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プラネを知ろう

 目が覚めた瞬間、鼻先をかすめた空気は、まるで冷たい刃物のように鋭く凍りついていました。寝る前に宿の老夫婦が「一晩中温かいよ」とセットしてくれたはずの薪も、今は白い灰となって静まり返っています。


(だあああクソ寒い! 論理破綻(バグ)レベルの低気温だ。火と風の魔法で一気に加温(ブースト)してやる! ついでに水の魔法もスタック(同時実行)させてお湯を作るぞ。冷水なんかで顔を洗えるか、デバッグ効率(朝の機嫌)が最悪になる!)

(うう、ミコトさん、普段は冷静なのに、たまに突然ブチ切れますよねえ……。でも、お湯は助かります……。私も、この寒さで鼻がツンとしますし……)


 私が毛布の中で小さく丸まっている間に、ミコトさんの魔法が部屋を駆け抜けました。

 ゴォッ、と暖炉が再び激しい熱量を放ち始め、部屋の空気が春のように温まり始めます。同時に、洗面台のボウルには湯気を立てるたっぷりのお湯が生成されました。


(……よし、温度環境(サーマル)正常。洗顔を済ませて、さっさと外部出力(朝食)へ向かうぞ。燃料(メシ)が冷める前に、ギルドで見つけたログの検証と時計塔へのログイン(登頂)の段取りを固める)


(はーい……。でもミコトさん、あんまり派手に魔法を使うと、宿の人にびっくりされちゃいますよ?)


 私はぬくぬくのベッドから思い切って抜け出し、ミコトさんが用意してくれたお湯で顔を洗いました。温かな感覚が肌に触れ、ようやく頭の血の巡りがし始めた気がします。

 窓の外を見れば、朝日に照らされたノースゲートの街。

 そこには、昨夜よりもずっと鮮明に、あの巨大な球体の時計塔が、逆光の中で厳かに佇んでいました。

 洗顔を済ませて一階へ降りると、まだ少し早い朝の食堂は、独特の静かな熱気に包まれていました。

 昨夜の賑やかさとは一転して、観光客の姿はまばら。代わりに、朝食を急いで口に運んだり、持ち運びやすいパンや干し肉を選んで席を立つ冒険者たちの姿が目立ちます。


(……一晩で空気感がスイッチ(切り替え)されたな。酒を飲んでいた昨夜とはスレッド(目的)が違う。奴ら、ここから先は『戦場』だという顔をしていやがる)

(そうですね。なんだか、皆さんピリピリしていて……見てるこっちまで背筋が伸びちゃいます。昨日のお肉を食べていた時とは別人みたい)


 昨夜の楽しげな笑い声はどこへやら。装備を点検し、鋭い視線で外の様子を伺う彼らの姿からは、北の境界都市という場所の厳しさが伝わってくるようでした。


「おはようございます。朝食、お願いします」


 私が席に着くと、昨夜のおばあさんが、焼き立ての丸パンと温かなスープを運んできてくれました。


「おはよう、お嬢ちゃん。早いねぇ。冒険者さんたちはこれからギルドの朝会や、山脈のふもとの調査へ向かうんだよ。お嬢ちゃんも、あんまり危ないところへは行っちゃだめだよ?」

「ありがとうございます。はい、気をつけて行ってきますね」


 おばあさんに笑顔で応えながら、私はパンをちぎってスープに浸しました。温かい朝食が喉を通るたびに、少しずつ緊張が解けていく気がします。


(クーリア、周囲の会話ログ(聞き耳)を拾え。あいつらのピリついた空気からして、最近エルニット山脈の魔素濃度(アクティビティ)が上がっている可能性がある。……それと、時計塔の開門時間だ)

(はい。……あ、あそこの人たちが言ってます。時計塔の展望台は、太陽が完全に出る定刻(8時)からだって。街の平和を祈るための場所だから、入り口には教会の人もいるみたいです)

(教会、か。管理権限(アドミン)を握っているのが自治体ではなく組織なのは面倒だが、一般開放されているなら侵入パス(通行証)は不要だな。よし、朝食を済ませ次第、その『楔』の正体を拝みに行くぞ)


