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ようやくご飯が食べられそうです

 蒼いドレスの裾が、石畳の上で「さらさら」と、まるでおとぎ話の序章を奏でるような音を立てる。

荒くれ者の冒険者たちが息を呑む中、私は一番奥の受付カウンターへ向かい、唖然として固まっている受付嬢の女性に、花が綻ぶような微笑みを向けました。


「こんにちは。冒険者登録に参りました」

「は、ひっ!? あ、はい! 登録ですね! ええと、お、お名前は!?」


 彼女はあまりの「魅力補正500%」の直撃に、ペンを落としそうになりながら必死に書類を広げます。


「クレアハート。名字はありません。ただの、クレアハートです」


(いいぞ、クーリア。その『訳ありな高貴さ』を漂わせる言い回し。ドレスの説得力と相まって、相手の認識が勝手に『隠遁した大貴族の息女』か『高位精霊の化身』へと補完されていく)


 ミコトさんの冷静な分析通り、受付嬢は震える手で「クレアハート」の名をカードに刻みます。


「は、はい! クレアハート様ですね! では、恐れ入りますが、こちらの『魔力測定水晶』に手をかざして、適性を確認させていただけますか?」


 差し出されたのは、年季の入った巨大な水晶。

 通常、これでその人のランクや適性が決まる、ギルドの心臓部。


(ミコトさん。普通に触ったら、この水晶爆発しちゃいませんか? 700%補正なんですけど)

(ああ、あり得るな。でも良いんじゃね。それはそれでおもしろそうだ。よし、クーリア。俺もサポートする。全力で行こうぜ)

(ふふ、了解です! えいっ)


 私はそっと、白く細い指先を水晶に触れさせました。

次の瞬間――。

 ギルド中が、見たこともないほど「澄み渡った青い光」で満たされました。

 測定機の最大値を超え、光が限界を示す白の極光になる。


「な、なっ!? 魔力値、計測限界!? いえ、これ……『純度』が……!!」


 受付嬢の絶叫に近い声が響き、後ろで様子を伺っていた冒険者たちが、椅子の脚を鳴らして立ち上がりました。


(あはは! ミコトさん、見てください! 水晶が真っ白ですよ! 眩しくて何も見えないくらい!)

(おいおい、魔力取込能力が思った以上のオーバーロードだぞ。魔力補正と相乗効果を生み出して実質的に上限無いんじゃねえか、これ? 水晶の原子構造が励起状態を超えて、光子に変換され始めてる。だが、最高だ。この『理不尽なまでの輝き』こそ、俺たちの名刺代わりに相応しい!)


パキィィィィン!!


  乾いた、それでいて重厚な音がギルド中に響き渡りました。

 計測限界を超えた負荷に耐えきれず、ギルドが誇る魔力測定水晶に、中心から真っ二つに亀裂が走ります。

 溢れ出した蒼い光の粒子が、私のドレスの裾に吸い込まれるように渦を巻き、まるで私が光を従えているかのような光景を作り出しました。


「あ、あわわ……水晶が……測定器が……ッ!」


 受付嬢さんは腰を抜かして床にへたり込み、周囲の冒険者たちは、もはや声を出すことすら忘れて立ち尽くしています。

 喧騒だったギルド内は、今や墓場のような静寂――いえ、神殿のような静謐さに包まれていました。


(ミコトさん、ちょっとやりすぎちゃいました? このドレスが、周りの魔力をどんどん吸い込んで、私の魔力と混ぜて放出しちゃうから……)

(いや、これでいい。中途半端な『才能』じゃなく、既存のシステムを物理的に『破壊』するレベルの『存在』だと分からせた方が、後の交渉がスムーズになる。いいかクーリア、ここからは『クレアハート』としての威厳を保て。この壊れた水晶代なんて、今から受ける依頼の報酬で釣りが来るほど稼げばいいんだ)


