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ラスボス系主人公ってガラじゃない

 四層の出口へと続く結晶の回廊。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かな足音だけが響く。


「……ねぇ、クレアちゃん」


 ふいに、前を歩いていたリナが立ち止まり、振り返った。

 その瞳には、先ほどの戦闘で見た「人影コピー」への困惑と、それを一蹴した少女への抜き差しならない興味が混ざり合っている。


「……はい、リナ先輩」


 クーリアは、まだ先ほどの「絶対防壁」の余韻に震えながら、杖を抱きしめるようにして答えた。


「君が今使ったの、全部『生活魔法』だったよね。……火種を飛ばす、水を操る、それから……さっきの防御。あれも、服の魔力抵抗値を生活魔法の術式で一時的に励起ブーストさせただけ?」


「え、えっと……。……はい。おじいちゃんに、そう教わったので……。それしか、できないから……」


 嘘ではない。

 クーリアができるのは、相変わらず生活魔法だけだ。

 ただ、その背景にあるミコトの理論が、エネルギーそのものを「魔素」と解釈し、一次生産的な効率で叩き込んでいるだけ。ホースから水を出すか、高圧洗浄機で鋼鉄を切るか、という「出力設定」の差でしかない。


「……そう。生活魔法、ね」


 リナは自嘲気味に口角を上げた。

 魔法学の常識で考えれば、生活魔法は最も燃費が良い代わりに、出力の限界が低い「二次生産的な非効率のアプローチ」の産物だ。

 だが、今のクレアハートが見せたのは、その常識を根底から覆す「圧倒的な質と量」の暴力。


「……燃費が良いだけの魔法が、あんなデタラメな威力を出すなんて。……普通に考えたら、君の体の中にある『魔力のタンク』が、海と同じくらいの広さがないと説明がつかないわよ?」


(……おっと。流石にエネルギー量の不整合に気づき始めたか)


 俺は深層で、リナの鋭い分析を冷ややかに「観測」する。

 だが、どれほど彼女が疑おうとも、観測される事実は「生活魔法を放つ少女」でしかない。


「……レオくん、リリィちゃん。……今の、見た?」


 リナが、後ろで呆然としていた二人に話を振った。


「あ、ああ……。……正直、ボクの『炎の槍』が恥ずかしくなるような、とんでもない圧力だったよ。……ねぇ、クレアハート。それ、本当に生活魔法なのかい? ボクには、何か別の……もっと恐ろしい『力』に見えたけど」


 レオが、少しだけ軟化した、けれど隠しきれない畏怖の混じった瞳でクーリアを見る。

 天真爛漫なリリィでさえ、今は「すごーい!」と手放しに喜ぶことができず、不思議そうにクーリアの服の裾を見つめていた。


「……私、変でしょうか」


 クーリアが、消え入りそうな声で呟く。

 その「普通の少女」としての不安げな表情が、リナの追及の手をわずかに緩めさせた。


「……変じゃないわよ。……ただ、少しだけ『特別』すぎるだけ」


 リナはそう言って、再び前を向いた。

 だが、その背中はこう告げているようだった。「このまま五層へ行けば、もっと隠しきれない何かが溢れ出すわよ」と。


(……ふん。溢れ出したら、また別のパッチで上書きするだけだ)


 俺は、クーリアの震える指先を優しく冷却ホールドしながら、四層の出口に広がる「次なる不具合」の気配を、誰よりも早く察知していた。

 四層の出口を抜けた先、五層へと続く転移門の前で、リナが改めて一行を制した。


「いい、みんな。次が最後、五層よ。……ここが実習の最終到達点。四層のミラーマッチが『個の克服』だとしたら、五層は『パーティー全体の最適化』が試されるわ」


 リナの説明によれば、五層に出現するのは個人の写し身ではない。レオ、リリィ、そしてクレア――三人の能力と連携パターンを迷宮が学習・平均化し、さらに数パーセントの出力を上乗せした「コピー・パーティー」との集団戦闘だ。


