表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/57

フラグは回収してあげないと可哀想

 グリランドールまでの道のりは、私にとって驚きと失敗の連続でした。

 ミコトさんは「魔法についてはお前が先生だ」なんて言ってくれますが、その先生の魔法が、ミコトさんのアドバイスでとんでもないことになっちゃうんです。


「……クーリア、火が。火がデカい」

「はぅ!? ご、ごめんなさい! すぐ消します! お水、お水!」


 夕食のために、枯れ枝に生活魔法の着火を使っただけなのに。ミコトさんが「酸素の供給効率を上げるイメージで」なんて言うものだから、焚き火どころか火柱が上がって、あわや山火事寸前です。

 慌てて「洗浄」の魔法の応用でお水を出して事なきを得ましたが、ミコトさんの「物理的な効率化」は、私のような魔力の出力が壊れている人間がやると、本当に加減が難しいみたいです。


(……済まん。高校の化学で習った酸化反応を意識させすぎたな。次はもっと小さな、線香花火くらいのイメージで頼む)

(もう……ミコトさんのバカ。でも、次の魔法は完璧ですよ!)


 野営の場所を決めると、私は得意げに植物を元気にさせる生活魔法を唱えました。本来は家庭菜園の芽を出させる程度の魔法です。

 でも、ミコトさんと私の力が合わさると、街道脇の草木が意思を持っているみたいに急成長して、一瞬でふかふかの苔のベッドと、大きな葉っぱの屋根を持つ「天然のテント」が出来上がりました。


(へえ、細胞分裂の活性化か。生活魔法、意外とバイオテクノロジー的だな)


 寝る前には、私が一番こだわった「お風呂」です。

 ミコトさんにアイデアがあるということで体をお任せして、ミコトさんの知識にある「五右衛門風呂」というものを、土の魔法と水の魔法、それに火の魔法を組み合わせて自作しました。


(わ、こんな簡単にお風呂になっちゃってる……ん、少し熱い……)

(熱ければ水を足せばいい、加減は間違えるなよ?)

(はーい……あ、このくらいがちょうどいいかも。久し振りのお風呂だぁ)


 感動した私は思わず勢い良く全ての衣服を脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿になりました。


(な、ちょ、オイ!)


 ミコトさんが何か言いたげですけど、多分私と同じく久し振りのお風呂が楽しみなんでしょう。

 村にいた頃は川の水で体を拭くだけだった私が、今ではドレスを脱いで、温かいお湯に肩まで浸かっている。


(……クーリア。お前、そうやってお湯に浸かると……いや、なんでもない)

(? ミコトさん、どうかしましたか?)

(……魂の形は一人前なんだがな。肉体が……いや、これから飯を食って栄養を取れば、そのうち年相応になる。……楽しみにしてるぞ、ナイスバディ)

(なっ?! もう、ミコトさんのえっち!)


 お湯の中で真っ赤になる私を見て、ミコトさんは脳内で楽しそうに笑っています。

 ミコトさんの魂は、外見が10歳くらいに見える今の(クーリア)を、ちゃんと15歳の女の子として扱ってくれる。それが、何よりも嬉しかったです。


【学園都市グリランドール・正門】


 そんな賑やかな旅路を終えて、私たちは白い城壁の街、グリランドールに到着しました。

 門をくぐる時、私はミコトさんに意識を少しだけ後ろに下げてもらいました。

 街の人たちの視線が、私の着ている「蒼いドレス」に集まります。アップデートされたこのドレスは、ただ立っているだけでキラキラと光の粉を散らしているみたいで、自分でも少し恥ずかしいくらいです。


(クーリア。ドレスの魅力補正、当初の計算より上がってるかもしれないな。すれ違う連中の目が、お前を拝むか見惚れるかの二択だぞ)

(えっ、そ、そんな! ミコトさん、やっぱりこの服、目立ちすぎじゃ……)

