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口の中の火傷

今日は閑話で12時にも投稿します(短いけど)

 やるべき事は見えてきた。というのに……エミリオの口調は、どこか堅い。


「まずは北のエルニット山脈なんだけど……。あそこは足場も悪いし、せめてクレアハートちゃんに飛行魔法くらいは覚えて欲しいんだけど……」


 エミリオは手元の地図を広げながら、困ったように眉を下げた。彼にしてみれば、愛弟子の安全を慮っての、至極真っ当な提案なのだろう。だが、俺の回答は素っ気ないものだった。


「飛ぶ必要があるのか?」

「まあ、辿り着くだけなら、別に無くてもいけるんだけどね。でも、彼等翼人族はほら、他種族を見下す『空飛ぶ傲慢』だからね。対等に話すには同じ高さに立つ必要があるんだよ」

「ああ、成る程。物理的なマウントの取り合いか。……だが、それも多分、大丈夫だ。具体的に試した訳じゃないが、生活魔法の『手を使わずに物を動かせる魔法』の応用で自分自身を浮かせられるだろう」


 俺が淡々と告げると、エミリオは「何を言っているんだ」という顔をして絶句した。


「ええぇ……。そりゃ、理論上は可能だけどね。でも、生活魔法の出力じゃ自分自身なんてとても持ち上がらないし、姿勢制御だって……。ああ、そうか、君なら可能なんだね?」

「その通りだ。恐らく、音速飛行も大気圏突破も可能だろう。万が一翼人族と衝突する事が起きても、空中でドッグファイトも出来るだろうよ」


 物理演算とベクトル制御を脳内で直結させれば、慣性さえも魔法的に中和できる。翼という不自由なハードウェアに頼っている連中とは、機動性の次元が違う。


「本当に規格外だね、君は。飛行魔法は私でも短縮詠唱を必要とする高位魔法なのに……」

「一般の魔法使いが長々と詠唱するのを、お前なら一言に短縮出来る。だが俺なら無詠唱だ」


 そもそも、俺にとって魔法とは「事象の実行命令」に過ぎない。長い詠唱は、非効率なコンパイル作業を声に出して行っているようなものだ。


(ミコトさん、音速って……。私、バラバラになったりしませんか?)

(案ずるな、クーリア。慣性制御のフィールドも同時に張る。お前はただ、優雅に空を散歩している気分でいればいい。……見下してくる連中の頭上を、無音で奪い取ってやるぞ)

(ふふ、分かりました。ミコトさんがそう仰るなら、安心です!)


 呆れ果てて言葉を失っているエミリオを余所に、俺は北の険しい山嶺へと思いを馳せた。傲慢な翼を、俺たちの「生活魔法」がどう叩き折るか――。


「ああ、でも、エルニットまでの道中は地上を使った方が良いと思うよ。それも、徒歩か馬車で」


 効率を最優先する俺の思考を見透かしたように、エミリオが釘を刺してきた。


「どうしてだ? 音速で飛べば、数時間のデバッグで済む話だろう」

「プラネは君みたいにぶっ壊れた規格外ではなかったからさ。それに、当時は今とは比べ物にならないくらい、公共交通手段がローテクだったんだよ。何せ40年も前の話だからね、技術も黎明期だったのさ。そんな中で彼女が道中で何を見て、何を感じ、どんな『不具合』を拾い集めたのか……それを知るには、同じ速度で歩く必要があるんじゃないかな?」


 40年……ああ、まあコイツ60歳だもんな。中身は狡猾な狸だが、見た目が若々しいせいで、たまにその積み上げた年月を忘れそうになる。


「……なあ、プラネって、生きてたら何歳だったんだ?」


 俺がふと尋ねると、エミリオは意地悪く、けれどどこか遠い目をして微笑んだ。


「さあ? 何せ彼女は『永遠の幼女天使』だから」


口に指を当てながら、茶目っ気たっぷりにウインクまでしやがる。還暦過ぎた男がやっていいポーズじゃないが、その表情には、どんな魔法よりも強固な、ある種の「真理」が宿っているようにも見えた。


(……チッ。質問した俺が馬鹿だった。つまり、年齢なんて概念を当てはめること自体が、彼女に対する解釈違いだとでも言いたいわけだ)

(ふふ。でも、プラネさんもきっと、ミコトさんみたいに不思議な魅力を持った方だったんでしょうね。……40年前の道を、同じ速度で歩く旅。何だか、少しワクワクします)

(……お前がそう言うなら、悪くない。最短経路の最適化だけが旅じゃない、か。……いいだろう、エミリオ。その『幼女天使』の足跡、泥臭く地面を這って追いかけてやるよ)


