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ナナ

 苛烈な攻撃の前に晒されながらも、ナナも微塵も諦めてはいなかった。

 ただ勝機を掴むため……その先にあるものを手にするために、足掻く。

 そうしなければ、大切なものは簡単に掌から零れ落ちてしまうのだということを、ナナはそれこそ身を以て知っていたから。


 現代には名が残っていないようではあるが、ナナ――第七秘蹟使いが生まれたのは、帝国と呼ばれる国であった。

 周囲とは隔絶した文明を持つ、当時世界で最も栄えていた国。

 おそらくは、全ての面において世界中の他の国々を敵に回したところで圧勝しただろう国だ。


 しかしいくらそんな国であろうとも、当然と言うべきか万能ではない。

 実現不可能だったことや、理解不能だったことというものは幾つか存在していた。


 そしてその中でも最も研究者達の頭を悩ませていたものというのが、他でもないナナだ。

 何せ、意味が分からない。

 ビー玉のような球体に魂が宿った経緯が、ではなく、そんなものに宿っていながら精神崩壊を起こしていないことこそが、理解出来ないのだ。


 ナナはそこら辺のことをカイルに誤魔化したが、ナナの魂は人のそれである。

 本来はきちんと人としての肉体を持っていたのに、とあることが原因で現在の球体へと宿らせることになった元人間。

 それがナナこと第七秘蹟使いの正体だ。


 故にナナは、人間であった頃の記憶を持っている。

 ただし、それを自分のものだと認識しているかは話が別だ。

 よく似ているだけの他人、あるいはよく見知っている誰か。

 ナナのその人物に対する認識は、そんなものであった。


 その原因を、研究者達はナナが一度死んだからだろうと結論し、ナナもそれで間違いないと思っている。

 そう、ナナは……あるいは、ナナの元となった人物は、一度死んだのだ。


 とはいえ、ナナは生き返ったわけでもない。

 死者の蘇生は、当時の帝国でも実現不可能だったことの一つだ。

 ではどういうことなのかといえば、それはナナが死んだ状況に原因がある。


 ナナが死んだのは、実験の最中であった。

 魔法の実験であり、その対象者はナナ。

 ナナは魔法を使う事が出来るのだから、それそのものは不思議ではないが……しかし同時に、それは今だからこそ言える事である。

 ナナが魔法を使う事が出来るということは、その少し前に初めて分かったことであったのだ。


 そもそも魔法を使えるようになる時期というものには、個人差がある。

 その才能が目覚める時期、とでも言うべきものは、個人の差によって大分差があるのだ。

 たとえばティナなどは物心がつく頃には自然と使えていたし、成人する頃にならないと使えなかったという者もいる。


 その差は才能から来るのだと言う者もいたし、環境の差だと言う者もいたが、差があったということだけは事実だ。

 そしてナナは比較的発現するのが遅かったため、発見されるのもまた遅かったのである。


 もっとも、その理由の一つに、ナナは帝国生まれではあるが、あまり帝国にいなかったというのも大きいだろう。

 ナナの父親は冒険者であり、その父親に連れられる形で、一年のほとんどを他の国や旅の中で過ごしていたのである。


 冒険者、という言葉は現在も存在しているが、当時の冒険者は現在のそれとは少々違う。

 当時も魔物は変わらずいたが、現在に比べると大人しいものがほとんどだったのだ。

 故に退治の依頼などが出ることもほとんどなく、当時は冒険者と言えばほとんど旅人と似たような扱いであった。


 国と国の間を気ままに歩き回り、気楽に他国へ行くことは出来ない人達から依頼を受け、生活を成り立たせる。

 そんな、どこか風来坊のような者達のことだったのだ。


 ナナもそういった生活をしていたために、発見が遅れたわけではあるが、それには帝国がどうやって魔法を使うことの出来る者の存在を知っていたのか、ということが関係してる。

 当時魔法を使う事が出来た者達はその全てが帝国に存在していたが、それは偶然ではない。

 第一秘蹟使い(・・・・・・)である『未来』の魔法を使うことの出来る彼女が、その魔法で以て未来で魔法を使っていた人物を特定、確保していっていたからである。


 その魔法は一年程度であれば大半の出来事を見通す事が出来たが、さすがに効果範囲というものがあった。

 都度場所を移動してはいるもののナナも移動を繰り返しており、また発現する時期が遅かったこともあったがために中々引っかかる事がなく、ナナが成人した頃になってようやく見つかったのである。


 その時点でナナは魔法を使う事が出来るようになっていたのだが、本人としては完全に無自覚であった。

 というのも、ナナの魔法特性が特殊だったからだ。


 魔法を使うことの出来る者――秘蹟使いには、それぞれ特性というものが存在している。

 即ち、どんな種類の魔法を使えるか、ということだ。


 先の『未来』の彼女であれば、文字通り未来を見通す魔法を使う事が出来た。

 そして調査の結果分かったナナの魔法特性は、『魂』。

 これまた文字通り自分や他人の魂を扱うことの出来る魔法である。


 ナナが周囲の気配を感じ取ったり物を探す事が出来るのはその応用だ。

 気配ではなく実際には魂を感じ取っているだけであり、ある程度使用した物というのは僅かながらに魂が宿るため、それを感じ取ることで物を探っているように見せていたのである。