(気にするな。堂々としていろ。さて、俺たちの『原因』を探すための第一歩だ。まずはギルドへ行くぞ)


 私はほわほわとした黄色いオーラを出しながら、無警戒に街をキョロキョロと見渡します。

 一方のミコトさんは、私の視界の隅で冷静に街の構造を分析していました。


【冒険者ギルド・学術都市グリランドール支部】


 石造りの立派なギルドの建物に入ると、独特の喧騒が耳を打った。

 俺の目的は、この街の学者とのパイプ作りだ。俺たちの魂がどうなってんのか、この「バグった生活魔法」は何なのか。それを調べるには、魔法学の専門知識が要る。

 もちろん、正直に「異世界人の俺と同居してます」なんて言ったら即・解剖モノだろうから、適当な病名か呪いってことにでもして、うまく情報を引き出すつもりなんだけど……。


(ミコトさん! ミコトさん! 見てください、あの掲示板!)

(おい、話を聞けって。今は学者を探すのが先……)

(あのお洋服! すっごく可愛いです! 『特製の制服』って書いてありますよ!)


 俺の視界を共有しているクーリアが、脳内でピョンピョン跳ね回る。

 掲示板の隅っこ、手書きの可愛らしいビラに吸い寄せられた彼女は、もう俺の計画なんてこれっぽっちも頭にないらしい。


(……カフェバー『銀の星屑亭』? 勤務地は……おい、これグリランドールの街中じゃないぞ。隣の都市との中間にある街道沿いの集落だ。ただの宿場町じゃないか)

(いいじゃないですか! 仕事内容は接客と配膳……私、こういう「普通の女の子」のお仕事、ずっと憧れてたんです!)


 キラキラと輝く黄色いオーラが俺の意識を飲み込んでいく。

 だが、俺は求人票の下の方を見て、思わず顔をしかめた。


(……『募集要項:駆け出し冒険者(ランクE以下)に限る』。……あー、ダメだ。クーリア、これ俺たちは受けられない)

(えっ?! どうしてですか?)

(忘れたのか? 俺たちがギルマスからもらったのは『白金』の冒険者証だ。こんな高ランクの奴が、中間地点の小さな村でバイトなんてしてみろ。怪しすぎて即、ギルドに通報されるぞ)


 俺たちのこの「白金」は、実質的トップ、冒険者を含む指名手配犯を捕まえる権利すら持つ騎士みたいなもんだ。

 そんな目立つもんをちらつかせて、田舎のカフェでフリフリの服を着るのは無理がある。


(……うぅ……あんなに可愛い服なのに。一生に一度でいいから、あんな制服、着てみたかったのに……)


 脳内で、クーリアの黄色いオーラがシュンと萎んで、今にも雨が降りそうな灰色に変わっていく。

 ……あー、クソ。これに弱いんだよな、俺。


(……わかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃあ)

(えっ!? でも、白金はダメなんじゃ……)

(紋様なんて隠しておけばいい。俺たちみたいな流れの人間、この街には腐るほどいるだろ。身元不明の「ただの少女」として潜り込めばいいんだ。……どうせ俺も、魔法学の基礎は独学で本を読むところから始めなきゃならないしな。本さえあれば勉強はどこだって出来る……ふむ、もしかしたらちょうどいい「隠れ家」になるかもな)


 俺がそう告げると、脳内の視界がパァァァッと明るくなった。

 現金なもんだ。


(やったぁぁ! さすがミコトさん! 大好きです!)

