そんなに必死に金策するんですか?
深夜二時。
普通、美少女の深夜作業と言えば、ハーブティーでも飲みながら日記をつけたり、明日の服を選んだりするものですよね。
なのに、今の私の体は、怪しい緑色に光る魔導半田を片手に、眉間にシワを寄せてジャンク品の腹わたを掻き回しています。
(……チッ、この基板の術式パターン、設計が古すぎて効率が悪すぎる。……あっちのゴミから**バイパス用**のクリスタルを剥ぎ取って……よし、これで抵抗値を三割は下げられるな)
脳内に直接響く、ミコトさんの楽しそうな……いえ、獲物を狙うハイエナみたいな声。
(……ミコトさん。そのピンセットの使い方は流石だと思いますけど、私の体を使って『金、金……』って呟くの、不気味ですよ?)
(仕方ないだろう、切実な問題なんだから。……よし、こいつの出力を調整すれば、予備の星屑の目一基分の修理費が浮く。……お前も、予備がなくて戦闘中に泣きを見るのは嫌だろう?)
(それはそうですけど!)
(次は魔力をリークする欠陥品の腕輪を使って、こっちの一山いくらで投げ売りされていた空の魔石をチャージするぞ……これを魔導具屋に売り込めばそれなりの稼ぎになるだろう何、この体の魔力は無尽蔵だ、心配ない)
(あ、ちょっと、急に――! ひゃうんっ!?)
背中を突き抜けるような魔力の奔流。ミコトさんが私の体のリミッターを強引に引き上げるたびに、変な感覚がして膝の力が抜けそうになります。
鏡の中の私は、琥珀色の瞳を鋭く光らせて、美少女にあるまじき凄まじい手つきで精密機器を組み上げていました。……これ、外から見たら「ガラクタに欲情してる美少女」にしか見えませんよ、絶対!
(ふむ、いくつかは学園の購買部にでも卸すか、学生達が買うかもしれん)
(あんまり目立つ事はしたくなかったんじゃないんですか?)
(ギルドを経由して匿名で送りつける。抜かりはない)
(ちゃっかりしてますね、ほんと……あ、ミコトさん。机の端っこの、あの子。私たちのこの……なんていうか、恥ずかしい姿、ずっと見てるみたいですよ)
私の視線を誘導して、机の上に置かれた『依頼書』へと向けさせます。
保存媒体の中に閉じ込められた少女。彼女は、深夜にブツブツ言いながらガラクタをニコイチ修理して、「これで小遣いが浮いた」とニヤけている私たちの姿を、冷めたような、呆れたような目で見つめている気がしました。
(……無視しろ。あいつはただの読み取り専用のデータだ。……俺たちの、このプロフェッショナルな仕事ぶりを学習している最中なんだろうよ)
(絶対違いますって! 『うわぁ、変な人たちに拾われちゃったな』って顔してますもん!)
(プリントデータが変わるわけ無いだろう。第一、そいつ魂無き器だろ)
(そうですけどっ!)
やがて、ニコイチ修理で小銭を稼ぐ作業が一段落したところで、ミコトさんは今夜の「本命」を机の上に鎮座させました。
あの施設から文字通り掠め取ってきた、型番不明の計測器と――これまた用途不明の、黒い金属製の円筒形パーツです。
(……チッ、この筐体、継ぎ目が一つもない。一体どんな成形プロセスを使ってやがる。プラネの出力をもう少し上げるか。解析用パルスを最大強度で叩き込む)
(えーっ、まだやるんですか!? さっき魔石のチャージで結構使ったんですよ? 私の魔力だってタダじゃないんですからね!)
(問題ない、この程度、プラネのチャージ分から見れば爪先一つ分もない。それに、こいつの中身さえ暴ければ、初期投資なんて一瞬で回収できる)
そう言って、ミコトさんはその黒い円筒に触れました。
次の瞬間、視界がチカチカするほどの高密度な魔力が、私の指先から対象へと流し込まれます。
(……!? なんだこれ、パケットが全部跳ね返される!? |ファイアウォールどころじゃないぞ、物理的に浸透を拒絶してやがる……!)
脳内で、ミコトさんが盛大に舌打ちするのが聞こえました。
彼が全力で放った解析魔法が、まるで鏡に当たった光みたいに、何の手応えもなく霧散しているんです。あのミコトさんが、入り口のドア(ログイン画面)すら見つけられないなんて……。
(……ミコトさんでもお手上げ、ですか?)
(……ふん、面白い。単なる防御術式じゃないな。法則そのものが違いすぎる。……まるで、この世界の魔力とは『混ぜるな危険』だとでも言っているようだ)
ミコトさんは悔しそうに私の拳を握りしめ、ガクンと肩を落としました。
鏡の中の私は、琥珀色の瞳をこれでもかと見開いて、目の前の「鉄クズ」を睨みつけています。……あーあ、完全にムキになってますね。
(……しかもこの資料もだ。光学文字認識すら機能しねえ。文字の並びに意味があるのはわかるが、肝心の『根源』がどこにも繋がってない。……クソッ、どいつもこいつもスタンドアロンしやがって!)
