後始末
ナナとティナ以外の全てを吹き飛ばしたその場所で、カイルはナナの本体である翠色の球体を見下ろしながら溜息を吐き出した。
上手くいって何よりだ、と。
上手くいくと確信が持てたからやったのではあるが、やはり冷静になると安堵の感情が強く出てきてしまうのは仕方がないだろう。
何せ完全にぶっつけ本番だったのだから。
正直に言ってしまえば、ティナに頼まれたあの時、カイルにはぶっちゃけ打つ手がなかった。
まあ、あったのならばとっくにやっていただろうから、当然ではある。
だが頼まれてしまったし、頷いてしまったし、冒険をすると決めたのだ。
ならば、打つ手がない程度の状況、乗り越えてみせるしかないだろう。
幸いにして、もっと無理だろうと思えるような状況など幾らでも乗り越えてきたのである。
龍のブレスを斬り裂かねばならない、といった状況に比べれば遥かにマシだ。
さらには、相手をするモノの外見だけであれば、あの時と酷似している。
二重三重の意味でモチベーションは高まっていた。
さてしかし、モチベーションが高ければ何でも出来るというものでもない。
やる気だけで龍のブレスを斬り裂ければ苦労はしないのである。
だからこそ重要なのは、イメージだ。
それと共に思い出すのは、龍との戦闘の日々。
直接間接を問わず、様々なことを教えられたあの日々だ。
カイルが龍と交わした言葉は、実は多くはない。
基本的には何かを与えてきた時に一言二言話したぐらいで、最後のあれは最後だからかそれまででは考えられないようなことだったのだ。
そんな数少ない言葉の中で、カイルは今でも印象に強く残っているのがある。
曰く、自分の成し遂げたいことを強く想い、それを果たす自分のことを明確にイメージしろ、というものであった。
大半の言葉が具体的だったのに対し、それだけは妙に抽象的だったので、印象に残ったのだ。
イメージトレーニングみたいなものだろうか、とは思ったものの、やってみたら確かに何となくそれまでよりも上手く動けたりするようになった気がしたので、それからもずっと実行し続けていたのだが……おそらく正確にはその意味するところは違ったのだろう。
それに気付いたのは、自分の力を大体把握出来るようになった頃のことだ。
明らかにおかしかったからである。
世界が違う。
身体が違う。
似ているようには見えるが、多分世界の法則も違う。
それらの時点で前世の知識を基にして考えるのは間違っているのかもしれないが……それでも、これだけの力をカイルが有しているのは道理に合わなかった。
確かにこの五年間、カイルは死に物狂いというか実際に十万回以上死にはしたが、その程度で釣り合いが取れるようになるほど龍という存在は安くはあるまい。
ならばと思い浮かんだのが、先の言葉だ。
そして、試練の間からここに来るまでの間に聞いた魔法の話も思い返される。
封印が解かれたこともあり、ティナ達からは魔法について今までよりも少しだけ詳しい話を聞けるようになったのだが、それによれば魔法とは、現実の書き換えだという。
本来起こらないはずの現象を、それが可能となるように法則やら何やらを一時的に書き換えることで、実現させているのだ。
それに必要な要素は主に二つ。
想像と魔力だ。
自分が起こそうとしている現象のことを強く思い描き、それが現実に起こるということを正確に想像する。
まさに龍が言ったのと同じことだ。
魔力は実際に世界を書き換える際の燃料となるもので、これは魔法を使うことの出来ない者でも持っていることが多い。
魔導具を使うのにもまた、魔力を必要とするからだ。
つまり結論を言ってしまえば、カイルは魔法に似た現象を発現させていたのではないか、ということである。
それが可能であるのか、ということは議論に成りえない。
事実成果が出てしまっているのだから、それしかないだろう。
厳密には違うのかもしれないが、似たようなものであるならば問題はない。
故にカイルは、自身を信じ、ただ成し遂げたいことのみを思い描いたのである。
自分の望む物だけを斬り裂く、自分達の邪魔をする全ての者を切り払う斬撃を。
その結果がこれであった。
ナナが元に戻ったのは正直予想外ではあったが、思い描いたものを考えればそれも当然だったのかもしれない。
最も邪魔だったのは、きっとその何かであったから。
しかし何はともあれ、これで大団円だ。
あと残っていることは、一つだけである。
「さて……じゃあ、後始末といくか。覚悟はいいか?」
容赦をしないとは、既に伝えておいた通りだ。
地面に転がっている翠色の球体へと向け、カイルは剣を構え、振り上げる。
それを目にしたティナ達は――何の反応もしなかった。
ただカイルのしようとしていることを、ジッと見つめているだけである。
「ちぇっ……うろたえすらしない、か」
「残念ですが、わたしはもうカイルさんのことを心の底から信じていますから」
『私はどちらかと言えば何をされても仕方がないと思っている、というところですが……それもある意味では信じていると言えるのでしょうか』
「はいはい、分かったよ……まったく、頼もしくなってくれたもんだ」
溜息を吐き出しながら、目を細め、球体のその奥へと視線を送る。
そして――
――目が合った、と思った。
これはまた素晴らしいと、良いものを見る事が出来たと、ウェズリーが喝采と共に祝福を送っていた時のことだ。
向こう側からは見えていないはずなのに、間違いなく彼はこちらのことを見て、捉えていた。
何をするつもりなのかとは思っていたが、まさか、と思う。
ああ、それこそまさかだ。
彼が先ほど披露したのはまさに絶技ではあったが、そんなことは不可能である。
状況からある程度推測が可能だとはいえ、そこにいるのかも定かではないというのに――
「っ……!」
だが理性がそれ以上のことを考える前に、身体が動いた。
本能が警鐘を鳴らしているそれから逃れるために、必死になって、一秒でも早くその場から離れねばと――
「……なるほど、ですネー」
ウェズリーがふと覚えたそれは、納得であった。
自分の本能が先ほど感じたものが何かを理解する前に動き出していたのだが……そこでようやく、ウェズリーはその正体に至ったのだ。
それは、死の恐怖であった。
これまで一度も覚えた事がなかったもの。
魔王を前にしてさえそうだったので、てっきり自分はそこら辺が壊れているのだろうかと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。
「新発見ですネー。素晴らしいですネー。……問題は、もうそれを活かす事が出来ないことですがネー」
さすがのウェズリーも、上半身と下半身を分断されてしまったら、生き延びることは出来ない。
次々と流れていく血と共に、何か生きるのに必須な何かも流れていくようで、なるほどこれが死かと納得する。
そして無様に床に這いつくばりながら、もう一つだけ、思った。
「……これは私の負けですネー」
心底からの思いと共に、溜息を吐き出す。
研究者が、最後まで結果を見届けずに、我が身可愛さから逃げ出したのだ。
それが敗北以外の何だというのか。
「……思っていたよりも、ずっと悔しいものですネー」
負けた事がではなく、彼らの行く着く先を見届ける事が出来ないのが、何よりも悔しい。
死の恐怖などというものよりも、それをもう見ることの出来ないことの方が何百倍も悔しかった。
今回目にした以上のものを、興味深く楽しいものを、もっと沢山見せてくれただろうに――
「……ああ、無念ですネー」
そんな、溜息のような言葉と共に、ウェズリー・レッドグレイヴの意識は、永久の闇の中へと沈んでいったのであった。




