町歩き(後編)
お腹がいっぱいになった後の散歩は、春の陽気も手伝ってとても心地よいものでした。
華やかなメインストリートを少し外れ、細い路地へと足を踏み入れると、街の空気は一変します。建物の影が濃くなり、どこかカビ臭いような、けれど好奇心をそそる不思議な静けさが漂っていました。
私たちが辿り着いたのは、軒先に錆びた鉄屑や、用途のわからない魔導具の死骸が山積みにされた、いかにもな「ジャンク屋」でした。
「うわ……。クレアちゃん、本当にここに入るの? 呪われてそうなものばっかりだけど……」
「ボクは嫌いじゃないな。こういう場所には、時々掘り出し物があるって騎士団の先輩も言っていたしね」
リリィちゃんは引き気味ですが、レオくんは興味深そうに棚を覗き込んでいます。私は、ミコトさんの視線に導かれるように、店の奥の、埃を被った木箱へと歩み寄りました。
(……ほう。ここは「ゴミの山」というより、「未完成の墓場」だな。少し直せば化けるガラクタがいくつか混ざっている)
ミコトさんの楽しそうな声が響きます。彼が注目したのは、鈍い銀色の輝きを失い、黒ずんでしまった不格好な腕輪――いわゆる呪具の類でした。
(クーリア、それだ。……ああ、やはりな。コードを読み取ってれば……ふむ、面白い)
私がその冷たい金属に触れた瞬間、ミコトさんの演算が即座にその「中身」を暴いていきました。
(本来の設計思想は……魔力の循環サポートによる装着者の負担軽減、か。なかなか理に適ったアプローチだ。だが……惜しいな。構築の途中でコードが交差してしまっている。せっかくの魔力伝達がここでリークしているな)
ミコトさんの声が、まるでバグだらけのプログラムを見つけたエンジニアのように、鋭く、けれどどこか嬉しそうに弾みます。
(これでは本来の機能など果たせないどころか、逆効果だ。装着者の魔力を勝手に外へと垂れ流す、「魔力漏洩の欠陥品」に成り下がっている。……これを作った奴は、理論の終着点を見失ったんだろうな。だからこそ、こうしてジャンクとして捨て置かれているわけだ)
ただ持っているだけで、私の指先から魔力が少しずつ吸い取られていくような、不快な感覚が伝わってきます。確かに、普通の魔法使いにとってはただの「呪い」の道具でしかありません。
「あの、店主さん……これ、おいくらですか?」
私が尋ねると、奥のカウンターで居眠りをしていた店主が、片目を開けて鼻で笑いました。
「それか? そんな呪われたガラクタ、金貨1枚でいい。……いや、銀貨数枚でもいいぞ。勝手に魔力を食い潰すだけの鉄屑だ。持っているだけで倒れるのが関の山だろうよ」
(……良し。買いだ、クーリア。この「リーク」している部分さえ繋ぎ変えれば、こいつは別の用途に転用できる。……高等部での『デバッグ作業』に、ちょうどいい材料になりそうだ)
ミコトさんの冷徹な計算が、このガラクタの中に「完成形」を見出していました。
私は金貨を1枚取り出し、そっとカウンターに置きました。
(それにしてもこいつは面白い。構造が単純な分、弄り甲斐があるな)
私が腕輪をバッグに収めようとすると、ミコトさんの思考が加速していくのが伝わってきました。まるで新しいパズルを手に入れた子供のように、彼のロジックは既にその「ガラクタ」を解体し、再構築し始めています。
(無駄なコードをデリートし、余計な命令文を省いてコンパイルし直せば、今よりさらにローコストで動く「魔力吸収装置」に書き換えられる。これに外付けで空の魔石でも繋いでみろ。周囲の魔素を勝手に吸い上げて蓄電する、便利なモバイルバッテリーのような物に化けるかもしれんぞ)
ミコトさんの予測する未来の姿に、私は少しだけワクワクしてきました。魔法使いにとって、魔力切れは一番怖いことですから、もし勝手に充電してくれる道具があったら、きっとみんな欲しがります。
(あるいは、本来の設計意図を汲み取ってコードを修正し、吸収した魔力をロスなく装着者へ直接流す構造にも出来そうだ。……フン、実に弄り甲斐のあるオモチャだな)
