意外と守銭奴です
予約日間違えてたので、今夜にも投稿します
敵は四体。少女の形を模したその外殻は、一切の感情を排した無機質な威圧感を放っている。迂闊な動きをすれば、瞬時に死角を突かれ、四方からの攻撃の雨に曝されるだろう。
尤も、それでも負ける気など毛頭ないがな。
「……ふん。そこにある紙束一枚、ビーカー一個に至るまで、俺にとっては略奪すべき『戦利品』だ。ガラクタ共にその価値を汚されてたまるか」
俺は不敵に唇を歪める。周囲の資料や機材を、この無機質な自動人形どもの暴れ馬のような魔力で散らかされるのは我慢がならんのだ。
(ミコトさん、ちょっとでもお金になりそうな物を見付けたらちょろまかすつもりですね? ……依頼の報酬が怪しいからって)
(……言うな。せめて壊れたビットの分くらいは元を取らないと、割に合わん)
思わぬところからクーリアのツッコミを受けて精神的ダメージを負ったが、気を取り直して脳内の演算を加速させる。
「星屑の目、散開。リフレクション・モード展開、擬似結界構築。――この聖域の中では、俺の許可なく空気の振動一つ外へは漏らさん」
残存するビットを四方に弾き飛ばし、俺と四体の敵を囲い込むように多層的な魔力障壁を展開する。本来は外敵から身を守るための盾だが、今回は内側からの衝撃を一切外へ出さないよう指向性を完全に反転。
これで内側の破壊が外の『資産』を傷つけることはない。
「さて、そろそろフィナーレの時間だぜ? 派手な歓迎会の、最後の見せ場だ。まずは踊れ――お前たちの論理の底を覗かせてもらうぞ」
杖をゆるりと構え、俺はあえて攻撃を控える。まずは奴らのスペックを確認するのが先決だ。
どこの誰が作ったかも分からん未知のテクノロジーを前にして、無闇な発砲で環境を汚すのは三流のやることだ。
俺の視界には、多重に展開されたスキャンレイヤーがゴーレムたちの動きを捉えている。四体の連携、魔力の出力、そしてその根底に流れる『命令体系』。
理論が組み上がるまで、俺は一歩も動かず、ただ冷徹にその『答え』を導き出す。
正面に構えた一体の手の平から、凝固した魔素が黒い刃となって生える。それを無造作に握りしめた瞬間、奴は人間にはあり得ない予備動作ゼロの突進で間合いを詰めてきた。
同時に、左右の二体が残像を残して散開。最後の一体は、不気味なほど動かぬままこちらを見据えている。
(……ふん。見た目だけは少女を模しているが、中身は凝固魔素の塊、不定形だ。骨格という制約がない分、物理演算の裏をかいてくるだろうな)
俺は冷静に視界をスイッチする。肉眼で見える「少女の姿」など、ただの仮初めの受肉に過ぎない。
本質は、視界のレイヤーに映るどす黒く渦巻く魔力の奔流だ。
「星屑の目、各個マーク。――全周囲モニター、展開。死角という概念ごと、俺の視界から削除してやる」
俺の号令とともに、浮遊するシューティング・ビットとリフレクション・ビットがそれぞれ一対となって各敵機に貼り付くように追尾を開始する。
脳内には、四体すべての挙動、魔力変動、そして背後の死角までもがリアルタイムで投影される全方位モニターが展開された。
「まずは一人。……突っ込んでくるだけなら、ただの総当たり攻撃と変わらんぞ」
正面の黒刃が俺の喉元を刈り取らんと迫る。
だが俺は一歩も引かない。その「少女の姿」が関節を無視してどう捩じれようとも、ビットが捉える魔素の重心からは逃れられん。
(クーリア、右を任せる。俺は左をやる。正面は恐らく囮だ、リフレクション・ビットで対処する。ターゲット固定。衝撃を収束しろ。一歩も動く必要はない)
(了解です、ミコトさん。……来ます!)
俺は最短の動きで、迫る黒刃の軌道上にリフレクション・ビットを配置。
物理的な衝突が起こる刹那、俺は敵の攻撃エネルギーをそのまま「反射」の起点として利用すべく、リフレクション・ビットを「点」で配置した。
キィィィィン――ッ!
鼓膜を刺すような高周波の衝突音。
少女型の突進エネルギーは、俺が固定したビットの反転境界に叩きつけられ、逃げ場を失った衝撃波となって奴自身の腕を内側から破壊する。
「……甘いな。俺の計算式を上回るなら、せめて重力加速度の壁くらいは超えてみせろ」
破壊された腕を修復する暇も与えず、俺は左から肉薄した一体へ杖を向ける。
同時に、右側ではクーリアが操るリフレクション・ビットが、見事な曲線機動で背後からの奇襲をいなしていた。
(ミコトさん、右側も『反射』成功です! でも、手応えが……)
(ああ、分かっている)
リフレクション・ビットで弾き飛ばしたはずの正面の一体が、地面に激突する寸前、その肉体を文字通り「液体」のように融解させた。
衝撃を受け流し、飛沫となって四散した魔素が、空中で即座に再結合する。
(……チッ、やっぱり見た目通りじゃないな。不定形故の。分散並列処理か。一箇所を叩いても、個体そのものの演算能力が死んでない!)
