テンプレ悪役?
司祭のねっとりとした視線から逃れるように時計塔を後にした私たちは、冷たい風が吹く大通りへと戻ってきました。
悔しさと気持ち悪さが混ざったような私の気持ちを察してか、ミコトさんが切り替えるように声を響かせます。
(……さて、不愉快なゴミデータの掃除は夜に回す。よし、クーリア。この街での信頼を得るためにも、ギルドで雑用の依頼を幾つか受けるぞ。多少割に合わなくても、人気が無さそうな奴を見繕う。そういう依頼を受ける奴は貴重だろうからな)
(はい! 人助けにもなりますし、千里の道も一歩から、ですね! 地道に頑張れば、きっと街の皆さんも心を開いてくれるはずです!)
(ふん、精神論はどうでもいいが、外部からの評価は、強固なファイアウォールを突破するための有効なキーになる。……行くぞ、効率よく実績を積み上げる)
再び訪れたギルドの掲示板には、魔物討伐のような派手な依頼の隅に、古びて変色した紙がいくつか残っていました。
「地下水道の泥さらい」「倉庫の整理とネズミ駆除」「雪解けで崩れた石壁の補強」……。
(……これだ。低報酬・高負荷、かつ生活基盤に直結する依頼。これらを最速で処理すれば、ギルド内での演算優先度は爆上がりだ。クーリア、まずはその『石壁の補強』からやるぞ。俺が構造解析して最短の修復手順を叩き込んでやる)
(はい! お任せください、ミコトさん!)
私は琥珀色の瞳を輝かせ、不人気な依頼書を次々と剥ぎ取りました。周りの冒険者たちが「あんなお嬢ちゃんが、あんな汚れる仕事を……?」と驚いたような目を向けてきますが、今の私にはミコトさんがついているから平気です。
お昼過ぎまでの数時間、私はミコトさんの的確すぎる指示――「そこは応力集中がかかってるから石を詰めろ」「左から風の魔法で乾燥を加速させろ」――に従って、まるで魔法のような……いえ、実際魔法は使ってますけど……手際で仕事を片付けていきました。
怒涛の勢いで依頼を処理していくうちに、街のあちこちで「蒼い服の女の子がとんでもない手際で街を直している」という噂が広まり始めました。
(ミコトさん、後半ちょっと楽しくなってませんでした?)
(そんな事はない。ただ、少しずつ効率化を突き詰めるプロセスを追い求めていただけだ)
(タイムアタックだ、なんていってめちゃめちゃノリノリだったじゃないですか)
(……プロセスを考えている内に熱が入っていたのは認めよう。入力に対して期待以上の出力が出るのは、システムの管理者として当然の快感だ)
(えー、じゃあもう何件か受けちゃいますよ?)
