猫とぬいぐるみ
魚のぬいぐるみのボクが猫の「るど」のお気に入りになったのは、もうずっと前のこと。
そしてボクもるどのことを気に入って、好きになったのもずっと前のこと。
るどとボクのことを話そうと思う。
るどが小さかった時からになるから、ちょっと長くなるかもしれないけどね。
ボクとるどの出会いは、るどが子猫の時だった。捨て猫だった真っ黒でやせ細って、生きていることが奇跡じゃないかと思えるくらいの子猫だった。
ボクが初めてるどを見た時に思ったことだから、るどを拾って家に連れて来た人は、もっと酷いるどを見ていたかもしれない。
被毛の上からでもはっきりと見えるあばら骨の浮き出た体だったのに、るどは体調が悪くなることもなく、元気に走り回って、ご飯も食べて、慣れない環境にありながらも、毎日をがんばって生きていた。
そんなるどだから、生きていけたんだろうとボクは思う。
そうだった。るどの名前はしばらくなかなか決まらなかった。何故かって? 実は、るどを連れて来た人というのは、家の中で言うとお父さん、お母さん、お姉ちゃんの三人の中のお姉ちゃんなんだけど、お父さんもお母さんも名前については、特に気にしてないようだった。
で、お姉ちゃん。黒猫だったら「るどるふ」って名前をつけたかったらしい。なんでも、何かのお話で登場する黒猫の名前らしい。
ところが、そのお話の黒猫は男の子。でも、るどは女の子。すごーく悩んだんだって。
「女の子なのにー! 女の子らしい名前つけたいけど、全然思い付かないよ…」
って、お姉ちゃんが言っていたら、お父さんが一言。
「悩むくらいなら、るどるふでいいだろ」
なーんて言うし。それにお母さんがもっと言う。
「男の子の名前でも猫には関係ないよ。それに私は長い名前は呼びにくいから、るど…か、るる…か、そんな感じで呼ぶからいいしね」
そういうわけで、黒い子猫の名前は正式な名前が「るどるふ」に決まった。でも、結局みんなは「るど」って呼ぶことが多くて、「るる」っていうのは時々呼ばれてる。
るどは、るるも自分のことだってちゃんと分かっていて、声に出して返事こそしないけど、呼ばれたら必ず読んだ人のほうへ顔を向けるし、無理だったり気分が乗らない時は、耳だけ向けている。
そんなるどとボクが会ったのは、まだ名前が決まっていない頃。
家に来たばかりのるどが、家の人に与えられた寝床用の段ボール箱の中に、ベッドのようにふかふかの毛布を敷いてもらっていた時。
真夏の暑い季節だったけど、小さな体でぎゅっと丸くなる様子に、心配になったお姉ちゃんが、ふわふわな手触りの生地からボク、魚の形をしたぬいぐるみを作って、るどの寝床に置いたのが最初。
るどは突然寝床にやってきたボクにびっくりしていたけど、でもすぐにボクの手触りが気に入ったらしい。
ベッドになってる毛布と一緒にボクのことも前足でふみふみをするようになったから、気に入られたんだなってすぐに気付けた。
そんな様子を見守っていたお姉ちゃんも分かったんじゃないかな。
それからだった。るどにとってはボクの大きさは、るどの体と同じくらいの大きさで、口にくわえて運ぶのは大変だったはず。でも、どこへ行くにもるどはボクを連れていく。家の人と遊ぶために連れて行く。
お気に入りになった昼寝の場所にも連れて行く。とにかくボクをくわえて、あちこち連れて行く。
ぬいぐるみのボクとしては、誰かが運んでくれない限りは、同じ場所に居続けるしかないけど、るどはいつもボクを連れて行くから、家の中のほとんどの場所に行くことができた。
(るど、ありがとう)
