初クエストがエンドコンテンツ並みってそれは
ギルドの二階は、一階の喧騒が嘘のように静かで、ふかふかの絨毯が私の歩みに合わせて心地よい沈み込みを見せます。
案内された特賓室の扉が開くと、そこには使い古された一階のテーブルとは比べ物にならない、磨き上げられた円卓が置かれていました。そして、そこに次々と運ばれてくる、夢にまで見た「本物の料理」。
香ばしい匂いを立てる分厚いステーキ、黄金色に透き通ったコンソメスープ、そして焼きたての白いパン……。
「さあ、遠慮はいらん。存分に食べてくれ。……あ、お前ら、お嬢さんの服を汚さないようにエプロンを用意しろ!」
「いただきますっ!」
待ちきれない私はスプーンを手に取ると、まずはスープを一口、口に運びました。
(っ! ミコトさん、これ、美味しい! 体の中に、温かいのがじわぁって広がって……!)
(ああ。塩分、脂質、アミノ酸……野生の木の実や生魚とは比較にならんほど高効率な栄養素だ。お前の脳内のドーパミンの数値がさっきからグラフを突き抜けてるぞ。いいぞ、そのまま全部エネルギーに変えろ)
私はもう、止まりませんでした。
ミコトさんの冷静な分析をBGMに、私は無心で、でもドレスに恥じないように(意識だけはして)食事を続けました。
ステーキを一口噛むたびに、肉汁が溢れ出し、三ヶ月間飢えていた私の細胞一つ一つが歓喜の声を上げているようです。
野営でも猪などは食べていましたが、味付けは無し、ただ焼いただけの物でとても料理とは呼べないものでしたから。
ギルドマスターは、私の食べっぷりをどこか満足げに、そしてやはり少しの畏怖を混ぜた目で見守っていました。
「……さて。落ち着いたところで、少し話をしてもいいかな。……クレアハート君」
食後の温かいお茶が運ばれてきた頃、ギルドマスターが真剣な面持ちで切り出しました。
「君が救ってくれたあの男は、私の孫だ。そして、彼をあんな姿に変えた『魔力汚染』の源……それは、この街の領主が所有する鉱山から溢れ出したものなんだ」
(きたな。クーリア、ここからが本当の『営業』だ。胃袋が満たされたなら、次は『権益』を満たしに行くぞ)
(はい! でもミコトさん。私、少し眠くなって……)
(おい……はあ、まあいい。どうせ交渉は俺がやるんだ、体は任せろ)
(おやすみなさい、ミコトさん。あとは……むにゃ……よろしくお願いします……)
ーーーーーーーーーー
クーリアの意識が、暖炉の火に温められた子猫のように深い眠りへと落ちていくのを感じながら、後押しするように瞳を閉じる。
、極度の空腹からの飽食、そして緊張からの解放。生体反応としては極めて正常な挙動だが、このタイミングで寝落ちするあたり、やはり彼女の「中身」はどこまでも無防備な女の子のままだな。
俺はクーリアが完全に熟睡したのを確認するとふっと、瞼を開けて視線の解像度を上げた。
姿勢を正し、ティーカップを音も立てずにソーサーへ戻す。
一瞬前までの「幸せそうに頬張っていた少女」の気配が霧散し、特賓室の空気が再び、絶対零度の「理」によって支配された。
「続けてくれ、ギルドマスター。領主の鉱山、だったか」
俺の――クレアハートの口から出た声の温度差に、ギルドマスターがわずかに喉を鳴らした。
「ああ。あの鉱山は、この街の経済の心臓部だ。だが数ヶ月前、最深部で『異常な魔力溜まり』が発見されてから、様子がおかしくなった。鉱員たちは次々と中毒に倒れ、熟練の冒険者ですら、奥に入るだけで汚染に呑まれる」
老人は組んだ手に力を込める。
「領主は『事故』として封鎖を命じたが、実情は違う。封鎖された鉱山の入り口から、今も汚染された魔力が街の地下水脈にまで漏れ出しているんだ。このままじゃ、この街は数年で人が住めない死の街になるだろう」
(ふぅん? こいつはもしかして、あの仕立て屋が言ってた『蒼の絹』の素材とも関係あるんじゃないか?)