 私はゆっくりと水晶から指を離しました。

 光の粒子が収まると、そこには完璧に真っ二つに割れた、しかし断面が宝石のように滑らかに磨き上げられた水晶の残骸が残されていました。

 私は、呆然としている受付嬢さんへ、申し訳なさそうに……でも、少しだけ茶目っ気を含ませて首を傾げました。


「ごめんなさい。少し、張り切りすぎちゃいました。弁償は、すぐにお仕事で返しますから。登録、進めていただけますか?」


 その声が響いた瞬間、ギルドの奥にある重厚な扉が勢いよく開きました。


「――今の光は何だ!? 計測機が悲鳴を上げたぞ!」


 現れたのは、全身に古傷を刻んだ、筋骨隆々の老人。このギルドを統べるギルドマスターです。

 彼は一瞬で状況を把握しようと周囲を見渡し、そして、割れた水晶の前に立つ「蒼のドレスの少女」と目が合った瞬間、その動きを止めました。


(ミコトさん、大物が出てきましたよ)

(まあ、それなりに騒ぎを起こしたからな。それにしてもあの爺さん、一見ただの筋肉ダルマだが、体内の魔力循環路が極限まで洗練されてる。流石だな)

(ミコトさん。あの人の目、怖いくらい鋭いです。私のこと、射抜くみたいに見てますよ)

(心配ない、クーリア。あれは敵意じゃない。あまりに規格外な『現象』を目の当たりにして、生物としての本能が最大警戒を鳴らしてるだけだ。いいか、このまま『お願いして仕事をもらう新人』のふりをする必要はない。俺たちの価値を叩きつけて、対等なビジネスパートナーとして席に着くぞ)


 ギルドマスターの老人は、割れた水晶の断面と、そこに平然と佇む私を交互に見て、一度だけ深く、重い溜息をつきました。


「計測機が壊れたのは、このギルドが建ってから二度目だ。だがな、お嬢さん。前回は『北の蛮族の王』が、文字通り命を削るような咆哮と共に魔力を叩きつけた時だった」


 老人は一歩、私の方へ歩み寄りました。一歩ごとに、床に溜まった私の蒼い魔力残滓が波打ち、彼の足元で弾けます。


「それを、呼吸でもするかのように、事もなげに。お前さんは、一体どこから来た? 何を目的としている?」


(ミコトさん。どうしましょう? 正直に『お腹が空いて服もなかったから』なんて言ったら、今の格好じゃ信じてもらえませんよね)

(ふむ、そうだな。いや、案外その方が底が読めない『謎めいた高貴な専門家』のように見えるかもしれん。クーリア、少し俺が出る。交代だ)

(……了解です、ミコトさん。お願いします!)

 私の意識がふっと後ろへ下がり、代わりにミコトさんの、あの鋭利で冷徹な「ロジック」の感覚が、私の視界と手足の主導権を掌握しました。


ーーーーーーーーーーーー


 俺は軽く手を握ったり、床につま先をトントンしたりして体の感覚を確かめる。半日振りとは言え、基本的に体の操作はクーリアに任せているから、なかなか違和感が拭えないな。


「目的、か。あんたはいちいち新人全員に聞いて回ってるのか? 生活基盤の確保、それ以外あるか? 要約すれば、腹が減ったから飯を食いたいが、金がない、だから稼ぎに来た。それだけだ」


 その声は、クーリアの鈴を転がすような甘さを残しながらも、響きはどこまでも平坦で、感情の起伏が削ぎ落とされています。


「腹が、減っただと……?」

「ああ。俺はちょっと訳ありで三ヶ月前からほぼ着の身着のまま野営生活だったんだよ。服だってついさっき、運良く仕立ててもらえただけで、この街に着いた時は透けかけたぼろ布一枚だったんだ」


 俺は一歩、無造作に踏み出す。

 その瞬間、ドレスの魔力取込機能が周囲の魔力を強引に引き寄せ、ギルドマスターの威圧感プレッシャーを霧散させるどころか、逆に彼を威圧し「観測対象」として圧迫し始める。


「何……!?」


 ギルドマスターが思わず後ずさる。

 俺からすればただの調整だ。このドレス、魔力取り込み効率が良すぎて放っておくと周囲の魔力密度をゼロにする勢いだからな。適度にバイパスを作って解放しなけりゃ、この建物ごと真空状態(エーテル欠乏)にしかねない。


「測定機が壊れたのは、計測範囲の設計ミスだ。俺のせいじゃない。まあでも悪かったよ、こんなに脆いとは思わなかったんだ。……それよりも爺さん、あんたも『冒険者』なら、不毛な問答より『実利』を取るべきじゃないか?」


