教えて! エミリオ先生!
あとがきにクーリアのイラストあります
翌朝、私は昨日とは別の、研究棟の一角にある司書さんの個人研究室へと向かいました。
扉を叩いて中に入ると、山積みの魔導書に囲まれて、相変わらずおっとりとした笑みを浮かべる司書さんが座っていました。
「やあ、クレアハートちゃん。よく眠れたかな? ……うん、その服、やっぱりとっても馴染んでるね」
「はい。おかげさまで、体がすごく楽です。それで、あの、私が入学するお話ですけど……」
私が言いかけた時、廊下からバタバタと足音が聞こえてきて、一人の男子生徒が顔を出しました。
「エミリオ様! 頼まれていた去年の魔導解析資料、ここに置いておきますね!」
「うん、ありがとう。助かるよ」
エミリオ……。
司書さんは、エミリオさんっていう名前だったんですね。
エミリオさんは資料を受け取ると、再び私の方へ向き直りました。
「さて、話の続きだね。冬の時期だから、形式上は『転入生』という扱いにするよ。あ、君の制服も一応用意したんだけど……」
エミリオさんが差し出したのは、アカデミーの指定制服でした。
でも、私は少し誇らしげに『星霜の蒼』の裾を揺らしました。
「ふふっ、見ててください。せーの!」
私が念じると、蒼いドレスの魔導繊維がサラサラと解け、瞬く間にアカデミーの制服と同じ形へと組み変わっていきました。ドレスのバリエーション機能、早速大活躍です!
さらに、私は密かに意識を集中させました。今の私は、健康な10歳児……でも、心は15歳。少しでも年相応に見られたくて、胸元のラインを「欲張り」な形に盛り上げてみます。
「できた! どうですか?」
(……おい、クーリア。お前、何をしれっと胸元を物理補正してやがる。10歳の骨格にその凹凸は、重心が狂って歩きにくいだろうが)
(いいじゃないですか! 形だけでも15歳に見せたいんです!)
(無理するな。お前は素の顔立ちが美少女なんだから、そんな余計な細工をしなくても十分すぎるくらい目立ってるんだよ……ったく)
女心が分かってないミコトさんの呆れる声に頬を膨らませていると、エミリオさんが私の襟元を見て、少しだけ真面目な顔になりました。
「うん、再現度は完璧だね。……でも、一つだけ忠告だよ。その襟元のリボンの色。初等部なら赤色にしないとね。そのままの色だと高等部の学年になっちゃうから、あとで直しておきなよ。……あ、それと」
エミリオさんは、私の「自信作」である胸元をジッと見つめて、困ったように苦笑しました。
「その……欲張りな盛り付けも、程々にしておいた方がいいよ。君は今、ものすごい勢いで『成長』を取り戻している最中みたいだからね。そんな窮屈な真似をしなくても、一ヶ月もすれば、そのパッドなんて邪魔になるくらい本物が追いついてくるはずだからね」
(ほら見ろ、エミリオにも見抜かれてやがる)
(うぅ……恥ずかしい……)
私は顔を真っ赤にして、慌てて胸元の魔力パッドを解除しました。
「うん、そっちの方が可愛いよ。それじゃあ、明日から登校だ。基礎を学びながら、私の助手を務めてもらう。……君の本当の年齢を知っているのは私とリナだけだから、そのつもりでね」
エミリオさんはおっとりと手を振ると、再び知識の闇の中へと消えていきました。
私は少し短くなった袖を握りしめ、自分自身の成長の早さと、明日から始まる新しい生活に、少しだけ胸を躍らせるのでした。勿論、心のことですよ?
翌日。
今日はいよいよ初登校の日。
私はエミリオさんに言われた通り、リボンの色を「初等部」の赤色に設定し直し、昨夜の反省を活かして胸元の「盛り」もごく自然な、10歳相応のラインに落ち着かせました。
(いや、まだ盛ってはいる時点で、少し見栄っ張りなところあるぞ?)
(このくらいは黙認してください!)
なんて一幕も有りましたが。
初等部一年生の教室は、賑やかというより……なんだか、可愛らしい空間でした。
このアカデミーは6歳からでも、学力や魔力さえあれば入学できるそうです。だから、周りに座っているのは、私の腰くらいまでしか背がないような小さな子供たちばかり。
その中に、15歳の(中身は17歳の男の子も入った)私……見た目こそ10歳程度に見えるとはいえ、明らかに周囲より一回り大きい私が混ざるわけですから、目立たないはずがありません。
「……ねえ、あのお姉ちゃん、新入生かな?」
「すっごい美人……。でも、一年生なの?」
子供たちの純粋な囁きが突き刺さります。
(おい、クーリア。顔を赤くしてキョロキョロするな。堂々としてろ。お前は今日から、このチビッ子軍団の『伝説の姐さん』になるんだからな)
(ミコトさん、変な名前で呼ばないでください! 恥ずかしいです……!)
