始まり
辺境…。ラウド家。それが俺の仕えている貴族の名前だ。
俺の名前はベティス。特に何の特徴もない、ただの『護衛』だ。親も身寄りもない。そんな俺はラウド家に拾われ、仕えることになった。尤も、子供の時のことだから覚えていない。
俺が務めているのは、先ほども言ったように『護衛』。そもそも王国領でも端の方にあるラウド家領内の中でも端っこにある辺境で、荷物を運ぶ馬車を魔物から守る。そういう仕事だった。どうやらこの地域には良質な魔力の結晶が出る洞窟があり、結晶をラウド家は欲しているようだった。
朝起きて飯を食い、安全地帯となっている洞窟に近い小さな街・ナントから馬車を出発させ、昼頃に洞窟に到着。洞窟で結晶を受け取ると、またナントに帰っていく。その繰り返し。この仕事は確かに大事な仕事だ。単にこの地域は魔物が多く、それなりに手強いのも多いので誰か護衛は必要。しかし、護衛を務める人は俺しかおらず、14歳でこの仕事を任されてから10年、退屈で変わり映えしない日々を過ごしている。
「いってきます」
今日も俺は一人玄関で呟き、家から馬車の出発地まで歩く。そこで珍しく冒険者に出会った。冒険者は金の腕輪をしているのですぐにわかる。この腕輪が万国共通、冒険者の証だ。
「アンタ、この辺で働いている人かい?」
振り返ると、そこには金髪で肌の色は褐色、甲冑をつけた30ぐらいの女性と、黒髪でゴツい同じぐらいの年齢の男性がいた。俺はこう見えて…、どう見えているかわからないが、好奇心は旺盛だし人と話すのは好きだ。
「ああそうですよ。ラウド家に仕えていて、ここから東に行ったところまで馬車の護衛をしているんです。」
すると、二人は不思議そうに顔を見合わせる。
「ここから東って、あんちゃん危険地帯だけど…。本当に東?」
「ええ、東の方に洞窟がありまして。そこでは良質な魔力の結晶が採れるのでその輸送を護衛しているんですよ。」
「いやいや、ここから東の方にはAランク以上の魔物がうじゃうじゃ湧くダングース平原ってのがあるじゃない。」
「Aランク…?何のことか知らないですけど、確かにダングース平原はありますね。そこを抜けると、洞窟があるんですよ。」
彼らは冒険者だ。詳しくはよく知らないが、彼ら冒険者は王国やその他の国の軍が必要とする武器・防具の素材となる魔物を倒して素材を売却したり、治安維持、傭兵のようなこともやっている。魔物を倒す職業上、魔物のランク付けがあるんだろうか。
「なあ、私たちは見ての通り冒険者で、王国中央ギルドから調査のために派遣されている。ちょうど東の方の調査をするところだ。もしよかったらついていっても…?」
金髪の冒険者からそう尋ねられる。本当であれば上に確認を取りたいところだが、中央ギルドから派遣された冒険者の申し入れを拒む必要もなかろう。勝手にそう判断して、彼らを馬車に案内しようとした。
「アタシはエリス。このデカいのはマクロンだ。よろしくな。」
女性ーエリスはそう言って握手を求める。
「ご丁寧にどうも。僕はベティス。ラウド家に仕える護衛です。よろしく。」
=====
「アンタ、強いのか…?」
馬車に乗り込んですぐ、ふいにそう尋ねられた。実際のところ、自分が強いのかどうかはわからない。毎日に訓練しているし、10年間黙々と魔物を討伐し続けた。しかしながら、この仕事をしてからというもの、人間と戦ったことはないので、全く自分の実力はわからないというのが正直なところであった。
「わかりませんが、仕事に支障はない程度には鍛えていますよ。なので安心して馬車に乗っていていただいて大丈夫ですよ。」
「いや…、そうは言っても…。ここはマジの危険地帯だぞ。大丈夫なのか?」
俺が非力に見えているのか、田舎者だと舐めているのか。いずれにせよ、護衛としての俺は全然期待されていないようだ。冒険者だというのに二人とも少し怯えている様子も見られる。まあ、仕方ないか。初対面の相手を信用するのは難しい。
「あなた方こそ強いんですか?」
俺が聞き返すと、
「まあそうだね。私たちは二人ともランク6の冒険者。Aランクの魔物であれば、何とか相手できるよ。」
