幼馴染みパーティに裏切られた俺の顛末
これは荷物持ちにしてマッパーの憐れな少年、タリスのお話だ。
同じパーティの皆は、子供の頃から共に育った幼馴染みにして親友達だ。少なくとも俺はそう考えていた。
なのに何でこのような事態になってしまったんだろう?
霊薬があると噂の山岳墳墓にアタックして全員無事で踏破し、霊薬は手に入らなかったものの貴重な薬草を手に入れたため今回は帰還しているところだった。
「しぶといな。早く死んでくれよ」
「な、何でだ、なんでこんな事を」
「はぁ、俺様がお前に教える義理は無いんだよ。いいから死ね」
リーダーのクロセルに人気の無い山道で突如斬りかかられ、とっさに身を守ったため俺は腕を負傷していた。
「やめてくれ! あ、アリシア! ウィルソン! ホリィ! クロセルがおかしくなった!」
俺は慌てて助けを求めた。だけど返ってきたのは冷たい態度だった。
「言っとくけどね、承知してるのよあたしも」
「クロセル、手を貸すか? 長引かせても仕方ないだろう」
俺はこんな二人は知らない、なんだ、なんなんだ!
「ほ、ホリィ! 君もそうなのか、俺を殺すつもりなのか!?」
「……私は、私は……タリスくん、ごめんなさい……」
一番優しくて気が弱く、その割に芯が強いホリィ。
その彼女も俺を害する事に反対しないなんて、何故なんだ!?
「ま、待ってくれ、何か俺が不味い事してたんだろ? 教えてくれ、絶対にもうないよう誓うから」
「分かってないな。もうそういう段階じゃないんだよ、俺様もお前もよ」
「クロセル!」
「うるせぇぞ! さっさと死ねって言ってんだろうがよ!」
冗談じゃない! こんな所で殺されてたまるか!
クロセルが鋭く斬り下してきたショートソードを躱して逃げる。
他の面々は遠距離攻撃手段が多彩だ。だから拓けた道は不味い! 脇道に転がり込んで離脱するしかない、って崖が陰に!? しまった!
「うわあああああ!」
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「自分から落ちたか……手間は省けたか?」
「どれ……駄目ね、まだ息があるみたいよ、生かして帰しちゃ駄目だからね」
「撃てるか?」
「ちょっと見え難過ぎて厳しいわね、それに……あいつもう動けるみたい」
「まあ、崖から落ちたダメージだ。人里まで逃げられる前には追いつけるだろう」
「……」
「ホリィ、行くぞ」
「……」
「ホリィ!」
「……分かりました」
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「う、む……運良く折れてはないみたいだ、早く逃げないと……」
地面に叩きつけられた時は終わりかと思ったが、石も岩もないところに落ちたからか小枝巻き込んだからか存外耐えたな。
(急げ、近くの町まで逃げ込んで助けを求めれば……!)
持っている技能はクロセル達と違って戦闘向きじゃない。
もし追い付かれたら、なすすべもなく殺されるだろう。
(追い付かれたら、どうする……)
走りながら考える。もう原因の考察じゃない。生き延びるために。
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「チッ……」
クロセルは焦っていた。次にし損じたら恐らく取り返しがつかないと。
ただでさえ既に状況は悪い。まさか結構な高さから転落したにも関わらず、直ぐに起き上がって走り出せるとは。
結果として、追いつけるだろうにしろ距離を離されている。
(恐らくホリィは次にしくじったら耐えきれず妥協案を出してくるだろう。その前に仕留めなくてはならない!)
必ずこの手で殺す。その意思を固く誓い足を早める。
あいつには必ず落とし前を付けてもらわなければ。
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「フゥ……さあ、追い付いたぞ」
「くっ、クロセル……」
傷付いた体では前衛担当の足を振り切るなんて無理だったらしい。
だからといって諦めるつもりは無い、諦めの悪さには自信があるんだ。
「他の皆は?」
「アイツらは足が遅いからな、俺様が先行する事で今まさに追い付いた訳だ」
「そうか……せめて聞かせてくれ、何故こんな事をするんだ……」
ここからは賭けだ。実の所、クロセル達は知らないが俺にも魔法が使える。本当は使いたくない隠し玉だ。
「頼むよ……教えてくれ……」
「ああムカつく。それはお前が一番よく分かっている筈だろう?」
「分からないから聞いているんだ」
「ふざけるな! 本気で分からないなどと言える筈が無いだろう! 今日だってそうだ! 気付いてないとでも思ったか?
お前は、霊薬をわざと処分したろう!?
