魔王は踏み台ってそれ最近の常識ですから
翌朝、鉱山入り口前。
(ミコトさん。カイルさん、さっきから鉱山からの魔力圧に当てられて、顔が真っ青です)
(だろうな。この先の汚染濃度はさらに上がる。素人を連れて行くのは非効率だ)
俺はため息を一つ吐くと、
「おいカイル、あんたはここで待機してろ。これ以上進むと、治したばかりの神経系がまた焼き切れるぞ。死にたくなければここで入り口を封鎖してろ」
「っ、だが! ……分かった。足手まといにはなりたくない。頼む、クレアハート殿!」
カイルを入り口に放置し、俺たちは二人だけで(体は一人だが)さらに深く、暗い鉱山の深部へと足を踏み入れた。
一歩進むごとに、ドレスが「キィィィン」と静かに高い音を立てて周囲の汚染を吸い込み、変換していく。もはや松明などいらない。ドレス自体が放つ蒼い燐光が、洞窟を幻想的に照らし出していた。
やがて辿り着いた広大な空洞。そこには、鉱石を無理やり削り取った跡と、どす黒い魔力を放つ「魔法陣」が描かれていた。
「……何者だ。聖域を汚す不届き者は」
中央に浮かぶ黒いローブの男。そして、その周囲に控える三体の巨大な『キラー・ゴーレム』
男の手には、禍々しく黒ずんだ「蒼の結晶」が握られている。
(ミコトさん! あの石、おば様の言ってた最高級の素材ですよね? あんなに汚されて……私、すごく嫌です!)
(そうだな、純粋なリソースの無駄遣いだ。クーリア、怒っていいぞ。ただし、感情的になりすぎると確実にオーバーキルだ。敢えて俺が干渉して手加減ついでに慣らしにする)
(はいっ! ミコトさん、全部使ってください!)
ミコトの冷徹な「演算」と、クーリアの爆発的な「感情(魔力)」が、一つの肉体の中で完璧に混ざり合う。
俺たちはぎこちない動きを捨て、地面を蹴った。
「消えろ、システムの異物め」
俺たちは地を蹴った。
最速の計算に基づいた最短の歩法。
一体目のゴーレムの拳が、俺の(クーリアの)黒髪を掠める。だが、その一瞬後には俺はその巨躯の懐に滑り込んでいた。
「チェック。まずは一つ目だ」
右手の指先をゴーレムの装甲の継ぎ目に突き立て、圧縮された純粋魔力を「流し込む」。
内部の術式がオーバーロードを起こし、巨大な岩の腕が、俺に触れる前に内側から弾け飛んだ。
「な、……?! 物理的な接触すらなくゴーレムを破壊しただと?!」
男の驚愕を無視し、俺はそのまま空中で身を翻す。
ドレスが周囲の黒い魔力を吸い込み、変換効率がさらに跳ね上がる。変換されたエネルギーは、ドレスの裾を鋭利な蒼い刃へと変質させた。
(次は二体同時だ。クーリア、視界を共有しろ。死角からの攻撃は俺が弾く。お前は正面の敵を『見る』だけでいい)
(わかった! 逃さないよ!)
クーリアの強い意志が、魔力波形をさらに鋭く研ぎ澄ます。
残る二体のゴーレムが挟み撃ちにするべく巨大な腕を振り上げたが、その時にはすでに俺の演算は完了していた。
「無駄だ。お前たちのルーチンはすでに解析済みだ」
閃光。
ドレスが描く蒼い円弧が、二体のゴーレムの脚部を同時に切断する。
バランスを崩し、無様に崩れ落ちる土塊。
俺はその残骸を足場に跳躍し、魔法陣の中央で震える男の喉元へと、最短距離で着地した。
「……ひ、ひぃっ!!」
「さて。バグの親玉。お前が握っているその『リソース』、こちらに渡してもらおうか」
俺は男の手から、黒ずんだ『蒼の結晶』を無造作に奪い取る。
汚染の根源に触れているというのに、俺の(クーリアの)手は微塵も震えない。ドレスがすべての毒性を、即座に「餌」として処理しているからだ。
「汚染を、吸い取っている?! 馬鹿な、人間がそんなこと……!」
「出来てるんだから良いだろ。お前が詳しく知る必要はない。どうせ理解出来ないだろうしな」
俺は結晶を凝視する。
深淵から響くような「キィィィン」という共鳴音。
俺の演算が、結晶内部の黒い不純物を特定し、一気にパージを開始した。
(クーリア、仕上げだ。この石を、お前の『好き』な色に塗り替えろ)
(うん! 綺麗になって、お願い!)