 俺は冷めた視線を向ける。クーリアの可憐な顔立ちでこれをやると、相手の脳が「美少女の微笑み」を期待して「冷徹な論理」を突きつけられるというバグに近い混乱を起こすらしい。ギルドマスターの瞳孔が不規則に揺れている。


「実利……だと?」

「そうだ。あんた、さっきから奥の部屋の魔力振動を気にしてるだろ。この感じ『魔素中毒』か? いや、もっと質が悪い。呪いか何かを受けたか。高密度の魔力が神経系にこびりついて、生体電流と混線ノイズを起こしてる。このままじゃあと数時間で脳が焼き切れるぞ」


 ギルドマスターの顔が、驚愕を通り越して青褪めた。


「何故、それを……いや、それどころか、残り時間まで……!」

「視ればわかる。魔力は『波』だ。不協和音が聞こえてるんだよ。……案内しろ。俺がそのノイズを『調律チューニング』してやる」


 俺は踵を返し、誰に教わったわけでもないのに、魔力の乱れが最も激しい「奥の扉」へと迷いなく歩き出した。


(ミコトさん、大丈夫ですか? 怒ってないですよね、あの人)

(フッ、怒る余裕なんてないさ。今、あいつの脳内では『この少女は神の使いか、あるいは破滅の元凶か』という二択で激しい演算が行われてる。……だが、結果を見せれば、答えは一つに収束する)


 扉の前に立つ。

 俺が手をかける前に、内側からの魔力圧に耐えかねた扉がガタガタと震えていた。

 俺はそれを無造作に開け放つ。


「――待て! 安易に入るな、汚染が広がるッ!」


 後ろから我に返ったギルドマスターの声が飛ぶが、遅い。

 部屋の中に充満していた、どす黒い魔力の霧が、獲物を求めて一気に俺――クーリアの体へと殺到した。

(わわっ、ミコトさん! 何か黒いのが!)

(安心しろ、クーリア。こいつはただの『高エネルギーの廃棄物』だ。ドレスの取込口インテークを開放。全部、俺たちの『燃料』にしてやる)


 俺が思考した瞬間、ドレスの「蒼」が一段と深く輝いた。

 部屋を埋め尽くしていた黒い霧は、俺に触れた瞬間に「蒼」へと中和され、凄まじい勢いでドレスの繊維へと吸い込まれていく。

 まるで、乾いた砂が水を吸い込むように。

 数秒後、そこには完璧に浄化された空気と、ベッドに横たわる一人の騎士、うっすらと笑みを浮かべる俺、そして――あまりの光景に絶句して立ち尽くすギルドマスターの姿だけが残った。


「さて……オペ(最適化)を始めるか」


 俺は寝台に歩み寄り、苦悶の表情を浮かべる患者の額に、細い指を添えた。

 指先から伝わってくるのは、荒れ狂う嵐のようなノイズだ。

 魔力汚染。魔物発生の原因でもある魔力汚染は通常、意図的に魔力の凝りに触れ続けるか、凝りその物を更に濃縮したものを直接当てる事でしか人間には起こりにくい。理由はシンプル、触ればすぐに分かるくらいの不快感があり、長時間触れたいとは思わないからだ。

 故に、誰かを魔素中毒にまで陥らせるほどの時間を掛けるには既に限界ギリギリまで汚染された専用の呪具を対象に持たせたり、或いは部屋に置いたり、紋様などで術者に影響が出ないようにする必要がある。そんな回りくどいやり方も、この世界の住人には「呪い」にしか見えない理由だろう。

 だが、俺の視点デバッグ・モードで見れば、ただの「書き込みエラー」だ。外部からの異常な魔力パルスが、こいつの神経系の伝達コードを書き換えちまってる。それが魔素中毒の正体だ。


(ミコトさん。この騎士さん、すごく苦しそうです。魔力の波が、ギザギザに尖って体に刺さってるみたい)

(ああ。誰かが意図的にこいつのシステムを壊しに来たな。普通の『事故』なら魔力の波はもっとランダムだが、これは一定の指向性を持った悪意あるノイズだ。……だが、やることは変わらん。クーリア、いくぞ。こいつの脳内にこびりついた『偽のコード』を、俺たちの純粋な魔力で一気にパージする)


