冬の雪山で合宿なんて正気ですか?
ぴりりと肌を刺すような冷たい空気が、私の頬を撫でました。今は学園の一大イベントである冬の合宿に来ています。合宿と言ってもほぼレクリエーションのようなもので、冬の雪山の厳しさわ体験するのが目的でした。
ここは山奥にある研修施設、窓の外には見渡す限りの雪景色が広がっています。
(うわあ……! 今日もすごい雪ですね、ミコトさん!)
(ああ、太陽の光を反射しまくって目が痛いが、見事な眺めだ)
ミコトさんの言葉に、私は改めて窓の外に目をやりました。ふわふわとした新雪が、地面を分厚く覆っています。木々の枝にも白い綿帽子のように雪が積もり、まるで絵本の世界のようです。
「クレアちゃん、何してるの? 早く準備しないと、マラソン大会に遅れちゃうよ!」
元気な声の主は、初めてお友達になれたクラスメイトのリリィです。彼女はすでに体操服に着替え、両手にシューズを持ってスタンバイしていました。
「は、はい! すぐ行きます!」
慌てて返事をすると、彼女はにこやかに笑い、先に部屋を出ていきました。私も急いで体操服に着替え、上から厚手のジャージを羽織ります。今回の合宿では、毎年恒例のマラソン大会が開催されるそうです。雪の中のマラソンなんて初めてなので、少し緊張していました。
(マラソンか。あまり得意ではなかったな、俺は)
(ええっ、ミコトさんもですか? 私も、長距離走はちょっと……)
不安そうな私の声に、ミコトさんは少し笑うような気配を見せました。
(まあ、今回は景色を楽しむくらいの気持ちでいればいいさ。どうせ順位を競うようなものでもないだろう)
彼の言葉に少しだけ気が楽になりました。そうですよね、大切なのは完走することです。
集合場所であるグラウンドに出ると、すでに多くの生徒が集まっていました。先生の合図で準備運動が始まり、皆で体をほぐします。雪が降り積もったグラウンドは、普段よりも少し広く感じられました。
スタートの合図とともに、生徒たちは一斉に走り出します。私もリリィと一緒に、ゆっくりとしたペースで走り始めました。雪の上を走るのは、想像以上に大変です。足元が滑りやすく、すぐに疲れてしまいます。
(うぅ……もう、足が棒みたいです……!)
(まだ始まったばかりだろう。弱音を吐くな、クーリア。深呼吸をして、一定のリズムで腕を振るんだ)
ミコトさんのアドバイス通り、私は深呼吸を繰り返し、腕を意識して振ってみました。すると、少しだけ体が楽になったような気がします。
コースは雪で覆われた林道を進んでいきます。周りの景色は真っ白で、まるで別世界に迷い込んだかのようです。時折、木々の間から差し込む日差しが雪をキラキラと輝かせ、思わず見とれてしまいました。
(わあ……綺麗ですね)
(ああ、心が洗われるようだ。こういう景色を見るのは久しぶりだな)
ミコトさんも、この景色を楽しんでいるようでした。
「クレアちゃん、頑張って! もう少しだよ!」
並んで走るリリィが、笑顔で私に声をかけてくれました。彼女は私よりもずっと速いペースで走れるのに、私に合わせてくれています。私も弱気になっていられないと、もう一度気合を入れ直しました。
途中、何度か転びそうになりながらも、私は必死に足を動かし続けました。雪の中を走り続けるのは辛かったけれど、ミコトさんの励ましとリリィの笑顔が、私を支えてくれました。
そして、ついにゴールが見えてきました! 最後の力を振り絞って走り抜けると、ゴールテープを切ることができました。
「やったー! 完走したよ、リリィ!」
息を切らしながらも、私は喜びの声を上げました。リリィも駆け寄ってきて、私の背中をポンと叩いてくれました。
「お疲れ様、クレアちゃん! よく頑張ったね!」
(よくやった、クーリア。お前の頑張りは、ちゃんと俺にも伝わってきたぞ。だが、もっと体力を付けるのも今後の課題だな)
ミコトさんの優しくも現実的な言葉に思わず苦笑いでしたが、それでも私の心は温かい気持ちで満たされました。雪の中のマラソンは大変だったけれど、完走できたこと、そしてミコトさんとリリィと一緒に頑張れたことが、何よりも嬉しかったです。
マラソン大会が終わると、午後は自由時間となりました。生徒たちは思い思いに雪遊びを楽しんでいます。私もリリィたちと一緒に、雪合戦をすることにしました。
「みんな、準備はいい? 雪玉作るよー!」
リリィの掛け声で、皆で雪玉を作り始めます。ふわふわの新雪は、雪玉を作るのに最適です。
(雪合戦か。これは腕の見せ所だな、クーリア)
ミコトさんの声に、私は少し驚きました。意外にも、ミコトさんは雪合戦にやる気を出しているようです。
(ミコトさん、もしかして雪合戦、得意なんですか?)
(ふっ、まあな。俺がいた世界では、雪合戦も立派な戦場だったからな。いいか、中に石を埋め込むんだ。そうすれば直撃した相手は一撃で沈み、二度と戦線復帰は出来ないだろう)
(ミコトさん……それ、反則じゃないですか?)
思わず、心の中でツッコミを入れてしまいました。ミコトさんは悪びれる様子もなく、ふふっと笑っています。
(冗談だ、冗談。だが、相手の虚を突くことは重要だぞ、クーリア。油断した隙を狙うんだ)
ミコトさんのアドバイスを胸に、私は雪玉をたくさん作りました。いよいよ雪合戦の始まりです!
