表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/57

白い少女のお節介?

祝、連続投稿1ヶ月!(初投稿日から目を逸らしながら)

 ダウンクロックによって停止した、灰色の世界。


「……ちっ、よりによってこのタイミングで出てきやがったか。別に貴様に会いたかったわけじゃない。いや、呼んだのは確かだが……俺は今、この理不尽な『強制上書き』が気に入らないだけだ」


 

 指先一つ触れようとしていたエミリオの動きも、宙に舞う埃さえもが静止する中で、その『白い女の子』だけが、やけに鮮やかな存在感を放ってクスクスと笑っています。


(ミコトさん、この子が……あの、白い……?)

(ああ、そうだクーリア。俺たちをこの世界に放り込んだ、元凶の片割れ……いや、元凶そのものだ。……おい、『なにかしら屋』。見ての通りだ。この世界のご大層な『神聖魔法』とかいう権能で、俺たちが、いや、俺の相棒が床に這いつくばらされている。……これは貴様の美学に反するんじゃないのか?)


 ミコトさんの脳内での言葉には、怒りと共に、相手を巧みに煽るような狡猾さが混じっています。

 白い少女は、止まった時間の中をまるでダンスでも踊るように軽やかに歩き、私の目の前でぴょんと跳ねました。


《あら、そんな怖い顔しないで。私はいつだって、あなたたちの自由を尊重しているわよ? でもそうね、せっかくの私の『最高の伴侶』が、こんな低俗なスクリプトに縛られているのは、確かに少しだけ興ざめかしら》


 彼女が私の頬に指先を近づけると、エミリオの指が触れようとしていた場所から、パキパキとひび割れるような音がしました。


《『真言』……『確定世界』。ふふ、人間が考えることって、どうしてこうも自分勝手で可愛いのかしら。世界は確定しているものじゃない、常に書き換えられているものなのに》


 彼女がいたずらっぽくウインクをした瞬間、私を縛っていた重圧が、嘘のように霧散しました。それどころか、私の中に流れる「魔力ではない何か」が、熱を帯びて脈打ち始めます。


(……来るぞ、クーリア。力の奔流を逃すな。……『なにかしら屋』、代償は何だ? 後で高くつくなら今言え)


《代償? そうねぇ。……次の『更新』を、最高に面白いものにして見せてくれたら、それでいいわ。……さあ、彼に教えてあげなさい。本当の『上書き』がどういうものかを》


 白い女の子の姿が、光の中に溶けて消えていきます。

 と同時に、止まっていた時間が、爆発的な勢いで動き出しました。


「……は?」


 時間が動き出した瞬間、エミリオの喉から漏れたのは、そんな間の抜けた声でした。

 指先が私の頬に触れる直前。跪いていたはずの私の体は、まるですり抜けるように重圧を振り払い、優雅に、かつ鋭く立ち上がっていたからです。


(クーリア、出力最大! 『真言』だろうが何だろうが、元締め公認の力で叩き潰せ!)

(はい、ミコトさん! ……いきます!)


 私の中から溢れ出したのは、魔力と呼ぶにはあまりに透明で、けれど絶対的な否定を孕んだ「白い」奔流。

 エミリオが定義した『限定的絶対確定世界』というスクリプトが、より上位の、圧倒的な権限によってバキバキと音を立てて剥がれ落ちていきます。


「な、なんだ……!? 私の真言が、書き換えられて……!? ありえない、神聖魔法は『確定』した事実のはずだ!」


 驚愕に顔を歪めるエミリオに向かって、私は右手をかざしました。

 先ほどまで彼が浮かべていた「悲しげな顔」という仮面は、もうどこにもありません。


「……エミリオ先生。あなたの世界は確かに『確定』してましたよ。ただ、私の世界は『無限』です。いくらでも交換出来るんですよ。……あなたの都合で、私を……店長さんや、プラネさんの想いを縛らせたりはしません!」


 私の宣言と共に、白い輝きが室内の空気を一変させました。

 床に縫い付けられるべきというエミリオの『命令』は、今や無効化されたデータの残骸に過ぎません。


(フン。限定的絶対確定世界だと? 部下が勝手に作った妄想だな、そんな事を実現出来るならとっとと独立して起業すればいい)


「……おい、エミリオ。貴様の言う『真言』とやらがその程度なら、次はこちらの番だぞ?」


 ミコトさんの声が、私の口を通じて冷酷に響きます。

 研究室に充満していたエミリオのプレッシャーは霧散し、今や彼の方が、得体の知れない上位の存在に睨まれた獲物のように立ち尽くしていました。


「……これが、君というイレギュラーの正体か……。白い、何か……。いや、まさか……彼女が最後に辿り着いた、その先にある……」


 エミリオの瞳に、恐怖とは別の、狂気にも似た「歓喜」の色が混じり始めます。


「何を訳の分からんことを……」


 コイツには前々から一撃くれてやりたかった、と言うミコトさん、ノリノリですね。

 では、私は、私なりのお礼をしようと思います。


「先生、お茶……好きですよね?」


 私がそう問いかけると、エミリオは狂気じみた歓喜に瞳を揺らしたまま、「え……?」と、毒気を抜かれたような顔をしました。


(……おい、クーリア? 一発くれてやるんじゃなかったのか? まさか今から茶会を始めるつもりか?)