俺たちの手から溢れ出した純粋な蒼が、結晶を包み込む。
次の瞬間、洞窟を支配していたどす黒い魔力は霧散し、手の中には深海のような、どこまでも透明で美しい『蒼の結晶』が鎮座していた。
圧倒的な静寂。
三体のゴーレムはただの石塊に戻り、男は絶望に瞳を泳がせている。
「完全解決だ。残るタスクは、お前の身柄の処理、だな」
俺の冷徹な声が、空洞に響き渡った。
鉱山から街へ戻る道中、カイルは興奮を隠せない様子で、先を歩く俺たちの背中を何度も拝むように見ていた。
俺はそれを背中で感じながら、脳内の隅で回収した「蒼の結晶」の組成データを回し続けていた。
(クーリア。街に戻ったらギルドと領主への報告を済ませる。その後、宿でこの石を使ってドレスの補強だ)
(はい! でもミコトさん、その前に甘いもの、忘れないでくださいね。……あ、あそこの屋台、すごくいい匂い!)
鼻をひくつかせるクーリアの感覚が伝わってくる。
俺は苦笑しつつ、ギルドへ向かう足を少しだけ緩めた。
【冒険者ギルド・特賓室】
街に戻り、縄で縛った黒ずくめの男をギルド職員に突き出すと、館内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
再び招かれた二階の特賓室には、ギルドマスターだけでなく、街の領主と思われる肥満体の男も同席していた。
「……信じられん。あの最深部の汚染を、たった一晩で……。それにこの結晶、本来の数倍の輝きを放っているではないか」
領主が脂ぎった手で結晶に触れようとするのを、俺は音もなく避けて手元に引き寄せた。
「触らないほうがいい。今のこれは俺の魔力で『安定』させている状態だ。不作法な干渉をすれば、魔力が暴走してこの部屋ごと吹き飛ぶぞ」
嘘ではない。出力の最適化を解けば、凝縮されたエネルギーが解放される。
領主が悲鳴を上げて手を引っ込めたのを確認し、俺はギルドマスターに向き直った。
「約束通り、鉱山の問題は解決した。黒いローブの連中も一網打尽だ。……さて、報酬の話をしようか。カイルには伝えたが、この結晶の半分。そして、今後採掘される素材の優先取引権。これらは確定でいいな?」
「もちろんだとも。それどころか、今回の功績を鑑みれば、金貨百枚を追加しても足りんほどだ」
ギルドマスターは深く頷き、領主に鋭い視線を送った。領主も自身の不祥事(汚染の放置)を揉み消してもらった形になるため、もはや首を縦に振るしかない。
(ミコトさん、百枚ですよ!凄いです、それだけあればお菓子が一生分食べられますよ!)
