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常識は壊すためにある

(……魔法? 今、魔法って言ったか、クーリア?)

(はい。村の皆も、お料理の火をつけたり、コップにお水を溜めたりするのに使ってました。……あれ、ミコトさんのところには、無いんですか?)

(無いねえ。火をつけるにはガスコンロかライターか、せめて火打ち石が必要なんだよ)


 ミコトが脳内で猛烈な勢いで「魔法の機序」を解析しようとするも、クーリアは不思議そうに(脳内で)首を傾げるだけ。


(そうなんですか。私にとっては、物心付く頃からある、普通のことなんですけど……あ、でも、何もない所から出すのは少し疲れます。私、魔力少ないので)


 はい出た魔力ぅ。


(もともと在る物を使う分には魔力は消耗しないのですが……例えば竈の火の調整とか、川の水を浄化して飲めるようにするとか)


 めっちゃ便利!


(なるほどな……。ゼロからエネルギーを生み出すのはコストが高いけど、既存の事象の変質や加速なら低コストで済むってことか? それ、熱力学の法則を……いや、いい。今は生き残るのが先だ)

(ねつりき……がく? すみません、難しいことはわかりませんが……あ、あそこに折れた枝があります! あれを集めて火を大きくすれば、少しは温まれますよ!)

(よし、分かった。枝集めは俺がやる……体、少し借りるぞ。お前は、その『魔力』ってやつを温存しておけ。火を大きくする時に一気に使うんだ)


 ミコトは慣れない手つきで、でも合理的な視点で「燃えやすそうな乾燥した枝」を選別し、効率よく組み上げる。現代知識による「火の組み方」と、クーリアの「魔法による着火・維持」。

 これが二人の初めての共同作業。


「……ふぅ。意外と、悪くないな」


 パチパチとはぜる火を囲みながら、二人の意識は少しずつ重なっていく。

 一人では絶望で凍えて死んでいた夜。

 二人なら、魔法と知恵で、なんとか「明日」を見据えることができる。


――――――――――――


 私は少し驚いていました。と言うのも、私の魔力量では一度の火起こしで気を失いそうなほどに気分が悪くなる筈だったからです。

 まともに火も起こせないからこそ、村では役立たずの烙印を押され、挙げ句の果てに売り払われることになったのだから、私は自分の不甲斐なさを呪いもした、のに。


(どうしてだろう、全然平気……。今なら山くらいの火が出せそうな気がする)


 勿論、こんな森の中では試せませんけど。

 生活魔法は火の他に水を生み出したり浄化したり、風で扇いだり鋭く切ったり、土を盛り上げたり柔らかくして耕したりと色々あるけれど、風や土なんかは確実に触れているので魔力ほとんど消費せず、水もよほどでない限り水場で使う前提なので、そこまで消費するものではない。逆に言えば、火は最も消費が激しい魔術なのです。


(魔法ってすげーなぁ……クーリア? どうした?)

(え? あ、いえ、何でもないです)


 指先に灯した火種を見ながら、深く考え込んでしまっていたみたいです。私は慌ててその火種を組み上げられた薪に近付けます。

 やがて火の勢いは強くなり、このくらいの火力があれば魔力を使用せずとも操作が可能になると判断すると、強すぎず弱すぎずをバランス良く調整する。そのコントロールも以前と比べて容易いものになっていました。


(やっぱり、何かが違う……)

(何かに困惑してる、って感じだな。俺達、何となくだけどお互いの感情が少し分かるみたいだからさ、俺にも伝わってくるよ)


 そういうミコトさんの感情は、興奮? 期待?

 とにかく、楽しそうな雰囲気、と、少しの不安……いえ、これは心配でしょうか?


(今日は色々有りすぎた。ひとまずここで朝まで過ごすとして、今は体を休めようぜ。寝てても良いぞ。俺が起きてる)


 その言葉が、私の胸の奥に不思議な温かさを広げます。

でも、ミコトさんは「体」を持っていないはずなのに、どうやって起きてるのでしょう?

 私が眠ったら、ミコトさんも一緒に眠ってしまうんじゃないのでしょうか。


(ミコトさん……。あなたが起きてるって、どういう……?)

(さあな。俺にも分からん。でも、意識の端っこを覚醒させておくくらいはできそうな気がするんだ。お前の意識が沈んでも、俺が『見張り役』として残れるか、テストしてみようぜ。……ほら、目を閉じろ。お前、さっきからまぶたが重そうだぞ)


 確かに、ミコトさんの言う通りです。

 狼に追われ、死にかけ、そして自分の中に別の誰かを受け入れた今日という一日は、私の十五年の人生で一番長くて、一番疲れる日でした。


(……はい。じゃあ、少しだけ……。おやすみなさい、ミコトさん)


 私は焚き火の温かさに身を委ね、ゆっくりと意識を手放しました。


 不思議と、怖くはありませんでした。


 闇の中に落ちていく感覚のすぐそばで、ミコトさんの「心配」と「頼もしさ」が、まるで見えない毛布のように私を包んでくれていたから。


――――――――――――


(……。……よし、寝たか)

 クーリアの意識が深い眠りに沈むと同時に、俺の「感覚」が少し変容した。

 視覚や聴覚は共有したままだが、彼女の「感情のノイズ」が消え、辺りの静寂がよりクリアに伝わってくる。

 どうやら『魂の交代』とまではいかないが、一方が眠ればもう一方が「意識の主導権」を100%近く握れるらしい。


(クロックダウンの負荷もなさそうだな。あれだけの能力に代償無しって控え目に言ってヤバいのでは?)


 俺は彼女の腕を、自分の意志で動かしてみる。

さっきよりもスムーズだ。まるで自分の腕だった頃のように、指の先まで感覚が通っている。

 俺は彼女の……いや、俺たちの体の汚れを軽く払い、火が消えないように薪を足した。


(しかしまあ、とんでもない事になったもんだ……。正直、俺も今すぐ休みたいが……クーリアが起きたら交代して休ませてもらおう)


 それに、いくらクーリアの意識が眠りで回復したとしても、体を動かし続けるのは多分、良くないだろうから。

 俺は意識は覚醒させつつも、体を横たえて目を閉じる。不思議と眠気は制御出来ていた。


――――――――――――


 翌朝。


(……あ、たた。体が、痛い……)


 目が覚めて最初に感じたのは、硬い地面に押し付けられていた節々の痛み。

 けれど、次に気づいたのは、肺いっぱいに吸い込んだ冷たくて清々しい空気と、驚くほどスッキリとした頭の感覚でした。


(……生きてる。私、本当に生きてるんだ)


 昨日のことが全部夢じゃなかったと証明するように、目の前には白い灰になった焚き火の跡がありました。

そして、心臓の鼓動に重なるように、あたたかくて、でも少し眠たげな「誰か」の気配が伝わってきます。


(ミコトさん……? 起きてますか?)

(……ん、ああ。おはよう、クーリア。……ふぁあ、やっぱり意識だけ起きてるってのも、案外疲れるもんだな。ちょっと交代してくれ。俺は少し仮眠する……)


 ミコトさんの声が、とろとろと溶けるように意識の奥へ沈んでいくのが分かりました。

 入れ替わりに、私の手足に力が戻ってきます。

 今まで当たり前だと思っていた自分の体が、今はミコトさんと半分こしている「大切な預かりもの」みたいに感じられて、私はそっと自分の腕をさすりました。


(お疲れ様でした、ミコトさん。ゆっくり休んでくださいね)


 返事はなかったけれど、微かな満足感のような感情が伝わってきて、私は少しだけ微笑みました。

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