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ローブと少女

 裸の少女を抱えながら、さて、とカイルは呟いた。


 自然と確認することになったが、体温及び脈拍呼吸共に異常なし。

 どうやら無事救出に成功したようである。


 しかし問題があるとすれば、これからどうするのか、ということだ。

 特に服に関しては可及的速やかに何とかしたい。

 眼福ではあるものの、さすがに申し訳なさ過ぎる。


「ってわけで、とりあえず服とかもらえたら嬉しいんだが……ん?」


 言葉に反応がなく、首を傾げる。


 男の方へと視線を向けると、何やらこちらを凝視しているようであった。

 裸の少女をガン見するとか、変態かな? と思ったものの、どうにもそういった様子ではなさそうだ。


 ならば少女に何か異常でもあるのかと思い、もう一度眺めてみたが、やはり特に異常らしいものは見られない。

 はてどういうことだろうかと眉を潜め――


「……服ですかネー。それなら、ちょうどいいのがここにありますネー」


 と、聞こえた声に再度視線を向けてみると、男が何処かへと歩いて行こうとしているところであった。


 行き先を予測しその先を眺めてみれば、そこにはゴチャゴチャと色々なものが転がっている。

 どうやらそこに服か何かがあるようだ。


 それにしても、眺めるだけ眺めて何も言わなかったということは、単純にじっくりと観察していた、ということなのだろうか。

 カイルがそんなことを考えている中、男はおもむろにそこへ腕を突っ込むと、何かを引っ張り出した。

 一見すると服というよりは、ボロい布か何かのようにも見えたが、どうやらローブであるらしい。


「一応これでもその少女のことを本気で取り出すつもりだったですからネー。この程度の準備はちゃんとしていますネー」

「その程度の準備もしてなかった俺が責められてるように感じるんだが? まあ実際に何の考えもなかったわけだが」


 そんなことを言いながら、さてそれはそれとしてどうしたものかと考える。

 ローブだとはいえ、さすがに着せるのはまずいだろう。

 それはカイルだろうとそこの男だろうと同じことだ。


 少し考え……仕方ないので少女を一旦床に下ろすと、男からローブを受け取りに向かう。

 どうするつもりなのかと男は興味深げにこちらを見ていたが、その前にあまりにもそれは汚すぎた。

 軽く叩くだけで、驚くほどの量の埃が宙を舞う。


 どんだけ放置してたんだこれ、と呆れながらもしばらく叩いていると、やがてそこそこは見れるローブとなった。

 元は白かったのだろうせいもあって多少汚れは目立つが、この際仕方がないだろう。

 そのまま少女の元へと戻ると、被せるようにしてその上へと載せた。


「これはこれで変態ちっくですネー」

「自覚してるから黙っとけ」


 それでもこれが最も無難だったのだから仕方あるまい。


 しかし、これで一安心とばかりに息を吐き出したものの、ここで再び問題に直面した。

 少女の目が覚めないのだ。

 穏やかな顔をしているので、眠っているだけだとは思うのだが――


「うーむ……これは放っておいても目覚めるものなのか?」

「生憎と私には分からないですネー。解剖していいというのならば喜んでするのですがネー」

「アレと同じ結末を辿りたいってんなら特に止めはしないぞ?」


 アレ、と言いながら粉々になった容器を示せば、男は大仰な素振りで肩をすくめた。

 自殺願望はないようで何よりである。


「まあこういう時は、『彼女』に聞くのが一番ですネー。もっとも、今まで私の問いに答えてくれたことはないんですがネー」

「ふーむ……俺からの質問だったら、答えてくれたりしないか?」


 ――しかし声は虚しく響いた、とでも言いたくなるぐらい、何の反応もなかった。


 これにはさすがのカイルも少しへこむ。

 主に、そこの男と同じ扱いなのか、という意味で。


「その反応は、私に対して失礼すぎますネー。まあ、どうでもいいのですがネー」

『……申し訳ありません、少し唖然としていました。さすがにそこの男と同等の扱いというのは失礼ですので答えさせていただきますが、何もせずともそのうち目を覚ますかと思われます。さすがにいつになるかというのは分かりませんが』

「そうか……まあ、目覚めるってんなら問題はないだろう。ただ、すぐ目覚めるとは限らないことを考えれば、まずは移動しとくが無難か」

『そうですね……ここが魔王城だということを考えれば、彼女に手を出す事が可能になったということを知られてしまうのは時間の問題でしょう。一先ずはその前に移動すべきかと』


