掲げた自己満足
「そう言えば、二人はどこ行ったわけ?」
この場にいるのは俺、ミエド、アネーロちゃんの三人。レスペートとデセオがいない。ミエドが橙に近い茶髪を揺らし、赤い瞳で俺を見上げてにっこりと笑う。
「嗚呼、あの二人なら」
ミエドの声は扉の機械音にかき消された。上下に分かれて開く扉は、前からしたら近未来的なものだったけれど今じゃ普通になりつつある。そこには黒髪の眼鏡をかけた男とふわふわとしたブロンドヘアの女性。俺の姿を見るなり、男は俺に舌打ちをして口を開いた。
「……起きたのかクソ犬」
「あ?お前だけ馬鹿みたいに無茶振りしてやったから頑張んなよ前衛君」
「あ?」
レスペートと俺は顔を合わせれば喧嘩をするが、戦場になるとこいつの頭脳が大切なのは確か。こいつの戦い方と考え方で左右されるのは本当の話。むかつく話だが、此奴が居なければ作戦の成功率がとんでもなく落ちる。
「や、やめようって……!喧嘩良くないよ!」
「デセオ、相変わらず慈愛の女神って感じだね」
「そ、それ……恥ずかしいんだけどな」
マカロンが好きで、戦うことは出来ないけれど周りの状況把握と想像力は豊か。テンションが上がると手が付けられず、その妄想力と脳内恋愛脳は少し困るものはある。元々良い家の出らしく、あの日から色々と苦労したらしい。綺麗なブロンドヘアにパッチリとした瞳にはトパーズのような瞳がある。
「で?今回の作戦は」
「お前が突っ込んで死ぬ。以上」
「てめぇが死んでこいこのポンコツ」
作戦の話をしてくるこいつに至っては最早話をしたくないけれど、戦略の鍵を握っているなら仕方ない。渋々作戦の内容を照らし合わせながら、向き合って立つことになる。俺と余り変わらない背丈と、一見黒髪かと思う髪も光に反射して若干青い。書類を見る瞳も、青空のように綺麗な蒼。顔だけなら、綺麗と言われるだろうに。どうしてこんなに気に食わないのかが分からない。
「最初は攻撃すんな。防御に徹しろ。」
「あ?」
戦う時は真っ先に斬りに行きたいのは知っている。だが、今回は違う。相手が相手であり、直ぐに真っ向勝負に持ち込むのはやめた方がいい。それが俺の今回の見解だった。
「相手は攻撃に自信のある<屍研究解説軍>。あいつら、あれでも屍のこと解剖してるからね。解剖も何も骨だけど。だが、短気の集まりで結構バカが多い。真っ先に攻撃を仕掛けてくるあいつらは、頭脳であるお前を追い込むと……調子に乗るんだよ」
「性格悪いなお前」
「……もう考えねぇぞ」
二徹で考えた作戦をこうも性格悪いと言われるとなぁ。別に否定も何もしないが、ここまで言われるとやる気も削がれるものだ。自負はしているし否定している訳では無いが、特に肯定している訳でもない。溜息をつくと、後ろからデセオが声を掛けた。
「え、それは困る……!私あんなの考えられないもん!」
「……デセオ、揺れる揺れる。寝不足には辛い」
「はわっ!ごめんね!?」
この五人の中で身長が一番小さくて細くて一番女の子らしい。と言われているが、なんだかんだ言ってこの子も結構妄想癖などで問題ありきだが。後ろから俺の背中を掴み、ずっと揺さぶられる。
「……なにやってんの」
「あれ、アネーロちゃんもしかして嫉妬?」
「気持ち悪い」
「待ってそれはひどいって」
冷めた目をしながら話しかけてくるアネーロちゃん。相変わらず連れないがそこもいい。顔が綺麗で俺の胸ら辺の身長。黒髪でエメラルドのように綺麗な瞳。本音を言えば、俺の好みだった。まぁ、本人は俺なんかどうも思っていないんだろうけど。八年前に出会ってそれからずっと一緒にいた彼女はいつの間にか共に軍に所属し一緒に見世物ピエロ、世の中何があるか分からない。
「まぁまぁ!皆が元気そうでなにより。明日の見世物は頑張ろうねぇ」
パチンっと、手を叩く音と共にミエが声をかける。全員が視線をミエドに向ける。見世物と言って笑う。見世物はお偉いさんの娯楽だが、それは俺たちにとっても同じ。誰にもぶつけられないこの恨みつらみを見世物として誰かにぶつけられるのだ。
「任せてよ」
「うん」
「負けねぇよ」
「はーい!」
