翼人族の街
(……なるほどな。腑に落ちたぞ。『星霜の蒼』が俺の干渉に対して明確な拒絶反応を示すのは、それが古代文明のシステムと融合した既製品だからだ。俺にとっては、他人の組んだスパゲッティコードを解読しながら操作するようなもの。
対して、この『蒼の憧憬』……。
あの何かしら屋が、自らの髪と目玉を素材として提供したという狂気の生体由来素材。それを使って俺がスクラッチしたのだから、俺の論理に無条件で服従するのは当然の帰結か)
俺は、クーリアの腕で静かに輝く『蒼の憧憬』の重みを感じ取る。
これはもはや単なる武器ではない。俺の魂と、あの超越者の執念が混ざり合い、クーリアという器を介して顕現した、俺自身の拡張パーツだ。
(ミコトさーん? また難しい顔して……あ、そっか。ストラトスが凄すぎて、ミコトさんも感動しちゃってるんですね!)
(……フッ。感動しているのはお前の脳内の方だろう。だが、確かにこいつの応答速度は理想的だ。お前の支離滅裂な願いを、俺が瞬時に最適化して出力する。……この連携なら、どんな未知のバグが来ようと強制終了できる)
「行こうか、クレアハート。君の……その、『魔法少女』としての実力は、十分に理解した」
ようやく思考を再起動させたエルゼが、若干引き気味の苦笑いを浮かべて歩き出す。彼女の槍を握る手は、先ほどよりもどこか謙虚に見えた。
「はい! エルゼさん! 次はもっと鮮やかにやっつけますね!」
(……おい、クーリア。『鮮やかに』と『論理的に』は、お前の辞書では同義語なのか? ……まあいい。標高がさらに上がるぞ。『星霜の蒼』の防寒モード、出力最大を維持しろ)
俺たちは、粉砕された巨人の残骸を背に、エルニット山脈の更なる深部へと足を踏み入れた。
「さて、そろそろ翼人族の街に着く。あそこは我々、只人も居るが、半数以上が翼人族だ。奴らの態度は気に障るかもしれないが……問題は起こしてはいけないよ?」
(……翼人族の街、『天銀の門』か。標高が高いとは聞いていたが、文字通り雲の上の街だな)
エルゼの言葉通り、街道の先に見えてきたのは、断崖絶壁に張り付くように建設された高地都市だった。
空を見上げれば、大きな翼を広げた翼人族たちが、当然のような顔で制空権を謳歌している。
(わあ……! ミコトさん見てください、本当に人が空を飛んでますよ! すごい、あんなに自由に……!)
(ふん、エミリオ曰わく『空飛ぶ傲慢』だったか。……確かに、重力という物理的制約から解放されている自負が、あの飛行姿勢によく表れているな)
俺はクーリアの視界を借りて、空中を旋回する翼人族の機動力を冷静に分析する。
彼らにとって飛行は呼吸と同じ本能だが、俺たちにとっては論理の範疇だ。
(だが安心しろ、クーリア。奴らが自前の肉体で風を掴んでいる間に、俺たちは『蒼の憧憬』のケイバーライト機能と重力遮断を並列起動させる。……生活魔法の『遠隔把持』を応用して空気を掴めば、高速機動でも奴らに遅れを取ることはない)
魔法とは本来、非効率な化学反応ではなく、魔素という一次エネルギーの直接操作。
俺たちにとって「空を飛ぶ」ことは、特別な儀式ではなく、ただ「歩くために足を踏み出す」のと同様の生活魔法の延長線上に過ぎない。
(……とは言え、エルゼの言うことも一理ある。目立ちすぎて教団の監視網に引っかかるのは得策じゃない。……クーリア、街に入ったらその浮ついた気分を少し抑えておけよ。特にお前のそのボアコート、羽毛と間違われて求愛でもされたら面倒だからな)
(むー、またミコトさんが変なこと言ってる……! でも大丈夫です、エルゼさん! 私、とっても『ロジカル』に静かにしてますから!)