俺でも知っている知識であるが、冒険者にはランクが与えられている。10が最高位で、1が見習い、3以上で一人前と見なされる。6以上の冒険者たちはそれなりに突出した経歴や功績がないとなれないらしいので、彼らは強いのだろう。
「そんなに強いんだったら、怯える必要もないんじゃないですか?」
「いやいや、バカを言うな。このダングース平原はAランク以上の魔物が大量に出現するんだぞ。こんな場所に来る予定だったら10人以上で来ないと。」
「え?」
そう俺が反応した時、馬車のサーチャーが反応して警報音を鳴らした。ピーピーとけたたましい音で魔物の接近を知らせる。サーチャーとは、付近に魔物がいると警報音を鳴らす魔道具のことで、馬車を護衛するのに役立っている。
「あ、魔物、来ましたよ。」
馬車は急停車し、俺たちは外に出る。100mほど先には、赤い毛と黒い毛が混じった熊の魔物が近づいてきていた。
「あ、いつもの熊だ。後ろ下がっておいてください。」
「ぎゃあああああああ!!あれ、フレイムベアーじゃないの!」
「ちょ、勝てるわけないからあんちゃん逃げよう!」
俺が冷静に下がれと言っているのも聞かず、彼らは取り乱している。さっきまで冷静を装っていたランク6の冒険者様はどこへやら。完全に正気を失っている。
熊…、否フレイムベアーは四足歩行で突進してきて俺たちの下に接近。デカい腕を振り上げて俺たちを潰そうとした。こいつの体長は10mほど。熊としては異常にデカい。馬車に危険が及ぶのを避けるため、俺は【身体強化Ⅵ】【思考強化Ⅷ】を体に付与し、振り上げた熊の腕を蹴り上げる。
「「ええええ…!!!!」」
力いっぱい蹴り上げたので熊の体は吹っ飛び、空中で後ろに二回転して飛んでいく。そこから俺は追撃。思い切り地面を蹴りだして加速し、熊に追いついて腹に正拳突きを食らわせた。熊は血を吐き出して苦しみ、悶絶している様子だ。まだ戦意はありそうだが、動けない。その様子を見て冒険者二人は、
「あ、アンタ…。何者なんだい?実は高名な武人…?」
「あんちゃん、さっき身体強化Ⅵを発動していたよな。それが扱えるレベルって…。一体全体どうなっているんだ?」
何故か驚いていた。人間は魔物と普通にやり合ったら身体がもたない。そのため、魔法で自分の身体能力や耐性を底上げし、戦うのが基本だ。また、そういった戦闘についていくためには、魔法で自身の思考能力や動体視力などを底上げすることも必要。なので思考強化という魔法も併用する。
「そんなに珍しい事なんですか?」
「またまた…、とぼけないでくれよあんちゃん…。」
「いいか。私たちですら身体強化は最大でⅤまでしか扱えないし…。思考強化に至ってはアンタⅧまで扱ってたよな?うちのギルドでも滅多に見ない熟練度だ。」
人と交わっていないせいで、全くわかっていなかったがどうやら俺は相当成長していたらしい。尤も、身体強化Ⅵと思考強化Ⅶは14歳の時点で使えたが。そうこう話しているうちに、フレイムベアーは起き上がり、こっちへ向き直る。
「あ、冒険者さんたち、あいつの相手してみる?」
「いやいや、結構結構。あんちゃんが倒してくださいや!」
「うん、任せたよ!」
冒険者は素材集めをしているのも知っていたから聞いてみたが、どうやらやる気はない様子。ならばとどめを刺そうと手のひらに魔力をこめる。フレイムベアーも口に魔力をため、火炎弾を発射。それに対して俺は手のひらにこめて作った衝撃弾を投げつける。俺の使う魔法は特殊で、「炎」とか「水」のような分かりやすいものではない。衝撃を操るのだ。
衝撃弾は音速を超える速さで熊に向かって一直線。炎弾も打ち消して顔に命中する。
「ギャオオオオオオオ」
断末魔を上げて熊は見えなくなるところまで飛んでいき、俺は魔物退治に成功した。
「あのフレイムベアーをこんなにもたやすく…。」
「おかしいんじゃないか、アンタ。」
馬車に戻った冒険者二人は、俺に懐疑的な視線を向けた。毎日日課でやっていることをこんなにも変に思われるとは思わなかった。
「あのなあ、あの魔物はギルドでA+ランクがつけられるほど強い魔物なんだよ。私たちが5人でパーティーを組んで、やっと戦える相手だ。」
