そして彼らは冒険へ
血だまりに沈んだ部下の姿を眺めながら、魔王は一つ息を吐き出した。
しかしそれは溜息ではなく、どちらかと言えば納得のそれだ。
やはりこうなったかと、そう思ったのである。
そう、魔王にはウェズリーがこの結末を迎えるだろう事は予測がついていたのだ。
いつかは分からずとも、そのうちこうなるだろう、と。
あんなものに手を出せばこうなるのは必然である。
ウェズリーの性格を考えれば、必ず自分の手で、しかも遠回しな手などは使わないだろうと予測するのは難しいことではない。
そしてその時にはこうなるだろうことを推測するのも、また同様だ。
「……とはいえ、予想以上でもある、か」
魔王の予想としては、直接出向いてのことだろうと思っていたのだ。
まさか空間を無視しても攻撃可能だとは、予想出来るわけもない。
その時には他の者達には手出し無用と言い含めておくつもりだったが……手間が省けたと言うべきだろうか。
「しかしさて、どうしたものか……」
魔王がこの場に居合わせたのは半ば偶然である。
隠れていたのも、ウェズリーからではなくアレの目から逃れるためだ。
必要ないかもしれないとは思いつつ、念のための用心ではあったのだが……それが功を奏したと言えるだろう。
「……いや、まだそう断言すること出来んか」
呟きながら、眼前の部屋の壁へと視線を移すも、既にそこには何も映し出されてはいない。
先ほどの攻撃と共に、映し出すための何かも壊されたのだろう。
あんなものにいつ見られるとも知れないとかたまったものではないので、壊してくれて幸いだったと言える。
だから問題があるとすれば、魔王の姿が本当に捉えられていないのかということと、仮に捉えられていた場合はどう思われたか、ということだ。
敵対する意思があると取られれば厄介なことになる。
魔王はアレと敵対するつもりはないのだ。
向こうがどう思いどういうつもりなのかは知らないが、わざわざ脅威となりそうな存在を敵に回すことはない。
魔王の脳裏を過るのは、この城をアレらが出て行った時の光景である。
行きがけの駄賃とばかりに前魔王を軽く蹴散らしていった姿。
正面から戦えば魔王では間違いなく負けるだろうし、まともではない方法を取ったところで果たしてどれだけ上手くいくか。
少なくとも、好んで敵対したいと思えるような相手でないのは確かであった。
ウェズリーを殺されはしたものの、別に敵討ちなどをするつもりはない。
ウェズリーの頭脳は有用ではあったが、既にやらせるべきことの大半は終わらせていたのだ。
今更失ったところで惜しくはないし、そのせいで厄介事を増やすのは得策ではない。
ただそれはウェズリーが人間だからではなく、部下の誰を殺されたところで同じであっただろう。
それをするだけの意味があると思えれば別ではあるが、何せ相手が相手だ。
「……さすがに龍王の関係者と思われるのとそれだけのことで敵対するのもな」
単純な戦闘力というよりは、その方が問題だ。
中々考え辛くはあるものの、仮にアレと敵対したことによって龍王まで出張ってきたら、人間共など相手にしている場合ではなくなるだろう。
最悪、この世界から一時的に撤退することすら考えねばなるまい。
とはいえ、それを避けたいからこそ、盟約などを結んだのだが――
「結局アレも、どういうつもりだったのだかは未だ分からんままだな」
ふと思い出すのは、一月前ほどに龍王が知覚ギリギリの場所に現れた時のことだ。
そしてそこから、アレが放り込まれてきた。
その時は盟約を破りついに攻め込んできたのかと思ったのだが、龍王はそのまま去り、アレも大したことをせずに出て行ってしまったのだ。
随分判断に困ったものである。
襲撃ということで幹部連中は随分と血気盛んであったし、それを止める事が出来たのは、まずは様子を探るべきだとウェズリーがあの映像を映し出したからだ。
結果被害と呼べるものはあの培養槽の中に入っていたアレを持っていかれたぐらいだったが、痛手にもなるまい。
そもそもアレは勇者を探しに行く際についでに見つかったようなもので、若干の興味を覚えて持ち帰っただけだ。
とうに興味は失せていたし、未だ興味を持っていたのはウェズリーぐらいだったのである。
城も多少は破損したが、即座に直せる程度のものでしかなく、目障りだった前魔王を蹴散らしてくれたことを考えれば、駄賃としてしまって問題はない程度だ。
しかしだからこそ、結局何しに来たのかということが分からなかった。
龍王に確認しに行くのが最も手っ取り早いが、不可侵の盟約は互いに近寄らないということも含んでいる。
あの接近すらギリギリであったというのに、話が出来る距離まで赴くのは明らかに盟約違反だ。
まさか怪しい行動があったからといってこちらから盟約を破るわけにもいくまい。
「……まあ、今は構わん、としておくか」
アレが龍王とどれだけ関係しているのか。