私が案内された席で小さくなっていると、廊下から聞き慣れた、おっとりとした声が響いてきました。
「はいはい、みんな席について。今日から新しいお友達を紹介するよ」
入ってきたのは、なぜか教師のローブを羽織って、自然な動作で教壇に立ったエミリオさんでした。
(はあ?! なんであいつがここにいるんだ? 司書だろ?! )
(エミリオさん?!)
エミリオさんは、困惑する私を無視して、慣れた手つきでチョークを手に取ります。
「本来なら、担任の先生が来るはずなんだけどね。彼女、急にお腹を壊しちゃって。代わりに私が、臨時講師としてこのクラスを数日間受け持つことになったエミリオだよ。よろしくね」
嘘だ。絶対、何か裏工作をしたに決まってます!
エミリオさんはニコニコしながら、私の方を指差しました。
「さあ、今日は転入生が来てるんだ。クレアハートちゃん。自己紹介をして。……ああ、みんな。彼女は、私の『特別助手』でもあるから。魔術の実技では、みんなのお手本になってもらうよ」
(……あの野郎、やっぱりこき使う気満々じゃねえか。おいクーリア、これ、ただの授業じゃ済まされないかもしれないぞ。エミリオの目は『面白いもん見せてみろ』って言っていやがる)
(そんなぁ……私が使えるのは生活魔法だけなんですよ?!)
「え、ええっと……。クレアハートです。15歳……です。あ、その、よろしくお願いします!」
私が頭を下げると、教室中が「ええーっ?! 15歳?!」と今日一番のどよめきに包まれました。
「15歳なのに一年生なの?」
「15歳に見えなーい……」
「エミリオ様の助手?! すっごーい!」
子供たちに囲まれてオロオロする私を見て、エミリオさんは満足げに頷くと、黒板に大きく『魔力抽出』と書き殴りました。
「さあ、それじゃあ最初の授業だ。……クレアハートちゃん。まずは君に、この教室にある『魔力』を全部、指先に集めてみてくれるかな? お手本として、ね」
(……おい。この教室にある『全部』だと?! 狸司書の野郎、本気か?! 『星霜の蒼』が反応したら、この建物ごと吸い尽くしかねんぞ!)
(そーっと、そーっとやりますから……)
エミリオさんの瞳の奥で、悪戯っ子のような、それでいて冷徹な「研究者」の光がギラリと光ったのを、私は見逃しませんでした。
私は『星霜の蒼』に呼び掛けます。
(ちょっとだけだよ? ちょっと光るくらいでいいからね?)
そして指先に意識を向けると、室内に漂う魔力は一点に集中しました。
(ストップ! ストーップ! もういいよ!)
指先に灯る蒼い輝きが眩しさを伴い始めた頃、室内の魔力は空っぽ近くになっていました。
私はその魔力を放出する際、光の生活魔法をちょっと工夫して、虹色に変えて室内を満たします。
ぱぁっ、と教室中に七色の光の粒子が舞い踊りました。
本来なら無色透明、あるいは淡い青白いはずの魔力の残滓が、まるでプリズムを通したかのようにキラキラと反射し、子供たちの机や教科書を彩ります。
「わあああ……っ!」
「虹だ! 教室の中に虹が出た!」
子供たちは大喜びで、椅子から立ち上がって光の粒を掴もうと手を伸ばしています。
私は、心臓が口から飛び出しそうなほどバクバク言っているのを必死に隠して、指先を下ろしました。
(ふぅ……。ミコトさん、なんとか上手くいきました! これならただの「綺麗な魔法」に見えますよね?!)