「へえ…。お詳しいんですね。魔物に。流石です。」
「そこじゃない!とにかく、こんなに強い武人がいるというのは聞いていないし、アンタは国家戦力になりえる人材だ。これが終わったら、王都に来てもらうからな。」
「なんですか?国家戦力って。」
俺は物心ついた時からずっとラウド家の管理する寮で生活していた。寮と言っても、俺以外入居者は誰もいない名ばかりの寮で、指南役ルーンと世話係のおばさんと三人だった。そこで教えられたこと以外はわからない。国家戦力という言葉も初めて聞いた。
「国家戦力を知らないのか…。この大陸には王国と帝国、公国、自治領があるのは知っているよな?」
「はい。王国と公国、帝国はそれぞれ対立している勢力ですよね。」
「そうだ。ここ100年は大戦争を起こしていないが、100年前に王国の一部が独立して公国を建設。今は各国が、戦争の際には戦局を左右しうる軍人、通称国家戦力を集めてお互いに均衡を保っているような状況だ。」
「僕がそれになりえると?」
「ああ。そういった国家戦力を集めて育てるためにも、本来であれば自領の戦力を余すところなく王国に報告するように王国内の貴族には義務を課している。なのにどうしてアンタは報告にないんだ。」
「ぼ、僕は10年もここで働いているわけで、実力を当主様が知らないのかも。」
「そうなのか。とにかく、一旦王都に連れていくのは確定だ。」
=====
その後も馬車に揺られること3時間。途中で凶暴な魔物に襲われながらも俺が尽く撃退し、洞窟までやってきた。
「なんだこの鉱物は…。本当に魔力の結晶か…?」
洞窟につき、荷物の受け渡しをする際、エリスは鉱物を見ていぶかしんだ。
「貴女がそう思うのも無理はありません。この鉱物はここでしか採れない、特殊な魔力の結晶なのですから。ところで、貴女は一体?」
洞窟の管理をしているケルトがそう答える。彼は長身で黒く長い髪が特徴の人物で、一応俺の上司でもある。
「ああ、アタシは中央ギルドの冒険者だ。調査のためにナントを訪れていたところ、ベティスに出会ってここまで連れてきてもらった。」
「ぼ…冒険者の方でしたか。ギルドの生態調査ですかな?」
「そんなところだ。」
ここでエリスが思い出したかのようにケルトに詰めより、俺を指さして
「それより、こいつの強さ、どうなってるんだい?どういう了見で報告していないかは知らないが、コイツは一旦王都に連れていくからな!」
と睨みながら言った。詰め寄られたことに動揺したのか、何かまずい事情でもあったのか。ケルトは顔を青ざめさせて答える。
「え、ええ。わかりました。ギルドの要請とあっては仕方ありません。そうしましょう。」
その様子も怪しんでいたエリスであったが、マクロンに止められて引き下がり、馬車に再び乗り込んだ。
「ベティスくんがしばらくいなくなるのかあ、寂しくなるなあ。代役の護衛が来るのかな?」
馬車の操縦士の青年、ノノは帰り道に別れを惜しんでいた。彼とも10年の付き合いだ。彼も中々世間知らずだったが、お互いに色んな話をしたものだ。
「帰ってきたらまた会おう。」
ナントにつくと、彼に一旦別れを告げた。俺は正直閉鎖的なこの生活に飽き飽きしていたから、王都に連れて行ってもらえることにワクワクしていた。
=====
「何!?ギルドにベティスの存在がバレただと!?」
ラウド家当主クリス・ラウド。彼の屋敷に彼の絶叫が響いた。
「申し訳ありません、ベティスが勝手にギルドの冒険者と接触したようで…。」
「ええい、言い訳をするな。お前が管理するように命令しただろうがッ!」
魔力無線でクリスと話すのはケルト。彼は非常に焦っていた。
ベティスは『計画』に必要な駒。何としてでもこれを王国に知られてはいけなかった。
「仕方ない。王国に知られるぐらいならば消すしかあるまい。黒豹部隊を送り込め。そして奴らを抹殺しろ。できることならベティスは生かしておきたいが、最悪殺しても構わない。奴に宿した『炎帝』だけは必ず回収せよ。」
クリスはそう命令して無線を切った。魔力無線は莫大な魔力を必要とする上、それを習得した一部の者にしか扱えない魔法。手短に用件を伝える必要があった。
「クソ…、俺の計画が…。」