アレがこちらと敵対の意思があるのか。
それらは一先ず保留だ。
考えても分からないことであり、今はまだやることがある。
これ以上のことを考えるのは何か分かってからでも遅くはないだろう。
「さて……ではウェズリー、今までご苦労であったな。貴様の働きぶり、中々悪くはなかったぞ」
大半を自分のしたいようにしていただけではあったが、こちらにも十分の見返りがあったのは確かだ。
「オレが許可する。存分に休め」
言うと同時、腕を振るった。
放たれた衝撃派により、血だまりに沈んだその身体ごと、ウェズリーの部屋であった場所が消し飛ぶ。
あそこに残されていたのは、ウェズリーが個人的に研究していたようなことの情報だ。
本人が死んだ以上はもう必要あるまい。
何もなくなった空間を無感情に眺めた後で、魔王はその場から歩き出す。
「懸念事項はこれで一先ず消えたと言っていいだろう。アレに余計な手出しをするものはもういまいし、あとは勇者に注力をするだけだな」
そうしてこの先のことを考えながら、魔王は闇の奥深くへと消えていくのであった。
「ほー?」
それを眺めながら、カイルは感心したような呟きを漏らした。
ただ僅かに落胆気味だったのは、実際そこが何とも言えないからである。
「何ていうか……殺風景だな」
「向こうも似たようなものではありましたが、大きさのせいもあって壮大さを感じましたからね……」
『まあ、ここを装飾過多にしても意味はありませんので。合理性を追求した結果ですね』
そんな言葉を耳にしながら、その場を見渡すカイルの視界に映るのは、石造りの部屋であった。
決して狭いものではなく、おそらく二百人程度は入ることの出来る大きさはある。
だが先ほどの場所を見た後だからか、広く感じることもない。
しかもそこは本当に何もないのだ。
あるのはここに入るための扉と、中央に存在している台、そしてその上に置かれた水晶玉のようなものだけであった。
「確かに転移するためだけの部屋なんだから、そう言われればそうなんだろうけどな……まあいいや。で、あれが大規模転移をするための魔導具か?」
『はい。ちなみにですが、実は先ほど私が暴走する際に口にした言葉は半分本当です。アレは登録されている方しか利用することは出来ませんので、カイル様は使用できず、ティナ様の協力が必要です』
「わたし、ですか……? 登録とかした覚えはないんですが……」
『ティナ様が第一秘蹟になった際に自動的に登録されたものですから。ですが、問題なく使えるはずかと。使い方は、アレに触れてみれば分かるはずです』
そんなナナの言葉の背を押されるように、ティナがそこを――大規模転移を行うための部屋を、中央へと歩き出す。
カイルもあとに続きながら、水晶玉のようなものをジッと見つめ……ふと思い浮かんだ疑問に首を傾げた。
「そういえば、あれってティナしか使えないってことは、ティナがいなかったらどうなってたんだ?」
『そもそもここに入ることは出来なかったと思います。この中か近くに魔導具を使用可能な人がいない場合、入れない仕様になっていたはずですので』
「ちなみに、わたしが近くにいるだけ中に入らなかったらどうなるんですか?」
『中に閉じ込められたまま、出られなくなっていたでしょうね。ここは基本的に一方通行ですから。実際に当時、唯一魔導具を使える者が倒れてしまったとかで、誰も出てこられなくなった、ということが起こってしまったようですし。まあその際にはわざと喧嘩をすることで弾き出され、中の状況を伝えることで事なきを得たらしいですが』
「よくそこで機転を利かせられたもんだな。普通はパニックになってもおかしくないだろうに」
『実際起こったらしいですがね。まあそれによってさらにその人達も弾き出され、より詳細に状況を把握出来るようになったらしいですが』
「笑い話なのか何なのか、微妙に判断がつきづらい話ですね……」
『笑い話でもあり、教訓でもある、というところでしょうか。それ以来必ず魔導具を使用可能な者を二人以上配置するようになったらしいですし』
「ふーむ……あ、ところで今の話で思い出したんだが、何でさっきあそこで暴れてたのに俺達は弾き飛ばされなかったんだ?」
『ああそれは、私もティナ様と同じくここに登録されており、さらには管理者の一人だからです。結界の認識を誤魔化す程度はわけありませんから』
と、そんな話をしている間に、そこへと辿り着いた。
眼下を見下ろせば、そこにはやはり水晶玉にしか見えないものが一つ。
「ちなみに、これって壊れてたりしたらどうなるんだ?」
『その場合もここに入ることは出来ないはずです。なので、壊れているということはないかと。向こうが壊れていても同じですので、転移は問題なく出来るはずです』
「向こう、ですか?」
『この魔導具は二つで一対の魔導具として作用するんです。移動元と移動先、双方の魔導具が正確に動作することで、初めて大規模転移は可能となる、ということですね』