「一人ひとりが自分の壁を越えるだけじゃ足りない。仲間の穴をどう埋め、長所をどう活かすか……それを証明しなさい」


 リナの言葉を背に、俺たちは光の渦を潜った。

 五層――そこは、静謐な水を湛えた「鏡面湖」のような空間だった。

 空も地面もなく、どこまでも続く水鏡。その中央に降り立った俺たちの前に、三つの揺らめく影が立ち上がる。


「……来たわね。……あれが、ボクたちの『完成形』ってわけか」


 レオが忌々しげに杖を構えた。目の前には、炎の槍を低く構えるレオのコピー、魔力の奔流を纏うリリィのコピー。そして――。


(……ふん。やはりそうなるか)


 三体目の影は、生前の俺の姿ではない。『星霜のアズール・プラネ』と『蒼の憧憬アズール・ストラトス』を完璧に模した、無表情な「クレアハートのコピー」だ。


「……クレアちゃん、気をつけて。あの三人、私たちの動きを完璧に予測して連携してくるはずよ」


 コピー・パーティーは、迷いのない動きで陣形を組んだ。

 前衛でレオ・コピーが炎を撒き、中衛でリリィ・コピーが水刃を踊らせる。そして後衛のクレア・コピーは、俺が四層で偽装した「消防車の放水」並みの高出力生活魔法を、一点の曇りもなく再現し、寸分の狂いもないタイミングで弾幕を張り続けた。


 シュボボボボッ!!


 最高効率、最速、最優先。奴らの動きは、勝利への最短距離のみを実行するようにプログラミングされている。


「くそっ、ボクの炎が、ボクのコピーに消される……! クレアハート、君のコピーが放ってくる熱線、ボクの盾じゃ防ぎきれないよ!」


 レオが焦燥に声を荒らげる。

 奴らは、突出した一人の能力(俺の生活魔法)を、チーム全体のバックアップに還元し、こちらの逃げ場を削っていく。リナの言う「パーティーの最適化」を、コピー側が完璧に体現して見せていた。


(……だがな。それこそが致命的な罠なんだよ。人間ってのはな、必要な無駄があるんだ)


 回り道、迂遠な解釈、あえて非効率を選ぶ遊び。そういった「不確定要素」を演算から切り捨てたお前たちに、本当の勝利はない。


(いいか、クーリア。今から俺がお前たちの視界にある『因果関係』をほんの少しだけ書き換える。お前はただ、デタラメに杖を振るだけでいい)

(は、はいっ……! えいっ、やぁーっ!)


 クーリアが、あえて狙いを定めずに滅茶苦茶な動作で杖を振り回す。

 ロジックだけで動くコピーたちにとって、この「物理的にあり得ない非効率」は、修正すべきエラーとして演算を狂わせた。俺はその隙間に、生活魔法の「熱交換」を装った屈折魔術を差し込む。


「――っ!? ちょっと、何が起きてるの……!?」

 リナが驚愕の声を上げる。

 レオ・コピーが放った『炎の槍』が、あろうことかリリィ・コピーの背中を直撃した。コピー・クレアの放った高圧熱線が、味方であるレオ・コピーの足元を射抜く。


(さあ、勝手に同士討ちでもして自滅しろ。プログラムの矛盾に耐えきれなくなるまでな)


 レオとリリィの鏡像は、互いの術式に焼かれて霧散した。だが――揺らめく霧の向こう。最後に立っていたのは、コピー・クレアハートだった。

 驚いたことに、今の彼女には『星霜の蒼』をも模したドレスが纏わされている。四層で俺が「生活魔法による絶対防壁」という嘘を上書きしてしまったため、システムがそれを学習してしまったらしい。


(四層の時のようにはいかないか。あっちにもプラネがある以上、物理的な相性差での勝利は望めない……)


 コピー・クレアは無表情に『蒼の憧憬ストラトス』を構える。仲間を自らの手で葬り、演算回路はエラーログで真っ赤なはずだが、最高効率を求めるその瞳には、一点の曇りもなく「対象の排除」だけが刻まれていた。

「……あの子、まだ動けるの!? 仲間を倒しちゃったのに……」

「……違うわ。あの子は勝利のために『不要なリソースを切り捨てた』のよ。冷徹なまでに、最適化された戦い方……」


 リナの分析は、かつての俺の古傷を抉る。

 目的のためにすべてを効率の天秤にかけ、感情を排した末の成れの果て。


(……いいだろう。なら、その『最高効率』の限界を教えてやる)


 それはまるで、お互いが正解を知っている答え合わせのような戦いだった。

 水と炎と光が渦巻くステージでダンスを踊るように、互いの『ストラトス』が至近距離で交錯する。


(ロジックは変わらない。俺が最適解を選べば、奴もまた最適解を選ぶ。……だが、新発見によるシンギュラリティの余地は、いつだって現場にある)


 銀の火花が散る至近距離。俺は俺の持つロジックに、自らその「穴」を突きつける。


(『プラネ』を、この場で改造する……! 手持ちの蒼の結晶は僅かだが、一か八か……っ!)


