俺の転生は、天使のせいで無茶苦茶になりました!
イディオータ大陸の中、魔王の脅威が及ばぬ辺境の町にその店はあった。
外見は八百屋のように内装が外から見え、覗き込んだ時に中に並ぶ商品を見ることが可能だ。
店はこの世界の輸入を考えると非現実的なほどツヤツヤしている野菜が、数多く並んでいる。店頭では笑顔が似合う可愛らしい女性が、ポニーテールにエプロン姿で接客をしていた。
「いらっしゃいませー!古今東西、様々な地域から取り寄せた野菜ですよ!」
「おお、嬢ちゃん。このトウモロコシとかいうのを頼むよ」
「お値段はこの値札通りですからね……はい丁度!ありがとうございまーす!」
「今日も可愛いねアリエルちゃん。こっちのお野菜もたのむよ!」
「はーいそちらはナスビですね。ありがとうございます!」
この店は彼女――アリエル目当てのお客も多く、今日も数多くの野菜が順調に売れていた。
しかし、この店の商材はそれだけではない。
「アリエルちゃん今回もこの機械を頼めるかい? ここらで魔導機械を治してくれる店なんて他になくてね……」
「大丈夫です。お代は前回と一緒ですね」
返事を聞いた男性が取り出したのは、機械だ。
この世界では魔機と言い、魔力と呼ばれる力を使用者から吸収し稼働する。その仕組みから非常に便利なため、日常で使われることが多い。
持ち込まれた魔機は、丸い取っ手のついた箱からホースが伸びており、先端のノズルからゴミを吸い込む機構となっている。
「日頃から使ってっと消耗も早くてねえ……この店があってよかったよ。普通なら数日かかるのに数分で治しちまうんだからよ」
「えへへーお褒めいただき至極恐悦です! 銃でも爆弾でも、なんでも直せる『アリエール』をよろしくお願いしますね!」
この店――「アリエール」はダサい名前を持っていながらも、この場所ではありえない新鮮野菜を売るほかに、修理も請け負っていた。魔機はあらかた治せると評判である。
「そんなに治せるんなら、姪の骨折も治せるんじゃねえかと思っちまいそうだな」
「人の復元まではちょっと倫理的に……そこまで万能な修理店でもありませんよー! とりあえず修理してきますね」
「頼むよ」
彼女は修理品を軽々と持ち上げて中へ。
店の奥は、野菜を保存する設備はなく、修理工具は何一つとして存在せず。机と椅子に台所。奥には階段があり、二階にはこの店に住む二人の部屋がある一般的な内装だ。
「人の復元ぐらい簡単なんですけど、あとで適当に治してあげますか……さーて」
なおここで指し示した二人とは、今現在手に持った魔機を投げつけようと悪戯っ子のように口元に笑みを浮かべたアリエルと、店内で椅子に座っている黒髪の男。
椅子の男は、アリエルに気が付くと立ち上がり
「アリエル、ご自慢のパワーでそんな機械ぐらい直せるんじゃ……」
「よっしゃルーくん。働け――!!」
「グフォォォ!?」
突如として投げられた機械で男は吹き飛んだ。
〇
俺の名前は不動 留!
地球で死んでからこの世界で生き返った男。平穏な生活を望んでたのに、現在潜伏生活を送っている男。
吹き飛んだ俺の前で、満足した顔を見せる天使アリエルに、俺は極めて穏やかな声で語りかける。
「本日の暴力はどのようなご意向かなアリエル? 返答次第によっては魔王軍に突き出す!」
「ルー君落ち着いて。これはサボってないでキリキリ働いて欲しいという愛のメッセージ!」
「おい天使、衣食住用意してやってんだから礼儀をもて!」
「ノンノンノーン死んだ君の魂をわざわざ私が転生してあげたんだから、敬意をもってご奉仕してくれるのが常道だね!」
己の方が立場が上ですアピールをして来る天使。
そう、この女の言う通り。俺は死んだあと、彼女の手によりこの世界で生き返った。
生き返らせてもらったことには、感謝をしてはいるのだ。
いるのだが
「――敬意のクソもあるか!! お前がついてきて大陸で争いの火種を大から小までつけやがって……! お蔭で国家から指名手配されて、俺のチートを使って隠れ潜むことしか出来ないんだぞ……!!」
この世界に転生して数年。死んだときの年齢のまま転生したのはよかったのだが、呼んでもいないのに、与えられたチートが理不尽過ぎるとかいう理由で同行してきやがったのだ。
そして元一般人である俺に、何を期待していたのかひたすらに楽に稼いで生きるのを見かねて、この女は適当に人に関わり騒動を起こし、部族間抗争や宗教対立を引き起こした。
挙句の果てに、国同士の戦争になる寸前まで騒ぎを悪化させる始末。
なんとか俺が持つ『チート』でなんとかなったが、お蔭で様々な国や都市に指名手配書が回るようになり、下手に大手を振って過ごせなくなったのだ。