 空を駆けるのは、いざという時の切り札でいい。まずは、この世界の地肌に触れ、プラネが何を守ろうとして自分を壊したのか、その「質感」を確かめることから始めよう。

 俺は、机に広げられた地図を乱暴に畳み、クーリアの体を翻した。


(そうと決まればまずは旅支度だな。『星霜の蒼』(プラネ)『蒼の憧憬』(ストラトス)の余剰ストレージに必要物資の買い溜めだ。それとジャンク屋にも寄っていくぞ)


 研究室を後にした俺は、脳内の仮想ディスプレイに旅に必要なアイテムリストを並べ立てた。

 このドレスと指輪には、外見からは想像もつかない大容量の隠しパーティション(空間収納)が存在する。そこをパンパンに埋め尽くすまで、保存食から魔導触媒、果ては野営用の「改良型」生活魔法ツールまで、徹底的にリソースを積み込むつもりだ。


(また何か作るんですか?)


 あきれたようなクーリアの声が、意識の奥で響く。彼女にとっての旅支度は「着替えと少しのお菓子」程度のものだろうが、エンジニアにとってのそれは「予備パーツの選定」に等しい。


(いや、予定は無いが、掘り出し物なんてのはいつ入るか分からんからな、こまめなチェックは必要だ。物理的に不可能な事象を、ありふれたゴミの山から拾い上げたパーツで解決する……それがデバッグの醍醐味だろうが)

(すっかりハマっちゃいましたねー……。あんまり買い過ぎないで下さいよ? またお財布軽くなっても知りませんからね。いくら最近の売り込みがそこそこの稼ぎになったとしても、お金は使えば無くなるんですから)


 クーリアは、脳内の「家計簿データ」をパタパタと振りかざすようにして釘を刺してくる。だが、俺は不敵な笑みを浮かべて自信満々に歩みを早めた。


(クーリア、教えとくぞ。金は使うためにあるんだ。死蔵されている資産ほど非効率なものはない。投資して、より高いパフォーマンスを得る。これが健全なキャッシュフローだ)

(それ、必要な時にって前置きが付くんじゃないですか? ミコトさんにとっての『必要』って、たまに『趣味』と混ざってて怖いですぅ……)


 財布の紐を握ろうとする家主と、最新のジャンクパーツに目を輝かせる居候。

 そんな、どこにでもある夫婦……ではなく、ちぐはぐなコンビのやり取りを繰り広げながら、俺たちは旅立ち前の学園都市へと繰り出した。


 結局、めぼしい物は無かったが、部品取りに使えそうな魔導具数点、設計意図がちぐはぐな魔導具数点、よく使う消耗品の数々……諸々を金貨数枚で仕入れた。

 店主すら価値を測りかねていた「ゴミ」も、俺の目を通せば有用な演算素子や魔力バイパスの塊だ。これらを分解・再構築すれば、北の寒冷地でも安定して稼働する外部演算ユニットが組めるだろう。

 指先で転がした金貨の重みと引き換えに得たのは、物理的な物資という名の「可能性」だ。

『蒼の憧憬』(ストラトス)のストレージにはまだまだ余裕があるので、今度はクーリアの欲しい物を優先しよう。


(……おい、クーリア。俺の『趣味』は一旦これくらいにしておく。お前、何か買っておきたいものはないか? これから先、学園の購買部みたいに何でも揃う環境じゃなくなるからな)

(今はっきり『趣味』って言いましたね……って、えっ、いいんですか!? ……ええと、それじゃあ……保存の効くお菓子と、あと可愛いリボンとか! それに……あ、北に行くなら、ふわふわの毛布も予備があった方がいいですよね!)


 意識の奥で、クーリアのテンションが目に見えて跳ね上がる。さっきまでの「お財布心配モード」はどこへやら、彼女の頭の中はすでに新しい旅のショッピングリストで埋め尽くされているようだ。

(リボン? ……まあ、精神衛生の維持(メンタルケア)もリソース管理の一環か。好きにしろ。ただし、重量バランスを崩すほど買い込むなよ。それと、保存に関しては心配するな。ストレージ内部にダウンクロックを仕込んでおけば、半永久的に鮮度は保たれる)

(わ、それすごい……ふふ、分かってますって! ミコトさん、あっちのお店行ってみましょう!)