(……その『ロジカル』という言葉を聞くたびに、俺の背筋に寒気が走るんだが……まあ、信じよう)
俺は内心で溜息をつき、関所の大きな門へと歩みを進めた。
翼を持つ者たちが支配する街。そこは、俺の古代文明的知識と、彼らの特権意識が激突する、新たな戦場の予感に満ちていた。
門を潜れば、そこは地上とは断絶された異質な空間だった。
家々の屋根からは止まり木のような円形高台が突き出し、路地を歩くのは俺たちのような地這いよりも、頭上を掠めていく翼の影の方が多い。
翼人たちは垂直方向の移動効率を重視しているため、街全体が急峻な階段と、空中に浮かぶ浮遊石のパズルで構成されている。
(さて、『星霜の蒼』はここで古代文明の遺構を調査していた筈だったな。まずはその場所について情報を集めよう)
ミコトの意識は、既にこの街の構造データから、かつてプラネが接触したであろう情報端末の所在を探り始めている。琥珀色の瞳が、ボアフードの隙間から街の深部を鋭く走査した。
(噂話とかなら、酒場とかギルドが定番ですけど、酒場はともかく、ギルドはこの街にあるんでしょうか?)
(ふむ……。翼人族は排他的な連中だが、他国との貿易や魔物退治の需要は必ずある。この街の重要拠点として機能している場所があるはずだ)
俺がそう推論を立てた直後、前を行くエルゼが、崖からせり出した巨大な円筒状の建物を指差した。
「ここだ。翼人族の街における冒険者ギルド兼関所。翼を持たぬ者がこの街で正規の権限を得るには、まずはあそこの登録簿に名を連ねる必要がある」
「わあ、高い……! あそこまで階段で登るんですか?」
「いや、あそこは翼のない客のために昇降魔法が用意されている。……もっとも、生活魔法も使えない無能だと思われれば、法外な手数料を取られるがな」
(……生活魔法、か。俺たちにとっては歩行と同じだが、あいつらにとっては地這いを測る物差しというわけだ。面白い……。クーリア、『蒼の憧憬』の出番はなさそうだが、お前の魔法使いとしての基本性能を見せつけてやる絶好の機会だな)
(えへへ、お任せくださいミコトさん! 私、『掃除の魔法』とか『お湯を沸かす魔法』なら、誰にも負けませんから!)
(……いや、そこはせめて『浮遊』の高効率化で勝負しろと言いたいところだが……まあいい。行くぞ、『天銀の門』の最上階へ)
「それなら問題ない。俺にとって空を飛ぶなど、歩くのと何ら変わらないからな」
「む、そうか、飛行魔法も使えるなら心強い。しかし、あまり派手にやらかしてくれるなよ? 奴らを刺激するのも面倒の種になる」
エルゼの忠告を背中に受けながら、俺たちはギルド塔の基部へと足を踏み入れた。
そこには翼を持たぬ地這いたちのためのリフトが鎮座していたが、案の定、受付の翼人族は、俺たちのボアコート姿を見るなり、退屈そうに鼻を鳴らした。
「……リフトか? 上まで金貨三枚だ。飛べない種族は、維持費がかかって助かるよ」
(ふん、大したぼったくりだな。さぞや良い小遣い稼ぎになってるのだろう。だが、残念だったな)
俺は横目で流し見るその翼人族から視線を外し、黙って体を浮遊させる。
「ほら、エルゼ。俺の手に掴まれ。このまま上まで行くぞ」
「あ、ああ。しかしまさか、無詠唱で飛行魔法を行使するとは……」
俺は周囲の魔素を『星霜の蒼』で直接操作し、『蒼の憧憬』の重力制御を起動させる。
伝統的な魔導師のように長々とした詠唱を口にする必要はない。俺たちにとって、これはただの|生活魔法――「右足の次に左足を出す」程度の自動処理だ。
(うわぁ……ミコトさん、浮いてる! すごいです、ふわふわします!)