 何やら結果的に女の声に相談をするような形となってしまったが、元よりそのつもりだったので問題はないだろう。

 例え女の言葉に信用が置けるかは分からないとしても、だ。


 何となく女の方は自分にとって、というよりは少女にとっての味方のようにも思えるが、かといって信頼出来るかはまた別の話である。

 例えそれが正しくとも、自分の味方になるとは限らないし、長期的に考えた結果一時的に少女の敵になることだって有り得るのだ。

 要するに、自分についてくるよりもここに残った方が生存出来る可能性が高いと判断した場合、などである。


 そういう意味では、女の言っていることも全てが真実だとは限らない。

 だがそれは男の方もそうだし……もっとぶっちゃけてしまえば、この少女もそうである。

 何となくこうして助け出した、みたいな感じにはなっているものの、実は最初から魔王側だった、ということは十分に有り得るのだ。


 しかしそんなことはもう考えても仕方のないことである。

 カイルはもう実行に移してしまったのだ。

 ならばあとは、何かあったらその時はその時だの精神でやっていくしかないのである。


「……俺もまた開き直りが得意になったもんだな」

「何が言いましたかネー」

「ただの独り言だ、気にすんな。で、ちょっと聞きたい事があるんだが、魔王とかには見つからずにここから出る方法とか知らないか? 安全にとか無茶は言わんから」


 龍と戦うという無茶振りに比べればこのぐらいとか思ってしまう時点で随分と判断基準が壊れたもんだな、などと思いつつ肩をすくめ、折角なので男の方にもそんなことを聞いてみる。

 もちろんまともな答えが得られるとは思っていないものの――


「そうですネー。こっちの方を進めば、多分魔王様達には見つからないですかネー」


 だが思いの外あっさりと背後の方向を示されてしまい、若干困惑する。

 さすがに罠かと思いはするが、教えてくれと言いながら教えてくれたものを疑うのは失礼かと思わなくもなかった。


『……あっさりと教えるということは、罠ということですか?』

「失礼ですネー。聞かれたことに答えるのは科学者の義務とは、先ほども言ったはずですがネー」

『それとこれとは別かと思いますが?』

「それもそうですがネー。まあ信じるも疑うも好きにすればいいですネー。私はどっちも損はしないですからネー。信じてこっちを進むもよし、信じずあっちを進んで魔王様と戦うというのも、正直捨てがたいですネー」


 ふむと考え、自分でも意外ではあったが、一瞬で結論は出た。

 その場に屈み、少女の身体を抱えると、カイルは男の言った方向へと迷いなく歩き出したのだ。


『……よろしいのですか?』

「考えたところでどうせ分からんからな。ま、罠だったら罠だったで食い破るだけだ」

『そうですか……ところで、その男は放っておいてもよろしいのですか?』

「ん? まあ、そうだな、正直最低でもふん縛っておくべきなんだろうが……やめておくさ。何処にいるのか(・・・・・・・)分からんからな。探し回る方が結果的には危険そうだ」


 その言葉に、男は驚いたように軽く目を見張った。

 どうやら気付かれているとは思っていなかったらしい。


「おや……私が本体ではないとよく気付きましたネー」

「気配が妙に希薄だったし、ローブを受け取った時の感触が明らかにおかしかったからな」

「おお、なるほどですネー。気配と感触ですか……参考にさせてもらいますネー」


 テスターをした覚えはないのだが、まあいいだろう。

 こんなものもあるのだと、こちらも参考になった。


 男はカイルが気付き、また自ら口にしたように、本人そのものではないようだ。

 どういう原理なのかは不明だが、とりあえず本人でないことが分かれば十分である。


『そうでしたか……まさか本体ではないとは』

「さすがの私も無防備で正体不明の存在の前に姿を現すことはないですネー」

「道理だな。ま、というわけで、アレは無視するしかないってわけだ」

『了解致しました。それならば確かに致し方がありませんね』


 そういうことだと頷き、止めていた足を再開させ――ようとした時であった。

 今度は男から呼び止められたのだ。


「おっと、ちょっと待って欲しいですネー」

「なんだ、まだ何か用でもあるのか? いやまあそっちからすればあって当然ではあるが」


 男から見たカイルは侵入者であり強奪者でもある。

 止めない理由の方がないだろう。


 まあ、やるというのならば相手になるだけだが――


「おっと、勘違いしないで欲しいですネー。私は止めるつもりはないですネー。そもそも戦う力がないですしネー。ただ、ここまで色々と話したのですから、一つだけ私からの質問にも答えて欲しいだけですネー」

「ここで止めようとしないとか逆に怪しさしか感じないが……まあいか。嘘か本当なのかも判別出来ない情報ではあったが、話してもらえたのは事実だし、このローブも貰ったしな。……今更だがこれに変な仕掛けとかないだろうな?」