(ミコトさん、見ててください)


「……先生、この『無限』のお茶、熱いですよ?」


 私は、かざした右手に『白い力』を集中させました。

 それは単なる火魔法のような二次的な熱エネルギーではありません。熱そのもの、あるいは「熱いという概念」を直接現象化させる、理不尽なまでの出力。

 シュンッ、という鋭い音と共に、エミリオの周囲の空気が一瞬で沸騰しました。

 と言っても、彼を焼き殺すつもりはありません。ただ、彼が大切にしていたティーセットから、今まさに注ごうとしていたティーポットから、ありとあらゆる「水分」が逆流し、巨大な激流となって彼を襲いました。


「わっ、熱、あつあつあつっ!? ちょっと、クレアハートちゃん!?」


 優雅な美少女姿の司書が、今はただの「熱湯を被った狸」のように跳ね回っています。

 私が生み出したのは、回避不能な『必中のお茶会』。

 エミリオがどれだけ神聖魔法で「自分は濡れない」と確定させようとしても、それを上回る速度で「でもお茶は熱い」という事実が無限に上書きされていくのです。


(……ハハッ! 傑作だな。あのご大層な権能使いが、ただの熱湯に追い回されてやがる。いいぞ、もっとやれ!)

(ふふ、店長さんの美味しいミルクの代わりに、これを飲んで反省してください!)


 エミリオは、びしょ濡れになりながら必死に机の陰に逃げ込みましたが、お茶の激流は意志を持っているかのように彼を追い詰め、最後には彼を包み込む巨大な泡となって、空中にぷかぷかと拘束してしまいました。


「……ふぅ。これで少しは、頭が冷えましたか? エミリオ先生」


 私は、舞い上がっていた書類を風魔法で整えながら、ふんわりと着地しました。

 プラネのドレスが、まるで私の勝利を祝うように誇らしげに揺れています。

 泡の中に閉じ込められたエミリオは、髪を顔に張り付かせた無様な姿で、けれど、その瞳だけは今もなお、私の中に宿る『白』の輝きを食い入るように見つめていました。


「……はは、まいったね。ちょっと見せただけの神聖魔法を一目で理解して使いこなすなんて。しかも、ただの嫌がらせに……。君は本当に、私の想像を遥かに超えていくよ」


 泡の中でゆらゆらと揺れながら、エミリオは濡れた前髪をかき上げました。その姿は滑稽そのものですが、口元に刻まれた笑みだけは、薄気味悪いほどに()れやかです。


(……チッ。熱湯で茹で上げられてもなお、その余裕か。神経が図太いというか、完全にネジが飛んでやがるな、この狸)

(ミコトさん、でも、これでもう嘘は吐けないはずです)


 私は意を決して問い質します。


「……エミリオ先生、いえ、エミリオ。遊んでいる時間は終わりです。あなたが何を隠して、私とプラネさんの装備をどうしようとしているのか……全部、話してもらいます」


 私は、宙に浮く泡にさらに指先を向けました。ほんの少し念じるだけで、中の温度が再び跳ね上がることを、彼はもう身をもって理解しているはずです。

 エミリオは、ようやく観念したように息を吐き、泡の壁に背を預けました。


「……分かったよ、降参だ。君たちのその『力』を目の当たりにして、まだ隠し事をするほど、私は愚かじゃない。……プラネが、あの日、何を最後に見つけたのか。そして、君のそのドレスになにが起きたのか……私の推測も多分に含まれる仮定になるが、それでも良ければ話そう」

「……ええ、聞かせてください。あなたの『仮定』が、どれほど真実に近いのかは、私が判断します」


 私は右手をかざしたまま、泡の温度を「不快ではあるが火傷はしない」程度に固定して、エミリオの言葉を待ちました。

 エミリオは濡れた前髪から滴る雫を気にする様子もなく、どこか遠い記憶を辿るような目をして語り始めます。


「まず、君のドレス……星霜の蒼(アズール・プラネ)についてだ。あれは私が、プラネという存在をこの世界に繋ぎ止めるための『触媒』として、原型は設計した。……だが、先ほども言った通り、プラネが使っていた旧い装備と君のドレスが融合したのは、私の計算の外だった」


 エミリオは、自分の胸元に手を当て、そこにあるはずのない「何か」を確かめるように続けました。


「融合したあの日、君は『誰か』の姿を見たと言っただろう? おそらく、あの装備に残留していたプラネの情報の欠片(ログ・データ)が、君の持つ『無限』の力に触れて活性化したんだ。……君という強大なエネルギー源を得て、ドレスは単なる服ではなく、彼女の遺志を再現するための『疑似的な神経系』へと進化した。今の君が纏っているのは、プラネという英雄の記憶(アーカイブ)そのものなんだよ」