俺の皮肉を笑い飛ばすように、融解した飛沫が鋭い「棘」へと変貌し、全方位から降り注ぐ。
同時に、左右に散開した二体も関節の可動域を無視して背中を反らし、本来の少女型ではあり得ない四足歩行の獣のような機動で、俺の足元へと潜り込んできた。
(ミコトさん、ダメです! ビットの数が足りません、このままじゃ防ぎきれません!)
(大丈夫だ。守りに関しては本来、ストラトスの不得意分野だからな。性能テストを兼ねて敢えて付き合ってやっていたが……そろそろ本気を出すぞ)
俺は『クレアハート』の纏う可変式ドレス『星霜の蒼』の深層回路へダイレクトにアクセスし、その魔素吸収機能を限界まで励起させる。
ドレスの裾が、まるで生気を得た夜空のように深く、鮮やかに明滅し始めた。
「お前たちの波長は解析完了した。その魔素、効率的に『頂く』ぞ」
その瞬間、結界内に充満していた不快な魔力の澱みが、渦を巻いてドレスへと吸い込まれていく。
少女の姿を模していた四体のゴーレムたちが、自分たちの構成成分である魔素を根こそぎ奪われ、その輪郭を激しく歪ませた。
(わわっ、すごい……! 魔力がどんどん流れ込んできます。ミコトさん、これなら……!)
(ああ、最高の予備電源だ。これだけの高純度魔素、無駄にするのは技術者として許せんからな)
敵は、崩れゆく身体を強引に再結合させ、最後の足掻きと言わんばかりに一点へと重なり合う。四体が融合し、巨大な黒い刃の塊となって、俺たちの眉間を貫かんと突進してきた。
「ハッ、実行ファイルを一つにまとめたか。デバッグの手間が省けて助かる。擬似結界解除、全ビットを集結させてアイツを包め」
俺は手にした杖を、その巨大な質量に向けて真っ直ぐに突き出す。
星屑の目が杖の先端で環状に整列し、ドレスから供給された莫大なエネルギーを増幅、収束させる。
「全セクタ、一斉削除。蜂の巣にしてやる」
視界を覆うような密度で放たれたのは、ただの魔力砲ではない。
敵の構成波長を打ち消し、根底から分解する「論理崩壊」だ。
閃光が奔り、迫り来る黒い塊を内側から食い破り、結界内に一瞬の静寂と、キラキラと輝く魔素の残骸だけを残してすべてを消し去った。
(……ふぅ。……クーリア、怪我はないか?)
(はい! びっくりしましたけど、ドレスが守ってくれたみたいで全然平気です。……でも、ミコトさん……)
俺は視線を周囲に走らせる。
敵が霧散した後の床には、黒い煤のようなものさえ残っていない。ただ、結界で守り抜いた「戦利品」たちが、無傷のまま整然と並んでいるのが見えていた。
「……ふむ。外殻の残骸すら残さず完全消滅か。掃除が要らない分、ゴミよりはマシだな」
俺は杖を腕輪に戻し、まずは真っ先に一番近くの机へと駆け寄った。散乱しかけていた資料を手に取り、その『価値』を網膜に投影されたスキャンデータで弾き出す。
(ミコトさん! 女の子が先ですよ、女の子が!)
(分かっている。だが、あれをどう扱うのかも全く不明なんだ。迂闊には触れないだろ?)
(もう、本当にそう思ってます?)
クーリアのジト目を感じつつも、鼻歌まじりに機材を鑑定していた俺だったが、ふと、部屋の中央で淡く光る水槽に目を向ける。青い液体の中で揺蕩う、名もなき少女。
その時、手元に残っていた依頼書が不気味に熱を帯び、新たな文字列が浮かび上がった。
『魂無き器を目覚めさせろ。期間は無期限、途中放棄は出来ない』
(……何だこれは? ふざけてるのか? 相変わらず報酬については何も書かれちゃいないし、放棄不可の無期限依頼なんてまさに呪いだな)
(依頼の内容もよく分かりませんよね……あ、もしかしたらこの子がその『魂無き器』なのかも知れませんよ?)
(成る程、それは十分あり得る話だ)
俺は少しでも情報を得るため、机の上に広げられた資料に鋭い視線を落とす。だが、次の瞬間、俺の演算脳がわずかな停止を起こした。
(……チッ、全く読めん。未知の言語だ。俺の言語データベースにも、既存の魔導文字のどれにも該当しねえぞ……)
(なんだか細かい文字でびっしり書いてあるから、多分難しい事が書かれている気はしますけど……困りましたね。ミコトさんでもお手上げですか?)