あの霊薬の効能はタリスだって知っていた。だから念の為に排除したんだろう!」
魔法の準備が整った。悪いが……いや、殺されそうなんだ、致し方ないな。
「……!? なっテメエ、ぐあぁぁぁぁ!」
俺の火球がクロセルを襲う。本来なら、魔物相手なら容易く避けられるはずのそれを食らい、彼は崩れ落ちた。
「く……そ……」
クロセル、お前の敗因は俺の隠し持っている力を把握できなかった事だ。
ともかく、他の奴等に追いつかれても不味い。早いところ先を急がなーーー
「あ……?」
どうして俺の胸から氷が突き出しているんだ?
しまった、体の力が抜ける、足が揺らぐ、視界が霞む。
なんとか転倒は防いだものの背後に気配。それはホリィのものだった。
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「ごめんね、タリスくん……」
クロセルくんが焼かれて倒れるのを見た私は、そこでやっと覚悟が決まったんだと思う。
狙いを急所に定めて、呼吸を整えて魔法の氷槍を撃ち込む。涙は我慢する。
稀に見るほどの会心の精度だった。急所を貫いた以上、もう抵抗するような余力は残っていないだろう。
「ぐ……うう……何故、こんな……ホリィ……」
まだダメ、まだ泣いてはダメ。まだ終わりじゃない。
「その身体で、その声で、私に話しかけないで。悪魔」
「ぐ、何を……!」
「タリスくんは死んだの。私が殺した。私が、死なせた」
「何を言って……俺は生きて、俺は、死にたく」
「いい加減タリスくんを冒涜するのはやめて」
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先行した二人を追いながらアリシアは思い返す。
霊薬の事を聞いたのはタリスからだ。彼は情報収集が得意だった。
なんでも体に入り込んだ異物を消し去る効能があるそうだ。
初めは遺体が操られるのを避ける為に造られた埋葬用の薬だが、想定以上の効果であらゆる寄生体に成果が期待できたらしい。
現代の薬学では作り出せず、墳墓などで在庫を発見するしか入手手段はないとも。
ほーん、死霊に対する聖水の上位互換みたいなモンねーと軽く聞き流していた。
まさか自分達がそれに縋る日が来るとは。
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あの日、ウィルソンはそれを見ていた。
邪教のテロでホリィを庇い瀕死の重傷を負ったタリス。
ウィルソンの処置で傷は塞いだものの、彼の命の灯火は今にも消えそうで、ホリィは耐えず涙を零していて。
傷は治したものの奪われた体力が多すぎた。彼の命はそこで尽きた。確かに死んだと俺も確かめた。
にも関わらず、彼は起き上がった。最初は奇跡だと思った。
生きてると喜ぶタリスだが、何か違和感があった。まるで彼だけど彼じゃないみたいな。
違和感は徐々に薄れたものの、それはまるで演技に慣れて隠すべき所を見極めたようであり。そして、そう感じるのは皆同じだった。
その後も彼は普通に振る舞うおうとするものの、戦闘後の気遣いや情報収集、些細な話題の返事にどうしても違和感。やはりおかしい。タリスはやはりもう……
だから、かつてタリスに聞いた霊薬を取りに行くことを提案した。
表向きには高く売れるという理由で。本音はタリスに飲ませる為に。
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俺は魔導師である。専門は体を奪い生き延び続けること。
人間の体を奪い続けていたがある日発覚。外道として裁かれて魔界に逃げ、そこで生き延びるために原生悪魔の体を奪った。
あるとき邪教連中のテロで召喚され現世に帰ってきたものの、反抗に出てきた兵達がとても強く、あえなく俺も殺されかける。
何とか逃亡には成功したが、肉体はもう長くもたないと分かった。
そんな時偶然、死んだ後にも関わらず体を治癒された人間を発見。
こいつは労なく奪えて都合がいいと、その体を使ってやる事にした。
安心しろ、代価にお前の人生を再現してやろう。
遺体の頭脳に残った記憶を使って、お前を演じてやる。
尤も、マシな体を見つけるまでの繋ぎとしてだけどな。
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「あ、ああ……やめて、死にたくない、死にたく、ない」
「タリスくん……いいえ、もうタリスくんは欠片も残っていない」
「……」
そう、だってそれを確かめる為に霊薬を探しに出たんだ。
ダンジョンに眠る霊薬も大事だったけど、それに対する行動が本命。
あいつは事故として霊薬を排除できたと思っていたみたいだけど、クロセルくんは気付いていた。ウィルソンくんは密かに地面から薬を少量抽出していた。私が飲み水に混ぜて、あいつに渡した。