ボクはそんなふうに思ってたけど、るどに伝えることは出来なかった。でもいい。るどがボクを気に入ってくれてるから。
るどとボクは、長い時間を一緒に過ごしてきた。
昼間はるどがボクを引き摺って。夜は寝床で一緒に眠る。そんな毎日だった。
ある時お父さんがボクを手に取りながら、お母さんにボクを見せて首を傾げていた。
「この魚、糸がほつれて綿が出て来てるな」
「あら、本当。直せる範囲だから、直しておくわ」
「そうしてやってくれ。このままだとるどが間違って綿を食べてしまうかもしれない」
「急いで直しておくから、るどちゃんの見えない所に置いておいて」
「頼むな」
っていう話をお父さんとお母さんがしていた。そっか、最近尾びれのあたりがたよりない感じだと思ってたけど、糸がほつれてたんだ。
お父さん、気付いてくれてありがとう。お母さん、早く治してね。
そんなふうにボクは何度も糸がほつれては、治してもらって、ということを繰り返した。
るどは、そのうちにボクがほつれる度にお母さんのところへボクを連れて行くことを覚えた。気付けばるどがボク専用の救急車になっていた。
もちろん、ボクを壊すのもるどなんだけど。
それでも、るどとボクは大の仲良しだ。だって、るどは飽きることなくボクのことが気に入っていたし、ボクもるどのことが気に入っていたから。
ある時、家からお姉ちゃんがいなくなった。お姉ちゃんは家の近くにお姉ちゃんの部屋を借りたらしい。お仕事の都合なんだって。だから、すぐに会えるからるどが寂しがることはなかった。
「なーうぅ」
ある時るどがボクに向かって鳴いた。多分何か言いたいことがあったんだと思う。でもボクじゃるどの言いたいことが分からない。ボクの気持ちをるどに伝えられないのと同じだな、と思う。
非常に残念だと思いながら、ただるどが鳴くのを黙って聞いていた。
それからいくつの季節が巡っただろう。数えきれないくらいたくさん巡った後。
急に家の中が慌ただしくなったのをよく覚えている。
普段家にいないお姉ちゃんもいたし、お父さんが酷く沈んだ顔をしてばかりで、元気な様子すらない。もうずっと前にお父さんはお仕事を辞めていた。…定年退職、ってのをしたらしい。
だから、家に毎日お父さんがいて、お母さんと賑やかに過ごしているのが当たり前になっていた。るども大好きなお母さんとお父さんが毎日ずっと一緒だから、楽しそうにしていた。
でも、お姉ちゃんはいてもお母さんの声が聞こえない。お母さんの姿も見えない。
るどもそれが気になっていて、お姉ちゃんやお父さんにお母さんのことを教えて欲しくて、鳴いているようだった。
「お父さん、葬儀社の人が後一時間後に来るって」
「そうか。葬儀会場にはそのまま行くから、家の方は任せる」
「わかった。お父さん、そっちはお願いね」
「そっちこそ、家のこと頼むから」
「うん」
お父さんとお姉ちゃんの話は、今まで聞いたことのない言葉があるから、意味が分からなかった。ただ、お姉ちゃんの足元にいるるどを抱き上げて、ひたすら頭を撫でているのがボクのいるるどの寝床からも見えた。
「お母さん、なんで突然逝っちゃうの。…っく。お父さんと一緒に旅行にいっぱい行きたいって言ってたじゃない。なのに…。
仕方ないって分かってるよ。でもさ、文句くらい言わせてよ。るども寂しがるよ。お父さんも私も寂しいよ。
何の心構えもないまま、突然倒れるんだもん…。しかも出先でなんて。家の中だったらまだ良かったのに…。
お母さん、会いたいよ…。気持ちの整理なんて付けられないよ!」
お姉ちゃんが漏らした言葉は、いつもテレビから流れてくる言葉から、聞き覚えのあるものばかりだった。
…お母さん、死んじゃったの?
