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10万と59回の死 2

 翌日、日の出と共にカイルは死んだ。


 日の出の前に起きてはいたのだが、再開といったところでどうすればいいのか悩んでいたら、小屋ごと消し飛ばされたのである。

 なるほどこういうことかと納得したのは、その後で三十回ほど連続で殺された後のことだ。


 それからも殺され続け、その数が二百を数えたところでその日は終わりを迎えた。

 殺されるのに秒も必要ないのにその程度で済んだのは、対抗できたからではなく、カイルが蘇るのには多少の時間が必要らしいからである。


 そしていつの間にか元通りになっている小屋へと戻り、いつの間にか手に入れていたらしい書物を与えられて喜び勇んで徹夜で読みふけり、いつの間にか日の出となっていたために、再び小屋ごと消し飛ばされて死んだ。

 さすがに反省したために、読書は時間を区切るようにはしたものの……そんな毎日を、もう五年も繰り返している。


 だが無意味に続けているわけではなかったというのは、この動き続けている身体が示す通りだ。


 確かにカイルはただの村人である。

 前世の知識があるだけの凡才だ。


 しかしカイルは前世の頃、所謂作業ゲーは得意だったし、むしろ好きだったのである。

 RPGでは、それぞれの街で最強の装備が手に入り周辺の敵を無双できるようになるまでレベル上げを繰り返していたし、むしろ可能であれば最初の街で最大レベルに上がるまで雑魚敵を倒し続けていた。

 純粋に反射神経などが要求されるアクションゲームは苦手ではあったが、死んで相手の動きを覚えるタイプの覚えゲーならばそれもまた得意であり……要するにこれは、そういったものだったというだけのことなのだ。


 もちろんゲームだと思っているわけではないが、下手に痛みを覚える前に死ぬというのもよかったのだろう。

 どうせ死ぬか生きるかしかないのだから、遠慮なく全力で出来たということだ。


 とはいえ、当然と言うべきか、他にも要因はある。

 龍とは一日の終わりに一言二言程度言葉を交わすことがあったのだが、その際アドバイスのようなものをしてくれたこともあれば、こちらから質問のようなものをすることもあった。