(はしゃぐな。重心制御が狂う)
「……エルゼ、しっかり掴まっていろ。加速するぞ」
ボアコートの裾がふわりと浮き上がり、俺たちは音もなく垂直に上昇を開始した。
金貨三枚を要求した受付嬢の、退屈そうな表情が瞬時に凍りついたのが視界の端に映る。
「な……!? 詠唱も、魔法陣もなしに、これほどの高精度な浮遊を……!? それにその推進力は何なのよ!」
背後で上がる驚愕の声を置き去りにして、俺たちは円筒状のギルド塔の中央吹き抜けを突き進む。
翼人たちが大きな翼を羽ばたかせ、バタバタと非効率な音を立てて飛んでいる横を、俺たちは一筋の閃光のように滑らかに追い抜いていった。
「……信じられん。魔力の放出が一切乱れていない。君は本当に、何者なんだ……?」
俺の腕を掴むエルゼの指先に、力がこもる。彼女の感知能力には、俺が周囲の空気を遠隔把持で強引に固定し、自分たちを押し上げている異様な光景が視えているはずだ。
(ふん。翼で空気を叩くなど、物理学的に見てロスが多すぎる。魔素を直接ベクトルに変換すれば、これくらいの機動力は当然の結果だ)
わずか数秒。
数分かけて登るはずのリフトや、翼人たちの飛行経路を全てショートカットし、俺たちは最上階の展望受付へと音もなく着地した。
そこには、眼下に広がる雲海と、俺たちの到着速度に目を丸くしている別の職員たちが待ち構えていた。
「……着いたぞ。ここが最上階だ。さて、エルゼ。依頼の報告は任せる。ここからは俺の個人的な情報収集を済ませてくる」
「分かった。助かったよ、ありがとう」
エルゼは軽く手を振って、騒がしくなった展望受付の方へと向かっていった。
後に残されたのは、ボアコートに身を包んだ一人の少女と、その内側に宿る俺の意識。
(ふふふ、なんだか空を飛ぶの、癖になりそうです)
(お前が一人で飛べるようになるまで、どのくらい掛かるかな……)
周囲の翼人族たちは、先ほどまで「地這い」と蔑んでいた少女が、自分たちの誇る空域を物理法則で塗り替えてみせた事実に、今なお困惑と驚愕を隠せずにいた。
(さて、『星霜の蒼』はここで古代文明の遺構を調査していたはずだ。まずはその場所について情報を集めよう)
(噂話とかなら、酒場とかギルドが定番ですけど、この街だとどこでしょうね……?)
そんな視線を柳に風と受け流し、クーリアはボアフードの端を少し持ち上げて、空中庭園のように配置された街の全景を見渡す。あちこちに点在する、円錐を逆さにしたような浮遊岩。翼人族の住居はその岩の上に建築されていた。
(不思議な感じですねえ……どうやって浮いてるんでしょうか?)
(さあな。或いはもしかしたら、プラネはその原理を解析しようとしていたのかもしれん)
俺はクーリアの視覚を共有し、点在する逆円錐状の浮遊岩の底部を走査する。
そこには微かに、古代文明の残滓を感じさせる魔素の揺らぎがあった。自然現象でこれほどの質量を浮遊固定させているとは考えにくい。
(急に落っこちてきたりしたら危ないですもんね)
(ふむ、ひょっとしたら過去にそういった事故が起きたのかもな。となるとやはり、当時の事を知ってそうな奴を捜す方が手っ取り早いな。ならば族長、或いは長老辺りか)
クーリアは納得したように「ふむふむ」と頷き、ロングコートの裾を靡かせながらふわふわと移動する。
(えっと、じゃあ、あの一番高いところに浮いてる、一回り大きな建物とかに居そうですね)
(高度で権威を象徴する、か。確かに、こいつらならあり得そうな発想だな。全く、下らない階級制度だ。重力から解き放たれているつもりで、結局は「高さ」という物理的座標に縛られている)
とは言え、分かり易いのも確かだ。俺はその建物に向かって飛んでいく。翼人族の住居は全てやけに門が広い。恐らく翼が引っかからないようにするためだろう。
(えっと、じゃあ、あの一番高いところに浮いてる、一回り大きな建物とかに居そうですね)
