星屑の目
蒼の憧憬の大型アップデートには、結局、数日の期間を費やすことになった。
しかし、ジャンク屋で買った材料費こそ安く済んだものの、それらを精密に加工するための機材や、複雑な回路を焼き付けるための特殊な薬品を買い揃えるのに、馬鹿にできない額の資金が飛んでいってしまった。
「チッ、学園の設備さえ自由に使えればな。だが、今の段階であのエセ教師の狸司書や高等部の連中に手の内を晒すわけにはいかん。……やむを得ない出費だが、財布の軽量化が進みすぎたのは計算外だ」
俺は思わず愚痴をこぼした。改修している時はノリノリでテンションに任せるままにやっていたが、このペースで金を使っていてはあっと言う間に底をついてしまう。
(まあいい、どうせ新しいストラトスの性能テストもしなきゃならん、減ってしまった預金残高を補填するついでに、久し振りにギルドに行ってみるか)
(しばらく勉強と補修漬けでしたしね……春休みが終わればまた始まるんですけど……それまでは気晴らしになるかもしれませんし)
クーリアにとってもそういうことらしい。
俺たちは、グリランドールにある冒険者ギルドの支部へと足を運ぶ。
前の街のギルドもそこそこ立派だと、ここの規模はその比ではない。見上げるほどの高い天井と、行き交う人々の熱気。
(相変わらずでかい建物だ。流石は中央に近い支部だな。これなら情報のやり取りも相当なものだろう。……さて、性能テストついでに、短期間で終わる効率の良い案件をいくつか見繕うか)
俺は、軽くなったお財布の痛みを取り払うように、鋭い視線をギルド内へと走らせる。
条件は、手軽で手っ取り早く、それなりに手応えがあって、何より「一人」で受けられる仕事。
普通なら、そんな都合の良い依頼は俺のような新人には回ってこないだろうが、俺たちが持つ白金の紋章を見せれば、大抵のわがままは通ってしまうはずだ。
(……だが、わざわざ掲示板の前に並ぶのは効率が悪い。と言うわけで早速出番だ。ストラトスをSSモードで起動。星屑の目、二基パージ。……記録を開始しつつ、この空間のバグを洗い出す)
ガチャリ、と手首の腕輪が小さな音を立てて展開、杖型に変化する。
そこから更に二つのパーツが静かな音を立てて周囲の喧騒に紛れ、新たにカメラ機能で搭載した銀色の破片――星屑の目が、俺の意思を受けて飛び出していく。
一つは、相変わらず背後で距離を保っているリナの監視へ。
そしてもう一つは、ギルド内に漂う膨大な依頼書と冒険者たちの魔力を調べるために、高い天井へと舞い上がっていく。
「……見つけたぞ。オイ受付。そこのアホ面下げて欠伸してるお前だ。足元に隠しているその依頼書、魔力の澱みが不自然に強い。……表に出せない『毒』を抱えていやがるな?」
しばらく魔素の動きを走査していると、おかしな反応を見せる箇所があった。
どうやら、財布を潤すための「獲物」は決まりだな。
「な、何のことでしょう?」
「とぼけても無駄だ。大方、ギルド側でも詳細が把握出来ない、正体不明の依頼書なんだろう?」
俺の鎌かけに一瞬、職員の顔が引きつる。その時、
「ひ、ひぃっ……! な、何だ、どうなってる!? 依頼書の承認が……勝手に進行している?! 馬鹿な、誰も手続きをしていないのに!」
職員が、カウンターの上で青白く明滅し始めた書類を見て悲鳴を上げる。
ギルドのシステムが、俺の意志も、彼の操作も介さずに「承認開始」へと向かうような不気味な光を放っています。
(……ふむ、面白い。俺の演算が介入するより早く、向こうから『接続』してきやがったか。物理的な紙の形をした、ただの実行ファイルというわけだ)
俺は自分の声が、一気に低く、冷徹な響きを帯びて行くのを感じた。
「ほぉ……どうやらこれは、冒険者が選ぶ類いの依頼ではないようだな? 依頼書が冒険者を選ぶ奴って事か。依頼主の都合に合わせられるのは気に喰わんが……まあいい、どちらにしろ、受けるしかなくなったみたいだしな?」
ギルド職員に向けて言い放つ。
「だがまあ、安心しろ。俺はこう見えて白金だ。良かったな、厄介事が一つ無くなるぞ?」
俺は左手の白金の紋章を見せ付ける。その紋章は今、勝手に書き換えられていく依頼書の魔力と共鳴するように、さらに強く光り輝いている。
(……ハッ、随分と態度のデカい『呪い』だな。いいだろう、受けてやる。だが、この『自動承認』のカラクリ、ただ者の仕業じゃない事だけは確かだ)
承認印が押されたばかりの依頼書を、俺は迷いなく手に取る。
指先から伝わってくるのは、あのジャンク屋で感じたものよりも、ずっと「尖った」不快な魔力の脈動。それはもはや正規の書類とは程遠い「何か」に変質していた。
指先から脳を直接叩くような不快な熱。それと同時に、俺の視界に強引な割り込みが入る。
「チッ、映像信号の強制介入かよ……。いいぜ、そのまま『視て』やる。記録に残して、後でたっぷりと代償を払わせてやるからな」
俺の怒りとシンクロするように、脳内に映像が展開される。そこに映し出されたのは、あまりにも痛々しく、非現実的な光景だった。
産まれたままの姿で、冷たい虚空に膝を抱えて浮かんでいる女の子。
彼女がゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには深く、暗い、悲しみに満ちた瞳があった。
(……目が合った――?)
