#06 必殺技と個人情報
キャラ立ちしていない、印象に残らないだなどと、初対面のJK・詩乃からいきなりきついダメ出しをされて面食らっていた僕だが、そのうちに、はたと気がついた。
『これって、僕に対する抜き打ち試験みたいなもんだな、彼女の家庭教師としての適性を見るための。
いま僕は、危機対応能力、アドリブ能力を試されているのだ』
オタオタしている場合じゃない。
攻撃は最大の防御というから、何かしらカウンターパンチを入れねば。
「し、詩乃くん、キャラが立ってないとか言うけどさ、もっと具体的に言ってくれなきゃわからないよ。
それっていったい、どう言う意味なの?」
反撃に打って出た僕に対し、詩乃はひるむことなく、さほど大きくない胸を張ってこう答えた。
「じゃあ、言ってあげるわよ。
あなたには『必殺技』ってあるのかしら?
ひっ・さつ・わ・ざ!
名の通ったキャラ、人気のあるキャラには、必ずひとつやふたつ、決め技があるものなのよ!
……ん、じゃあお前のはいったい何だって聞きたげなお顔ね?」
僕がとっさに思ったことを、先回りして言われてしまったよ。
この子は妖怪サトリか?
「もちろん、言ってあげるわよ。
わたしの必殺技は……」
そこでタメて、こちらの様子をうかがってくる詩乃。
その目力は、かなり強力だ。
相手のメンタリティを鋭く抉ってくるようなまなざし。
こりゃ、タダ者じゃないわ。いろんな意味で。
相当、ヤバい。
「必殺技は……『奥義・レッチューダウン攻撃』よ!!」
はぁ????
僕は絶句した。
すると、詩乃は見るからに不機嫌な顔つきになった。
「なに頭の上に、ハテナマークいっぱい付けてんのよ。
聞き逃したんなら、もう一度言ってあげましょうか?」
僕はあわてて小声で返事をした。
「いえ、結構です。しっかり聞こえてますから」
「あっそ。要するに、何を意味しているか、分かりかねているのね」
僕は、その言葉に対して、こくこくと肯いた。
「説明してあげるわ、理解力の足りないモブさんのために。
レッチューダウン攻撃とは…(ここで詩乃はいきなり英語発音になった)『LET YOU DOWN攻撃』すなわち相手をずっとガッカリさせ続けるという攻撃技よ。
わたしの繰り出す言葉はすべて、ありとあらゆる男性の、甘っちょろい期待を完膚なきまでに打ち砕くことから、この名前が付けられたのよ。
もちろん名付けたのは、このわたしだけど」
そう言って詩乃は、大きく胸をそらした。
(「大きい胸」ではないよ、念のため)
ドッカーン! レッチューダウン攻撃、モブヨシトにみごと命中しました!
あまりの厨二病ぶりに、ガッカリ度がハンパなかった!
アイムダウン。ジョン・レノンの気分だよ。
でもでもだよ、思い出してみましょう、モブくん。
きみは何のためにここ鬼ヶ島城、もとい鬼ヶ島邸に来たのですか?
そう、この裕福なご家庭のお嬢さんに勉強を教えて、ガッツリ高給を稼ぐのがミッションでしょ?
分かればよろしい。
つまり、性格がどんな変わったお嬢さんでも、それに撹乱されることなく、クールに対処して職務を全うするしかないのだ、きみは。
彼女に対して文句を言っていいのは、彼女が勉学に真剣に取り組んでいないとき、それだけ。
他の彼女のおかしな発言、痛い行動については、無視したり反論したりして不興を買うことさえしなければいい。
つまり、適当にあしらっておけばいいのだ。
なぜなら、彼女は「クライアント」だから。
(正確には金を払っているのは、彼女の親だけどな)
クライアントからの金銭的なご贔屓を期待する以上は、クライアントの性格や行動が好かないからと言って、それに反発するのはバカバカしい自殺行為だ。
あくまでも柳に風と、クライアントの言動を受け流すべし。
いままでの混乱した感情に整理をつけることが出来た僕は、そこでようやく口を開いた。
「その説明でよく分かったよ、詩乃くん。
じゃあ、僕の必殺技も言うことにしよう。それが礼儀ってものだからな。
僕の必殺技は……」
今度は、僕のほうがタメた。
詩乃の目は大きく開かれた。
好奇心に満ち満ちているようだ。
「必殺技は、メンタルへのどんな猛烈な波状攻撃にも挫けることのない鋼の装備だ。
すなわち、これぞフルメタル・メンタル!!」
『うまいこと言った』と、内心大見得を切った僕だったのだが……。
それを聞いて、詩乃の好奇心に燃えていたはずの目から急に火が消えてしまった。
「ダメよ、それじゃ」
詩乃は冷たく、言いはなった。
「それはあくまでも、防御力の設定じゃない?」
設定って言っちゃったよ、このひと。
「必殺技というものは、攻撃系に限られるのよ。それは必須。
じゃあもう一回、出し直しなさい」
なんと、回答の再提出を要求されてしまった。
僕は頭をかきかき、こう返事をした。
「すんません。やり直してみます」
17歳女子に詫びを入れる、20歳男子の図。情けねー。
僕は1分あまり考えたのち、再度おのれの必殺技を披露した。
「では、これでどうだ。
わが必殺技其の弐、かの帝都大生も一撃必殺、しかも全く特殊な知識も技能も不要の、究極の奥義!」
「?!」
詩乃の両眼が、爛爛と輝いた。
「相手の不得意分野を狙い打ちして、その高過ぎるプライドを打ち砕く!『ソンナコトシランノ攻撃』、これだ!。
特にクイズ番組でグランプリとかとって意気がっている、雑学王連中には超有効!