 私は最後の一口を飲み込み、琥珀色の瞳を窓の外へ向けました。

 朝の光に照らされた時計塔。その金色の針が、私たちを誘うようにゆっくりと動いています。

 食堂を出て、朝の冷たい空気が張り詰める大通りへと踏み出しました。

 高くそびえる時計塔を見上げながら、私たちの意識は自然と、40年という時間を遡り始めます。


(さて、俺達の目的はプラネがどういう思想を持っているか、どうして世界のクロッシングゲート(交差接続点)を作るのに自らが犠牲になったのか、それを知ることだ)

(プラネさんは、この世界について何を知ってしまったんでしょうね……。こんなに素敵な街が、誰かの犠牲の上に成り立っているなんて……)


 私が少しだけ声を落としてそう言うと、ミコトさんの思考に、普段の皮肉っぽさとは違う、鋭く冷徹な響きが混ざりました。


(どこまで知ったのかは分からんが、あの『なにかしら屋』の影が見え隠れしている以上、俺達と同等レベルかもしれん。……あるいは、この世界のソースコード()そのものに、もっと深くダイブ(接触)してしまった可能性もある)

(私たちと同じレベル……。じゃあ、ミコトさんがいつも言っている、この世界が少し『不自然』だってことも、彼女は分かっていたんでしょうか)

(ああ。そうでなければ、自らを環境維持用(メンテナンス)人柱(パッチ)に充てるなんて、非論理的(クレイジー)な選択はしないはずだ。……何かを守るためか、それとも何かから逃がすためか。その回答(アンサー)は、あの頂上のコア(球体)にある)


 ミコトさんの言葉通り、時計塔の入り口には、白い法衣を纏った教会の人たちが静かに立っていました。

 大きな鉄の扉が開かれる「カチリ」という重厚な音が、街中に響き渡ります。

 いよいよ、40年前に打ち込まれた『楔』の中へ。

 私は琥珀色の瞳をまっすぐ前へ向け、朝日に光る石造りの階段へと一歩を踏み出しました。

時計塔の入り口の受付には、この国の国教――月天ルナリア教の、ゆったりした法衣を身に纏う神官様の姿。

私はその方に足を向けます。

 そこに立っていたのは、この国の国教――月天(げってん)ルナリア教の、ゆったりとした白い法衣に身を包んだ神官様でした。その大きな胸元には、月の満ち欠けを象った銀の聖印が朝日に鈍く光っています。


(わぁ……私と比べると二周りくらい大きいです……)

(……は? どこを見ている?)

(むぅー。私だって、成長してから結構あるんですからね!)

(そうかい、俺にとってはだんだん重くなっていくウェイトのせいで姿勢制御に面倒なんだけどな。て言うか今はもう普通にデカいだろ)

(面倒って何ですかっ!)

(気にするな。それにしても……チッ、国教の介入(マネジメント)だと?聞いてないぞ。単なる観光資源にしては、警備のレイヤー(階層)が厚すぎるな。クーリア、表面上(フロント)の対応は任せた。俺は星屑の目(スタービット)を展開、周囲の監視と魔素の解析をする)

(むぅ……はい、わかってます)


「あの、すみません……」


 私が恐る恐る声をかけると、神官様は穏やかな、けれどどこか透徹した瞳でこちらを見つめました。


「おはようございます、迷える子羊よ。この『静止の塔』に、何か祈りを捧げに来られたのですか?」

「はい。……あの、今日はこちらの展望台に登れると伺って。この街を守ってくれている、大きな時計を近くで拝見したいんです」


 私の琥珀色の瞳をじっと見つめていた神官様は、流れるような金髪を揺らしながらおっとりと優しく微笑み、手元の分厚い名簿に羽根ペンを走らせました。


「はい、どうぞ。プラネ様が遺された慈愛の針は、等しくすべての人を照らすものです。……ですが、お嬢様。上層は魔素の密度(濃度)が少々高くなっております。もし気分が悪くなったら、すぐに降りてくるのですよ」


(……「魔素の密度が高い」だと? 定常状態(ノーマル)なら、時計塔の周辺はむしろ浄化されて安定しているはずだ。……やはり、深層部(バックエンド)での負荷(ストレス)が漏れ出しているのか?)