「それーっ!」
リリィの合図で、雪玉が飛び交い始めます。私も隠れながら、相手チームの生徒に雪玉を投げつけました。なかなか当たらないけれど、みんなで声を出しながら、夢中になって雪合戦を楽しみました。
(あの茂みに隠れている奴が隙だらけだな。目だ、目を狙えクーリア。視界を奪って怯ませた所に、頭を打ち抜くんだ!)
(そんな血みどろな雪合戦嫌です!)
バイオレンスなミコトさんの指示は、ある意味的確ではあったので、おかげで何人かの生徒に先手を取って雪玉を当てることができました。
(すごいですね、ミコトさん! まるで本当に戦術を立てているみたいです!)
(当然だ。これは遊びではない、戦いだ。勝利を掴むまで、気を抜くな!)
彼の言葉に、私は思わず笑ってしまいました。ミコトさんは本当に雪合戦を楽しんでいるようです。
しばらくして、雪合戦は終わりを告げました。みんな雪まみれになっていましたが、その顔はどれも笑顔でいっぱいでした。私も、久しぶりに童心に帰ったように楽しむことができました。
(ミコトさんのおかげで、たくさん当てることができましたよ!)
(ふっ、当然だ。お前が俺の指示に忠実に従った結果だ。だが、まだだ。次は雪だるまアート勝負があるのだろう? そちらも手を抜けないぞ)
ミコトさんの言葉通り、次のイベントは「雪だるまアート勝負」でした。各チームで協力して、オリジナルの雪だるまを作るのです。
私とリリィのチームは、何を作るか話し合いました。
「うーん、普通の雪だるまじゃつまらないよね?」
リリィが首を傾げます。私も何か面白いものを作りたいと思っていました。
(雪だるま、か。どうせなら、巨大な城でも作ってみるか?)
(ミコトさん! それはもう雪だるまじゃないですよ!)
またしても、ミコトさんの突拍子もない提案にツッコミを入れてしまいました。彼は「ははは」と楽しそうに笑っています。
「そうだ! クレアちゃんのお気に入りのウサギさんの雪だるまはどうかな? 耳を長くして、ふわふわのしっぽをつけてさ!」
リリィの提案に、私の目はキラキラと輝きました。それはとても素敵なアイデアです!
「それ、いいですね! ミコトさん、どう思いますか?」
(うーん、なんかアイツを思い出してしまうが……まあ、クーリアがそれで良いなら別に反対する理由もない。可愛らしいだけでなく、お前らしさも出せるだろうしな。それに、ウサギの雪だるまは、むしろベタすぎてなかなか他と被らないだろうからな)
ミコトさんも賛成してくれました。私たちは早速、ウサギの雪だるま作りに取り掛かります。
まずは、大きな雪玉を二つ作り、それを重ねて胴体と頭にします。次に、雪を固めて長い耳を作り、頭に付けました。細い枝で目と鼻を作り、口は赤い木の実を埋め込みました。
(うわあ、だんだんウサギさんになってきましたよ!)
(集中しろ、クーリア。細部の作り込みが、勝負の明暗を分ける。特に、しっぽはふわふわ感を出すように、綿雪を貼り付けてみろ)
ミコトさんの指示で、私たちはしっぽの部分に、より柔らかい雪を丁寧に貼り付けました。仕上げに、リリィが持っていたリボンを首元に結んであげると、可愛らしいウサギの雪だるまが完成しました!
他のチームも、それぞれ個性豊かな雪だるまを作っていました。大きな鬼の雪だるまや、動物園のようなたくさんの雪の動物たち、中には雪でできた巨大なケーキを作っているチームもありました。
審査の結果、なんと私たちのウサギの雪だるまが、特別賞を受賞することができました!
「やったね、クレアちゃん!」
リリィとハイタッチをして、喜びを分かち合いました。
(ふふん、これも俺の的確なアドバイスのおかげだな、クーリア)
(はい、ミコトさんのおかげです! ありがとうございました!)
ミコトさんの声に、心の中で感謝を伝えました。
一日中雪の中で活動したので、体はへとへとになりましたが、温かい温泉に浸かると、疲れも吹き飛びました。
夜は、食堂でみんなで夕食です。今日のメインは、温かいお鍋料理でした。冷えた体に、温かい料理が染み渡ります。
(うーん、やっぱり冬は鍋ですね! 美味しい!)
(ああ、格別だな。この温かさが、一日の疲れを癒してくれる)
ミコトさんも、お鍋を堪能しているようでした。
食事が終わると、皆で研修室に集まり、レクリエーションを楽しみました。チーム対抗のクイズ大会や、先生たちによる出し物など、盛りだくさんです。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、就寝の時間となりました。部屋に戻ると、リリィはもうベッドでぐっすり眠っていました。
私は窓の外の雪景色を眺めながら、今日一日を振り返りました。マラソン大会でへとへとになったこと、雪合戦で夢中になったこと、そしてみんなで協力して作ったウサギの雪だるま。どれもこれも、忘れられない大切な思い出です。
(ミコトさん、今日の合宿、すごく楽しかったです!)
(ああ、俺もだ、クーリア。お前のおかげで、普段は味わえないような経験ができた。感謝する)
ミコトさんの優しい声に、私の心は温かい光に包まれました。
冬の合宿は、短いながらも充実した時間を過ごせました。明日からも、どんな楽しいことが待っているのか、今からとても楽しみです。私は希望に満ちた気持ちで、ゆっくりと目を閉じました。明日の朝、どんな雪景色が広がっているのか、それを想像しながら、私は深い眠りについたのでした。