 俺は、ドレスから供給される無限に近い魔力を指先に一点集中させた。

 指先が蒼白く発光し、患者の額に触れた瞬間、パチパチと空間を焼くような音が響く。


「動くな。今、神経系に癒着したノイズを強制終了させている」


 俺は、意識の奥底で膨大な演算を開始した。

 相手の神経系に流れ込んでいる異常な魔力パルス――「呪い」の波形を読み取り、その逆位相となる魔力をぶつけることで相殺し、消滅させる。理屈はノイズキャンセリング・ヘッドホンと同じだが、これを人間の魔力回路で行うには、物理法則と魔力の挙動を完全に把握している俺の「知能」と、それを現実化するクーリアの「出力」が不可欠だ。


(ミコトさん、指先から黒い火花が!)

(不純物が焼けてるだけだ。気にするな。……よし、侵食率40%、60%……一気に上書きする!)


 俺の指先から放たれた蒼い奔流が、患者の体内を駆け巡り、こびり付いていたドス黒い魔力を根こそぎ引き剥がしていく。引き剥がされた「呪具の残滓」は、ドレスの吸着機能によって瞬時に中和され、霧散した。


「――っ、……はぁ、ぁ……!!」


 激しく悶えていた騎士の体が、一瞬だけ弓なりに反り、その後、憑き物が落ちたように脱力した。

顔色は青白から、健康的な赤みが差した状態へと秒単位で戻っていく。

 俺は指を離し、何事もなかったかのように身を翻した。


「書き換え完了だ。神経系のノイズはすべて除去した。あとは肉体が自己修復するのを待てばいい」


 後ろを振り返ると、ギルドマスターが呆然と立ち尽くしていた。

 最高位の治癒師ですら「呪い」として匙を投げたはずの症状を、ただ指先一つで、それも会話のついでに終わらせてしまった目の前の「少女」。


「……信じられん。お前は、一体……」

「言っただろ、腹が減ってるんだ。さあ、爺さん。治療代はサービスだ。これで俺は、問題なく冒険者になれるだろ?」


 俺はあえて、クーリアの持つ「無垢な美貌」の中に、氷のような「実利」を同居させて笑ってみせた。


「ああ。勿論だとも。なれるどころか、お前さんをそこらの一般ランクに放り込んだら、ギルドの秩序が崩壊するわい」


 ギルドマスターは、ようやく肺に溜まっていた空気をすべて吐き出すように肩の力を抜いた。その眼差しは、先ほどまでの警戒から、底の知れない怪物を仰ぎ見るような畏怖へと完全に切り替わってしまっている。


「分かった。お前さんの望み通り、このギルドで最高の待遇を約束しよう。……おい、お前ら! 突っ立って見てるんじゃない! 厨房を叩き起こせ! 酒はいらん、最高級の肉と、栄養のある温かいスープをありったけ用意するんだ! それと、二階の特賓室を開放しろ!」


 ギルドマスターの怒鳴り声で、凍りついていたギルドの職員たちが一斉に動き出す。

 ある者は厨房へ走り、ある者はシーツを抱えて階段を駆け上がる。


(ふぅ。ミコトさん。終わりましたね)

(ああ。……よし、クーリア、主導権を戻すぞ。俺が淡々と飯を食うのも味気ないからな。お前のその、空っぽになった胃袋で、思いっきり味わってこい)

(はい! ありがとうございます、ミコトさん!)


ーーーーーーーーーーーー


 ふっと意識が切り替わり、私の体に「温かさ」が戻ってきました。

 ミコトさんの冷徹な支配から解き放たれた瞬間、我慢していた「それ」が、静まり返った部屋に響き渡ります。


――ぐぅぅぅぅぅぅ……。


「……あ。……うぅ……」


 私は顔を真っ赤にして、思わずお腹を押さえました。

 さっきまで「ガラクタ」だの「書き換え完了」だのと不敵に言い放っていた少女が、今は耳まで真っ赤にして俯いている。

 そのあまりのギャップに、ギルドマスターは一瞬呆気に取られ――。


「ははは! ははははは! 違いない、こりゃあ確かに、ただの腹ペコのお嬢さんだ!」


 彼は豪快に笑い飛ばしてくれました。


「さあ、クレアハート君。こちらへ。まずは空腹という名の『バグ』を修正しに行こうじゃないか」

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