(ミコトさん……。やっぱり、プラネさんは苦しんでいるんでしょうか)

(それを確かめに行くんだ。……さあ、手続きは済んだ。ゲート()をくぐれ。この街の『心臓』を、直接スキャン(観察)してやる)


「ありがとうございます。……行ってきます」


 そんな私の背後から「待って!」と、呼び声。


(……このタイミングで? クーリア、一度話を聞くぞ。俺が代わる)

(はい、お任せします)


「あなた、その黒髪、琥珀色の目……もしかして、プラネ様の子孫なの?」

「……不躾だな。質問の意図が理解できない。会話を続けたいなら、もう少し順序(プロトコル)を踏まえた方が良い。じゃあな」


 ミコトさんの冷たい声が私の口から漏れた瞬間、後ろで呼び止めた女性――エルゼさんは、まるで氷水を浴びせられたみたいに固まってしまいました。


「あっ! ……ご、ごめんなさい! この辺りで黒髪の人って珍しくて! ……あ、いえ、そうじゃなくて、えと、その……」


 必死に言い繕おうとして空回りする彼女を置いて、ミコトさんは容赦なく階段の方へ足を向けます。


(……やっぱりコイツ変人だ。関わらない方が良い。未知の変数(イレギュラー)を抱えたまま、メインタスクを遅延させるのは非効率(ナンセンス)だ)

(がっでむ! ミコトさん! いつからそんなに冷たい人になったんですか! せっかく勇気を出して話しかけてくれたのに!)

(……はぁ? どこで覚えた、そんな言葉……。まあ、神やら運命やらを否定するのは吝かじゃないが……。はあ、やれやれ、わかったよ、話くらいは聞いてやる。ただし、時間をロス(欠損)する訳にはいかん。進みながらだ)


 脳内での私の渾身の「がっでむ!」が効いたのか、ミコトさんは少し呆れたように、でも足を止めないまま、肩越しにエルゼさんを促しました。


「……用件を簡潔に。登りながら聞く」

「あ、ありがとう……! ごめんなさい、本当に。私、エルゼっていうの。ただ、あなたの姿があのプラネ様にあまりに似ていたから……」


 エルゼさんは息を切らせながら、私たちの横に並んで螺旋階段を登り始めました。石造りの階段には、朝の冷たい空気がよどんでいます。


「40年前、プラネ様がこの街に『楔』を打ち込む時私の父は、若い頃に彼女の旅に一度だけ同行したことがあるの。……だから、その面影を忘れるはずがなくて。黒髪に、その琥珀色の瞳……」


(……40年、か。人間寿命(ライフサイクル)からすれば短くないが、記録が風化するには早すぎる。父が同行者だったなら、一次ソース(直接の証言)に近いな。……クーリア、続きをサルベージ(聞き出し)しろ)

(はいっ!)


「あの、……エルゼさん、お父様からプラネさんのことを何か聞いているんですか?」


 私が尋ねると、エルゼさんは少し寂しそうに微笑みました。


「ええ。彼女は……いつも『世界がずれている』って言っていたそうよ。この時計塔も、彼女が無理やりこの街の時間を固定《するために作ったんだって。でも……最近、この塔の上がおかしいの。教会は『聖なる魔素が満ちている』なんて言ってるけど、私には、何かが悲鳴を上げているように聞こえて……」


 エルゼさんの言葉を聞いた瞬間、私の琥珀色の瞳の奥で、ミコトさんの思考が鋭い火花を散らしました。


(……『悲鳴』、か。論理的(ロジカル)な表現じゃないが、深層部(バックエンド)の過負荷を直感的に捉えているようだな。……よし、この女、ただの背景キャラ(モブ)じゃなさそうだ。このまま『心臓部』まで連れて行くぞ)


 重苦しい空気が漂う階段を一段登るごとに、ミコトさんが展開する星屑の目(スタービット)が、目に見えない魔素の歪みを調査しています。


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