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声の正体

 薄暗い部屋を後にした先にあったのは、薄暗い回廊であった。


 ただし先ほどの部屋とは異なり、両端には一定の間隔でロウソクが存在している。

 さらには、近付くとそれに炎が灯るようになっているようだ。

 どういった仕掛けなのかは不明だが、歩くのに支障はない程度の明るさが提供されることを考えれば問題はないだろう。


 それにここはどうやら本当に魔王城とのことなので、特にそれに驚きはない。

 むしろそれっぽい雰囲気が出てるな、などと思いながら、未だ目覚める気配のない少女の顔を見下ろしつつ――


「あ、そういえば、あの声の方に礼を言うの忘れてたな」


 結局彼女も彼女で何なのか分からないままではあったが、彼女にも一応世話にはなったのだ。

 男の方には言っておきながら彼女の方にないというのはアレだろう。


 というか、男の方を無視しでも女の方に礼を言っておくべきだったまである。

 男と女ならば、女を優先するのは当然だ。


 何せ怪しい男は下手をすれば変態だが、怪しい女はミステリアスな女になる。

 完全に男目線な上に偏見まみれだが、まあそんなものだ。


 と、そんな馬鹿な思考を弄びつつ、歩を進め――


『いえ、礼は不要です。むしろ、私達の方こそが礼を尽くさなければならない立場ですから』


 聞こえてきた声に、思わず足を止めた。


 咄嗟に周囲を眺めるが、相変わらずそこにあるのは薄暗い回廊だけだ。

 人影はない。


 龍によって強制的に鍛えられたため、カイルはそれなりに気配の察知に自信がある。

 何せ察知出来なければ、上空からのブレスによって目覚めと同時に焼き払われるのだ。

 文字通りの意味で死活問題であった以上、相応の自負もある。


 だがその感覚に捉えられるような、それらしい反応は微塵もなかった。

 先ほどの部屋を出てからそれなりに歩いているため、男の気配も既に感じられない。

 ということは、相手は龍以上の存在だということか、超一流の暗殺者ばりに気配の隠蔽が可能な者……あるいは、その範囲外からこちらを覗き見ることを可能とするものぐらいだ。


「……その可能性も考えてはいたが、透視も出来るってことか? しかも、かなりの距離を」


 龍曰く、精神感応系のものは、基本的には目に見える範囲に対してしか使用することは出来ない、とのことである。

 例外的に、馴染み深い特定の位置だけならば、見えていなくとも感応を応用して可能とすることも有り得るとのことだが……つまりは、それ以外の場所で可能とするならば、見るための何かも必要だということだ。