一瞬、クーリアの意識が揺らぐのを感じた。
だが、俺はそれを冷徹な観測データとして処理し、さらに深くへと潜行する。
「ふん。今の反応、ただの録画データじゃあねえな。リアルタイムの『観測』に対する応答だ。……こいつは『人助け』なんて殊勝な依頼じゃない。この『幽霊』の居場所を特定して、その根源を叩け……そういう依頼か?」
依頼書にはたった一つのシンプルな情報しか書かれていない。おそらくは今見せられた女の子の位置を表す座標ポイントだろう。
俺は冷徹にその映像を解析していく。
彼女の背後に見えた、幾何学的な紋様と、規則正しく配置された魔導具の配置――それは、祈りの場所というよりは、何かを飼い慣らすための「実験場」のように見える。
(……面白い。『禁書』並みの非合法コードか。……いいぜ。その挑戦、受けて立ってやる)
俺は依頼書を固く握りしめ、ガタガタと震えている受付員さんに背を向ける。ギルドの外に出ると、それまでのの喧騒が遠く感じられた。
背後では、リナさんが今度こそ慌てたように、どこかへ走り去る様子がビットからの映像で見えている。
(リナの目的は分からないが……まずはあの女の子の座標を割り出す。ストラトスの出力を高負荷に引き上げる。星屑の目を全機起動。……デバッグの相手としては、申し分ないな)
依頼書が示した少女の居場所は、どうやらグリランドールの街から遠く離れた荒野の先にあるようだ。
(近くをバスが通ってて良かったですね)
(ああ。徒歩では往復で三日はかかる距離だが、これなら半分以下の行程で済むだろう)
「それにしても、魔素エネルギーによる公共交通機関か。なかなか文明的なものがあるものだ。……まあ、馬の機嫌を伺うよりは、コードで管理されたエンジンの方が信頼性は高いがな」
初めて目にする魔導バスの構造に、俺は少しだけ驚きはしたが、その構造には非常に好奇心をくすぐられる物がある。
俺は揺られること数時間、人里離れた停留所で降りると、そこからは自分たちの足で進むことにる。
道なき道。湿り気を帯びた深い茂みに足を踏み入れ、草木を掻き分けながら進んでいく。
陽の光も届きにくい森の奥へと半日ほど歩き続けた頃、俺の脳内に、先行させていた星屑の目からの映像が鮮明に投影された。
(……おっと、これは……見えるか、クーリア。正面の大きな岩影、不自然に魔素が静止している。視覚的にはただの岩だが、こいつは巧妙に隠蔽された偽装プロトコルだ)
(コレがどうかしたんですか?)
