悪夢は時に、救済となる
高校の時に書いたのをリメイクしたもの。
暇つぶし程度にどうぞ
意識が薄れていく、その中で確かに聞こえてくる声がある。悲しみながら、助けを求めるように自分の名前を呼ぶ声が耳に届く。
「ぐぅっ!……ハァッ、行かせるか……」
骨の軋む音、肉が引きちぎれる音が耳に響く。
「父さん動くなよ!……なぁ、もういいって!」
息子が、助けを求めている。息子が泣きながら俺の後ろで、この目の前のやつが息子を泣かせている。そんなら、それを守ってやるのが親父である俺じゃねぇのか。
「俺の息子泣かしてんのは、テメェか……バケモノよぉ!」
骨が軋む?肉が引きちぎれる?例えこの体が死のうとも、この命が滅びようとも守りたいものだけは守りたいじゃないか。痛む肺に無茶をして息を吸い込んで叫ぶ。
「テメェの息子を守って死ぬなら本望!!どこからでもかかってこいや、このバケモン共!」
意識を戻せ、体を動かせ、息子を護れ。痛みで意識が戻ってくる。なんて好都合だ、有難い。ボタボタと地面を赤く染める血液も、薄れていく意識も、痛む全ての傷も家族守るために出来たなら、悪くはねぇと思えるよ。
「なぁ、やめろよ……死ぬなよ!父さん!」
「セーロス……テメェのもんはテメェで護る。父ちゃんいつも言ってたろ」
「……最悪」
ハッ、と意識が覚醒する。見たのはまだ俺が十歳になったばかりの時の記憶。そう、今から約十年前世界全域で起こった最悪な日。あの一日で、世界が終わったのだ。あの一日で、多くの人間が色々なものを失った。奪われたのだ。あの、バケモノによって。
ベッドから出て制服に着替える。此処は政国家の軍隊基地。特別対策本部<特別対処軍>というもの。今でも稀に現れるバケモノと言われている<屍>。屍と呼ばれるバケモノは、名の通りに骸骨のような姿をしている。その屍に、俺は父親を殺された。この隊にいる奴らは、全員あの日に大切なものを奪われている。そう、全員がだ。屍による被害は大きく、被害場所はこの世界全域になっていた。助けを呼んでも来ないはずだ。いくら駆けつけてもつかないはずだ。だから、家族を守って死んでいく親がいて何とか逃げ切った子供が居た。勿論、助からなかった子供も多い。助かった子供達は暫くしてから身を寄せあい生きた子もいる。俺のように、一人彷徨って保護された人間もいる。
「さっ、今日も頑張ろー」
伸びをひとつして欠伸をする。流石に、身体的にも二徹は厳しかった。だからあの夢を見たのだろう。夢見は悪いが、俺が親父と会える唯一の記憶でもあるからなんとも言えない。上着を羽織り仮眠室から出る前に、忘れ物に気づいた。
「ごめん親父。忘れてた」
親父の最後の形見である、シルバーネックレス。タグネックレスになっており、一言刻まれている。
「……ホント、親父らしい」
護れと刻まれた父さんらしい言葉。あれから父さんは人間栄誉賞なんてものが授けられていたらしい。
「死んだ人間に価値つけるなんて、皮肉だよね。政府もさ」
誰にも聞かれない、誰にも届かない言葉が部屋に溶けていく。気怠い気持ちのまま仮眠室を後にする。仮眠室から出ると、そこには二人の女性が話をしていた。どうやら作戦の書類も見直していたようだ。二徹して書きあげた作戦書。書き直しだけは勘弁して欲しい。
「丁度良かった。セーロス、ここの作戦の事聞かせて」
眼鏡をつけ直しながら書類から目を離さない女性。特別対処軍の隊長、ミエド。周りからは戦場の絶対女王と呼ばれ、一部の者には恐れられ、一部の者には人気があった。
「ここ?ここはね……」
二徹して流石に疲れていたのか、文章が拙く分かりずらい部分があったようだ。補足をしつつ話していると、後ろからもう一人に話しかけられた。
「結構寝てたけど疲れは取れましたか?指揮官殿」
書類の話を聞きながら俺と目が合えば、再度書類に目を通し始める女性、特別対処軍自慢のスナイパー、アネーロ。周りからは高嶺の花と呼ばれる美しい女性。淡々と行動し隙が見えないところからそう呼ばれるようになったそうだ。まぁ、俺からしたら別にいいんだけどね。彼女は気怠そうに話すが、きちんと責任感がある。たまに頑固になるから人並みの感情はある。ただ、少し表情が固いだけ。
「指揮官殿だなんて、そんな硬い言い方しないでよ。アネーロちゃん」