 ちなみに方角に関しても、似たようなものだ。


 しかしそれは今だから出来ることであり、当初は具体的に何が出来るのかもが完全に手探り状態であった。

 理論的にはこんなことが可能なのではないか、という推測はなされていたものの、中々実証することは出来なかったのである。


 何故ならば、事は魂に関わることなのだ。

 試して失敗しました、では話にならない。

 慎重に慎重を期す必要があった。


 そんなわけで、ナナが初めて実験に臨むこととなったのは、魔法が使えるということが発覚してから実に二ヶ月以上が経ってからのことである。

 その間ナナは新しく出来た年下の友人に旅をしている間のことなどを話していたりしてたので暇ではなかったのだが、ようやくか、という思いは確かにあった。

 ナナは自分が魔法を使えるということが嬉しかったのである。


 世界を旅していたナナは知っていた。

 帝国が他の国とは隔絶したような環境にあったことを。

 周囲から見ればまるで天国のような場所だったことを。

 皆が羨み憧れていたことを。


 帝国が栄華を極めることとなったのは、秘蹟使いを独占することが出来たからだ。

 彼ら彼女らの力を借りることで、発展していく事が可能になったのである。


 そしてそれは、周囲からは羨ましがられるようなことではあったが、周囲へ恩恵も与えていたのだ。

 大規模転移などはその典型例で、だから帝国は過度な恨みを買うようなこともなかった。


 そういったことを知っていたからこそ、ナナは思ったのだ。

 ナナは自分の住んでいるこの世界のことが好きだったから。

 自分が魔法を使えるようになることで、もっと世界が楽しくなって、世界に笑顔が増えるのではないかと。


 だからだろうか。

 ナナは年下の友人とこんな約束を交わした。

 彼女もまた魔法を使えるということは、知っていたから。


 ――自分達がこうやって笑いあっているように、いつの日か世界中の人を笑顔にしてみせましょうね、と。


 ナナが実験を行い、命を落とすこととなった、その前日のことであった。


 ナナが実験することとなった内容というのは、魂の移植だ。

 帝国が滅び(・・・・・)、さらには千年先には人類も滅びるという事態にあって、それを回避するための秘策を実現するためのものであった。


 最初から危険性の高いものであったのは、そういった切羽詰った状況だったからだ。

 どちらか片方であったならば、きっともっと簡単な実験から行っていたはずである。

 しかし今の彼らには、そんな悠長なことをしている暇などはなかったのだ。


 だがその結果が、完全なる失敗である。

 自身の魂を一時的に移植する実験だったはずが、移植先で反応することもなければ、魂が戻ることもなかったのだ。

 そのまま彼女の肉体は急速に命を失っていき、延命処置すらも間に合わず完全な死を宣告された。


 そして。

 次の瞬間、彼女の、彼女であったはずの声が、思念が、その場にいた全員の頭に響く。

 その発信源は、彼女を模して作られた移植先ではなく、第二秘蹟使いが冗談でその場に持ち込んでいた、彼曰く二度と再現することの出来ない最高傑作からだったのであった。


 そうして、かつてナナであった少女は死に、今のナナとなった何かは生まれた。

 少なくともナナ本人は、自分のことを何かだと思っている。

 人であった頃の記憶を持ち、人を変わらぬ思考をするけれど、決して人ではない。

 彼女以外の全ての人が彼女のことを人だと認めようとも、それだけは頑なに肯定しようとはしなかった。


 そんなナナが、それでも人の為に行動を取っていたのは、本人曰く記憶を模していただけ、とのことである。

 そもそもナナは、自分一人では何も出来ないのだ。

 動くことすら出来ず、周囲をある程度見回すことぐらいは出来るが、それだけ。


 彼の錬金術師曰く身体はほぼ不滅らしいし、寿命があるのかも不明だ。

 そんなあるかも分からない死を待ちながらひたすらに思考のみを続けるほど、ナナは物好きでもなかったのである。


 あとは……僅かな縁があったから、だろうか。

 ある意味ではそれは、かつての自分の責任でもあったから。


 第一秘蹟使いへと成り果ててしまった小さな友人だった少女を手伝うことにしたのだ。


 それはナナの本心で……少なくとも、本日までは本心からだったのだと思っていた。

 だがどうやら、ナナは自分でも思っていた以上に、かつて自分だった記憶に影響を受けていたようである。


 かつて友人で、再び友人となった少女と交わした約束があった。

 それは世界中の人々を笑顔にするという約束。

 それは、いつか世界中を共に旅しようという約束。

 果たせるはずだった、果たしたかった、それ以外にもあった様々な約束。


 世界中を常に旅していた彼女には、顔見知りは多くとも、実は友達なんて一人もいなかったから。

 初めての友達と交わした約束を、どうしても守りたかったのだ。


 その身体になってからは一度も感じることのなかった痛みを、かつて最後に感じたのと同じような身を引き裂かれるようなそれを覚えながら、それを強く思い出し、感じ取り。


 だから。

 カイルを殺すことに決めたのだ。

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