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ルナリア教の介入

下界に戻ると、エルゼが慌ただしく帰り支度をしていた。


「何か有ったんですか?」

「ああ、クレアハート。いや何、どうもノース・ゲートが少し不穏な動きが有ったらしい。わざわざ遠距離通信魔法まで使って召集がかかったんだ」


 エルゼは手際よくナイフを鞘に収め、苛立ちを滲ませた声色で答える。

 だが、俺の意識はそれよりも別の方を向いていた。

(不穏な動き、ね……。クーリア、気付いているか? 俺達も誰かからの監視を受けているぞ。『星屑の目』(スター・ビット)がどこかからの魔力振動を検知した)

(ええっ!? 一体誰が?)


 俺は即座に『星屑の目』(スター・ビット)の感度を最大まで引き上げ、周囲の魔素密度パケット・トラフィック広域走査(スキャン)する。

 だが、おかしい。

 反射波が帰ってくるポイントには、人影はおろか、遠隔操作用の魔導端末(ドローン)の類いさえ存在しない。


(……チッ。物理的な観測装置(ハードウェア)を通していないのか。空間そのものに極微細な魔力素(ナノ・プログラム)を散布して、こちらの生体情報(ログ)を盗み見ている……。この記述精度(レベル)、ただの密偵じゃないな)


「そういう訳だから、私は戻るよ。全くロクに休む暇もなくとんぼ返りとはね。君はどうする?」

「そうだな……俺は少し、やり残した事がある。もうしばらくはここに残る」


 俺の言葉にエルゼは特に気落ちした様子もなく、


「そうか、ではここでお別れだな。間引きの応援、助かったよ。縁があったらまた会おう」

「ああ。達者でな、エルゼ。……貸しは、いずれ高くつくぞ」


 そう軽口で送り出すと、エルゼは「はははっ! お手柔らかに頼むよ!」と快活に笑い、雪煙を巻き上げてノース・ゲートへと馬を走らせていった。

 その背中が見えなくなるのを待たず、俺はクーリアの意識を鋭く研ぎ澄まさせる。

(……クーリア、そのまま『普通』にしていろ。エルゼが離脱した今の隙を、向こうは狙っている。監視の指向性(ベクトル)が変わったぞ)


「……はい、ミコトさん。なんだか、首のあたりがチリチリします」


 俺は『星屑の目』(スター・ビット)が捉えた微弱な魔力振動(ノイズ)を逆演算し、その発生源を突き止める。

 姿は見えない。熱源もない。だが、そこには確実に、この世界の物理法則を一段階深く記述(ハイレベル・アクセス)した何者かの視線(アクセス)が存在する。


(やはりな。物理的な観測ではなく、魔素そのものを媒介(プロキシ)にした広域スキャンだ。……この手口、ノース・ゲートでルナリア教の司祭を監視していた時に、奴らが使用していた通信魔法の論理(ロジック)に酷似している)


 月天ルナリア教。やはり、古代文明を追う限り絡んでくるか……。

 月を、あるいは天空を崇める宗教。その象徴たる月天姫(げってんき)が今は不在だとあの時、司祭が言っていたのを思い出す。

 俺は、去りゆくエルゼの馬が蹴立てた雪煙が、薄い空気に溶けていくのを冷めた目で見送る。

 周囲には、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返った廃墟の影。だが、その静寂の解像度(ディティール)を上げれば、そこには無数の|観測用ナノ・プログラム《魔素の羽虫》が、執拗にこちらの生態ログ(バイタル・サイン)を拾い上げているのが分かった。


(奴らがこの高度に記述(アドバンスド)された古代の通信プロトコル(術式)をどこで手に入れたかは知らんが……だとしたら、合点がいくな。象徴を失った教団が、その穴を埋めるために「神」の正体――すなわち古代文明の遺構(ハードウェア)管理者権限(アドミン)を求めているのだとしたら。この逆天都市・インバース周辺に連中が嗅ぎまわっているのも、単なる考古学的興味(フィールドワーク)ではあるまい)


 俺は、クーリアの腰まで届く長い黒髪を風になびかせながら、|可変式ドレス『星霜の蒼』《プラネ》の襟元を正す。この服自体が古代の高効率エネルギー(一次生産魔素)を前提とした設計である以上、奴らのセンサー(観測網)に引っかからないはずがない。


(まあいい、こっちはタダ働きで少し気が立っているんだ。お前達の出方次第では締め上げてその技術、盗ませてもらうぞ)

(ミコトさん、お金が絡むとすぐ脳筋になりますよね)

(お前だって魔素に酔うと魔法使いというより腕力頼りのバイオレンスアタッカーになるだろ)