「クレアちゃん、そんなにその腕輪が気に入ったの? ずっと眺めてるけど……」
リリィちゃんが不思議そうに覗き込んできます。レオくんも「趣味が悪いな」と言いたげな顔をしていますが、私はただ、小さく微笑むしかありませんでした。だって、この中にある可能性は、私とミコトさんにしか見えていないんですから。
(一つ一つの効果の程はささやかだが、これなら安価な材料で量産も効くだろう。安定したラインに乗せられれば、高等部での研究費……いや、小遣い稼ぎには丁度良いかもしれないな)
まさかミコトさんの口から「小遣い稼ぎ」なんて言葉が出るとは思いませんでした。世界の理をデバッグするなんて大きな目的を持っている人なのに、意外と世俗的というか、ちゃっかりしているというか。
「……ふふ、そうですね。大事にします」
私は腕輪を大切に鞄にしまいました。
金貨1枚で買った、魔力を漏らすだけの呪具。
それがこれから、どんな風に化けるのか。春休みの宿題が、また一つ増えたみたいです。
(ほう。次はこれか。一見、ただの古ぼけたペンダントだが……中身は相当に「尖って」いるな)
ジャンク屋のさらに奥、埃が雪のように積もった棚の隅。ミコトさんが見つけたのは、くすんだ真鍮製のペンダントでした。手に取って集中すると、複雑に絡み合った旧時代の術式が浮かび上がってきます。
(……驚いたな。ボイスレコーダー……いや、「音声記録」の機能を持っている。だが、設計が古すぎるせいかソースコードが無駄に肥大化しているな。これでは記録中に魔力を馬鹿食いするだけの欠陥品だ。実用的とは言い難い)
私がそのペンダントを振ってみると、中で小さな部品がカラカラと乾いた音を立てました。壊れているようにしか見えませんが、ミコトさんの解析は止まりません。
(解析終了。……なるほど、そもそもの使用言語が古すぎて、現在主流の魔法コードには直接コンパイルできそうにないな。だが、発想自体は悪くない。……なあ、クーリア。こいつ、いっそボイスレコーダーではなく、『ドライブレコーダー』……つまり映像も録画出来るように作り替えてやろうか)
(ドライブ……レコーダー? 車も走っていないのに、どこに付けるんですか?)
(フン、乗り物である必要はない。『蒼の憧憬』に後付けして、遠隔カメラとして使うのはどうだ? 映像と音声をリアルタイムでリンクさせれば、遠距離の偵察はもちろん、戦闘中の死角をフォローするバックモニターにもなる)
ミコトさんの突拍子もない提案に、私は目を丸くしました。
魔法の杖に、後ろが見える鏡……いえ、目を取り付けるなんて。
(いや、ストラトスはコアの原材料があの女の目だからな、符合としてはそこまで無理はない。まあ、泳がされてる気がしなくも無いがな)
確かに。でも、それができれば、あの日四層で苦労した「背後からの奇襲」も、もう怖くありません。
(高等部では、より複雑な集団戦闘や未知の環境下での実習が増えるはずだ。死角をゼロにする「視覚共有」は、生存率を劇的に上げる強力なパッチになるぞ)
「……あの、店主さん。こっちの動かなくなったペンダントも、一緒にいただいてもいいですか?」
店主は「そんなゴミ、まとめて銀貨1枚で持っていけ」と投げやりな返事をしました。
誰にも価値を理解されず、ただの金属の塊として捨てられていた過去の遺物。それがミコトさんの手によって、現代の魔法使いが想像もできないような「最新兵器」へと生まれ変わろうとしています。
(呪具の量産計画に、ドラレコの実装か。……ははっ、春休みという名の「大型アップデート期間」になりそうだな、クーリア)
バッグの中で重なり合う二つのジャンク品。
それらが放つかすかな魔力の脈動が、これから始まる高等部での波乱に満ちた日々を予感させていました。
(……ふふん、いいぞ。この導線の太さなら、抵抗値を下げてやれば並列処理のバッファとして十分に機能する。あの腕輪のリークを逆手に取って、こっちの旧式コードの魔力のバカ食いを相殺させる「負のフィードバック回路」を組めるかもしれん……)
