼女の轟速に敗北した弓鶴では勝てない。王手には、必ず応えねばならない定めだ。邪魔立ては無用」
僕を抱く鵬飛の腕が緩んでいくのに、ハッとする。この腕を離してはいけない!
「待ってよ、鵬飛! 鏡鶉は、僕を〖陽ノ地〗まで連れて来てくれただけなんだ! 王手だなんて何かの間違いだろ!? 」
「間違いじゃないよ、鵼。鏡鶉は鵬飛様に王手をかけた。私は、鵼の選択肢そのものを破壊しに来たの。……ごめんね」
少し謝意混じりに眉を下げた、鏡鶉の澄んだ微笑を理解したくない。選択から目を背けていたのが、僕だったからこそ。
「何言ってるの……鏡鶉。二人が戦う必要なんて、これっぽっちも無いよ! 」
「鵼を頼んだ、誉鷹」
睫毛を伏せた鵬飛は、腕にしがみつく僕の手を力ずくで解く。虚しく突き飛ばされた僕は、後ろに居た誉鷹に受け止められた。
――翻る翼達! 天守閣から黎明の空へ飛び去る鵬飛と鏡鶉は、空気遠近で霞んでいく。僕が、決死に指先を伸ばしても!
「お願い……離してよ、誉鷹! 」
「再会の時くらい、安堵させて下さい。鵼が帰って来ないから、もう少しで 誉鷹が【陰ノ地】へ飛ばされる所だったんですよ。怖い女性ばかりなのに」
「羅鶴に、鷹子? 災難な色男だね」
捕らわれたまま、僕は小さく睨み返す。また悪い冗談を覚えましたね……と軽口を叩きながらも、誉鷹は伽羅色の鷹眼を金に閃めかせた。腰の太刀を何時でも抜刀出来る彼は、黎明の空へ飛翔しようとする僕を逃がす気は無いのだ!
✼攻〖陽ノ鵬〗•┈☖7七鵬┈•【陰ノ右鶉】防✼
金と朱の水平線から、螺旋の帆翔で舞い上がる、翼ある双星は瞬く。高き天上は昏く、未だ青褐色を忘れない。
美麗な顏を顰めた鵬飛が両手を天上へ掲げれば、昏さを突き抜ける光柱で、銀閃の両手剣は顕現した! 九尺の刃で空に拡散された鵬雲は、蒸着水晶の翼と重なったように錯覚する。刃の無い根元は握られた。
「一つだけ問おう。何故鏡鶉だけで、王手を打ちに来た? 戦略的では無い」
剣先を構えられても、鏡鶉は冷静だった。糸光の右翼を誇り、可憐な睫毛先にすら気魄を巡らす。
「これは鏡鶉個人の願い。鵬飛を廃すれば、今の戦禍は終わるからです」
「真っ当すぎるな。【陰ノ地】から鵼を帰す理由にはならない! 本音を言え! 」
鵬飛は両手剣の強靭な銀閃で、金風をも切り払う! 睨み返す鏡鶉は右翼を盾の如く硬質化させ、銀閃を受け止めた!
「【陰ノ地】に居たら、あの子は傀儡になってしまう! 鵬飛はどうなんですか! 『王の器』の証をもつ鵼が脅威になる事を知っていたはず。何故、見守り続けたの? 」
鏡鶉は、黄水晶の瞳に澄んだ光を反射した! 両手剣を跳ね除けた、硬質な右翼で屠る重厚な一撃! 俊敏な右飛翔で躱した鵬飛は、澄んだ光に彩雲の睡鳳眼を惑わせる。
「初めはただ、得体の知れぬ卵の鼓動が恐ろしかった。だが殻が弾け、衝動的に掴んだ鵼の手が……温かい、と思った。孵化した煌めきと純粋な笑顔は、焦がれるような生命の温かさを……鵬飛に教えてくれた」
「翼の内で感じた卵の鼓動が愛しかった。一生懸命で、可愛くって。 二度と会えないと思っていたのに……再会したあの子の温かさに、もっと一緒に居たいと思ってしまった。鵬飛も同じなのですね。あの子を愛しているなら、鏡鶉に貴方を廃させて下さい! 望まぬ決闘で、鵼か貴方が散る前に! 」
右翼を翻した鏡鶉は、左飛翔に大きな円弧を描き白鎌風を纏い始める。 轟速の脅威に、鵬飛は眼光を研ぎ澄まさせた。
「鵬飛は、まだ死ぬ訳にはいかない! 北の果ての海で生まれた幼き『鯤』の時から、鵬美と私は共に生きると誓ったのだから!空将棋盤上で繰り返される戦禍を、終わらせる抜け道に辿り着けば、鵼が『王禽』になる可能性など無くなる! 私と鵬美が王座に居る今戦で、共に戦禍を終わらせ、鵼が笑みのまま飛べる世に変えてみせる! 」
「不本意ですが、鵬飛の戦意を削ぐ為にお伝えします。戦禍の抜け道を追求した結果、鵬美様は『空』に消えたのです! 」
轟速で掠める、硬質な翼先! 耐えた金属音を白銀に散らす! 呆然と見開かれた鵬飛の瞳は、傍らを轟速で過ぎ行く少女の眼差しと交差した。
「……馬鹿な。この戦禍はいまだ止んでいない。私を欺く気か! 」
「嘘ではありません。『空』から鵼という卵を創造した鵬美様は、やがて『空』へと消えたのです。『王の器』がある鵼は、消えた鵬美様と鵬飛の為なら、どんなモノだって犠牲にしてしまうでしょう。危ういんです。怨まれても、私は鵼に生きていて欲しいと願ってしまったの」
鏡鶉は黄水晶の瞳を優しく細める。儚い微笑だった。
「真実を知った鵼の『最善の選択』を尊重したいと思う反面、本当は王なんて成らなくていいって思う。鵬飛と鵬美様より、私が守りたいのは鵼なの。だから私は鵼との『一緒』を空に賭けます!」
「駄目だ、来るな! 私の生命はやれない! 私はまだ鵬美との再会を諦められないのだから! 」
咆哮した鵬飛に向かい来る、轟速の白鎌風! 覚悟貫く鏡鶉と銀閃の両手剣が切り結んだ刹那――――。
――――墜ちたのは、 腥風絡む少女だった。強まる朱い水平線は、齎される供物に大口を開けるが如く。太陽は何故、彼女を喰らおうとするの?