 相変わらず『星屑の目』(スター・ビット)からは魔力振動のみが検出されるが、対象の姿は現れない。


(……チッ。姿を見せずに魔力振動(パルス)だけを叩き込んでくるか。まるで不可視の潜水艦(ステルス・サブマリン)だな。古代文明の技術を継ぎ接ぎして、空間の屈折率(インデックス)さえ書き換えてやがる)


 俺の『星屑の目』(スター・ビット)は、確かにそこに「在る」はずの質量(データ)を捉えきれていない。網膜に映るのは静まり返った廃墟だけだが、演算回路には執拗な走査波(ピン)が叩きつけられ続けている。


(クーリア、目を閉じろ。視覚という|低速なインターフェース《情報源》を一度シャットダウンしろ。……奴らは『見えない』んじゃない。この空間の描画レイヤー(レイヤー)から自分たちを意図的に外しているだけだ)

(……はい、ミコトさん。暗闇の中に、なんだか冷たいノイズがいっぱい見えます……)

(それでいい。そのノイズの発生源(ソース)を逆算する。……奴らが古代の解像度で上回っているというなら、俺は現代の汎用性(生活魔法)でそれを泥臭く(ロジカルに)塗り替えてやる。……おい、隠れてコソコソ見てる覗き魔(ルナリア)共。俺の労働(リソース)をこれ以上無駄にさせるなよ?)


 俺はクーリアの指先に、極小の魔導術式(スクリプト)を集中させようとするが、


(……チッ! 魔素が予約(リザーブ)されているだと!?)


 俺の指先から立ち上がるはずの術式が、形を成す前に霧散する。

 まるで、この空間一帯の魔素(リソース)が、何者かによってあらかじめ「使用予約」されており、俺の割り込み(インタラプト)を拒絶しているかのような感覚。


(生活魔法という、本来なら呼吸と同じ優先順位の低レイヤー処理(デフォルト・タスク)が弾かれた……。空間そのものが、俺たちのアクセス権限(パーミッション)を剥奪してやがるのか!)

(ミコトさん!? 魔力が……魔力が言うことを聞いてくれません! 体が、すごく重たい……!)


 宙に浮くクーリアの体がが不安定に揺れる。


(クーリア、パニックになるな! 外部の魔素(マナ)をアテにするな。『星霜の蒼』(プラネ)に蓄積された予備魔力(リザーブ・エネルギー)を回せば問題ない。これなら空間の予約設定(パーミッション)に関係なく、俺たちの『内側』の論理で動ける!)

(は、はいっ……! 『星霜の蒼』(プラネ)、私に力を……!)


 琥珀色の瞳が一段と強く輝き、ドレスの裾から蒼い粒子(パケット)が溢れ出す。

 古代の高効率設計(一次生産仕様)であるこの服は、外部の環境に左右されない、独立したクローズド・システム(閉鎖系)としても機能する。


(よし、起動(ブート)成功だ。奴らはこの空間を自分の独占領域プライベート・ネットワークだと思い込んで油断している。……そこを、このドレスの内蔵出力(外部入力)で無理やり穴を開けて(トンネルを掘って)やる!)


 俺は、姿の見えない観測者たちが潜んでいるであろう座標(ポイント)を、魔力振動の『反射が消えている場所』から逆算して特定する。


(クーリア、『蒼の憧憬』(ストラトス)SMストライク・ミーティアモードで起動、あの怪しい空間を木っ端微塵にしてやるぞ。出力を一点に集中。……地面には向けるなよ?)


 『蒼の憧憬』(ストラトス)の先端を囲むように『星屑の目』(スター・ビット)が配置され、まるで集光レンズのように魔素エネルギーを穂先に集中させる。その輝きは既にクーリア自身よりも遥かに大きく膨れ上がっている。


 集光レンズとなった『星屑の目』(スター・ビット)の中心から、極太の蒼い熱線(演算干渉波)が放たれた。


 キュドオオオォォォン!!!!!