(ふん、何だってやってやるさ。すべての依頼を最速理論で完遂してやる)
すっかり火がついたミコトさんの指揮のもと、私は街のあちこちで神速の作業を繰り広げました。
(よし、まずは地下水道の泥さらいからだ。手始めに浄化魔法を展開。淀んだ水を殺菌する)
一瞬で透き通った水になりましたが、おかげで見えるようになった水道の壁面にはまだヘドロがこびり付いています。
(予想通りだ。『蒼の憧憬』を通常モードで起動、超高圧の放水魔法を高圧洗浄機代わりにして汚れを根こそぎ吹き飛ばしていくぞ)
目に見える汚れが面白いように剥がれ落ち、ドブ臭かった地下道が、まるで新築の王宮の廊下のようにピカピカに磨き上げられていきます。
(次は倉庫の整理ですね)
(では、今度は『蒼の憧憬』をSSモード、星屑の目から不可視の力場を生成して並列処理する)
私の手は腰に当てたままでしたが、背後で星屑の目が自律的に動き回り、乱雑に積まれた樽や木箱が、まるで完成されたパズルのように整然と積み重なっていきました。
(次はネズミ対策か……こんな物、ちょっとした小道具で十分だ)
ミコトさんがお手製の魔導具を空中に構成し、ネズミにしか聞こえない高周波の嫌悪信号を流すと、あれほどいたネズミたちが悲鳴を上げて逃げ出していきました。
極めつけは「石壁の補強」。土の魔法で集めた土砂を、ミコトさんの緻密な固定化魔法で鋼鉄並みの硬度にまで固めて流し込み、石壁を以前よりも強固な要塞へと作り変えてしまいました。
(ただ圧縮するだけでは地盤が重量に耐えられん。必要なのは強度だけだ、密度はそれ程重要ではない。大事なのは不変であることだ)
(それってやり過ぎじゃないですか? 石壁というより、なんだか別の建物みたいになってますよ……)
(必要に応じて多少の脆さは残してある。特に不審がられる事はないだろう。……さて、これで未処理のキューはすべて消化した。ギルドに戻って報酬の回収だ)
夕暮れ時。泥一つついていない蒼いドレスをなびかせてギルドの扉を蹴るように(ミコトさんの足取りです!)開けると、そこには朝とは比較にならないほどの静寂が広がっていました。
受付のお兄さんは、私の前に並べられた「完遂済み」の依頼書の山を二度見し、それから震える手で眼鏡を拭い直しました。
「……君。たった半日で、数ヶ月分の雑用案件を全部片付けたっていうのか……?」
「ふん、当然の結果だ。歩留まりが悪すぎたんだよ、この街の運用はな。ボトルネックを一つずつ潰せば、この程度のタスクなどバッチ処理の範疇だ」
(ミコトさん、ドヤ顔してるのが声でわかりますよ……。でも、街の人たちが本当に喜んでくれて良かったです!)
お兄さんは呆然としながらも、約束の報酬――金貨の入った袋をカウンターに置きました。
「いやあ、一件一件は少額でも、こなした件数が件数だからね。ちりも積もってなかなかの大金になってるよ。特に期限ギリギリの依頼に関しては割増ボーナスも付けてある。……君、もしよかったら明日からも……」
(よし、今日の所は一旦引き上げるぞ。これ以上の深追いは情報の飽和を招く)
(良いんですか? もっとお手伝いできることもありそうですけど……)
(ああ、信頼とは一日で得られる物じゃない。今の俺達はただの『便利屋』でしかないからな。希少価値を維持しつつ、相手に「もっと頼りたい」と思わせるマージンを残しておくのが、効率的な|ソーシャル・エンジニアリング《人付き合い》だ。それなりの小遣い程度にはなったしな)
私は金貨の袋をしっかりと受け取り、お兄さんに丁寧にお辞儀をしました。
「ありがとうございます。また明日、伺いますね」
ギルドを出ると、空は燃えるような茜色から、深い紫へと溶け始めていました。街灯に明かりが灯り始め、ノースゲートの街が夜の顔へと移行していきます。
ギルドで「伝説の便利屋」並みの実績を叩き出した後の、夕暮れの街。
キリッとした空気の中、私たちは主婦……いえ、冒険者らしい鋭い目つきで街角の露店を睨んでいました。
(あ、ミコトさん、卵がタイムサービスらしいですよ!)
(ほう? なるほど、新規情報だな。よし、買いだめしておこう。ストレージに入れておけば劣化もほぼ無いからな、買い占めるぞ。卵は完全栄養食だ。リソース確保の優先度をAに引き上げる!)
(お一人様2パックまで、だそうですよ?)
(なんだと!? ……く、せっかく2人居るのに体が1つでは……物理的な個体識別を突破できないのか! マルチログインができないこの仕様、実に不便だな……!)