(はいはい、わかったから。その代わり、面接での交渉は俺に任せろよ。変な契約書にサインさせられたら堪んねえからな)


 俺はため息をつきながら、ドレスの裾を直した。

 「浄化の聖女」なんて呼ばれる白金の冒険者が、身元を隠して田舎のカフェでバイト。

 ……全然「普通」じゃない旅路になりそうだが、まあ、こいつの笑顔が見れるなら悪くないか。


【集落の街道沿い・カフェバー『銀の星屑亭』】


 店内に漂うのは、油の匂いと、どこか不器用な出汁の香り。

 店主は「元漁師」と言われれば納得の、筋骨逞しい体格をしていた。日焼けした肌に刻まれた皺と、ぶっきらぼうな視線。およそカフェバーのマスターには見えない。


(ミコトさん、この人ちょっと怖いです……。本当に大丈夫かな)

(大丈夫だ。こういう手合いは、口は悪いが筋を通せば話が早い。それよりクーリア、その格好で正解だったな)


 俺はゼノスの古着屋で買った、麻のゴワゴワしたブラウスと膝丈のスカートを着ていた。あのキラキラ光る「蒼いドレス」のままだと、面接どころか拝まれて終わっていただろうから。


「……元漁師、か。なら飯の味には期待できそうだな」


 俺がそう呟くと、店主は太い眉をピクリと動かし、フンと鼻を鳴らした。


「ガキが生意気言うんじゃねえ。……厨房で料理を作ってたカミさんは去年死んだ。今は俺が慣れねえ手つきで包丁を握ってる。文句があるなら他を当たりな」

「文句なんて言ってねえよ。むしろ好都合だ。人手が足りなくて、店が荒れてるんだろ? 俺が手伝ってやるって言ってんだ」


 俺が店内の隅、少しだけ埃の被った棚を指差すと、店主は言葉に詰まった。図星だったらしい。


「……チッ。口の減らねえガキだ。まあいい、奥の部屋へ行け。カミさんが残した制服が山ほどある。適当にサイズが合うやつを見つけて着替えてこい。それが終わったら、まずはその棚の掃除からだ」


【店舗裏・更衣室】


 通されたのは、女性らしい清潔感の残る小さな部屋だった。

 そこにあるクローゼットを開けた瞬間、脳内のクーリアが絶叫した。


(わぁぁぁぁ! ミコトさん! 見てください! 本当に、本当に可愛いですっ!)

 そこに並んでいたのは、深い紺色の生地に、雪の結晶を思わせる白い刺繍が施されたオーダーメイドの制服。

 フリルは控えめだが、シルエットが美しく、細部まで丁寧に仕立てられている。亡くなった奥さんがどれだけこの店を愛していたかが伝わってくるような一着だった。


(よし、クーリア。主導権を返すぞ。俺には、これに袖を通す趣味はねえからな)

(あ、はいっ! ありがとうございます、ミコトさん!)


ーーーーーーーーーーーー


 意識が入れ替わり、ほわほわとした黄色いオーラが体中を満たしていきます。

 私は震える手で、大切に、大切に制服を手に取りました。

 安っぽい麻の服を脱ぎ捨て、柔らかな布地に袖を通す。

 最後のリボンを結び、壁にかかった鏡を覗き込むと――。


「はわぁ……。これ、本当に、私……?」


 そこに映っていたのは、ボロボロの服で村を追い出された私じゃない。

 物語に出てくるような、立派なカフェの店員さん。

 ドレスは着てないのに補正が効いているのか、制服が私の体に吸い付くように馴染み、心なしか背が少し伸びたような、凛とした自分がいました。


(へぇ……似合ってるな。まあ、これなら客も文句は言わねえだろ)

(ミコトさん……。私、頑張ります! このお店、ミコトさんのアドバイスでピカピカにして、店主さんを助けてあげたいです!)

(張り切るのは良いが、本業じゃないからな?)


 私が気合を入れて「よしっ!」と頬を叩くと、厨房から店主の怒鳴り声が聞こえてきました。


「おい、いつまでかかってんだ! 着替えたらさっさと出てこい!」

「は、はーい! 今行きますっ!」


 私は慣れないパンプスの音をパタパタと響かせながら、厨房へと駆け出します。

 私の、そして私たちの、「普通の女の子」としての生活が、今ここから始まるんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