 その中で知ったのだが、どうやら龍は基本的に技術などを磨くことはないようなのである。


 単純に力や速度が凄まじいため、磨く必要がないのだ。

 むしろ磨くのは、一撃一撃の鋭さと正確さである。

 龍の攻撃は全てが一撃必殺であるが故に、必勝パターンさえ磨いていけばそれで十分、ということだ。


 だがだからこそ、その攻撃は常にワンパターンである。

 それさえ掴み、対応しさえすれば、あとは難しい話ではない。


 何せ10万と39回目の挑戦なのだ。

 凡才でもそれだけ繰り返せば、この程度は嫌でも出来るようになる。


 それに、おそらく龍は加減をしていた。

 カイルが今身につけているものを見れば、それがよく分かる。


 両手に籠手と、胸当てにブーツ、さらには一振りの剣だ。

 全てあの村にいた頃には持っていなかったものである。

 ここに来て龍と戦闘を繰り返すたびに少しずつ与えられたものだ。


 籠手をもらったのは、龍の攻撃を初めて捌けた日のことである。

 捌けたはしたのだが、その衝撃だけで腕がボロボロになってしまったのだ。


 それを見てこのままではどうしようもないと思ったのだろう。

 寝る前に籠手が与えられた。


 拒否する事がなかったのは、どうしようもなかったのは事実だからだ。

 才がないのであれば、利用できるものは全て利用する必要がある。

 ありがたく受け取り、そのおかげで何とか一撃では死なずに済むようになった。


 胸当てとブーツを貰ったのは、初めて龍に一歩踏み込めた日のことだ。

 龍の攻撃を捌きつつ踏み込み、次の一撃を捌いた瞬間、全身がバラバラになった。

 近付いたことで威力の増した龍の一撃の余波に、身体が耐え切れなかったのだ。


 それに耐えるための胸当て等ということである。

 それでもしばらくは辛かったものの、龍の攻撃を受け続けてれば非才の身でも慣れるようになるのか、そのうち問題なく耐えられるようになった。


 そして剣を貰ったのは、初めて龍に一撃を叩きこんだ時のことである。

 叩き付けた拳が、次の瞬間吹き飛んだのだ。

 人の身で龍を傷つけることが出来るわけもないので、妥当であった。


 だからカイルが剣を手に取ったのは、それ以外に手段がなかったのと、そもそもカイルは村で魔物を倒していた時、剣を使っていたからである。

 龍が来た時は傍らに置いていたため咄嗟には手に取れず、持ってくることは出来なかったのだ。

 もっとも持ってきていたところで、龍に通用していたかと言われれば、否ではあろうが。


 ともあれ、こうしてカイルが龍と戦えているということは、半分以上は龍の手引きによるものなのだ。

 龍の攻撃に対応出来ていること自体はカイルの努力の成果でも、全てがカイルの成果によって果たせていることではない。


 だが、先に言った通りだ。

 利用出来るものは全て利用する。

 その果てに勝利があるというのであれば、望むところであった。


 龍の力を使ってでも何でも……この手で以て、龍に勝利する。

 それに勝るようなものを、これほど心が躍るようなものを、カイルは他に知らなかった。


「はあぁぁぁぁあああああ!」


 その心が言葉になったように、声が口から漏れた。

 それでも動きに淀みはない。

 的確に適切に動き、一歩ずつ勝利への糸を手繰り寄せていく。


 どれだけ心が高ぶっていようとも、それを間違えることはない。

 あるわけがない。

 龍と戦えるということで、龍が満足してくれるまで戦ってくれるということで、どれだけカイルが喜んでいたと思っているのだ。


 こんな極上の代物を、たかが己の歓喜程度で台無しにするわけがないだろう。


 ――冒険がしてみたい。


 それはカイルが前世の頃、ゲームを通して常に思っていたことであった。

 いい大人がと言われることは分かっていたから、他人に言ったことはなかったけれど、ずっと思っていたことなのだ。


 彼らのように見知らぬ街を歩いてみたい。

 彼らのように、必死になって、決死の様子で、それでもと顔を上げ、未知の化け物共と命懸けの勝負をしてみたい。

 その果てに龍なんかと戦うことが出来たら最高だ。


 あるいは、やろうと思えば幾らかは前世の世界でも可能だったのかもしれない。

 しかしそれをやるにはカイルは臆病すぎて、何よりも歳を取りすぎていた。


 だがこの世界ではそうではない。

 というか、今現在進行形でその望みが叶っているのだ。

 それを楽しまずして、何を楽しめというのか。


 そんな思考に同調するかの如く、一歩、今までよりも深く身体が踏み込み、腕を振り抜いた。

 とはいえ力が入りすぎたわけではない。

 こうしなければ丸焦げとなっていたからだ。


 瞬間、後頭部の真後ろを獄炎が走る。

 龍が放ったブレスだ。


 しかしそれは五回前に食らったものである。

 今更食らうわけもない。


 さらに一歩を踏み込み、腕を振るう代わりにもう一歩。

 真横を龍の爪が迫っていたが、それはそのまま身体をすり抜けていった。


 幻術だ。

 四回前に引っかかったものであり、ついでに三回前に食らったブレスが眼前を通り過ぎ、それが消え去る前にそこへと飛び込む。


 後方で轟音が響き、二回前に受けた尻尾の一撃が不発に終わったのを悟る。

 残っていた炎が軽く身体を焼くが、この程度は耐え切れるものであり、多少焦げ臭い匂いがした直後に、視界が晴れた。


 迫っていたのは、振り下ろされた龍の腕。

 だが。


「それは、前回見た……!」


 叫ぶと同時、左腕を叩き込んだ。


 龍から驚くような気配を感じたが、カイルはそこで口角を吊り上げる。

 なるほど確かに、龍と正面からやりあえば、こちらが一方的に吹き飛ぶだけだろう。


 ――しかし、一度だけならば耐えられるというのは、既に実証済みだ。


 左腕から嫌な音が聞こえるも、何の問題もない。

 そのまま、最後の一歩を踏み込む。


 そこにはもう、何の障害もなかった。

 そしてカイルが見つめるのは、ただの一点のみ。


 書物で読み、また実際に龍にも尋ねたことだ。

 逆鱗の位置が言い伝え通りなのかと、それが龍の唯一の弱点だというのは本当なのかと。

 返答は、双方共に是。


 視線の先、あごの下にある一枚だけ逆さに生えている鱗がそれだ。


 一瞬の逡巡すらもなく飛び込み――


「――っ!?」


 驚いたのは、剣を突き出そうとした瞬間、そこに炎の壁が現れたからであった。


 先ほどの残り火などとは比べ物にならないということを、即座に理解する。

 このままいけば、間違いなくカイルは焼き尽くされるだろう。


 だが、迷ったのは刹那の間もなかった。

 確かにカイルは焼き尽くされるかもしれないが、龍から渡されたこの剣だけならば、そこを超えることが出来るかもしれない。

 ならば、それで十分だ。


 覚悟と共に、渾身の力で以て腕を突き出す。

 その勢いのままに、カイルの全身が焼き尽くされ――なかった。


「――なっ!?」


 そして、突き出した剣が逆鱗に突き刺さるということもなかった。

 眼前の炎の壁が消え、また同時にカイルの手の中の剣も消えていたのだ。


 呆然としながらカイルは着地し、だがすぐさま見上げると、睨みつける。


「どういうつもりだ……!? まさか――」


 直前で臆したわけじゃないだろうな、と続けようとしたが、それよりも先に龍が言葉を発した。

 それも、呆れたようなそれを、だ。


『どういうことも何も……やはり貴様気付いていなかったのか』

「……気付いていなかった? どういうことだ?」

『ふんっ……東の空を見てみるが良い』

「東の……?」


 眉を潜めながらも、言われた通りそちらへと視線を向ける。

 自然と視界に映った光景に目を細め――直後に、見開いた。


「…………あ」


 それは、日の出(・・・)であった。

 その意味するところを理解し、呆然とした声を漏らす。

 

『ようやく気付いたか。そうだ、日の出と共に我と戦い続けた貴様は、ついに日の出が再び訪れるまで我と戦い続けることに成功した。つまり貴様は、我と戦って一日を(・・・)生き延びることが出来た、ということだ』


 それは完全に予想していなかった結果であった。

 カイルはひたすらに、龍が満足するような一撃を加えることだけを考え続けていただけなのだ。


 それなのに、まさか――


『故に、貴様にこう告げよう。――おめでとう、貴様の勝ちだ、とな』


 呆然としながら、昇り始めたばかりの陽を眺めつつ、カイルは龍のそんな言葉を耳にしたのであった。

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