全員の目的は一致している。屍の抹殺、抹消。奪われたあの日常を、取り戻せなくても復讐するために日々を過ごす。俺は親父の復讐を。アネーロちゃんは家族全員の復讐。ミエドは兄の復讐。レスペードは両親、デセオは家系の復讐を。全員が家族絡みなのはそうだが、それだけ全員愛されてたのだ。愛されて育ち、その幸せが屍によって壊された。人によってはくだらないかもしれない。くだらなくていい。分からなくていい。分かってもらおうなんて思わない。ただ、自分の復讐を終わらせたい自己満足の集団でいい。俺達にはそれが生きる意味なんだから。
「さっ、明日は大忙しだよー。さっさと解散して寝よ寝よ!」
その声と共に皆は各自やりたいことをやりにバラけて行った。もちろん、俺は仮眠室。俺は余り個室には戻らない。個室には特に何かがある訳ではないが、何故か部屋に帰りたくない。その理由は自分でもわかっていないが、シャワー室も着いているし着替え以外では特に困ることは無い。まぁ、その着替えも数着はここに置いたままだが。
「……寝るかぁ」
その日は、シャワーを浴びてベッドで眠ることになる。
翌日
「あぁ、緊張するっ……!!」
デセオが胸に手を当て緊張をほぐそうと人と書いて飲み込んでいるようだ。その様子を見て、緊張するデセオに声を掛ける。
「それやる人ほんとにいるんだ、迷信じゃないの?」
「えっ!?そうなの?」
いつも通りに振舞って、昨日の夢を早く忘れるようにする。親父が死んだあの日に、決意した復讐を。毎度戦うたびに思い出す。この見世物になんの意味もないのはわかっているが、この見世物があの化け物と戦う時の訓練の一部になっていると言われているんだから、まるで皮肉のようだ。
「じゃ、奪おっか。……全部」
「まずは作戦通り。セーロスはスナイパーを見つける。いいね?」
「りょーかい。女王様」
「真面目にやれよ」
「分かってるっての」
戦場で気を抜くほど、馬鹿じゃない。一瞬でも隙を見せれば死ぬんだから。俺は死なない、死ねない。あのバケモノを殺すまで絶対に死なない。いつの間にか拳に力が入っていたようで、我に返ってゆるめる。それをレスペードに見られていた様で、鼻で笑われながら肩パンされる。
「しくじんなよ。駄犬」
「誰に向かって言ってんだよ」
「緊張してるらしい指揮官様にだわボケ」
「お前ほんとに巫山戯んな」
「今回は新人への見世物でこれからのことに全く関係ないけど、今日も頼むよ」
隊長の一言で全員が戦闘態勢に入る。その中で普段ヘラヘラしていて番犬と呼ばれる奴でも、案外様になるというのはこの事だろうか。上から指示するのに慣れていないとは言うが、その立場でさえ楽しそうにこなしていく。自らに配属されたのは同じ同期として入隊した俺達。この階級の差は、出世なんてどうでもいいと思っていた俺とアネーロと出世を考えずただ暴れていただけの駄犬と隊長というだけだった。俺たちは色々なものを失った。あいつらさえ、いなければ。
「おい駄犬」
「あ?なに。まだなんかあんの」
こんなのでも、守りたかったものはある。ふと思い出したのが、此奴の中で最後に見せた父の笑顔だということ。
「ちゃんとやれよ」
「何今更。やるに決まってんじゃん。この作戦は今回はお前が鍵だぞ」
「……なんだかんだ言って、二人の信頼は厚いんだよねぇ」
「……喧嘩しても疲れるだけなのによくやる」
「……こーゆー時はいいんだけどね」
女子三人が話している内容を、俺ら二人は知るよしもない。今から、ラクアドル王国の見世物、バトルラクアドルが始まる。
名前:レスペート
性別:男
階級:伍長
年齢:25
身長:180
性格:冷静沈着な現実主義者
口は悪いが面倒見のいい現実主義者。セーロスとは性格が合わずよく喧嘩をするが、いざと言う時にはしっかりと力を合わせている。ミエドとは読書仲間であり、時折暇になったミエドに交換した本のセリフを突如呟かれる。毎度の事ながらセリフで返し、読書の邪魔をされることも。メンバーの中では苦労人であり、最近そのストレスからか胃痛がしてきている。
死神と呼ばれるのは、戦場で敵の命を無表情で奪う為。敵に対して慈悲はなく、邪魔する者は容赦なく消す。