(高度で権威を象徴する、か。確かに、こいつらならあり得そうな発想だな。全く、下らない階級制度だ。重力から解き放たれているつもりで、結局は「高さ」という物理的座標に縛られている)
とは言え、分かり易いのも確かだ。俺はその建物に向かって飛んでいく。翼人族の住居は全てやけに門が広い。恐らく翼が引っかからないようにするためだろう。
(ふん。翼を広げたまま出入りするために、空間を無駄に割いているというわけか。どこまでも物理的構造に振り回されている連中だ)
俺は、クーリアの身体を包む『重力遮断』の出力を安定させ、最短ルートで最上層の大型建造物へとベクトルを向ける。
ボアコートの裾を冷たい高高度の風にたなびかせながら、俺たちは翼人たちの視線を眼下に置き去りにして上昇していく。
(ミコトさん、あの建物の門……本当に大きいですね! なんだか口を開けて待ってるみたいです)
(……気を抜くな。あそこがこの街の中枢なら、相応の防衛術式が組まれているはずだ。……だが、俺の論理に防げない門など存在せん)
巨大な門の前に着地すると、案の定、精緻な装飾が施された白銀の槍を構えた衛兵たちが、音もなく舞い降りてきた。
彼らの翼は、下層の住人よりもさらに白く、そして大きく、纏う魔力の純度も一段高い。
「……許可なき地這いの侵入は禁じられている。ここは天銀の長老の公邸だ。直ちに下降せよ」
(ほう……公邸か。これほど分かりやすいターゲットも珍しい。……さて、クーリア。ここからは交渉の時間だ。お前の『魔法少女』としての愛嬌で押し通るか、それとも俺が物理的に道を切り開くか……どうする?)
(えへへ、ここはやっぱり『魔法少女』の出番ですね! ……あ、でも、変なこと言わないように気をつけます!)
(……魔法少女は封印だ。第一、お前のは魔法少女と言いつつ物理的暴力だろう。これ以上エルゼの胃に継続ダメージを与えるのはやめてやれ)
俺はクーリアを一時的に制御し、彼女の声を借りて、最も効率的に相手を沈黙させるトーンで告げる。
「我々は暴徒ではない。この地に眠る古代の記憶……かつて、とある白金の冒険者が調査していた古代文明の遺構についての情報を求めている。長老なら何か知っているかも知れないと思い、面会の許可を求めに来た。取り次いで貰えないだろうか?」
(……魔法少女は封印だ。第一、お前のは魔法少女と言いつつ物理的暴力だろう。これ以上エルゼの胃に継続ダメージを与えるのはやめてやれ)
俺はクーリアを一時的に制御し、彼女の声を借りて、最も効率的に相手を沈黙させるトーンで告げる。
「我々は暴徒ではない。この地に眠る古代の記憶……かつて、とある白金の冒険者が調査していた古代文明の遺構についての情報を求めている。長老なら何か知っているかも知れないと思い、面会の許可を求めに来た。取り次いで貰えないだろうか?」
俺が左手に浮かぶ白金の紋章を見せながら放った静かな言葉に、衛兵たちの戦闘態勢が僅かに揺らぐ。彼らは互いに視線を交わし、長槍の穂先を数センチだけ下げた。
やがて一際鋭い目つきをした隊長と思しき男が言う。
「白金の冒険者……。数十年前にもこの地を訪れたという、あの『地を這わぬ地這い』のことか」
(ほう、『地を這わぬ地這い』か。翼を持たぬ身で空を自在に駆けたプラネへの、奴らなりの敬意というわけだな)
「……わかった。、再びこの高みへ独力で辿り着いたという事実は無視できん。長老もお会いになるだろう」
衛兵の一人が、巨大な白銀の扉に手を掛け、魔力を流し込む。
複雑な術式が解除され、扉が重厚な音を立てて開いた。その奥は、外の喧騒とは無縁の、冷たく澄んだ空気に満ちた大広間へと続いていた。
(よし、クーリア。ここからはお前の自由行動だ。だが、不必要な蹂躙は控えろよ? 相手は情報のデータベースなんだからな)
(わかってますってば! 私、ちゃんと『いい子』にしてますから。……ね、ミコトさん、あそこの奥に座ってる人……なんだか、すごく『静か』ですよ?)
クーリアの指し示す先。
広間の最奥、雲海を望む巨大な吹き抜けの前に、一人の老人が静座していた。