(……おい、クーリア。今お前がやったことのヤバさが分かってんのか? お前、生活魔法の出力だけでこの広範囲の光の屈折率を固定しやがった。……横を見ろ。あの狸、目が笑ってねえぞ)
おそるおそるエミリオさんの方へ視線を向けると、彼は顎に手を当て、実に興味深そうに私を凝視していました。
「ふむ……。単なる魔力集積に『屈折率の書き換え』を混ぜて、視覚的な娯楽に変換したのか。しかも今の吸収効率……。教室の隅にいた使い魔の魔力まで根こそぎ持っていったね。……うん、やっぱり面白い。助手として合格どころか、満点をあげたいくらいだ」
エミリオさんはパチパチと、どこか芝居がかった動作で拍手をしました。
「さあ、みんな! 今のが魔術の『応用』だよ。……さて、お手本はここまで。次は、今の光の粒を一つずつ、自分の端末に定着させてみよう。……あ、クレアハートちゃん。君はちょっとこっちへおいで」
エミリオさんが手招きしています。
私は「ひゃいっ!」と変な返事をして、トボトボと教壇へ歩み寄りました。
「……あの、エミリオさん。やりすぎちゃいましたか?」
「いや、最高だったよ。……でもね」
エミリオさんは身を乗り出し、子供たちに聞こえないような小声で、私の耳元に唇を寄せました。
「その『星霜の蒼』……主人の言うことを聞こうとして、健気に周囲の魔力を『削り取って』まで集めようとしてたね。……あまり無茶をさせると、君自身が先に干からびちゃうよ。……あとで研究室においで。少し『燃費』を改善する調整案を考えてあげたから」
(……ほら見ろ、やっぱりただで済むはずがなかった。あの狸、お前の魔力特性を測るためにあえて無茶振りしやがったんだな)
(うぅ……。助けてくれるのは嬉しいですけど、エミリオさんの前だと全部見透かされているみたいで怖いです……)
(だがまあ、自身が干からびる、なんて言ってる辺り、この力の根元についてまでは想像が付いていないようだな。この力は星一つ分以上の総量がある。干からびるなんて事になったらこの星ごと宇宙の藻屑と化すさ)
(しれっと怖いこと言わないで下さいよぉ……)
エミリオさんは私にだけ分かるような、おっとりとした……けれど逃げ場のない笑みを浮かべました。
「……ふふ。それじゃあ、授業を始めようか。特にクレアハートちゃんは魔導文字を覚える所からだからね、ちゃんと付いてきてよ?」
(おい、クーリア。どうやら俺たちは狸を甘く見ていたらしい。あいつ、実力主義の塊だぞ。だが、さっさと学んで飛び級してやる。俺だって魔導演算の数式なんて、基礎さえ理解すればどうにかなるはずなんだ)
(そうですよ! 私は文字だってまだ難しいのがいっぱいありますけど!)
(威張って言う事じゃないな、それは)
私が必死に心の中で抗議していると、エミリオさんは私の不安を見透かしたように、パチンと指を鳴らしました。
「あはは。君に今足りないのは実技じゃない。その『力』を定義する言葉……つまり、魔導言語の基礎だ。……というわけで、今日は理論の前に魔導言語におさらいをしようか。みんなもクレアハートちゃんと一緒に復習を兼ねて勉強しようね」
そう言ってエミリオさんが黒板に書き出したのは、見たこともない複雑な幾何学模様と、古代文字の羅列でした。
「さて、みんな。魔法っていうのは、ただ願えば叶う不思議な力じゃない。魔力という『インク』を使って、世界の法に『上書き保存』を命じる行為なんだ。……クレアハートちゃん、君がさっきやった虹色の魔法。あれを論理的に説明できるかな?」
「え、えっと……。光を、こう、キラキラさせようと思って……」
「それは『願望』だね。魔道師がやるべきなのは『設定』だ。君がさっき無意識にやったのは、大気中の水分を媒介にした光の分光と、その波長の固定。……これを数式に表すと、こうなる」
エミリオさんがサラサラと黒板に書いたのは、もはや呪文にしか見えない長い長い等式でした。
(へぇ……。あんな一瞬の現象に、こんな複雑な理屈が詰まってんのか。おいクーリア。これ、俺も本気で勉強しなきゃ、お前の体の中でバグを直すこともままならねえぞ)
(ミコトさんまで弱気にならないでくださいよぉ……。目が回りそうです……)
10歳前後の子供たちは、エミリオさんの教える「魔法の基礎」をスポンジが水を吸うように理解し始めています。彼らはまだ魔力が弱い分、こうした「効率的な数式」を学ばないと魔法が使えないからだそうです。
逆に、圧倒的な魔力で「なんとなく」できてしまう私は、一人だけ黒板の前で冷や汗を流していました。
「……ふふ。基礎っていうのは、自分の力を制御するための『手綱』なんだ。これを知らないと、いつか君のそのドレスに君自身が振り回されることになるよ?」
エミリオさんは私の隣に立つと、小さな声で補足しました。
「……君の中にある、その『力の根元』、多分だけどしっかりとした『意思』のような物を感じるんだ。だから、ただ教科書を流し読みする程度でも知識の吸収はかなり早いはずだよ。飛び級するのも遠くないかもね?」
その言葉で背筋に冷たいものが走りました。
エミリオさんは、私の中にいるミコトさんの存在を、確信を持って疑っている……?
「さあ、今日はこの数式を100回書き写して、その意味を体に叩き込むこと。……クレアハートちゃん、君は特別に私の隣で、一文字ずつ丁寧に指導してあげるからね?」
(……チッ。逃げ場なし、か。クーリア、覚悟を決めろ。俺たち二人がこのアカデミーを卒業する頃には、魔導学の博士号でも取らされてるかもしれねえな)
(うぅ……。スパルタです、エミリオ先生……)
放課後の夕日が差し込む教室で、私はエミリオさんの「おっとりとした監視」の下、必死に慣れないペンを走らせる実り多き(?)初登校の一日を終えることになったのです。