(目的地の座標ポイントとも一致する。恐らくここが『入口』だ)
やがて目的地に到達する。あらためて肉眼で確認しても、やはりただの岩にしか見えない。しかし俺が調査のために魔力を走査させようと、手で触れようとする。しかしそこには抵抗など微塵もなく、まるで招き入れるようにするすると手が入っていく。
(さて、どうやら鍵を開けて待っていてくれたようだな。わざわざ依頼書という名の招待状を送ってきたんだ、盛大に踏み込んでやろうじゃないか。ストラトス、流星群モード、対人警戒用に最適化)
俺は手首の腕輪に指先を添え、杖型に起動。自身のの演算が加速するのを感じながら、その偽りの岩影へと一歩を踏み出した。
内部に一歩足を踏み入れれば、そこは外の自然とは切り離された異質な空間。一見すれば洞窟のようにも見えるが、平らな壁や床の質感、空気の重さは、隠そうともしない人工物特有の冷たさを帯びている。
(……チッ、予想はしていたが、入り口から出口まで地雷のバーゲンセールだな。しかもどれもこれも魔力に反応して起動する感知型だ)
(歓迎されてるのかされてないのか、わけわかですね)
クーリアの言う通り、俺の視界の端々には、不自然に渦巻く魔力の澱みが赤く点滅して映し出されている。
まともに歩けば数歩と持たずに蜂の巣にされるか、あるいは派手に吹き飛ばされる類いの魔力反応。しかし。
「素敵なパーティへのご招待ありがとう。盛大な歓迎、だが、此方はあまり悠長にしてるわけにもいかないんだ。せっかくだけど、初っ端からフィナーレの花火大会と行こうぜ。ストラトス、高周波魔素嵐展開。ビットを自律制御に切り替えて、あのセンサーどもを片端から『過負荷』させる」
俺の周囲を飛んでいた星屑の目が、眩い閃光とともに通路の奥へと弾け飛ぶ。
ビットが小規模な魔力の嵐を撒き散らしながら進むたび、仕掛けられていたトラップが次々と誤作動を起こしている。
ある場所では派手な爆発音が響き、またある場所では起動しかけた魔法陣が力なく霧散していく。道なき道が、力技でこじ開けられていく。
(……ああ、クソッ、貴重なビットがまた一つ消滅した。……一個作るのにどれだけコストがかかってると思ってやがる。……おい、クーリア、さっさと進むぞ。これ以上の出費は胃に毒だ)
(……ミコトさんって、時々変なところで脳筋になりますよね)
高性能なデバイスを「使い捨て」のように扱わざるを得ない状況に、俺は魂を削られるような思いでヤケクソ気味だ。
(大丈夫ですよ、ミコトさん。この依頼なら多分、金貨五十枚はもらえると思いますし!)
(だと良いんだがな……。だが、俺の勘には、どうも無報酬になりそうな予感がするんだよ。そもそもこの依頼自体、正式な窓口を通ってない上に、載ってる情報がここの位置だけだからな……)
俺は、星屑の目が一つ、また一つとトラップの身代わりに消滅していくたびに、まるで自分の身を削られているかのような呻き声を漏らす。
「本体程ではないにしろ、そこそこ頑丈に作った筈なんだがな。こんな事ならデコイ用の安価な使い捨てモデルも作っておくんだった」
お財布へのダメージと引き換えに、俺はついに通路の最奥へと辿り着く。
そこは、一見すると病院と何かの研究所を足して半分に割ったような、清潔さと乱雑さが入り混じる、不思議な空間。
何かの資料の束が積み上げられた机や、中身のないビーカーやフラスコ、何かを計る為のの計器類、用途のわからない機材の数々。これまでの明らかに人の手の入った表面の凹凸のない石壁や扉とも一線を画す、まさに人工物だ。
そして中央には、淡く青い光を放つ円筒形の巨大な水槽。その中には、ギルドで見た映像そのままの姿で、膝を抱えた少女が静かに揺蕩っていた。
(……ようやくお目見えか。だが、クーリア。歓迎会はまだ終わってないらしいぞ。いつの間にか依頼書に追加オーダーが付け加えられている。どうやらコイツ等を始末するのも仕事らしい)
俺は警戒レベルを一段階上げる。
水槽を囲むように配置されていた幾つかの石像の表面が剥がれ落ち中から水槽の少女と良く似た、しかしその動きは機械的で、人間味をまるで感じさせず、けれど一切の迷いがない自律型のそれだ。
(人間……? いや、意思や魔力反応は別物だ。恐らく魔導生命体。見た目は人間を模しているが、中身は血の通わないただの防衛プログラムだ)
(うう…分かってても、女の子の姿をした相手と戦うのは嫌ですね……)
(視覚情報に囚われすぎると本質を見失うぞ)
俺の目には既に魔力反応による多層レイヤーを重ね、構造体としての実体を敵と認識している。
「丁度いい、新しい流星群の標的にしてやる。……いくぞ。失ったビットの分まで、きっちり働いてもらう!」
俺は自分の意識が戦いへ向けてその変容を自覚した。