 俺はポケットに忍ばせていた『蒼の結晶』をクーリアの指先で砕いた。ドレスの外部装甲の抵抗値をあえて低下させ、その余剰出力を全て「接触干渉」への演算リソースへと転換する。

 防御を捨てた自殺行為。コピーのロジックには存在しない、非合理な特攻。


 キィィィィィン!!


 コピーの杖が、俺の防御が薄くなった瞬間を見逃さず突き出される。だが、俺はその切っ先を避けない。自らコピーの懐へと飛び込み、クーリアの左手を、鏡像の胸元にそっと置いた。


(チェックメイトだ。……俺は常に、昨日の俺より賢いんでな)


 生活魔法:『汚れ落とし(クリーン)』。


 本来は塵を払うだけの術式に、エネルギーを逆流させる「邪道」の共振を込めて送り込む。


「……消えろ。お前の中に、俺の居場所はない」


 クーリアの唇が音もなく動いた瞬間。最強のドレスを纏ったコピーは、自身の内部から溢れ出した圧倒的な「矛盾」によって、鏡面湖の底へと弾けるように霧散した。

 水飛沫と光の粒子が舞い散る中、俺――クレアハートだけが、静寂を取り戻した最深部に立っていた。


 実習から数日後。学園の掲示板には、精査された最終的な「進級・昇進リザルト」が貼り出された。

 それは、学園の歴史においても類を見ない、極めて異例な「飛び級」の記録となった。


「……嘘でしょ? クレアちゃん、一気に『高等部』?」


 掲示板の前で、リリィが素っ頓狂な声を上げた。

 彼女とレオの名前の横には、予定通り「中等部進級」の文字がある。実習での目覚ましい成長と戦果を鑑みれば、妥当かつ誇らしい結果だ。だが、そのさらに数段先、最年少での高等部入りを決めた少女の名前が、全ての視線を独占していた。


「……ふん。四層と五層のあの戦いを見せつけられちゃ、学園側も『中等部』の枠に収めておくのは危険だと判断したんだろうね」


 レオが複雑な表情で腕を組む。

 彼自身のプライドは、あの日、鏡面湖で繰り広げられた「絶対的なロジックのダンス」を前に、一度完膚なきまでに叩き折られている。だからこそ、この結果に異を唱える気にはなれなかった。


「……生活魔法の特異な発現例、および、魔導具への異常な適応力……。それが、学園側の出した公式の理由ね」


 背後から現れたリナが、冷ややかな、けれどどこか諦めたような声で告げる。

 彼女の報告書には、あの日見た「正体不明の影」のことは伏せられていた。代わりに、あくまで「クレアハートという個人が持つ、不可解なまでの資質」として処理されている。


「おめでとう、クレアちゃん。……これで君は、形式上は私の『後輩』ではなく、同じ校舎で机を並べる『ライバル』の一人になったわけだ」


 リナの言葉は、祝福というよりは、監視対象が手の届く場所へ移動してきたことを確認する宣言に近かった。


「……あ、……ありがとうございます……。私、……頑張ります……」


 クーリアは戸惑ったように、いつもの弱気な笑顔を浮かべる。

 だが、その内心で、俺――ミコトは冷静にこれからの展開をシミュレートしていた。


(……高等部か。リソースの質も、アクセスできる禁術図書館の権限も、中等部とは比較にならん。……ようやく、本格的な『デバッグ』の準備が整いそうだな)


 高等部進級。それは、平穏を望むクーリアにとっては試練の始まりであり、世界の理を書き換えようとするミコトにとっては、盤上の駒が一つ進んだに過ぎなかった。

 夕日に染まる学園の回廊。

 『星霜のプラネ』の裾を揺らしながら歩く少女の影は、もはやただの子供のそれではなく、底知れない深淵を宿した「何か」へと変貌しつつあった。

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