「ということは、片方が壊れていた場合はそもそも動作しない、ということになるんですか?」
『正直に言ってしまえば、分からない、というところですね。実は、今まで壊れたという記録はないんです』
「……それって本当に大丈夫なのか?」
「……と言いますか、壊れたことがないということは、壊れている場合には本当にここに入れないかも分からない、ということではないですか?」
『そうですね。ですから私はその時のことを話す際には、必ず『はず』と付けていますから』
「体験した事がないからとかじゃなくて、そういう意味かよそれ……」
『その時はカイル様、お願いしますね』
「どうしろってんだよ。無茶振りはやめろ」
『ティナ様の無茶振りには応えたではありませんか』
「あれはお前の命もかかってたからだろ。一緒にすんな」
『……不意にそういうことを言うのはずるいと思います』
「同感です」
「何を言ってるのか分からんな」
ジト目に、それと同じような思念を向けられながらも、カイルは肩をすくめた。
それから、さてと呟く。
「ま、無事に転移出来るように祈っておくか」
というか、そんなことを言ってはいるものの、実はさっきからずっと楽しみで仕方がなかった。
何せようやく、本当にようやく別の大陸へと行けるのだ。
しかも、大規模転移で。
正直待ちきれないぐらいである。
『……ところでカイル様、本当によろしいのですか?』
「ん? 何がだ?」
『……私が共についていって……いえ、私を壊さないで、です』
「まだ言ってんのかお前は……」
ここに来るまでの間にも、ナナも何度もそんなことを言っていた。
確かに今回は収まったものの、次がないとも限らない。
安全を考えるならば、ここで自分を破壊しておくべきだ、と。
だが。
「それは苦労して助けた意味がないだろうが」
『ですが……』
「というか、今回のことで止められるってことが分かったしな。また暴走するってんなら好きにすりゃいい。その度に何度だって止めてやるからな」
『…………ですから、卑怯です』
「何度言っても止めないお前が悪い」
「まあ今のはカイルさんに同意ですかね。ナナさんが悪いです」
『……分かりました。では、もう言いません。また同じことがあっても、それは私の責任ではありませんからね』
そう言って、拗ねたような言葉を発すナナに、ティナと二人で顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。
それからティナが、水晶玉のようなものへと手を伸ばした。
ティナがそれに触れても目に見えた変化が起こる、ということはなかったが、壊れているわけではないらしい。
何度かティナが頷いているのは、使い方を確認しているからのようだ。
問題なく使えそうだし、この分では無事に転移の方も出来るのだろう。
そんなことを考えていると、確認を終えたのか、ティナがこちらに視線を向けてきたので、頷きを返す。
それにティナも頷き、視線を水晶玉の方へと向き直すと、何事かを呟き――瞬間、床が淡く輝き始めた。
それはやがて部屋全体へと広がり、徐々に力が渦巻いていくのが分かる。
やはり大丈夫そうだなと、カイルはそんな光景をぼんやりと眺めながらこれからのことを考えていく。
楽しみではあるが、色々とやることも多そうだった。
ティナのことや、人類のこと。
何だかんだでそれらのことを調べる必要はあるのだろうし、結局関わることになるのだろうなという予感も漠然とではあるがある。
しかしその時はその時だ。
冒険らしいといえば冒険らしいものになりそうではあるし、その時はやるだけやってみるだけである。
一際強い輝きが部屋に満ちる中、そんなことを考えながら、カイルは何となく目を閉じていく。
――さあ、本格的な冒険の始まりだ。
呟きが落としながら、さてどうなることかと、これからの日々への期待にその口角を吊り上げるのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
というわけで、ここで一旦完結となります。
若干打ち切り風味ではありますが、元よりここで一旦終わらせるつもりではありました。
元々これは気分転換として書いていたこともあって、ここまでしか書いていないので。
色々と投げっぱなしになっていることからもお分かりになられる通り、先の構想はありますし続きを書くつもりもありはするのですが、書くとしていつ投稿されるかは不明です。
それもまた気分転換代わりに書くことになるかと思いますので。
更新するにしても、気が付いたら更新されてる、的な感じになるかと思われます。
ともあれ、これで一旦完結にはありますが、そういうわけなので時折気が向いた時にでも再び覗いていただけましたら幸いです。
それでは、またお目にかかれることを祈って。
失礼します。




