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イチャラブご教授願います!  作者: 沖綱真優
16/56

<16> あの掘にはまるのはあなた

「ほへー。どんぶらこどんぶらことなっ」


 胸より少し下くらいの石造りの欄干から覗き込んだ水路は幅3メートル、深さは水底が見えないくらいで結構深そうだった。

 ちなみにメートルという単位は三百年ほど前の幼王太子メールが両手を広げた長さを基準単位にすると突然閃いたことで制定された。他国だとまた違う単位が用いられている。


 この水路に男たちが流されたのは、一ヶ月ほど前のこと。筵でぐるぐる巻かれ、胸の上あたりと足首を縄で縛られて投げ入れられたという。街の警吏に救出された時、彼らは命に別条はなかったが、はらりぽとりととんでもないものを落とした。

 それは聖都の若者の間で流行している薬物だった。液状のものと粉状のものがあるが、彼らはご丁寧にも両方を所持していた。

 警吏の追及をのらりくらりかわし、司法官吏に身柄を移される途中で逃亡。幇助した仲間とともに見つかっていない。



 この話の何が問題って、この男たちってのがイストラ像広場で私に声を掛けてきたヤツらだってことで。流されたのも同じ日だ。

 件の薬物は色んな犯罪に使われていて、本当のホント危機一髪。


「こっわー」


 ぶるっとひと震えして水路から離れようとしたとき。


「邪魔だ」


 どんと背中を押された。

 背伸びして半分身を乗り出していたのが大きく身を乗り出すことになって、足が地面を離れる。

 わっわわわわ。落ちっ?!


「危ないっ」


 浮かんでバタついた足を誰かが引っ張った。ぎゃんっ、とおかしな悲鳴を上げて道の方に引き戻される。

 ずりずりどたん。

 欄干で腕を擦りむき、膝や脛も見事に打ち付けての帰還。ぐいと引っ張られた足首もおかしな捻り方をしたのか、少し痛む。

 しかしお陰で掘に落ちずに済んだ。

 あたたたっと肘をさすりながら身体を起こした私に、上から野太い声が掛かった。


「お嬢さん、大丈夫ですかい?ちょっと手荒だったか」

「いえ、大変助かりま・・・」


 ひぇっと声に出すのは踏みとどまったが微妙に後退った。私の上に影を落としていたのは大柄の男が二人。ポケットのたくさん付いたゴツめのジャケットの人と袖を無理矢理破いて涼しくしたシャツを着た人。腕の太さが私の五本分はありそう。


「おい、びびらせんなって。お前の顔怖えんだから」

「あ?お前だろうがっヒゲ剃れって散々隊長にいわれてただろが」

「うっせーわ。これが男前の印だっつーの。あぁ、そのメガネ、お嬢さんのだろ?」


 獲物に食らいつく寸前のご機嫌肉食動物の笑みを浮かべて、男のひとりが拾ったメガネを差し出してくれる。私のメガネ、落ちた衝撃で縮んだ?いや手が大きすぎるんだわ。


「あ、ああありがとうございます」

「あちゃぁ服とか破けちゃって、血も滲んでるじゃねぇか。どっかで治療・・・」

「いえいえいえいえいえいえいえ、も、ホント、大丈夫。ありがとうございますっ。ご、後日お礼に伺いたいんで、連絡先だけいただければ・・・」

「そりゃぁ必要ねぇんで」

「あたりめぇのことだしなっ」


 男ふたりは口々に応える。


「あ、では、これで失礼をばっ」


 メガネを掛けると、ひとりで立ち上がり、ぺこりぺこり頭を下げ、足を止めていた通行人の方々にもてへへへと愛想笑いを浮かべて、そそくさ立ち去った。

 落とされそうになったからか、屈強の男ふたりのせいか、冷や汗と動悸で目が回りそうだった。






「こんちは〜オヤジさん、ルリルーが来ましたよぉ」

「おぉ待ってたっって何だその格好は?!」

「聞いてくださいよぉ〜〜」


 印刷所に用があって出かけたのに、寄り道して水路なんぞ覗くんじゃなかった。先ほどあった災難をブチブチ愚痴るお下げ眼鏡に、奥さんはあまぁいコーヒー牛乳を出してくれた。


「腕とか、見せてみ?」


 見せたくないし、見たくない。だって、この痛さからすれば。


「見事に気持ち悪い色になってるよ、アンタ、ほらほら」

「見せんなって言ってんだろ?おれぁ痛いのぁ見るだけで自分も痛くなる性分なんだっ」


 夫婦のオモチャになるの、知ってるから。

 しかし、ひとしきり遊んだあとで。



「ハイ、足もだろ?伸ばして。精霊に願いよ届け、癒しの光」


 光に包まれた患部がほわぁと暖かくなる。腕も足も。あっという間に痛さが消えた。

 回復魔法は基本四属性に属さない特殊魔法だ。遣い手は少ないはずで、街中にホイホイいる人材ではないと思うんだけどなぁ。


「ありがとうございます。何で印刷屋さんの奥さんやってるんでしたっけ?」

「あはははは。無粋なこと聞くもんじゃないよ?決まってるじゃないか」


 ウィンクして隣のオヤジさんを見た。オヤジさんは目が合うと、すぐに逸らして明後日の方を向いた。口元が、ニヤけるのを我慢してもにょもにょ動く。

 いつもの他愛ないやりとりにホッとする。


「じゃあ奥さんにお世話になった事ですし、二枚でも三枚でもいっそ十枚でも書きますよっモツテケドロボー」

「そりゃあ威勢の良いことだ。是非とも見学させてもらおう」


 その声に振り返った私の目には、ロディさんによく似た立居の金髪の男性が映った。

 心臓がじゃぷんと飛び込んだ。

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