るどを抱っこしたままお姉ちゃんは座り込み、泣き始めた。この後、人が来るんじゃないの? 大丈夫? そんな心配をボクがしてるだなんて、誰も知りもしない。
そして、そんなことに関係なく時間は過ぎるし、お姉ちゃんも気持ちを切り替えることが出来る。
しばらくるどに慰めてもらっていたみたい。るどが何度もお姉ちゃんの手を舐めていると、お姉ちゃんも落ち着いたんだと思う。
「ありがと、るど。本当るどはいい子だね。るどがいてくれて良かったよ」
そう言うと、るどの頭を撫でていた。その後はるどを床に下ろして、るどにおやつをあげていた。
その後は、家にやって来た人達と何か話をしていた。お姉ちゃんは疲れた顔をしていたけど、それでも泣くことはなかった。
ただ、るどだけは知らない人達がやって来たことが怖いと思ったみたいで、いつもいる居間からお母さんが使っていた部屋に隠れてしまっていた。
この後暫くの間、るどと同じ黒い服を着た人達が何人も何人もやって来た。みんな、とても悲しそうな顔をしていた。
やっぱりお母さんが家に帰ってくることはなかった。それにるども、お母さんの使っていた部屋から出てくることもなかった。
知らない人達が家に来ることがなくなってからだった。るどが、毎日家の中や庭で鳴いていることが増えた。
「なーう。なぁぁう。なーーう」
聞いているとこちらがつらくなるような、鳴き方だった。それが半年くらい続いた。
お母さんがいなくなったのは、夏の始まり。梅雨がまだ始まってもいない頃だった。そんな頃から、毎日毎日庭に出て、るどはお母さんを探していたんだと思う。それが、気付けばるどが鳴かなくなった。
ボクはすごくるどが心配になった。
そんなある夜のことだった。るどがボクに話し掛けてきた。そう、話し掛けてきた。
『ねぇ、おさかなちゃん。お母さんとね夢でお話したんだよ』
「!?」
『お母さんね、遠い遠いところに行っちゃったんだって。それでね、あたしがすごく寂しいから、戻ってきてって言ったら、体がないから戻れないよって言われたの』
「…」
『そうなんだって思って、お母さんの話を聞いてたの。お母さんね、死んじゃったんだって。だから、前みたいに一緒にいられなくなっちゃったんだって』
「…そっか」
『そうなの。だから、あたしねお母さんの所に行きたいって言ったら、まだ行けないよって言われたの。それにお父さんを一人に出来ないって。お父さんのそばにいてあげて、ってお願いされちゃったの』
「うん」
『おさかなちゃん、あたしね…すごく寂しくて、毎日お母さんのこと探したんだよ。でも、いなかった。だから、すごーくすごーーーーく、つらくって毎日淋しくて嫌だったの』
「うん」
『でもね、お母さんには会えないけど、お父さんのことも心配だもんね。がんばって、ここにいることにしたの』
「そっか」
『だからね、おさかなちゃんもあたしのそばに居てね』
「分かったよ」
『ありがとう! おさかなちゃんとお話が出来て良かった。それじゃもう寝るね。おやすみ』
「おやすみ」
るどはボクと話が出来ていたことに気付いているのかいないのか、特に気に留めている様子もなかったけど、ただお母さんがもういないということをちゃんと理解していたんだってことは、分かった。
その日を境に、るどはお父さんのために毎日がんばっていたと思う。
お父さんを朝起こしに行くようになったし、お父さんが朝ごはんを忘れないように、いつもるどのご飯をねだった後に冷蔵庫の前で鳴くようになった。時々炊飯器の前でも鳴いていた。
それから、思い出したようにボクをお父さんのところへ連れて行くことも増えた。
何度も何度もお母さんに治してもらってきたボクだけど、お父さんは治せない。だから、僕はボロボロのままで綿も飛び出しているし、それを放っておけば当然のようにボクの体の中はスカスカになっていった。
それでもるどは、ボクのことがお気に入りのままだった。ボクもるどのことがお気に入りのままだった。
そんな風にして、るどがお父さんのそばで元気付けようとがんばるようになってから季節は巡り、お母さんがいなくなった時と同じ季節がやってきた。
お母さんを思い出して寂しそうにするお父さんのところにるどが行っては、膝の上に乗っている。
ボロボロになったボクを連れて、お父さんに貸してあげたりもする。
いつものようにるどがボクをお父さんのところへ連れて行く。
お父さんはるどの頭を撫でている。それからボクを見て、笑ってる。
「そのぬいぐるみ、貸してくれるのか?」
るどはお父さんのほうへボクを近付ける。お父さんは、いつもるどがそうすると一緒に遊んでくれて、楽しそうにするから、きっとそれでいいと思ったんだろう。
でも、その時は違った。
お父さんが大きな体を小さく震わせて、声を殺して泣いてる。
『お母さんが言ってた心配は、このこと? あたしがこの家にいれば、お父さんは元気になる?