にこやかに笑顔を作り、作戦の話を続ける。多少冗談を混ぜつつ、今までの戦況や状況から導き出した作戦書。長くなれば読むのに飽きてしまうから俺は1枚にまとめてしまう。だから伝えそびれることも多々あるが、今ではそれに仲間が慣れてくれたので疑問に思ったことはすぐに聞きに来る。
「もし此処で、アイツらが...」
「性格悪い作戦だね。相変わらず」
作戦の説明は案外簡単に終わる。次に行われるバトルラクアドルは、新人育成のための見世物となる。バトルラクアドルとは、戦力となる四人とナビゲートをするナビゲーターを合わせた計五人で競うポイント制バトル。今や軍の娯楽として毎度盛り上がりを見せている。要するに、俺たちは見世物のピエロだ。
「確かに、これなら相手の力を分散させるのと同時に...うちのスナイパーも動きやすい。」
「あっちは、"奪い"に来てる。..."奪われるくらいなら、奪ってやろう"。...全部ね」
後で聞いた話によると、俺は笑っていながらも目は笑っていなかったらしい。それもそうだ。俺は、もう何も奪われたくない。奪われないように強くなったのだ。
「そう言えば、二人は付き合ってんの?」
時間は少し戻り、セーロスが仮眠室で寝ている時のこと。作戦書を見直している時、突然ミエドから声をかけられた。二人、とは自分とあの狂犬の事だろう。<特別対処軍>と呼ばれるメンバーは五人。隊長ミエド、戦場の女王。通称女王。指揮官軍曹セーロス、狂気の番犬。通称狂犬。前線伍長レスペート、冷徹な死神。通称死神。ナビゲート伍長デセオ、慈愛の女神。通称女神。そして私、後衛伍長アネーロ。無慈悲な殺し屋。通称アサシン、らしいが不名誉この上ない。確かにセーロスとは長いが付き合っている訳では無いので首を横に振る。
「あれ、違ったの?噂じゃあの狂犬の手綱を唯一握る最強のアサシン様って二人は有名らしいけど」
書類から目を離す事無く並べられる言葉を理解するのに少し時間がかかった。本当に付き合っていない。セーロスは人当たりもよく友人のような人間が大勢いる。恐らく、セーロスを知らない人間の方が少ないだろう。顔もそれなりに整っていて、女であり容姿が整っていると言われる私が綺麗な顔をしているなと初めて出会った時に思ったのだ。整っていないはずがない。だが中身はどうだろう。思いついたら即行動。クソデカ感情とだもいえるような歪んだ何かを持って、蓋を開ければただの理想主義者。あんなやつの、どこを好きになれというのだろうか。
「付き合ってない。あいつが直ぐに頭に
血が上るから止めてるだけ。それ以上でもそれ以下でもないでしょ」
「へぇ?……おっと」
そんな話をしていると、その指揮官が起きたようだ。ミエドがセーロスに向かって疑問に思っていた箇所を聞きに行く。眠そうな紫の瞳を擦りながら答えていく。仕事は案外真面目にやるらしいが、それはそれ、これはこれである。
「なるほどなぁ」
まだ若干残っている目の下の隈は、相変わらず性悪の悪い作戦を思いつく代償のようなものなのか。奪われるくらいなら、奪ってやるといったその顔も……どこか狂気が混ざっていた。十年前のあの日、私も含めあいつは父親を失った。目の前で殺されたらしい。自分を守って。それだけ聞けば可哀想で終わるが、あいつはそれだけで終わらなかった。同情と哀れみは、時に人を狂わせる。
「お父さん、好き?」
「……え、どしたの急に」
「……なんとなく」
少し、聞きたくなったことを聞く。父子家庭だったこいつは笑顔で言った。
「俺の自慢の父さんだよ」
父親の話をする時は、こんなにも子供らしい表情をする。
名前:セーロス
性別:男
階級:軍曹
年齢:26
身長:178
性格:若くして出世した完全理想主義者。
特別対処軍と呼ばれる小隊の指揮官として配属された軍曹。自由気ままであり気分屋。自身の絶対的理想【大切なモノを他者に絶対に奪わせず、大切な人がなんの障害もなく笑顔で暮らすこと】を守る為に日々を生きている。自身のことに執着は無く、掲げる理想に自分自身は入っていない。故に自己犠牲が多く対処軍のメンバーにも呆れられている。時折、被虐的一面を見せる。面食いであり、差別を嫌う。
番犬と呼ばれるのは、自身の理想を守る為に動き続けた結果である。十年前に大好きだった父を亡くしてからは復讐を誓う。