命の価値
意外といけるもんだなと、カイルはその場に降り立ちながら、そんなことを思っていた。
地面を壊したことではない。
そんなことは、ナナから話を聞いた瞬間に試していた。
だから問題だったのは、その先にあったものだったのだ。
「……随分と乱暴なのね。というか、よく壊せたわね? ここは空間的に隔離していたはずだけれど」
「まあ、確かに最初に見た時はどうしたもんかと思ったけどな」
そう、ティナが落ちたというあたりの地面を壊してみると、その先には確かにポッカリと穴が開いていたが、そこに入ることは出来なかったのだ。
その穴の上に立ってみたところで落ちることはなく、まるで透明な板でもそこに存在しているかのような状態になっていたのである。
だがその場所のことははっきりと見えていたし、不思議と声も届いていた。
ならば全力でぶっ叩けばいけるのではないかと思い試してみたら、意外といけた、ということである。
「出来たことも驚きだけれど、試したことも驚きね。明らかにおかしな状況なのだから、普通はもっと警戒するはずなのだけれど」
「いや、さすがにちょっとは様子見てたぞ? でもいけそうだと思ったからな」
『おや? 私の目には、ティナ様が流した涙を見てカッときたように見えておりましたが?』
「やかましい、黙ってろ」
それは確かに事実ではあるのだが、事実だからといって何でも言っていいわけではない。
右のポケットを軽く叩き、強引に黙らせた。
直後に届いた不満じみた思念を無視し、前方に意識を向けるも、カイルはそこで僅かに眉を潜める。
『それ』が、少しだけ意外そうな顔をしていたからだ。
「あら、あなたも来たの……少し意外ね」
『……見ての通り、囚われの身ですから。来たくて来たわけではありません』
「人聞き悪いこと言ってんじゃねえよ。むしろそのまま放っておくよりはマシだろうっていう親切心からの行動だろうが」
さすがに地面に転がったままではアレだろうと、ナナの本体は今、カイルのズボンの右ポケットに入っている。
確かに見ようによっては囚われているとも取れるかもしれないが、人聞きが悪すぎだろう。
「というか、お前らが知り合いっぽいのは予想通りではあるんだが、何だ……仲悪かったりするのか?」
『向こうがどう思っているのかは知りませんが、少なくとも私は好きではありませんね』
「ふーん……多分アレはこの試練の間とやらを作ったやつの残留思念かそういった類のもんだと思ってるんだが、それでもか?」
『結局本人であることに変わりはありませんから』
「それもそうか。じゃあ、アレにあの姿をいい加減やめろって言って欲しかったんだが、無理か」
アレが何を考えているのかは不明だが、今取っている姿はカイルの母代わりであるルイーズのものだったのである。
姿を変えられるようなのだから、別の姿を取ればいいものの……嫌がらせなのでなければ、もしかして気に入ったのだろうか。
『ふーむ……あの姿をやめろ、とは?』
「ん? ああ、アレって俺の母親の姿だからな。正直気分が悪い」
『母親、ですか……?』
「正確には、母親代わりだけれどね。でも、そうつれないことを言わなくてもいいじゃないの。あなたも久しぶりに見る姿なんだから、甘えてきてもいいのよ?」
「ふざけろ」
そもそも、ここに飛び込んで来たはいいものの、カイルがどう動くか若干の迷いがあるのは、アレがあの姿を取っているせいだ。
他の姿、特に野郎の姿であったならば、例え自分の姿であろうとも問答無用で斬り捨ててとっととここから脱出したものを。
もしもそれを想定しての姿であったのだとすれば、実に見事な嫌がらせである。
「ま……とりあえずアレはいいか。無視すればいいだけだしな。ところでティナは、大丈夫か? アレから嫌がらせされてないか?」
「……え? あ、はい……そうですね、確かに嫌がらせはされましたが、大丈夫です」
「二人して私の扱いが酷くないかしら? 私は公平に試練を行っているだけだというのに」
「自業自得って言葉知ってるか? ま、ともあれ大丈夫なら何よりだ。じゃ、帰るか」
「帰る、ですか……?」
「ああ……帰るだとちょっとおかしいか。何処にってなるしな。まあとりあえず、ここから出ようぜってことだ。もうここには用ないしな」
『……まだティナ様の試練は終わっていないようですが?』
「そうね、勝手に出られては困るのだけれど?」
その言葉にカイルは、肩をすくめた。
別に困られたところで知ったことではない。
何より――
「ティナはもう試練を受けないんだぞ? なら出てったところで勝手だろ?」
「え……あの、その、カイルさん……?」
「途中からだが、話は聞いてた。だから、人類を救うには、どうやらお前が死ななきゃならないようだってことも知ってる」
そう言った瞬間、ティナの肩がビクリと震えた。
その顔に、怯えにも似たものが浮かぶ。
だがそれを見て、カイルは再度肩をすくめた。
今のでティナが何を思ったのかは分からないが……それはきっと見当違いのものだ。
「人類全てと、ティナ一人。なるほど確かに、天秤に載せるまでもない話だ。人類全て程度で、ティナの命に吊り合うわけがないからな」
「……え? えっと、その……カイルさん、逆ではありませんか……?」
「ん? 何でだ? 有象無象とティナ、どっちが大切かなんて、分かりきった話だろ?」
「……っ!?」
言葉に詰まったティナの顔が徐々に赤く染まっていくが、カイルは三度肩をすくめてみせる。