机に投げ出された資料と、ピクリとも動かない機材。
ミコトさんの脳内では、今頃「解析失敗」という真っ赤なエラーメッセージが画面を埋め尽くしているはずです。
(……結局、今夜の戦利品で使い物になるのは、さっき直した安物のジャンクだけ、ってことですね)
(……言うな。……胃が痛い。……あんなに苦労して、ビットまで壊して、手元に残ったのは『読めない本』と『開かない箱』……それに……)
ミコトさんの視線が、最後に机の端の『依頼書』へと向きました。
紙の中の女の子は、相変わらず不気味なほど静かに、そしてどこか勝ち誇ったように、解析に失敗して落ち込む私たちを見つめています。
(……この『バグの塊』だけか。……唯一の、生きた手がかりは)
ミコトさんの思考に、いつもの不敵さが少しだけ戻ったのを感じました。
でも、直後に「あ、これ、しばらくは金にならないやつだ……」という絶望が混ざって、私の肩が力なく垂れ下がります。
(……ミコトさん。とりあえず、寝ましょう? 私、もう限界です。……お腹も空きました)
(……ああ。……明日、ギルドの連中を締め上げた後にでもまた、国立図書館に行くか。……エミリオの変態狸ジジイに世話になるのは癪だが、古代文明に関する資料ともなると、他に宛てがないしな)
寝言のように執念深い独り言を呟きながら、ミコトさんはようやく私の体の電源(意識)を落としにかかりました。
翌朝。
私は……いえ、私たちは、鏡の前で最後のお肌チェック――なんてする暇もなく、ミコトさんの主導で制服の襟をピシッと整えさせられていました。
鏡に映る琥珀色の瞳は、昨夜の徹夜解析が失敗に終わったせいで、いつもより鋭く、冷徹な光を放っています。ミコトさん不機嫌の時の顔ですね。
(……よし。修理したジャンクと、あの『開かない箱』……それにギルドへの抗議文。漏れはないな)
(……ミコトさん、その顔。すれ違う学生さんたちがみんな怯えて避けてますよ? せっかく可愛い制服着ているんですから、もう少しにこやかに……)
(笑って『辞書』が手に入るなら、いくらでも愛想笑いを浮かべてやるよ。……今はそれより、あの依頼を流した『バグの塊』をどう料理するか、その演算で忙しいんだ)
あーあ、もう。完全に「戦闘モード」じゃないですか。
朝のギルドは、依頼を探す冒険者たちで活気に溢れています。
でも、私たちが一歩踏み込んだ瞬間、波が引くように静まり返りました。……そりゃそうですよね。周囲を威圧するような魔力――もとい、殺意に近い合理性を撒き散らしながら歩いているんですから。
「……あ、おはようございます、クレアハートさん。今日はまた……一段と、その、気合が入って……」
いつもの、ちょっと頼りなさそうな受付の男性が、引きつった笑いで声をかけてきました。
その瞬間、ミコトさんは私の手を使って、懐からあの『少女が描かれた依頼書』をバァン! とカウンターに叩きつけたんです。
「……おはよう、と言いたいところだが。生憎と、俺の……俺たちの気分は致命的なエラーの真っ只中だ。……おい、この依頼、どういう仕様で俺に投げた?」
ミコトさんの声が、私の口を通して、冷たく、低く響きます。
受付の人がヒッ、と喉を鳴らして後ろにのけ反りました。
(ちょっとミコトさん! 怖いですって! 威圧感出しすぎです!)
(そういう演出だ。いいか、こういうのは最初にルート権限を握った方が勝ちだ)
つり上がった目をしながら不気味な笑みを浮かべます。全く目が笑ってませんね。
「……さあ、吐いてもらおうか。この『無期限・放棄不可・報酬不明』という、規約違反も甚だしい呪いの出所をな。……ついでに、この施設の備品も鑑定しろ。不当に安い査定をしたら、お前の全資産をハックしてやるからな」
(それは普通に脅迫ですよミコトさん! それに、その依頼先は勝手に受理されてたんですから、受付さんはなにも悪く無いと思いますよ?)
「ひ、ヒィッ……! ご、誤解ですクレアハートさん! その依頼、うちの窓口を通った記録がどこにもなくて……!」
受付の男性は、私の――というより、ミコトさんの顔色を窺いながら、ガタガタと音を立てて資料を捲り始めました。
(フン、脆弱性を突かれたか。まあいい、これ以上こいつを問い詰めても時間の無駄だな)
ミコトさんはあっさりと切り捨てると、懐から昨夜修理したジャンク品の束と、例の黒い円筒形パーツ、そしていくつか魔力を込めた魔石をカウンターに並べました。
「……身元の分からん依頼については、そっちで調査しておけ。それより、これの鑑定と買い取りだ」
「あ、はい! すぐに、すぐに査定します! ……ええと、この計測器、型落ちですけど精度が跳ね上がってますね!? こっちの魔石も……充填率が異常だ。……これなら、一つ辺り金貨五枚は出せます! 全部で五十五枚ですね。そちらのパーツについては、用途が不明ですのでこちらでは買い取りしかねます」
「……チッ、安いな。まあいい、端数は負けてやる。さっさと現金を寄こせ」
ミコトさんは差し出された金貨をひったくるように受け取ると、そのまま流れるような動作で出口へ向かいました。
受付さんは「ありがとうございましたぁ!」と、嵐が過ぎ去るのを待つような声で叫んでいます。
(ミコトさん、今の絶対相場より高めに言わせましたよね? 受付さん、泣きそうでしたよ?)
(泣きたいのは俺の方だ。徹夜で解析して、成果がこれっぽっちの小銭にしかならんのだからな。……行くぞクーリア、次は国立図書館だ)