「私はそういう遠回しな小細工はあまり好まないですネー。やるんなら最大限に効果を発揮できることをしますネー。つまりやっぱり解剖が一番ですネー」

「安心出来るんだか出来ないんだから分からん言葉をありがとうよ。で、まあ俺に答えられるもんなら答えてもいいが、何だ?」


 それは気まぐれと言えば気まぐれだし、一応は感謝の意味もあった。


 怪しいし何考えているか分からない……いや、明らかに向こうにとっても何らかの利があるからこそのことなのだろうが、それでもこちらが助かったのは事実だ。

 厳密にはそれが判明するのはこれからだが、それでも本当に助けられていた時のことを考えれば、一つぐらいなら答えておくのも構わないかと思ったのである。


 しかしそう思ったというのに、男からの言葉はなかなかやってこなかった。

 まさか今更時間稼ぎなどではあるまいな、などと思いつつ――


「……あなたは科学者という言葉の意味を、どういうものだと思っていますかネー?」

「……? 聞きたい事の意味がよく分からんのだが……要するに錬金術師の同義語みたいなもんだろ?」


 カイルは科学者という言葉をこの世界で聞いたことはなかったが、錬金術師はあった。

 というか、そちらの方が一般的なはずである。


 この世界には龍がいて魔物がいて実にファンタジーじみてはいるものの、魔法というものはない。

 厳密には衰退して失われてしまったらしく、龍などが使っているのは魔法とは別の系統のものだとの話だ。


 そして衰退してしまったのは、錬金術も同様である。

 かつては本当の意味での錬金術が存在していたらしいが、廃れてしまった現在は他の手段で同等の結果をもたらそうという、科学と同義のことを行っているのだ。


 だから科学者と錬金術師というのは、少なくとも現時点では同義語のような扱いになるはずだが……そもそも何故こんなことを聞いたのだろうか。


「……そうですか、そういうことでしたかネー」

「何かよく分からんが、満足いく答えだったのか?」

「ええ、非常に満足しましたネー。満足しましたから、この先の幸運を祈っておいてあげますネー」

「それがいいことなのかは分からんが……まあ、ありがとうと言っておくか。色々な意味でな」

「では私は、どうしたしましてと言っておきますかネー」


 そんな言葉を背に受けながら、カイルは今度こそ歩みを再開し、そこを去っていく。


 その際に自然と周囲の光景が目に入り、どうやらそこは研究室のような場所だったらしいことを今更ながらに知った。

 薄暗くてよく分からなかったが、羊皮紙と思わしきものが床などに散乱している。

 もしかしたら、男の研究用の部屋だったんだろうか、と思い……そこでようやく、男の名前も聞いていなかったことを思い出す。


 だがここにいるということは、魔王側ということであり、即ち人類の敵だ。

 何か事情があるのかもしれないが、ないのかもしれないし、あの性格を考えればない可能性の方が高い。

 ならば気にする必要はなく、このぐらいの距離感でよかったのだろうと、そんなことを思いつつ、カイルはその場を後にするのであった。











 去っていく少年の背を眺めながら、ウェズリーは一つ溜息を吐き出した。

 科学者とは錬金術師の意。

 言われてみれば、まさしく、というところであった。


 何故今まで思い至らなかったのか、とは思うものの、おそらくは師が天才過ぎたせいだろう。

 そのせいで、口にしていた言葉がそんな平凡なものだとは思わなかったのだ。


 この分では他にも同じようなことがあるのかもしれない。

 今まで意味不明と思って投げ捨てていた言葉を今一度確認する必要がある。

 俄然やる気が湧いてくるというものであった。


 この気付きを与えてくれた少年に、ウェズリーは心底感謝する。

 だからこそ、是非ともここを無事に脱出して欲しいと思った。


「……ええ、是非とも脱出して欲しいものですネー。その先に待っているのは魔王様ですら下手をすれば敵わないと言われた怪物が待っている場所ですがネー。ええ、嘘は言っていないですネー」


 そっちを進めば、魔王に見つからないというのは事実だ。

 何せそこにいるのは、武力だけで言えば魔王をすら上回ると、当の魔王本人に言わしめた怪物である。

 アレがいる限り、魔王がそっちに近付くことはない。


「ですがあなたは、その魔王様が壊せなかったものを壊せたのですからネー。ここは期待して待っているとしましょうかネー」


 無理だと判断し、戻って来る可能性もあるにはあるが、その時はその時だろう。


 それに、意外とウェズリーは心の底から期待してた。

 あの少年ならば、やってくれるのではないかと。

 自分の知らない未知を、見せてくれるのではないか、と。


「……まあそれに、『彼女』達もいますからネー。未知という意味では向こうも相当のものですし……さてはて、一体何が起こるんでしょうかネー」


 人類との戦いは正直もう先が見えてしまって飽きてきていたのだが、この調子ではいい感じに波が立つかもしれない。

 もちろんこれから次第ではあるが……その先にあるものを期待し、ウェズリーは口角を吊り上げるのであった。

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