脳内で本気で悔しがるミコトさんを感じながら、私は苦笑交じりに2パックの卵を抱えて列に並びました。さっきまでギルドで何ヶ月分もの仕事を片付けていたとは思えない、平和すぎる光景です。
(……仕方ない、今回は規定のパケット数で妥協してやる。だがクーリア、隣の露店の特売野菜もスキャンしろ。複合購入によるコストパフォーマンスの最大化を狙うぞ)
(もう、ミコトさん。さっきの金貨があるんだから、そんなに必死にならなくても……)
(馬鹿を言うな。効率化で浮いた資金を、次の装備拡張に回すのが鉄則だ。……よし、ストレージへの格納完了。これだけあれば、しばらくは食いっぱぐれん)
卵と野菜でパンパンになった買い物袋(の中身をミコトさんが秒速でストレージへ転送しました)を手に、私たちは再び『木靴の休憩所』へと足を向けました。
街灯に照らされた石畳を歩きながら、私はふと、遠くにそびえる時計塔を見上げます。
(……ミコトさん。買い物して、美味しい夕食を食べて……。なんだか、プラネさんもこうやってこの街で暮らしていたのかなって、少しだけ思っちゃいました)
(……さあな。だが、もしあいつがこの街を「生かそう」としたのなら、こういう些細なログを守りたかった可能性は否定できん。……さて、感傷はそこまでだ。宿の門限……いや、作戦開始時刻が近づいているぞ)
夕食後の部屋、明かりを落とした静寂の中で、ミコトさんの意識だけが鋭く研ぎ澄まされています。
窓の外、夜の闇に沈む時計塔を見つめながら、私の脳内には彼が受信している音声ログがノイズ混じりに再生されていました。
(豚野郎に付けているスタービットによると、今のところ特に怪しい動きはないな。流石に毎晩夜な夜な変なことをしているはずもないか)
(うう、でも、やっぱり聖職者には見えませんね……)
(酒に女に暴飲暴食、権力を笠に着てやりたい放題か。絵に描いたような腐りきった汚職者だな)
(私、あんまり近寄りたくないです……。あの目が、まだ背中に張り付いているみたいで……)
私が腕をさすって身震いしていると、ミコトさんの思考が急に周波数を変えました。
(まぁな……ん? 豚野郎が誰かと喋っているようだが……姿が見えんな。通信魔法か……出所は……距離がありすぎて分からんな。いや、プロキシを通している可能性もあるな。ソースを偽装していやがる)
(プロ……串? 何だか美味しそうな名前ですね。お肉と野菜が刺さってるやつですか?)
(何を暢気なことを……! ネットワークの中継点のことだ。クソ、豚野郎の声は拾えるが、相手の声にハッキングは……無理か。物理的な遮断壁が厚すぎる。だが……豚野郎の言葉、一つ気になるのが『月天姫』……)
夜の帳が完全に下りたノースゲート。昼間の活気は冷たい静寂へと沈み、石畳を照らす魔導灯の明かりだけが点々と続いています。
私は宿の窓から身を乗り出し、夜闇に溶け込むように建つ時計塔を凝視しました。
(……『月天姫』の不在の隠蔽、か。公的なアナウンスでは存在していることになっているものが、実際にはロストしている。それをこの豚が利権に変えようとしている……実に分かりやすい汚職の構図だ)
(学校で習った平和な歴史と、目の前にあるこの不気味な時計塔、全然別の世界みたいです。どっちが本当の真実なんですかね……)
(答えに辿り着く道は一つじゃないが、辿り着ける答えは一つだけ。人はそれを真実と呼ぶ。だが、今から俺たちが暴きに行くのが、この街の生データだ。……まあ、今夜は動きがない、長丁場になりそうだから、宿の延長と、後……飯の量だな。お前、最近また食う量増えただろ?)
(……なっ!? えっ!? み、ミコト、さん! そ・こ・は! 乙女胃袋ってのが有るんです!)
(はーいはい、それで後から後悔してんのも、ぜーんぶお前だけどな。俺はちゃんと警告してるぞ?)
……ええぇー?