本当はお母さんがいるのが一番なのに? お母さん、教えて!! お父さんはまた笑える?』
るどが悲しそうに鳴き続けた。るどが言っていたことが分かるようになってから、るどの伝えたい言葉が嫌と言う程理解出来る。だけど、ボクはただ聞いていることしか出来ない。それだけ…。
しばらくはお父さんの隣でるどはボクと一緒にいた。
お父さんは落ち着いたのか、いつの間にかるどの体を撫でていた。それに気付いて、るどが体を舐め始めると、お父さんはいつもみたいに笑っていた。
「るどはいつも通りにしていればいいよ。でも、出来れば長生きしくれ」
そうして、るどの頭をぽんぽんとゆるく叩いてから、外へと出ていった。
るどがお父さんを追うように外へと出ていく。
窓の外でお父さんは一人分の洗濯ものを取り込んでいて、庭の植えられている柿の木やみかんの木に鳥が停まって鳴いている声が響いてた。るどもきっと外でお父さんの様子を見ているんだろう。
ボクには自分で動くだけの力がない。だから、いつだってるどに運んでもらうくらいしか移動手段がない。
今、庭でるどとお父さんが何をしているのか知りようもない。
少しだけ、ボクがあまりに自分の頼りなさに情けない気持ちになっていることを、るどにも、お父さんにも知られないでいることに…ほんの少しだけ、救われた気持ちになった。
それからは、るどとお父さんの生活はどちらも毎日を充分楽しんでいるように見えた。
そんなある秋の始まりの頃だった。
るどが久しぶりにお母さんの夢を見たと話してくれた。
「るどちゃん、元気? お父さん元気そうで良かった。あれからるどちゃんがずっと一緒にいてくれてるから、お父さんももう大丈夫かな」
『お母さん! あたしがんばったよ!!』
「うんうん、ありがとう。るどちゃん、がんばったよ。偉かったね」
『うん! あたしがんばったの! お父さんもいっぱい笑ってるの!』
「あのね、るどちゃん。最近るどちゃんは、体ツラクない?」
『…体? 痛いことはないよ。でも、ちょっとだけ後ろの足がふるふるすることがあるかな』
「そっか…。お母さんがるどちゃんのお迎え行ったほうがいい?」
『お迎え? あたし大丈夫だよ?』
「うん、分かった。それじゃ、るどちゃんがどうしても苦しくて無理だなって思ったら、お母さんを呼んでね」
『うん? わかった。そういう時はお母さんを呼ぶね!』
るどにとってお母さんは、とても大好きな人だ。
そんなお母さんが夢に出てきたのだから、どうしても話したかったらしい。
ボクに夢の話をするるどはとても楽しそうだった。でも、最後にるどにお母さんを呼ぶようにって言ったことは、ボクにとってすごく嫌な気持ちにさせるものだった。
でも、そんなこともすぐに忘れるくらい、るどがいる生活は、毎日が賑やかで楽しいものだった。
秋の終わり、冬の寒さを感じ始める頃だろうか。
るどが突然のようにご飯をあまり食べられなくなった。
食べる気持ちはあるようだけど、食べても少しだけだった。
お父さんは慌てて病院にるどを連れて行った。病院で何を伝えられたのか分からない。
そのうちるどは、体を起こしていられなくなった。でも、トイレに行きたいと思うと、動かしづらい足を動かしているから、トイレに行きたいのがよく分かった。
でも、トイレに行けなくて、間に合わなくなった。お父さんがるどにおむつをつけていたけど、もう遅かったんだね。
るどは何かを言いたいのか、小さく口をはくはくとさせていた。
ただ虚ろに開いた目は、ボクを映してはいたけど、ボクを見ていたのかは分からない。
るどは、力を失くしながらもボクを抱えこむようにして眠り込む。
だんだん熱を失っていくるどにボクは何も出来ないことがもどかしくて、でも仕方のないことなのが分かるから、ただただるどが苦しくないようにと願うだけだった。
