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試練の間

 穴を抜けた先にあったのは、石造りの回廊であった。


 何処となく魔王城のそれを思い出すが、あれよりも狭く、また明るい。

 昼間のような、とまでは言えないが、少なくとも日の届かぬ室内とは思えぬほどの明るさだ。


「これは……壁が光っている、のでしょうか?」


 と、後ろからやってきたティナが、周囲を眺めながらそんな言葉を呟く。


 そしてどうやらそれは事実であるようだった。

 明るいのは、壁そのものが発光しているからなのだ。


「ふむ……ティナが驚いてるってことは、そっちで日常的に使われたもんじゃないのか」

『私もこれは見た覚えがありませんね。まあ、彼女達はそれぞれで研究を行っており、その成果を試練の間に活用していたという話ですから、これもきっとそのうちの一つなのでしょう』

「彼女達、か……そういえば、詳しく聞いてはいなかったが、それって結局誰のことなんだ? ティナの協力者みたいな立場のやつらってのは分かるんだが」

『そうですね……協力者という意味で言いますと、数え切れないほどの人達がいるのですが、私が口にする『彼女達』というのは、そうですね……ティナ様や私の仲間、あるいは同類といったところでしょうか?』

「同類……それって」

『はい。魔法を使うことの出来た者達、という意味です』


 その言葉にカイルが首を傾げたのは、幾つかの疑問が湧いて出たからだ。

 だがそれを問いかける前に、周囲を眺めながら告げる。


「それはまた興味深い話が出てきたもんだが、とりあえず先に進むか。魔物の気配は感じないし、話をしながらでも大丈夫だろう」

『そうですね。先ほども言いましたが、ここの正式名称は試練の間と言います。文字通り中に入った者へと試練を課し、封印の解放を託すに相応しい者達であるのかを問う場所ではありますが、その内容はそれぞれ異なります。そしてここの試験内容は、武力を問うものではなかったはずです』

「では、何を問う場所なのですか?」

『――心のあり方です』

「まーたふわっとしたもんが出てきやがったなぁ……まあなら一先ずそういうことで、行くか」


 そう言うや否や、カイルは無造作に歩き出した。


 本当に心のあり方などと問おうとするのであれば、構えたところで無駄だ。

 むしろ無意味に疲弊するだけな可能性が高い。


 なので周囲を眺め、一応警戒はしておくものの、必要最低限に抑えておく。

 そうしながら、先に覚えた疑問を口にした。


「で、さっきの魔法を使うことの出来た者達って言葉だが、それを聞くとまるで魔法を使えた人達が少ないように聞こえるが?」

『実際少なかったですからね。ティナ様を含め、当時魔法を使うことが出来た者達は合計で七名です』

「七人って……絶滅寸前じゃねえか。魔法が失われたのは、古代文明が崩壊したからって聞いてたが、もしかしたらあんま関係ないのか?」

『関係あるかと言えば、おそらくは関係あるかと思います。その古代文明というものが具体的に何を示すのかは不明ですが、当時最大の文明を築いていたのは私達でしたことを考えれば、私達のことなのでしょう。そして彼女達は全員が私達の国に身を寄せていましたから……』

「文明の崩壊と魔法を使えるやつらの全滅はほぼ同義ってことか……っていうか、そもそも何で崩壊したんだ? 最大の文明を築いてたんだろ?」


 それは神にたずねたところで、教えてはもらえなかったことの一つであるらしい。

 というか、聞くところによれば、むしろ神は教えてくれたことの方が少なかったようだ。


 神と一言で言っても、この世界に存在していたのは一柱だけではない。

 それぞれの神はそれぞれで立場を異にしていたようだが、それでも人に積極的に関わろうとはしない、という点では一致していたようだ。

 知識の伝播などもそこには含まれ、余程のことでなければ口をつぐむことの方が多かったとのことである。


 しかしそれは、神に頼ることなく、人だけで生きていくことが出来るよう人の成長を促すためであったらしい。

 事実神がこの世界から去ったのは、人はもう神の加護がなくとも生きていけると判断したからという話だ。


 ともあれ、古代文明や魔法に関して未だ分かっていないことが多いのは、そういう理由によるものであり――


『いえ、私もティナ様も、崩壊したであろう時には既に眠りについていましたから。その原因を知るすべはありません』

「ああ、それもそうか。崩壊してからじゃ無理だもんな」


 生き証人から何か重大な情報でも聞き出せるかもしれない、とは思ったものの、さすがにそう甘くはないか。

 だがそう思ったところで、ふと気付く。


「あれ、ていうか、もしかして崩壊してたってことを知ったのも今が初めてか?」

『いえ、それに関しては、眠りにつく前から知ってはいました』

「……ん? どういうことだ?」

『以前にも少し触れましたが、私達の同類、七人の秘蹟使いの中には、未来を覗き見ることの出来た者がいましたから。やがて崩壊の時が訪れるということは分かっていたのです。原因が分からないがために、避けようがないことも。と言いますか、だからこそ私達が眠りについたのです。様々な情報が失われてしまうことも分かっていましたので、それを保全可能な私と、人類滅亡の未来を回避するために最善の人材と判断されたティナ様が』