「……記憶だと? じゃあ何か、今クーリアが着ているのは、死者の皮だとでも言いたいのか、狸は」


 思わず声で反応してしまったミコトさんの、嫌悪感の混じった声が響きますが、エミリオは首を振りました。


「いいや、違う。それはもはや彼女のものではない。君が着こなすことで、新しい命……『クレアハート』としての定義に書き換えられている。ただ、その根底にあるプラネの記憶が、君を導こうとしているのは確かだ」


 エミリオは視線を私に向け、わずかに声を震わせました。


「彼女は、学園のシステム……魔素の循環を管理する中枢に触れ、そこにある『致命的な欠陥』を見つけてしまった。……そして、その穴を塞ぐために、自分自身を論理障壁(プログラム・ウォール)として捧げたんだ。今も彼女は、その欠陥の中で、終わらない『調整』を繰り返している……私はそう推測している」


 その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で、ドレスが微かに鳴ったような気がしました。悲しみではなく、義務を果たそうとする、静かで強い振動。


(……救いようのない話だな。つまりこいつは、自分が救えなかった女の代わりに、同じ適性を持つクーリアを送り込んで、システムごと『修理』させようってわけだ)


「……先生。その欠陥を放置したら、どうなるんですか?」


 私が問うと、エミリオは自嘲気味に笑いました。


「学園という名の巨大な魔法回路が暴走し、この街の魔素をすべて吸い尽くして瓦解するだろうね。……かつて彼女がそれを防いだ。だが、その寿命ももう限界だ。……だから私は、君という『無限』を待っていたんだよ」


(はっ。限定的絶対確定世界なんて小さな世界を作って満足してる奴なんて、どうせ大した事は考えてないだろうと思っていたが……コイツは予想以上に滑稽だな。そんなもん、自分の夢の中でやってりゃいい)


 ミコトさんの冷ややかな、けれど突き放すような笑いが頭の中に響きます。

 エミリオが語った、自己犠牲による世界の維持。それがこの世界の美徳なのか、あるいは彼の精一杯の誠実さなのかは分かりません。けれど、ミコトさんにとっては、その「悲劇的な均衡」そのものが、吐き気を催すほどの非効率で独りよがりに見えているようです。


(いいか、クーリア。システムを維持するために誰かを部品にするなんてのは、設計者の完全な敗北だ。欠陥があるなら埋めるんじゃない、構造ごと作り直せばいいだけの話だ。……それを『神聖魔法』なんて大層な名前の不自由な力に頼ってるから、いつまで経っても夢から覚められないんだよ)


 ミコトさんの言葉に、私の中の黒い炎が、今度は静かで冷徹な青い光へと変わっていくのが分かりました。

 私は、宙に浮く泡の中のエミリオを冷たく見据えたまま、その指先をゆっくりと下ろしました。


「……先生。あなたの言う『限界』も『犠牲』も、私には関係ありません。私はプラネさんじゃないし、あなたの後悔を埋めるための道具でもない」


 パチン、と指を鳴らすと、彼を拘束していた泡が弾け、びしょ濡れのエミリオが床に膝をつきました。


「でも、その『不具合』は私が、片付けます。あなたが怖くて手を出せなかったその場所へ行って、すべてを上書きしてあげますよ」


 床に伏したエミリオが、驚いたように顔を上げます。その瞳には、もはや私をコントロールしようとする尊大な色はありませんでした。


(……そうだ。狸、よく見ておけ。お前が神聖視するその『確定』を、俺たちがどうやって粉砕してやるかをな。……さあ、幕引きだ。場所を吐け、エミリオ。案内人くらいの役目なら、まだ残してやるぞ)


 床に濡れそぼり、膝をついたままのエミリオは、しばらくの間、呆然と私を見上げていました。ですが、やがてその口元に、自嘲と、そしてそれ以上に深い――毒を食らわば皿まで、といった風な、危うい光を宿した笑みが戻ります。


「……はは、案内人、か。いいよ。どうせ私には、その扉を開ける資格も、中に入る勇気もなかったんだ……。君のような『化け物』にすべてを委ねるのも、悪くないかもしれないね」


 エミリオはよろよろと立ち上がると、濡れた袖で顔を拭い、研究室の奥にある大きな姿見――今はただの装飾品にしか見えない鏡――へと歩み寄りました。


「場所なら、すぐそこだ。君が毎日、何食わぬ顔で歩いているこの学園の、影の重なり合う場所……」


 エミリオが鏡の表面に指を触れると、そこには神聖魔法の残滓とは異なる、不気味に歪んだ魔素の渦が浮かび上がりました。


 「化け物」とまで称されたその力は、エミリオが人生をかけて守ろうとし、そして絶望していた「プラネの遺した均衡」を、根本から叩き壊そうとしています。

(……フン。化け物か。最高の褒め言葉だな。……おいクーリア、鏡の向こうは、この世界の裏側のコードが剥き出しになっているような場所だ。気を引き締めろよ。……狸の案内がいつまで続くか分からんが、最後には俺たちがすべてを書き換える。いいな?)

(はい、ミコトさん。……行きましょう。プラネさんが、ずっと一人で守ってきたものの……その先へ)

 鏡の表面で蠢く魔素の渦が、私たちの姿を飲み込もうとしています。

 迷いはありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