そんな時だった。ボクは自分の見えるものだけしか理解出来ていなかったと思う。でも、今ボクが見ているものは実際にボクの目に映っているいるものじゃないことを理解していた。
だったら、これは夢というものなのかな。ぬいぐるみのボクが夢を見るなんてことがあるのかは、分からないことだけど。そう思いながら、夢なのかもしれないそれを、ボクはただただ見守った。
『お母さん、お父さんが心配だよ」
「るどちゃん、大丈夫。お父さん大丈夫だから。お姉ちゃんのところにいる猫ちゃんに赤ちゃんが生まれたの。だから大丈夫」
『あたし、お母さんのところに行っても大丈夫?』
「うん、大丈夫。お父さんのことはお姉ちゃんとちびちゃんがちゃんと助けてくれるから」
『わかった!』
「るどちゃん、お母さんと一緒に行く?」
『うん! お母さんと一緒に行く!』
「そう。じゃあ、一緒に行こうか」
るどが見ている夢を、ボクも見ているのだろうか。お母さんがるどと話をしている。
待って、どこに行くの? そんな疑問をボクが言葉にできないまま、見守り続けた。
そして、るどが最期にお父さんにお別れをするように声を出した。
「なーう」
そこでボクははっとする。
お父さんはずっと傍にいて、ずっとるどの頭を、体を、撫でていた。段々冷たくなる体をずっとずっと。
るどが段々意識が遠のき始めると、ボクを抱え込むるどごとお父さんは抱っこした。
それから、るどが鳴いたから、お父さんが「るど」と言った後、るどがお母さんと一緒に虹の橋を渡っていったのをボクは見た。
その時お父さんがるどとボクをぎゅっと抱き締めて、どれくらい長い時間を過ごしたのかは、覚えていない。
⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑
るどが虹の橋を渡った後、お姉ちゃんが友達と一緒に育てている猫が子猫を産んだと連絡をしてきた。
お父さんはもう猫は飼わないと言っていたけど、お姉ちゃんが「るどそっくりの黒猫がいるよ」と話すとお父さんは少しソワソワとし出した。
それからはあっという間だった。
お父さんは子猫の写真をお姉ちゃんからスマホに送ってもらって、その子猫を迎えることを決めたようだ。
子猫の世話は、お姉ちゃんと一緒にすることになった。お姉ちゃんもまた家に戻ってきて一緒に生活することになったから。
お父さんは自分の部屋にお母さんの写真とるどの写真、それからるどが好きだったという理由でボクを一緒に置いている。
ボロボロになっていたボクをお姉ちゃんが治してくれたから、今じゃすっかりふっくらしているし、つぎはぎはあるけど、るどがふみふみしていた時のボクと同じだ。
そんなボクをお父さんはよく撫でている。そしていつもこう言っている。
「るど、お前の大好きなぬいぐるみはちゃんと残してあるから、時々は遊びにおいで。ぬいぐるみで一緒に遊ぼう」
るどがお父さんと一緒に遊ぶことがあるのなら、きっと夢の中だけ。でも、ついそう言ってしまうくらい、ずっとるどがお父さんにとって特別なんだろうな、とボクは思う。
それからお父さんは何かを思い出しては、笑っていることが時々あった。きっと夢にるどでも出てきたんだろう。眠っているお父さんが時々笑っているから。るどと一緒に遊んでいる時と同じように。
⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑
お父さんが思い出し笑いをするようになってから、ボクは誰もいないお父さんの部屋でペシッとるどに叩かれた時に感じた前足の感触がした後に、ボクだけがお母さんとるどの写真から離れた場所に転がるということが何度かあった。
その度にお父さんは笑っていた。
「まったくるどは…。いつもこうやって物を落としてくから。天国に行ってもいたずらばかりだな。本当に悪い子だ」