もし、返す刀で『そう言ってもお前だって知らないことばかりだろうが」と反論されても「だってボクはあなたと違って二流大学のバカですから」と返せばフルガード可能! これ最強!」
シーン……。一瞬の間があった。
詩乃は、いきなりこう反応した。
「『ソンナコトシランノ攻撃』ですって……。
う…、それはひととして卑劣過ぎる。情けなさ過ぎる。
たしかに最強かもしれないけど、断固却下だわ。
再提出を命ずる!」
「なんでだよ!」
そんな感じでそのあとも、四、五回ほど必殺技の再提出を命じられた僕であった。
そして、時には詩乃の方からも「わたしの模範回答よ」とばかりに、ドヤ顔で珍妙な新必殺技が提示されることも。
たいていは、嫌いなヤツ、ソリの合わないヤツの凹まし方みたいな技だったけど。
「ゲタ箱に告白ラブレターならぬ数字カードを毎日入れるカウントダウン爆弾〜ゼロの日に大キライをお見舞いよ」とか。
その間、約30分。
それは僕にとっては、確かにしんどい作業だった。
ある程度、日頃感じたことをプールしておいたネタとは言え、即座に思いついて言うというのは。
でも、ひとつだけ、確かな手応えがあった。
それまでは氷のように冷たい表情だった詩乃が、ぼくの案にダメ出しをするときだけは、妙にうれしそうな顔つきになるのだ。
そうか、この子は「NG出し」にいちばん熱ーく高揚する性格なんだ。
僕はもともとはボケ体質でなく、どちらかと言えばツッコミ体質なんだけれど、意識してうまくボケのトスをしてあげれば、詩乃は喜んでアタックしてくれるはず。
そう確信したのだった。
『このやり取りにさえ慣れれば、ことは割りと簡単かもな』と、僕は思い始めていた。
その考えは、ちと甘かったのだが。
⌘ ⌘ ⌘
「ところでモブさん」
ふいに詩乃が、話の流れを変えてきた。
「なんだい」
「あなたがわたしの先生になりたいというのなら、最初にどうしても聞いておきたいことが、ひとつあるのよね」
見ると、先ほどまでのドヤ顔は消え、完全に真顔に戻っていた。
「なんだい。言ってごらん」
すると、詩乃はそれまでのやり取りのうちに少しずつリラックスしてきた身体の姿勢をただして、こう言った。
「モブさんは、彼女はいるのかしら?」
えっ、いまなんて言いました?
喉まで出かかった言葉を、僕はあわてて飲みこんだ。(0・2秒)
彼女って、文脈からして当然ながら「恋人」って意味だよな?
まあ聞くまでもないから、聞き返さなかったけど。
さあ、どう返す? ここでたじろいてはいかんだろ。
ツッコまれたら、ツッコみ返す。これ当然。
強気の姿勢で臨まねば、ナメられる。
ひいては、今後の展開で絶対不利になる。
「最初が肝心」って、よく言うだろ。
僕はすぐに体勢を整えて、聞き返した。
「え、どうしてその情報が必要なの?」
そして、ひと呼吸だけおいて、ニヤッと笑いながらこう付け加えた。
「もしかして、僕に個人的な興味があるってことかな、詩乃くん?」
さあ、どう出てきますか、お嬢さま?
僕は固唾を飲んだ。
次の瞬間、詩乃は顔色ひとつ変えず、眉ひとつ動かさずに冷然とこう言い放った。
「全然」
瞬殺だった。
「じゃあ、なんでだよ? きみに言わなきゃいけない理由なんてないだろ!」
僕は、いささかキレそうになりながら、異議を申し立てた。
詩乃は再び、冷然と言った。
「理由はきわめて単純よ。
わたしの勉強へのモティベーションに関わるからよ」
「はぁ? なぜ、僕の彼女の有無がきみのモティベーションに影響するんだよ?
僕には全然興味がないって言ったくせに」
それを聞いて、詩乃は呆れたような顔つきになった。
「相変わらず、理解力が足りないようね、モブさん。
じゃあ、懇切丁寧に説明してあげるわ。
わたしというひとは、とってもイマジネーションが豊かなの。
いや、豊か過ぎると言ってもいいわ。
だから、どんなひとであれ、わたしの関わるひとすべての属性が気になって仕方がないの。
もう、夜も眠れないくらい。
モブさんに彼女がいるかいないかはどうでもいいの。そのどちらかであるかを知らないという事実が、わたしを悩ませるの。苦しませるの。勉強が手につかないくらい。
だから、わたしにその情報をきちんと開示してちょうだい。
それさえわかれば、わたしは安心して勉強に打ち込めるから」
なんともはや、トンデモな理由だった。
ここ鬼ヶ島邸の中では、わが国の個人情報保護法は適用されないようだった。
だが、ひとこと重大な発言があった。
詩乃は「それさえわかれば」と言ったのだ。
それさえ開示すれば、おとなしく勉学に勤しんでくれると言ってくれたのだ。
この取引、乗ってみる価値はある!
そう踏んだ僕は、詩乃にこう答えた。
「了解したよ」
それを聞いた詩乃の目は、キラーンと音を立てて光った。
「いいの、ホントに?」
「ああ。ちゃんと勉強してくれるんならな」
詩乃は無言だったが、その目は「嬉しい」と語っていた。
僕は居住まいをただして、彼女にこう告げた。
「僕には彼女はいないよ。本当だ。
以前には付き合っていた子がいたが、ここ一年ほどはフリーだ」
僕のその言葉を、詩乃は瞬きひとつもしないで聴いていたのだった。(続く)