「イヤ҉ダァ҈҉ぁ̸̴̸̶̶̴̸҈̸̶̷̵҈̶҉"̵҉҈̶̴҉̴̵̷̸҉̴̶̷̸!̸҈̷̴̸̴̸҈̶̷̴̷̵҈̶ア"!! 鏡鶉ッ!!」
打てや、心の天鼓を! 激情に泣き叫ぶ僕の脊髄を、本能を、オゾましい太陽を、金碧朱の天地を、黄金の雷が貫いた! 眼窩と喉が痛い。朱滲む黎明を唸る暗雲が覆い、純粋なる『黑』の帳が降りる。虎眼に染みる。
黄金の虎翼を広げた僕は、無意識に誉鷹を振り払う! 頭が割れそうだ。突き飛ばされた誉鷹は、異様な泣き声で雷轟に化した禽に放心する。疾風迅雷! 落雷から還り、大地に降りれば……墜ちた少女はまだ息をしていた。慈愛に満ちた微笑を僕に返す。
「孵化した貴方に出会う事が出来たなら、ずっと伝えようと思ってたの。……生まれてきてくれて、ありがとう。大好きだよ、鵼」
「まだ間に合う、『裏切って』よ! 鏡鶉! 」
微笑が解けゆく鏡鶉は、首を緩く振る。右翼と脇腹の深い切創から血溜まりが広がり……土を染める度に、黄水晶の瞳が曇っていく。僕の手の甲に降り始めた雨粒が、ポタリと降ちた。再会した時の鏡鶉の涙とは違い、綺麗じゃない雫。
「私に鵼は殺せないよ。死ぬのは怖いけど……大切な人の生命が手の内から零れていく方が怖い、かな……」
ああ……そうか。瞼を閉ざした鏡鶉は、僕が『大切な人』の為に、【陰ノ王禽】の座を選ぶ事が分かっていたんだ。だから、こんな無謀に打って出た。僕を死なせない為に。
✼勝〖陽ノ鵬〗•┈☖7七鵬┈•【陰ノ右鶉】負✼
•┈敗北者:【陰ノ右鶉】二者択一後、『死』┈•
決壊した僕が泣き叫ぶ度に黎明は歪み、空は黑い暗雲に呑まれていく。叩く雷雨は全てを濡らす。
「私が憎いか、鵼」
しゃがみ込んだ僕が見上げれば、舞い降りた鵬飛の蒼白い頬と濃藍の髪に雨が伝う。雷に虎翼は輝くのに、鵬飛を憎悪できない自分を改めて悟る。顏を強張らせた鵬飛は悲痛を押し殺していた。落雷が明るみにした、彩雲の睡鳳眼に怯えが映れば、僕の心臓は鋼糸で縛られたように痛んだ。やっぱり、『大好き』をやめられない。
「そうだね。戦禍の悲劇という理由で、赦してあげられない。鏡鶉の願いは叶えられないよ。 鵬美と空を手にいれるのは、【陰ノ王禽】に成る僕だ。次に鵬飛と会う時は、どちらかが死ぬ時だね」
嘘ばっかり。羽ばたきの気配に振り向けば、白銀の長髪を濡らし、幽霊のように佇む弓鶴が居た。
「兄を含めた弓鶴達、『袖黒鶴の一族』にはある怪鳥の言い伝えがございました。その名は『鵺』。青白磁の卵から孵化し、猿の顔、狸の胴体、虎の手足と翼を持ち、尾は蛇。虎鶫にも似た異様な鳴き声で黒煙を生じさせ、空を喰らう。卵を見つけ、この世に孵化した場合は鵬の元で『見定めるように』と」
「はは……何それ、禽ですら無い化け物じゃん。でも、泣き虫の僕にはぴったりかな。いい仮面だよ」
涙を隠したいと願えば……陰陽太極図のように捻れた猿と虎の面が、僕の手の内に顕現する。二つ巴の陰陽魚が歪に喰らいあっているのだ。【陰ノ地】へ飛び立つ為に金の雷を纏わせた虎翼を広げれば、弓鶴は柘榴石の狐目で僕を静かに睨め付ける。
「黒煙とは、暗雲。……泣き声が雷を呼ぶ獣ですか。貴方が空を喰らうというならば、弓鶴は貴方を滅します。空は陽で、生き物に恵みを与えてくれる。空が消えれば、私達は生きられない」
「期待してるよ。鵼は何も感じないけどね。『虚空』の化け物なんだから」
僕は【鵺】の面を嵌めた。鵬飛を生かし、鵬美を空から取り戻す為に。僕が選んだのは、初めての嘘だ。