俺は脳内で、おば様が話していた素材の希少性を照らし合わせる。
深海のような蒼、魔力伝導率の異常な高さ。
もしその素材が「最深部」でしか採れないものだとしたら、その魔力溜まりの正体は――。
「領主はその事態を把握しながら、なぜ放置している? 自分の領地が腐っていくのを黙って見ているような無能か?」
「領主の裏に、別の影が見えるんだ。最近、街に『黒いローブの集団』が出入りしている。彼らが鉱山に入った後、汚染はさらに加速した」
俺は薄く笑った。
分かりやすい。典型的な「インフラの汚染」と、それに乗じた「リソースの私物化」だ。
おそらくその黒い連中は、鉱山の魔力溜まりを何らかの実験場、あるいは触媒として利用している。
「なるほどな。……不具合の元凶が見えてきた。つまり、鉱山を浄化し、その不法占拠者を捕縛叉は排除すれば、あんたの街も安心だし、俺の財布も潤う。……論理的な解決策だ」
俺は立ち上がり、窓の外に広がる夕暮れの街を見下ろした。
翻るドレスの「蒼」が、夕陽に照らされてさらに神秘的な輝きを放つ。
「ギルドマスター。あんたに一つ提案がある。この依頼、俺が『完全解決』してきてやる。ただし、報酬は金だけじゃない。……その鉱山から採れる『素材の優先取引権』、それを俺に寄越せ」
「……素材の、優先取引権だと?」
ギルドマスターが呆気に取られたように呟いた。金貨の山を要求されるならまだしも、未だ汚染の渦中にある鉱山の、それも実態すら定かではない素材の権利を求められるとは思っていなかったのだろう。
「ああ。このドレスの素材でもある『蒼の絹』の原料。あれはこの鉱山の、それも汚染が最もひどい最深部の特異環境下でしか生成されない結晶体だろう? 汚染を除去すればただの岩に戻るかもしれんが、俺ならその『特性』だけを残して無害化できる」
俺は窓に映る、自身のの纏うドレスを少しつまみ上げる。
いくらクーリアのこの顔が良いとしても、仕立て屋のおば様のトランスっ振りはただ事じゃなかった。命を削ってまで仕上げたこの蒼。魔力汚染、ひいては呪いに関わるのなら納得がいく。
少なくとも、これがただの偶然の産物ではないことは、ドレスの魔力伝導率を見れば明らかだ。
「このドレスを仕上げた職人は、命を懸けてこれを縫った。それに、俺自身もこのドレスをさらにアップデートしたいんでね」
ギルドマスターは、俺の纏っている「蒼」の輝きを改めて見つめ、深く頷いた。
「いいだろう。領主との交渉はこちらで持つ。もともと汚染で使い物にならんと言い張っている場所だ。ギルドが『清掃代わり』に一部の採掘権を譲り受ける形にすれば、奴も文句は言わん。だが……」
「わかってる。黒いローブの連中だろう? 立ち入り禁止の看板を無視して居座っている『ウイルス』どもだ。そいつらの処理も含めての『完全解決』だ。追加料金は取らないさ」
俺はクーリアの体を優しく動かし、椅子に深く座らせ直した。
まだ彼女は夢の中だ。今のうちに、俺の演算能力をフル回転させて、街の地図データと地下水脈の魔力汚染濃度から、鉱山の構造を逆算しておく必要がある。
「さて。爺さん。出発は明日だ。今夜はぐっすり眠れる、最高のベッドを用意しておいてくれ。仕事の前にハードウェアのメンテナンスを怠るのは、二流のすることだからな」
「承知した。お嬢さん……いや、クレアハート君。お前さんのような『賢者』を迎えられたのは、この街にとって最大の幸運かもしれんな」
ギルドマスターは深く頭を下げると、静かに部屋を後にした。
俺もさしあたって今は用はない。ギルトから出る前に受付に立ち寄り、冒険者証を受け取る。
手の甲に紋様として刻まれるそれは普段は隠れていて見えないが、必要に応じて浮かび上がらせる事が出来る。
一般的に駆け出し冒険者は白く光り、そこから青、黄色、赤、紫、金となる。が、俺の紋様はそのどれでもない、白金だった。
(どれだけ俺達を買ってくれたのやら。ま、悪くない)
俺はギルマスが口利きで紹介してくれた宿に向かう。
宿の女主人は、見た目は10歳の俺を初め訝しがったが、俺は15歳であること、ギルマスを紹介であること、更に白金の冒険者証を見せる事で納得してくれた。
案内された部屋は簡素ではあるが、ベッド等の調度品は一級品、ドレッサーまで備え付けられている。
まあ、俺は元より、クーリアもお洒落とは無縁の生活を送ってきたので、あまり使うことはないだろう……いや、クーリアの将来のために俺もある程度覚えておくべきか? 理論以外全く身に付く予感がしないが。
(……さて、やるか。クーリアが寝ている間に、この街の『バグ』をすべて洗い出すぞ)
俺は窓の外の街並みをスキャンする。
ドレスが周囲から吸い上げる膨大な魔力を、俺の演算能力にすべてバイパスする。
網膜に投影されるのは、物理的な風景ではなく、魔力の流れを可視化した「ワイヤーフレーム」の世界。
「……なるほど。地下水脈の汚染の波形から逆算すると、鉱山の構造はこうか。……ふむ、不自然な魔力収束点が三箇所。これが『黒い連中』の儀式の拠点だな」
暗闇の中、俺の(クーリアの)瞳が青白く明滅する。
脳内に構築されるのは、完璧なまでの攻略マップ。
最短経路。
敵の配置。
そして、この「蒼のドレス」をさらに高次元へ引き上げるための、素材の座標。
「明日は忙しくなるぞ。……おやすみ、クーリア」