 およそ個人規模で出せる物ではないその破壊光線の出力は、魔素の檻も、ステルスも、その中で身を潜める何者かもをすべて粉砕する。

 光の残滓が舞う中、何もないはずの虚空が鏡のようにひび割れ、激しい空間剥離(ノイズ)と共に、一体の魔導人形が地上へと叩き落とされる。


「ふん、何が出るかと思えば、随分と高そうなオモチャじゃないか……」


 すると魔導人形の残された頭部から声が響いた。


『オモチャとは言ってくれるね。確かにこれは一体作るにも金貨数百枚は飛ぶんだけどね』


 男とも女ともつかない、合成音声のような声。


『君、かなり強大な魔力を持ってるね。周囲の魔素はロックしておいた筈なのに、それでもこの人形を一撃だなんて。これでもかなり頑丈なはずなんだけど』


「ほう、会話が出来るのか。ならば訊くが、お前は何者で、どうして俺をコソコソ嗅ぎ回る?」


『ん? 私かい? まあ、ある程度察しは付いているだろうけど、ルナリア教の者だよ』


 魔導人形の首から漏れる声は、破壊されたことへの怒りよりも、新種のバグ(未知の現象)を見つけたエンジニアのような、不気味な歓喜に震えていた。


「ルナリア教……。お前達は何故古代文明のリソース(遺産)を独占しようとしている? あの司祭もそうだが、お前たちは(システム)の威を借るのが好きだな」


『ハハハ! 独占? まさか。私たちはただ、再構築したいだけさ。この、綻びだらけの世界をね。……君のような高度な知性なら、理解できるだろう?』


 人形の瞳に灯っていた蒼い光が、明滅しながら弱まっていく。


『……今回はここまでだ。だが、君が持っているその銀時計、それは大切にしておくといい』


「なに? この銀時計に何かあるのか?」


『ふふ、それはね……』


 しかし、言い切る前に人形の頭部は自ら内部崩壊(セルフ・デストラクト)を起こし、一筋の煙と共に沈黙した。


(銀時計を大切にしろ、だと? ……フン。単なる情緒的価値(プライスレス)な思い出の品だと思っていたが、奴らの目にはこれが「鍵」(デバイス)か何かに見えているというわけか。いや、むしろ逆天都市とのバランスが崩れたのも、奴らがへんなちょっかいでもかけたか?)

(じゃあプラネさんは、その時に何かしらの応急処置をしたんですね)


 恐らくそうなんだろうが、そのやり方が翼人族の長老を使ったアンカーとは。


(ああ。プラネの奴、かなり切羽詰まった状況(デッドライン)だったんだろう。物理的(ハードウェア)なアンカーを打つ時間がなくて、やむなく長老の生体魔素(バイタル)接続端子(ポート)に利用した……。効率は最悪だが、即時性(リアルタイム)だけは確保できる最大の禁じ手(裏技)だ)


 そこでふと気付く。


(そうか……成る程な。プラネが自身を世界観の交差点(クロッシングゲート)の核に据えたのも、この技術の応用か。自分の存在定義(アイデンティティ)基幹回路(システム・バス)に叩き込んで、無理やり世界を繋ぎ止める。……全く、ロマンチスト(非論理的)なふりをして、やることはえげつない力技(ハード・コーディング)だぜ、あいつは)


 俺は銀時計の微かな拍動(パルス)を、クーリアの胸の鼓動越しに感じる。

 プラネが犠牲(リソース)にした「生身の自分」という名の重石。それがこの時計には、純粋な論理(データ)としてパッケージングされている。


(となれば、一見、何の変哲もないこの時計、ノースゲートの時計塔と何かしらの関連が有るのかもしれない。古代文字の解析を進めながら、コイツを改めて違った視点から見る必要があるな……)


 俺は『星屑の目』(スター・ビット)の解像度を極限まで引き上げ、銀時計の内部に刻まれた不可視の刻印(マイクロ・コード)を走査する。

 そこには、現代の魔法理論では読み解けない『何か』が有るのかもしれない。

 だが、今の俺ではそれが何かまでは読み解く事は叶わない。


(……フン。これだけ高密度に圧縮(アーカイブ)された情報を前にして、手も足も出ないとはな。プラネの奴、どれだけ多層防御(レイヤー)を重ねれば気が済むんだ。だが、まあいい。解析(デコード)に時間がかかるなら、移動時間を演算リソース(バックグラウンド)に回すだけだ)


 俺は、解析の進捗状況(プログレスバー)を意識の片隅に表示させたまま、クーリアの脚に身体強化(オーバークロック)の術式を編み込む。


(クーリア、解析は俺がやる。お前はただ、前方の障害物(ノイズ)にだけ注意を払え)

(はい! ……あっ、誰か倒れてます!)


 クーリアの言葉通り、登山服を着た、まだ若そうな男がうつ伏せに倒れていた。


(外傷は無さそうだな……行き倒れか?)

(とりあえず声をかけてみましょう!)


「あの……大丈夫、ですか?」

「う、うぅ……」


 クーリアの声にも呻き声でしか反応しない。


(衰弱はかなり深刻だな……仕方ない、一度雪から掘り起こして周りの空気を暖めてやろう)

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