「さよなら」
「あっ、ガ、クソ、クソ、クソ! クソが! オレが! このオレがぁぁぁぁぁぁ!!!」
トドメの一撃を受けてタリスくんの体が塵になっていく。
他者に遺体を完全に乗っ取られた、アンデッドの死に方だ。
間違っても人間の死に方ではありえない。
分かってはいたけど彼の遺骨も遺髪も残らなかった。
私たちは彼の死を、証拠なしで家族に伝えなくてはならない。
「う、うう……タリスくん……タリスくん……」
一縷の望みを賭けた霊薬だったが効かなかった。それはつまり、彼の体の権利が全て奪われた後だったということだ。
暫くして周囲に目を向けると、ウィルソンくんがクロセルくんを介抱しているのが見えた。
アリシアちゃんが近づいてくる。手にはハンカチを持って。
私は最悪の形で、それでも事が終わった事を、その時痛感したのだった。
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「そうか……ホリィが仕留めたのか」
「ああ。仕方ないだろう。タリスは魔法を使えなかった。お前が虚を突かれるのも無理はなかったよ」
「……チッ!」
「お前はまたそうやって。自分が汚れ役おっ被るの好きなのか? ホリィがタリスの事好きだったの知ってるからって」
「はん! 勘違いしてんじゃねぇぞ。俺様はタリスの友達として、あいつを騙るクソ野郎が憎かっただけだ」
「はいはい、素直じゃないデスねー」
「ウィルソン!!」
こんな時にもこいつは軽口を叩くのか、いや、憎まれ口叩いてるのも同じようなものか。こんな時だからこそって事だ。
「せめて体の一部でも故郷に連れ帰ってやりたかったなぁ……」
「アンデッドになってたんなら、仕方ねぇだろうな」
心の機微ってやつは難しいなぁ、だけどオレも次は上手くやってみせるさ。
なぁクロセル。
これからよろしくな。
ホリィ「……クロセル、これ飲んでいいですよ」
クロセル「おい、俺様の事なんぞよりお前は自分をだな。まあ、貰っとく」
グビッ
・タリス
荷物持ちとマッパーを兼業する少年。
他にも交渉や情報収集を担当しており、パーティの屋台骨だった。
邪教のテロの最中で危機に陥ったホリィを庇い死亡。
その遺体は悪魔の体を失いかけた外道魔導師の応急処置に利用された。
・クロセル
パーティのリーダー役の青年。口が悪く、粗野で短気だが、仲間思いで、カンも鋭い。
その為タリスに対する決断が尤も強い。
が、タリスが魔法を使えたことはない為に虚を突かれ敗北した。
タリスと最も仲が良かったらしい。
彼の以後の記録は残っていない。
・ホリィ
自然魔法を得意とする少女。タリスとは両片思いだった。
妙な感じでもタリスなのでは、乗っ取られてもタリスの意思も残っているのでは、となかなか踏ん切りが付かなかった。
結果として一番の親友のクロセルを使えない筈の魔法で半殺しにしたのを目の当たりにし、決断的に魔導師を倒した。
事が終わったあと、パーティを抜けて王都に旅立つ。
「外法潰し」の二つ名で語られる上級魔導師になる。
・ウィルソン
パーティの治療役の青年。
タリスがテロの際に死んだ事を確信していた。
その後何故か蘇ったようなタリスを不審に思い、
憑依や寄生を剥せるという霊薬探しを提案した。
事が終わった後はアリシアと共に故郷へ帰り、一生を医者として過ごす。
・アリシア
パーティの射撃役の女性。
一番現実的な思考を持つものの、無意識にパーティで一番、仲間の姿にとどめを刺す事を嫌がっていた。
その為、本来彼女が一番仕留めるチャンスはあったものの、全て避けてしまっていた。
事が終わった後はウィルソンと共に引退。一生を彼の手伝いとして過ごす。
・外道魔導師
古の時代に、死を恐れた魔導師がいた。
彼は死んで消える事を何よりも恐れ、他人の人生を乗っ取ってでも自分を繋ぐ事を選んだ。
やがて当時の治安維持機構に見つかり処刑されそうになったものの、魔界へのゲートを開き逃走。
悪魔の体を乗っ取りながら長年を生き長らえた。
しかしある日悪魔の一人として召喚され、討伐されかけて死に瀕する。
一刻の猶予もない中でタリスを見出し、悪魔の体を捨てて憑依する。
予想以上に弱い体だった為に次までの繋ぎとして考えていたが、パーティメンバーにバレてしまい始末される。
以後、彼の起こすような事件は報告されていない。
考えや発想が甘いところがあったようだ。
・邪教
正真正銘のテロリスト。
彼らが崇める神は実在しない。
悪魔召喚を行使するものの、悪魔が彼らの神の使いという扱いの訳ですらなく、ただの破滅願望の現れであった。
沢山の死者を出した大規模テロ以後も活動は続いたが、後年「外法潰し」らの活動によって草の根まで叩き潰された。