鞄に入れたガラクタ……いえ、ミコトさんにとっては「宝の山」を見つめながら、頭の中では休むことなく演算の嵐が吹き荒れています。
普段は冷静沈着で、何が起きても「想定内だ」なんて澄ましているミコトさんですが、今の彼はまるで、手に入らないはずの限定品を手に入れた子供のように、隠しきれない浮ついた気配を漂わせていました。
(おいクーリア、あっちの棚の隅にある錆びた基盤も拾っておけ。それからその折れた触媒の芯もだ。パーツ取り用に適当に安物を数点見繕うぞ。……ふむ、今夜は忙しくなりそうだな)
(……やっぱり、そうなっちゃいますよね)
私は心の中で、そっと大きなため息をつきました。
ジャンク屋とミコトさん。この二つの組み合わせは、あまりにも相性が良すぎました。
彼にとって、完成された高価な魔導具はただの「既製品」でしかないけれど、この埃を被ったガラクタたちは、自分の手でいくらでも書き換えられる「自由なコードの塊」に見えているのでしょう。
私が店主に追加の銀貨を数枚払い、山のような端材を受け取ると、ミコトさんは満足げに鼻を鳴らしました。
(よし、一軒目はこんなところか。次はあっちの路地の突き当たりにある、妙な魔力残滓が漏れ出ている店を梯子するぞ。……何をしている、早く行くぞ!)
「えっ……ま、まだ行くんですか……?!」
私の不意の叫びに、商品の品定めを終えていたレオくんとリリィちゃんがぎょっとして振り返りました。
「クレアちゃん? まだあんな感じの店に行くの?」
「……流石のボクも、もう鉄屑はお腹いっぱいだよ。お茶にしないか?」
二人のもっともな提案に、私は引き攣った笑顔を返すしかありません。
「あ、あはは……。ごめんなさい、なんだか……『掘り出し物の神様』が、あっちにまだ何かあるって言ってる気がして……」
(そうだ、神のお告げだと思え。さあ、次はあの『歪な増幅器』の匂いがする店だ!)
ミコトさんの止まらない探究心。今夜は間違いなく、寝不足を覚悟しなければならないようです。
私は重たくなった鞄を抱え直し、呆れる友人たちを連れて、さらなる「ガラクタの深淵」へと足を踏み入れました。
華やかな大通りから一本外れた路地の隅。色褪せた紫色の布で作られた占い師のテントから、どこか懐かしく、けれど胸の奥をざわつかせる煙が漏れ出していたからです。
大通りを外れた路地の隅。占い師のテントから漏れ出していたのは、白檀に似た、濃厚で鼻腔にこびりつくような怪しい香りでした。
(……ほう。白檀か。なんか線香を思い出すよな。……クーリア、少し寄ってみるか。この手の『まやかし』には意外な掘り出し物が転がっていることがある)
(線香、ですか? よくわかりませんけど、なんだか、この香りに呼ばれた気がして)
カーテンを潜ると、室内は濃密な煙で満ちていました。老婆が顔を上げ、私の琥珀色の瞳をじっと見つめます。手首の腕輪が、微かに熱を帯びました。
「……おやおや。あんたの背後、普通の人には視えない『冷たい影』が張り付いているよ。そいつは、あんたをどこへ連れて行くつもりなんだろうねぇ」
(……冷たい影、だと? まさか、あの白い少女が見張ってたりとか……ああ、有り得そうで厄介だな。それとも、朝から付いてきてるリナか? エミリオと繋がっている可能性が高い面倒の種だ。ふむ……)
「まあ、悪意のような物は感じないよ。どちらかと言えば興味とか、好奇心かねえ」
(興味と好奇心……どちらとも取れる、か)
やがて、ミコトさんが短く結論を出します。
(まあ、実害が無い内は気にしても仕方がない。考えても仕方がない事は、考える前に手を動かせばいい。今日はもう帰ってストラトスの改造だ!)
見えませんけど、両手をわきわきさせながら目をぎんぎらぎんに光らせているミコトさんが目に浮かびます。
私は彼という「影」を背負い、白檀の香りを髪に纏わせたまま、次のステップへと歩み出しました。