なのにこの天使は
「まあまあルーくん。私が君の要望通り作ってあげたチートのお蔭で、助かって来たじゃない。それに顔は天使パワーでバレてないから店頭で働いてあげてるしね! どれも私という存在があってこそ!」
「お前ホント魔王軍が襲って来ても助けないからな」
「本気のパワーで魔王軍なんて楽勝よ。でも、もしもの時はルーくんに迷わず駆け込むから、安心して?」
「チッ」
「あ、いま舌打ちした。いいの? 私にそんなこと言って、騒ぎの悪因を全部琉くんにおしつけちゃってもいいの?」
悪びれもせず、容赦なく俺を巻き込むことを言ってくる可愛らしい天使さまに辟易しながらも、ぶつけられた魔機を机の上に乗せて観察する。
元の世界の掃除機とほぼ構造が同じ物は前にも直したこともあり、今回も楽勝だろう。
チートを使う為にアリエルに声を掛ける。
「とりあえず『チート』使うから、机から離れとけよ」
「はーい」
これの危険性をわかっているアリエルは素直に離れたのを見て、四角形の箱に丸いボタンがついている――スイッチを掃除機もどきに向ける。
これから行うことは修理だ。工具を使って修理するのが本来の方法なのだろうがチートを使う方が遥かに楽だ。
頭の中で、「この機械が治りますように」と願い俺はスイッチを押した。
すると目の前で掃除機が浮かび上がり不調箇所全て不思議な光に包まれ修復して―――なんてこともなく。
「終わった?」
「終わった。ちょっと確認するから待ってろ」
俺はスイッチを机において機械に魔力を送り込み起動させる。
特に違和感もなく吸引機能が作動している。壊れた箇所も無事に修理できたようだ。
この店がそこそこ続いているのもこのチートを使っているおかげだ。
「このスイッチがなかったらすぐ豚箱だったからなホント。適当に軽く水でも飲むか」
と、この世界に生まれ変わってからずっとお世話になっているスイッチを押し、机の上からそう離れていない位置にコップが出現する。虚空から出現したコップの中には水が入っていた。
これが俺がもらった『チート』。
スイッチを押し、一定の空間を思い通りに変化させるアイテムだ。範囲は人間二人分ぐらいまで、物を変化させたり出現させたり。
「ふふ私の莫大なパワーがあってこそのチート。この偉大なるアリエル様がいなかったら理不尽極まりないチート作れないんだから!」
「うっせぞ顔だけ天使」
「あいたぁーーー!?」
そういってふんぞり返るアリエルの頭の上にスイッチの照準を合わせて虚空から金ダライが出現して落下する。
こうして、修理したりコップを出したりタライを出す以外にも、なんとなく想像しただけで、酸素消失・治癒行為もできるので万能でもある。店の野菜もスイッチで種類も品質も自由自在。
治療行為でも闇医者稼業でもやっていけそうだが、昔貴族のお嬢さんを治したら、抱えてた難病まで治してしまい有名になったので、今は自制している。
だけど普通、この手のものは精巧に中身を知っておかないと行けないとか、何かしらの制約があるのだが。
「なにするのよ! 私だからこそアカシックレコードと接続させて人の創造する範囲内なら、なんでも想像を補完してくれるようにしてんのにぃ……」
そこは位の高い天使だったアリエルのお蔭で、未知の病気とかもスイッチ向けて治れーとか思うだけで治るのだ。
この恩恵はありがたいのだが、この女がやらかしたことは別だ。
「ったく、お前のやらかしのせいで潜伏生活してんだよ。いやなら、恐怖の象徴の魔王軍でも勝って来いよ。それなら許してやるから」
魔機を店の前で待つお客にまでもっていこうとすると、アリエルが掌に何か力を貯め始めた。
「ふーーんだ!そういうなら見せてあげる。貯めに貯めた私の天使パワー全部使い切ってやってやろうじゃない……!!」
そういって眩い球体を指先から発生させ、上に投げ飛ばした。
光はもちろん天上を通り抜けてどこかへ行き。店の中でも見えるくらの大音が響き渡り────速攻でアリエルに詰め寄る。
「アリエルお前なにした!?」
「ふふん。言葉通り見せてやろうじゃない。本気の天使が魔王軍を蹴散らす光景をね!」
「お前何言って……!?」
次の瞬間、突如として町に備え付けられた警戒用の鐘が鳴り響き。
『ま、魔王軍が攻めてきたぞぉぉぉぉぉ!! ここは攻めてこないと有名な町じゃなかったのかよ!?』
「私たち上位天使は散々悪魔と殺しあってきたわ。魔王軍なんて簡単よ!」
「お前それ帝国を滅ぼしかけた時にも言わなかったか!?」
俺の平穏は、全てこの天使のせいで無駄になるのが定めらしい!