いや、恥ずかしいことを言っているという自覚はあるが、それでもそれは事実だ。
顔も知らない大勢が、顔を知っている誰かに優先されるわけがあるまい。
というか――
「……それは本気かしら?」
「本気に決まってるだろ? 一人の少女が命を犠牲にしなければ、人類は救えない? クソ食らえだ。そんなことをしなけりゃ生き残れないってんなら、人類なんて滅べばいい」
そんな人類になど、価値はない。
少なくともカイルは、価値を見い出す事が出来ない。
滅ぶというのならば、勝手に滅べというのだ。
こっちはこっちで、好きに抗わせてもらうだけである。
『……誰かに聞かれましたら、狂人かと疑われるような言葉ですね』
「かもな。だが少女を犠牲にして生き残ることを肯定するようなやつらの方が、もっと狂ってるだろ」
『そうですね……私もそう思います』
「おいおい、いいのか? 狂人扱いされるぞ?」
『構いません。少なくとも私は、友人を犠牲にしてまで生き残りたいとは思いませんから』
「……そういえば、あなただけは唯一、この計画に最後まで反対していたわね」
『ええ、そしてそれは今も変わっていません。傍観者でしかない私には、止める権利すらありませんでしたが』
そんなことはないと思ったが、ナナはナナで、きっと色々とあるのだろう。
そこはきっと、カイルが口を挟めることではない。
「ま、ともあれ、そういうわけで俺はティナがこの試練を止めるってのは大賛成なわけだ。で、どうやらティナはやりたくないみたいだからな。なら、これ以上続けさせる理由がないだろう?」
「…………そう」
呟きの言葉が漏れた瞬間、明確な殺気が叩きつけられた。
先ほどまでも薄っすらと感じてはいたものの、完全に意識を切り替えたらしい。
意思の弱い者であれば、それだけで気を失いそうな殺気の中、ティナが小さく息を呑んだ音が耳に届いた。
「でもそれは認められないし、認められるわけがない」
「さっきも言ったが、知ったこっちゃないな。勝手にそっちだけでやっててくれ。俺達を巻き込むな」
「巻き込むも何も、その娘が中心なのだけれど……まあいいわ。どちらにせよ、ここは空間的に隔絶している。出ようと思っても出られない……と、言いたいところだけれど、先ほど天井部分を破られてしまっているのよね」
「ああ、出してくれないってんなら、またぶっ壊すだけだ。空間的に隔絶してるってことは下手したらどっか変な場所に吹っ飛ばされそうだが、まあその時はその時だ。ここにいるよりはマシだろ」
「そう……では仕方ないわね。実力行使といきましょうか」
言った瞬間、それの指が鳴らされた。
渇いた音が響き――直後、それを飲み込むほどの、巨大な音が響き渡る。
それは、虚空から巨大な物体が現れ、着地した音であった。
全長は五メートルほどか。
全身を白銀色で輝かせる、人型の物体。
目にするのは初めてだが、おそらくそれは――
『ゴーレム……それも、その輝きからするとミスリルゴーレムですか。確か彼の作品の中でも、相当上位のものであったはずですが……』
「ええ、その中の一つを借りておいたの。見た目から分かるとは思うけれど、コレは相当強いわよ? 何せ巨大な上に頑強だし、それがそのまま攻撃に変わるのだもの。さすがに魔王軍の幹部を相手にするのは厳しいでしょうけれど、雑多な魔物であれば幾らでも相手に出来るでしょうね。さあ……あなたはコレに勝てるのかしら? 運命に逆らおうというのだから、それには相当の――」
――一閃。
それだけで、跡形もなく消し飛んだ。
あまりの呆気なさに、カイルは溜息を吐き出す。
「相応の……何だって? 悪いな、最後まで聞いてるのが面倒だからとっとと終わりにさせてもらった。というか、これのどこが相当強いって? しかもこれで巨大とか、冗談だろ? せめて龍と同じぐらいの大きさを持ってきてから言ってくれ」
『それはさすがにカイル様の基準がおかしいだけですが……それにしても、相変わらずですね。ええ、カイル様の非常識っぷりを、改めて実感した気分です』
「いや、非常識は言いすぎだろ」
『まだご自分のことを理解しておられないようですね? ミスリルとは人類が精製出来る中で最高と呼ばれる金属ですよ? そのミスリルで全身が作られたゴーレムを一瞬で消し飛ばすなど、それが非常識ではなくて何が非常識だというのですか?』
そんな言い合いをしながらも、カイルはまだ気を抜いてはいなかった。
終わったと思った瞬間に追撃を仕掛けるのは基本だからである。
だが次の瞬間に起こったのは、カイルにしても予想外のことだった。
叩きつけられていた殺気が、あっさりと消えたのである。
あまりの諦めのよさに、怪訝にすら思うほどだ。
「なるほど……これはどうしようもないわね」
「いやにあっさり引いたが……まだ何か企んでるのか?」
「これだけのものを見せられて、企めるわけがないでしょう? 認めるわ。あなたは確かに、相応の力を示してみせた」
「つまり、ここから出るのを認めてくれるってことか? まあ、無理に出ないで済むなら、それに越したことはないんだが」
「ええ、構わないわ。けれど、その前に一つだけ、言わせてもらうわね」
そう言うや否や、それは両手を持ち上げた。
咄嗟にカイルが構えるが、そのことを気にするような素振りを見せることはなく――
「おめでとう。これで試練は合格よ」
両手を叩きながら、そんなことを言ってきたのであった。