本当にそうなのかは分からない。でも、ボクが落とされるたびに感じるあの感触も叩かれる強さも、るどが生きていた時にされていた時のそれと同じだった。
だから…ボクも、お父さんの言うことを信じたいな、と思う。
るどが時々…遊びに来ているんだろうって。
けど、そんなことは滅多に起こらない。だからボクも忘れてしまっていた。
お父さんの部屋の外から聞こえるるどそっくりの子猫の鳴き声は、まるでるどと違うし、仕草も全然違うのが分かる。
るどよりも激しく走り回るし、壁に爪とぎなんて一度もしなかったるどと違って、爪とぎしやすい場所ならどこにでもする子猫。だから、お父さんとお姉ちゃんが子猫をよく叱っている声が聞こえてくる。
そんな賑やかな毎日が、るどのいなくなった生活を段々と穏やかに癒していっているんだなって思う。
そしてボクはある日思い知らされる。
るどが悪戯しない猫だったわけじゃないことを。そうだ、るどはいつだってボクを引き摺っていって、お父さんと遊ぼうとしていたことを。
猫だから、可愛い悪戯もいっぱいしてきていることを思い出していた。
だって今、ボクは誰かがボクを銜えている。そして引き摺られている。
気付けば、ボクはお父さんのベッドの上にのせられている。
そしてその誰かが独り言をこぼしている。
『にゃ! お父さん、ベッドにおさかなちゃんがいたら、びっくりするかな? ビックリしたら面白くなって笑ってくれるかな? 笑ってくれたらいいな』
ボクはその声や話し方でるどだと気付いた。
『お父さん、お姉ちゃんも戻ってきたし、ちび猫ちゃんもいるから大丈夫って思うけど。
るどだってお父さんを笑わせたいもん!』
そっか、るどもお父さん大好きだから、ちょっと寂しくなったのかな。仲間外れみたいに感じてるのかな。
『あ、もう行かなくちゃ。おさかなちゃん、お父さんが笑ったかどうか、覚えてたら教えてね。ばいばい』
ボクは姿の見えないるどの話を黙って聞いていたけど、最後に声を掛けられた。
るどがボクに話したかっただけなのか、ボクがるどだと分かって話しかけたのかは分からないけど。それだけでも嬉しかった。
ただ、るどがお父さんに会いにくるたびに、ボクは悪戯のためにベッドに移動させられることになり、…肩なんてないのに肩を落としそうになった。
それからるどは、忘れた頃にやってきてはるどのぬいぐるみをお父さんのベッドの上に持っていくことが習慣になった。
そして、子猫がどこで見ていたのか、るどの真似をして自分のおもちゃをベッドへ運ぶようになるのはもうすぐのこと。
るどと子猫のお気に入りがお父さんのベッドの上に二つ並ぶようになるのは、まだ少し先のこと。
るどとボクのお話はこれでおしまい。
今もるどはお父さんを驚かせるために、ボクを引き摺っている最中。まだベッドの上には辿り着いていないけど。
~ おわり ~
誤字報告、ありがとうございます!
とても助かりました(๑˃̵ᴗ˂̵)
実家の猫と家族をモデルに、あることないこと書いてみました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます<(_ _)>
途中の挿絵の猫は、昨年虹の橋を渡った愛猫がモデルですが、実家の子猫時代とそっくりな子だったので、使いました。
以前絵をよく描いてましたが、今はご無沙汰で腕も落ちてますが、たまに描きたくなります(*^^)
※ 作中にぬいぐるみを人間が直すという表現と、ぬいぐるみ自身が人に治してもらうという表現の二つがあります。
作中でも人間が物を修理する意味で使っています。
ただ、ぬいぐるみのボクにとっては治療という意味になる為、あえて治すを使っています。
誤字ではないことを明記させていただきます。
気になるんですけど! という方には申し訳ないな、と思いますがご容赦願います。