文字の並びには規則性がある。高度な論理が組まれているのは間違いない。だが、肝心の『辞書』がない。暗号化されているというよりは、この世界の既存の文明体系から隔絶されているような違和感だ。
(まさか、本当に古代文明の名残なのか? その割にはあまりにも劣化が少ない気がするが)
(古代文明って言ったら何万年も前の話って、エミリオ先生も言ってましたしね)
「……ほう。俺の脳を門前払いするとはいい度胸だ。だが、文字が読めないなら構造から直接読み取ってやるまでだ」
俺は資料を叩き置くと、少女を封じ込めている水槽へと歩み寄った。
水槽の制御パネルと思わしき機材に、直接手をかざす。
(……さて、この『器』の底を覗かせてもらうぞ。OSが走ってるなら、どこかにバックドアの一つくらいはあるはずだ)
しかし、解析用の魔素を僅かに流し込んだ、その刹那。
死んでいたはずの水槽が、猛然と拍動を始めた。仄暗い青から一転、網膜を灼くほどの純白の輝きが溢れ出し、俺は反射的に腕で目を庇う。
「チッ、何だってんだ!? 休止状態じゃなかったのか!」
(ミコトさん、見て! 女の子が――!)
光の奔流は、やがて中心にいた少女を慈しむように収束し、柔らかな繭を形成していく。直後、頑強なはずの円筒ガラスに無数の亀裂が走り、耐えきれなくなった臨界点を超えて粉々に砕け散った。
降り注ぐ破片の雨。その中心で、光を纏った少女が重力を無視して浮上する。彼女は意思を持っているのか、あるいは強力な磁力に惹かれるように、俺の手元にある「依頼書」へと真っ直ぐ滑り込んできた。
「おい、待て……! 物理的接触を拒否して、概念空間に逃げる気か!?」
俺の制止も虚しく、彼女の身体は輪郭を失い、依頼書の紙面へと吸い込まれるように消えていく。
静寂が戻った室内で、俺は恐る恐る手の中の紙面に目を落とした。
そこには、先ほどまで少女が浮かんでいた光景そのままの、精緻極まるポートレートが描かれていた。
繊細な筆致で描かれた彼女は、紙の中で今もなお静かに呼吸を続けているかのような、不気味なほどの「生」の気配を宿している。
(……依頼書が、彼女の保存媒体になったっていうんですか? ミコトさん、これじゃまるで……)
(ああ。……『魂無き器』を、依頼書という名の中空に強制保存しやがった。まさに呪い(バグ)の詰め合わせだな)
俺の指先に伝わる依頼書の質感は、先ほどよりもずっと重く、そして微かな温もりを帯びていた。
静寂を取り戻した依頼書を裏返すと、そこにはあざ笑うような追記が刻まれていた。
『依頼達成まで、その器の管理権限を譲渡。なお、魂無き器を目覚めさせる為の手段は問わない』
「クソッタレ、丸投げ案件じゃねぇか……!」
俺は思わず毒突いた。
開発環境もマニュアルも渡さず、ただ『動くようにしておけ』とだけ記された不親切な発注。しかも「期間無期限」で「放棄不可」。これは依頼という名の、極めて悪質な所有権の押し付けだ。
(管理権限の譲渡……。ミコトさん、これって、この子が私たちの『仲間』になったってことですか?)
(仲間にしちゃあ、随分と重いデータだな。要は『目覚めるまでお前らが面倒を見ろ』ってことだ。無償奉仕でデバッグまでさせようってのか……?)
俺は頭を抱えたくなったが、手の中の依頼書から伝わる微かな拍動は、これが単なる紙切れではないことを証明し続けている。
管理権限があるということは、俺の演算次第で彼女に干渉できるということでもあるが……。
「……ハッ。いいぜ、手段は問わないんだな? なら俺のやり方で、その眠り腐ったOSを叩き起こしてやるよ」
俺は依頼書を乱暴に懐へ放り込むと、まだ未練がましく残っている周囲の機材に視線を走らせた。
(よしクーリア、とっととズラかるぞ。これ以上ここに居座って、追加のバグ(厄介事)が降ってきたらたまらんからな。……あ、そこの型番のわからん計測器だけは持って帰るぞ。予備パーツ代の足しにする。ついでに資料も)
(もうっ、やっぱり持って帰るんですね! しかも資料がついでなんですか!)
クーリアの抗議を右から左へ受け流し、俺は目ぼしい「お宝」を素早く蒼の憧憬の予備ストレージへと放り込んでいく。
読めない資料よりも、まずは目の前のハードウェアだ。未知の回路設計を解析すれば、ストラトスの次期アップデートに使える画期的なヒントが得られるかもしれんからな。
「……よし、撤収だ。ここにはもう用はねえ」
俺は懐の依頼書――今や少女の保存媒体と化したそれを軽く叩き、不気味な静寂に包まれた実験場を後にした。