(一生は無理だが、しばらくは金に困らんな。……だが、俺たちが本当に欲しいのは金じゃない。この世界で『自由に動ける権利』だ)
俺は白金の冒険者証を手の甲に浮かび上がらせる。
「もう一つ。俺たちを『救世主』として祭り上げるのは勝手だが、行動の制限は受けない。領主直属になれだの、この街に留まれだのという制約は一切拒否する。不満があるなら、今から鉱山に汚染を戻してきてもいいんだが?」
「め、滅相もない! クレアハート殿の望むままに!」
領主が真っ青になって手を振る。
交渉成立だ。
【深夜・宿の一室】
夕食に約束のベリーパイと蜂蜜入りの紅茶を(クーリアが)堪能し、彼女の意識が満足感とともに眠りについた後。
俺は一人、机の上に『蒼の結晶』を並べた。
「さて、始めようか。ドレスのバージョンアップだ」
俺の網膜に再び演算グリッドが展開される。
結晶を細かく砕き、魔力の触媒としてドレスの繊維一本一本に定着させていく。
ただの「洗浄」の術式を、ドレスそのものが「自動クリーン」として常時展開するように書き換える。
これにより、外部からの魔力干渉(呪いや汚染)は、ドレスに触れた瞬間に無力化され、逆に俺たちの魔力へと還元されるようになるはずだ。
「……よし。これで防御レイヤーの強化は完了。次は、クロックダウンとの併用効率を上げるためのバッファの確保だな」
暗闇の中、俺の(クーリアの)瞳が青白く発光する。
窓の外、夜の静寂に包まれた街を見下ろしながら、俺はこれからの行動の予定を組み立てていた。
翌朝、窓から差し込む陽光で目が覚めた。
正確には、クーリアの意識が浮上するのと同時に、俺の処理優先度を少し下げ、感覚を彼女へと明け渡す。
(ふわぁ、……ミコトさん。おはようございます)
(おはよう、クーリア。ドレスの最適化は昨夜のうちに済ませた。魔力運用効率が大幅に向上しているはずだ)
翌朝、窓から差し込む陽光で目が覚めた。
正確には、クーリアの意識が浮上するのと同時に、俺の処理優先度を少し下げ、感覚を彼女へと明け渡す。
(なんだか、体がすごく軽いです!)
クーリアは寝間着代わりの簡素なシャツから、椅子に掛けてあった「蒼いドレス」へと着替えるとその違いにすぐに気付いたようだ。
仕立て屋のおば様が工夫してくれた、特殊な合わせと紐の構造。ドレスなど着たこともなかったクーリアでも、そして男である俺にとっても、この「一人で完結できる」構造は非常に合理的で助かる。
袖を通した瞬間、クーリアの体が微かに蒼い燐光を帯びた。
(わっ、綺麗。それに、なんだかドレスが、私の一部になったみたい……)
(魔力伝導率が大幅に引き上げられた結果だ。周囲の魔力を吸収する範囲もかなり広がっているはずだから、立っているだけでお前の魔力は常に満タンに近い状態を維持できるはずだぞ。よし、出発だ)
宿代は領主持ちということで、俺たちは宿の主人に軽く会釈をして外に出た。
街の空気は、昨日までの澱みが嘘のように澄み渡っている。
ギルドへ向かうと、入り口にはすでに馬車が一台用意されていた。これが次の目的地である「学術都市ゼノス」までの足になる。
「クレアハート殿! お待ちしておりました!」
駆け寄ってきたのはカイルだ。すっかり顔色も良くなり、見違えるように快活な顔をしている。
「爺……ギルドマスターからの伝言です。これは、今回の報酬の一部と、ゼノスのギルド支部への紹介状です。あなたの『力』があれば、あちらでもすぐに最高の待遇を受けられるでしょう、と」
差し出された、ずっしりと重い金貨の音のする袋を受け取る。
だが、俺の興味はすでにその先、大陸一の魔導知識が集まるとされる「学園都市グリランドール」に向かっていた。
(ミコトさん。あの馬車、乗ってもいいんですか?! 私、馬車なんて初めてです!)
(ああ、好きにしろ。歩くよりは移動時間を演算に回せるから効率的だ。……行くぞ、クーリア。この街での『デバッグ』は終わった。次は、この身に起きている変化点を洗い出す)
(そうですね……私の魔力が急に増えたり、出力が上がった理由も知りたいですし)
そう、次の目的は自分達を知ること。
「世話になったな、カイル。爺さんによろしく言っといてくれ」
俺は(クーリアは)軽く手を上げ、馬車のステップに足を掛けた。
翻る蒼いドレスが、朝陽を浴びて昨日よりも深く、鮮やかな増幅された輝きを見せる。
御者が鞭を鳴らし、馬車がゆっくりと動き出す。
遠ざかっていく街の景色を眺めながら、俺は脳内でグリランドールまでの地図データを展開し始めた。