 そしてあの部屋から持ってきたものは、少女を除けば、このローブぐらいである。

 まさかローブが本体などとは言い出さないだろうし――


『いえ、不正解です。私は今もあの時も、ずっとその場に本体を置いていましたから』

「あの時はまだ分かるが、今も? だがこの少女ではないって言ったよな?」

『はい、それは間違いありません』

「だがそうなると、このローブしかなくなるんだが……?」


 確かにこの世界には、精霊などが存在するという話は聞いた事がある。

 その類似例として、物に魂が宿ることになった、所謂付喪神的な存在がいる、ということも。


 しかしさすがにローブがそうだというのは、不可解すぎないだろうか。

 どういう経緯でそんなことに陥ったというのか。


『それもまた不正解です。……似たようなものだと言えば似たようなものですが。私の本体は、ローブの中に入っています。より正確には右側のポケットに、ですが』

「右側のポケット……?」


 言われて眺めてみれば、確かに僅かな膨らみがあるようにも見える。

 だが気のせいだと言われればそんな気もする、その程度のものであった。


『信じられないというのも無理はありませんが、触ってみれば分かるかと思います』

「いや、さすがにこの状況でそれをやる勇気はないっての。まあ、そう言うってことは本当なんだろう。信じるさ」

『おや、よろしいのですか?』

「色々と思惑あってのことではあるが、あの男のことも結果的には信じたわけだからな。お前の言葉だけ疑うってのは道理に合わんだろ」

『……そうですか。ありがとうございます』

「礼を言われるのもちょっと違う気がするけどな」


 散々疑った後なのだ。

 むしろ怒っても許される場面だろう。


『いえ、私としましては、信じていただけるという言葉をもらえただけで十分ですので』

「さよけ。で、まあ、結局は物に宿った精霊だとか、そういう類だって思っていいのか?」

『そうですね……厳密には異なりますが、認識としてはそれで問題ないかと思います』

「そうか……了解した」


 互いの認識をすり合わせるというのは重要だ。

 特に、これからどれだけの付き合いになるか分からない相手とは。


 まあそれも全ては、少女が目覚めてからで、少女の事情次第ではあるのだが。

 とりあえず魔王城のあんな場所にいるよりはいいだろうと思って連れ出してはみたものの、それ以上のことを考えているわけではないのだ。


 なに、それでも例え予想外のことが起こったとしても、それが余程のことでなければ大体は何とかなるだろう。

 少なくとも、気が付けば目の前に巨大な口が開いており、次の瞬間にはブレスを放つ事が可能、とかいうような状況でなければ何とかなる。

 その状況に放り込まれたら、さすがに死ぬしかない、という実際に死んだわけだが。


 しかしその時のことを思い起こせば、並大抵のことは対処可能なはずである。


「ああ、というか、その前にお前に聞いておけばいいのか?」

『……? 何がでしょう?』

「いや、とりあえずここから脱出するってことでいいのかとか、その後のことはどうするつもりだとかな。まあどう考えても事情があるのは確かだろうが、自分で首を突っ込んだ以上、出来る限り手伝うつもりではあるんだが……」

『そうですね……その方――ティナ様次第ではあるのですが……っと、私に聞かれるよりも、まずはご本人にお聞きした方がよろしいでしょう。そろそろ目覚めそうですし』

「む、マジでか?」


 言われ、確認してみれば、確かに穏やかだった寝息が浅くなっていた。

 完全に抜けていた身体に力が入り始めていることからも、目覚めが近い事が分かる。


「これはまずいな……近くに部屋とかがあるといいんだが……」

『何故ですか?』

「いや、目が覚めたら、薄暗い回廊で全裸にローブをかけられた状態で男に抱えられてるって相当アレだろ?」

『目が覚めたら薄暗い部屋で全裸にローブをかけられた状態だというのも相当アレかと思われますが?』


 言われ、その場面を想像してみる。

 確かに相当アレだった。


「……言われてみたらそれもそうだが、俺が近くにいなければまだマシ……なはずだ」

『遠くから見守られているというのも、それはそれでアレなのでは?』

「ええい、とりあえずは部屋を見つけてからだ。それから考える」

『あまり急いでしまうと、その振動で起きてしまうかもしれませんよ? その場合、先ほどの文言に、息を荒げながら焦って回廊を進む、というものが付け加わりますが』

「くっそ、より変態な方向に……!」


 あちらを立てればこちらが立たず。

 ここが魔王城だということとはまるで関係ないところで、地味にカイルはピンチに陥っていた。


『今ですと、そこにさらに、声を荒げながら、というのも加わりますね』

「お前割と楽しんでるだろ……!?」

『そうですね、どれぐらいぶりか、という程度には。いざとなれば私は沈黙を保てばどうとでもなりますから』

「久しぶりに楽しめてるんなら幸いだが、そこはせめて沈黙してないで俺のフォローをしてくれ……!」

『善処致します』

「それやる気ない時の常套句じゃねえか……!」


 そんなことを言い合いながら、しかし本当にこのまま目覚められると気まずいことになるのは確実である。

 急ぎながらも焦らず、またここは魔王城なのだということも忘れてはならない。

 警戒を怠ることなく、部屋を探していく。


 一番厄介なのは、部屋が見つかっても先客がいる場合だが……その時は、もう勘弁してもらうしかないだろう。

 もちろん、その先客に、だ。


 助けようとしている少女に変態扱いされるとか、ちょっとカイルの心が持ちそうにない。

 龍の無茶振りによって心も大分成長出来たというか色々な方面に耐性がついたとは思うが、生憎とそっち方面のは未だないのだ。

 そして今後ともつかなくていいとも思っている。


 そんな、これ傍から見れば酷く滑稽なんだろうな、ということを理解しつつも。

 カイルは少女を横たえ安心させるための部屋を探して急ぐのであった。

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