 俺に意識を半分預けたまま、クーリアは足取り軽く、夕暮れの市場へと駆け出した。

 一人は機能性を、一人は彩りを。

 一つの体で二つの目的を詰め込みながら、俺たちは学園都市で過ごす最後の買い物を存分に謳歌した。


 その夜。


(それにしても、春休み最終日がまさかの中退日になるなんてな。まあ、元々飛び入り参加なんだ、急に居なくなっても誰も気付きはしないだろう)


 誰もいない学生寮の廊下を歩きながら、俺は独りごちた。手続きはエミリオが裏で手を回したはずだ。明日から始まる新学期、名簿から俺たちの名前が消えていても、それを気にかける物好きなどそうはいない。


(あ……リリィちゃんとレオくん、お別れしないと、ですよね……?)


 脳内で、クーリアがか細い声を上げて訴えてくる。あのお人好しな少年少女との日々を思い出しているのだろう。しかし、俺の返答は冷ややかだ。


(……アイツ等とは学年が違う。しばらく会わなくても気付くまで時間がかかるだろう。その間に、本人達も自分の事に必死になってりゃ、俺達の事なんかいつの間にか頭の隅に追いやられてるだろうさ)

(そんな……)


 ますます消え入りそうな声色になるクーリア。だが、俺にだって情がないわけじゃない。不器用なりに「爪痕」は残してきたつもりだ。


(だがまあ、安心しろ。さっき夕飯で俺がマダム・ボルケーノに渡したメモ帳、あれは今までお前が食ってきたクレアハート盛りと、俺独自のレシピを合わせて書いたものだ。マダム次第ではあるが、お前の名前は当分残るぞ)

(えー。そんな名前の残し方はしたくなかったです……)


 不満げなクーリアの様子に、俺は心の中で鼻で笑った。

(『クレアハート特製・高効率魔力循環定食』。マダムなら、あのレシピの有用性を理解して、看板メニューにでもするだろうさ。……食うたびに、嫌でもお前の顔を思い出すことになる)

(嫌々思い出される私……一体どんなレシピにしたんですか……)


 学園という限られたリソースの循環の中で、最も効果的に記憶を維持させる方法。それは「感情」ではなく「胃袋」を掴むことだ。

 俺たちは正門の前で一度だけ立ち止まり、夜の闇に沈む学園を振り返った。プラネが守り、エミリオが停滞させた、小さな箱庭。


(……さあ、行くぞ。まずは北。プラネが歩いた道を、俺たちのやり方で上書きしてやる)

(……はい、ミコトさん。……さようなら、皆さん。お元気で!)


 クーリアの切ない別れの挨拶を背負いながら、俺は迷わず、暗い街道の先へと足を踏み出した。ここから先は、もう誰も守ってくれない、本当の意味での「デバッグの旅」の始まりだ。


(フン。アイツ等だって、高効率な栄養摂取と適度な糖分……あれを食い続けていれば、リリィもレオも、魔導師としての基礎体力くらいは維持できるだろうよ)


 そんな俺の完璧な計算には、たった一つ、致命的な「認識のズレ」があった。


 数日後。学園の食堂では、マダム・ボルケーノが咆哮を上げながら、巨大な大皿に次々と料理を積み上げていた。


「これよ! これこそがクレアハートちゃんが求めていた究極の『盛り』! 全種族の栄養素を網羅し、なおかつ胃袋の限界に挑む――その名も『満漢全席(マンカンゼンセキ)・クレアハート盛り』!!」


 ドォォォォォン! という音と共にテーブルに置かれたのは、もはや食事というよりは、一つの「暴力」だった。

 肉、魚、野菜、そして謎のエネルギーを秘めた甘味が多層構造を成し、見た者の戦意を喪失させる。


「……ねえ、レオ。私たち、あの優雅なクレアハートさんに、一体どんな過酷なトレーニングを課してたと思われてたのかな……?」

「……わかんない、リリィ。でも、これ完食しないと、僕ら……彼女に顔向けできない気がする……」


 青ざめた顔で巨大な「山」に挑む彼らの姿を、今の俺は知る由もない。


(……おいクーリア、何だか急に背中が寒くなったんだが。……まさか、マダムが俺のレシピに余計なアレンジを加えてないだろうな?)

(……あはは。マダム、私の食べっぷりをすごく気に入ってくれてましたから……。きっと、愛情が『山盛り』になっちゃったんですよ、ミコトさん)

(愛情? そんな非効率なスパイスはいらん。……まあいい、これでアイツらの記憶に、お前の存在は「大食い天使」として一生刻まれることになったわけだ)

(……やっぱり、別の方法で残りたかったですぅ……!)


 夜の街道を歩きながら、クーリアの情けない抗議の声が響く。

 こうして、学園に一つの「大食い伝説」という消えないバグを残したまま、俺たちは北を目指して歩き続けた。


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