驚愕
目の前に広がっている見慣れた屋上の光景というキャンバスに、真っ白な絵の具が侵食していく。
彼女だ。如月 アズモがいるのである。彼女は、屋上のフェンスの上に座っている。フェンスは古びていて今にも、風が吹いただけで朽ち果てそうだ。
その光景に思わず、
「如月さん!そんなとこに居たら危なぃ…ですよ…」
名前を呼んでしまった。初めて呼んだ。心臓が緊張と恥ずかしさで高鳴っている。今なら、心臓から血液を送り出している音が鮮明に分かる。
彼女は、咲夜の方を振り返った。
「……確か、加賀くん?だっけ?」
彼女の凛とした顔が、微笑みと共にこちらを見つめている。
「あ、ぅ」
声が出ない。たった一言――うん――といえば済む話なのだが、喉に言葉が詰まっている。顔はみるみる紅潮していき、他人から見たら見るに耐えないだろう。
「心配してくれてありがとう。でも私、羽生えてるから大丈夫だよ!」
彼女は、僕が見たことがないような、イタズラ好きそうな笑顔とともにそう言い放った。心がギュッとなる。しかし、疑問が。
「え……羽?」
「あ、うそうそ!!安心させるための冗談!」
真に受けてしまった。彼女は羽が生えていてもおかしくないくらい美しい錯覚をもたらすのだ。
「加賀くんって物静かだし、いっつも休み時間小難しそうな本を読んでるよね。確か……天、、んー、なんだっけ!」
「て、天文学の起こり……。」
「そうそれ!!宇宙とか興味あるの?」
「う、うん。小さい時から星を見るのが好きで……。」
「へー!ロマンチストなんだね!」
彼女との会話が、信じられないくらいに弾んでいく。自分に興味を持ってくれているのだ。
お弁当を食べることも忘れ、2人は話をしていた。
幾何かの時間が過ぎ、昼休みが終わろうとしていた。
すると、アズモはフェンスから降り、扉付近にいる咲夜の目の前にスタスタと歩いていった。アズモは咲夜に笑いかけた。
「ねぇ、加賀くん。」
僕目の前にいるアズモに緊張していた。こんな至近距離にいるのは初めてだ。
――やばい、やばい――
アズモの問いかけに、答える。
「どうしたの……?」
「あのね……」
「うん。」
「世界が終わるんだ。」
――え?――
キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを知らせるチャイムが、この発言を曖昧にさせた。すると、彼女は、
「授業遅れるよ加賀くん!先に行ってるね!またね。」
とだけ言い残して、硬直して動けなくなった僕を置き去りに、扉の向こうの階段を降りて行った。
彼女の言葉が頭の中で何回も何回もリピートされる。
「世界が終わる…………」
空は曇天だった。