「まーたなんかさらっと新しい言葉混ぜやがったな? でもそれによって一つ疑問が解決したか」


 七人の秘蹟使い、という言葉は初めて耳にするものだ。

 しかしカイルは秘蹟使いという言葉そのものは聞いていた。


 それはもう、一月近い前のことだ。

 ナナが――当時はまだその名が付けられていなかった『それ』が、自己紹介をした時のことである。


 ――第七秘蹟使い。

 名前がないと言った彼女が、唯一それらしい、他と区別するためのものだと告げた言葉だ。


 まあそこから、名前がないのは不便すぎるだろうということで、カイルが名前を考え、結果安直にナナということに決まったわけだが――


「やっぱりというか、お前も魔法を使えたわけか」

『そうですね。私がカイル様よりも先に魔物の気配を捉えることが出来たのも、魔法を使っていたからですから』

「ああ、道理で。一キロ先まで捉えられるとかどれだけだよとは思ってたが……」


 それはいつだったかナナが口にし、そして実際にその通りだったことであった。

 以前からもちょくちょくカイルが気付く前にナナが気付き、随分と感知能力が高いとは思っていたものの、その件以後は警戒は主にナナに任せ、カイルは最低限の警戒だけをするようになったのだ。

 昼間カイルが寝ている間にナナに見張りを頼んでいたのも、その一環である。


 とはいえ、感知能力が高いとは言っても限度があるだろうと思ってもいたのだが……魔法を使っていたからだと分かれば納得であった。


「ふむ……後で他にはどんなことが出来るのかも聞いといた方がよさそうだな」

『そうですね……もしかしたら他にもお手伝い出来ることがあるかもしれませんし。ですが、この話は一旦ここで止めにしませんか?』

「そうだな」


 その言葉に異論はなかった。

 だが別に、何か警戒するようなことを発見したというわけではなく――


「これ以上はティナが拗ねるかもしれんしな」

『はい。ティナ様が寂しそうにしていますから』

「えっ……!?」


 唐突に話を振られるとは思っていなかったのか、慌てたティナがわたわたとし始める。

 その姿に、思わずカイルは噴き出した。


「べ、別に寂しそうとか、そんなこと……って、またからかいましたね……!?」

「いや、すまん、つい」

『ついです』

「ついじゃないですよ……! と言いますか、カイルさん最近わたしのことをからかうこと多くないですか……!?」

「いや、実はティナをからかうと意外と楽しい、ってことに最近気付いてな」

『分かります』

「気付かなくていいですし分からないでもいいです……!」


 そう言って顔を赤く染めるティナに肩をすくめると、肩を揺らしながらカイルは先を進む。

 後ろからティナの怒ったような、拗ねたような声が聞こえるも、苦笑を浮かべる。


 今のは冗談半分ではあるが、ナナとの会話を止めたのは一応本当にティナのことを考えたからでもあった。

 昔のことであったり、分からないことを聞く場合、どうしてもナナとのみ話すことになってしまうからである。


 それでもティナの前でそうした話をするのは、ティナにも意味のあることだからだ。

 ティナの記憶は失われているわけではなく、言ってしまえば関連付けに失敗している状態である。

 記憶が、知識がそこにあることは分かっているのだが、それを探し当てることが出来ないのだ。


 記憶や知識の書かれた本の詰まった本棚が目の前にあるが、それぞれの本の背表紙に書かれた本のタイトルが読めない状態、といったところか。

 そしてその本棚の本は、本のタイトルが分からないと取り出すことが出来ないのである。


 だからティナに、こういった本のタイトルがあるということを教え、その内容に少しだけ触れさせれば、あとは自分でその本を取り出す読めるようになるのだ。

 カイルがナナと話をしているのは、その切欠作りのため、というわけである。


 もちろん、自身の好奇心を満たすため、という側面があるのも否定はしないが。


 ちなみに、ティナが魔法を自発的に使えるようになったのも、魔法というものの存在とそれを自分が使えるということを知ったからである。

 魔法というタイトルの本があるということを知ることで、それを読めるようになったのだ。


 そしてそれはきっと、ティナの持つ役目というものに関係がある。

 あの状況でナナが魔法に関しての情報を開示したのも、きっとそのためだ。


 でなければ、まだ魔法に関しては伏していてもよかったはずである。

 まだ詳細を聞けてはいないものの、一言で魔法とは言っても各々に得意分野のようなものがあるようだ。

 ティナが具体的にどんなことが出来るのかは分からないが、それでも自発的に魔法を使えるとなれば色々と便利にはなるのは確かだろう。

 それは既に証明されている。


 だがその分だけ、あるいはそれ以上に、厄介事と面倒事を運んできてしまう可能性が高い。

 既に喪失してしまった魔法というものには、それだけの価値と意味がある。


 だから必要がなければ、ナナは魔法について話さず、いい感じに誤魔化していたはずだ。

 それが出来るということぐらい、一月も共にいれば分かる。


 そもそも、そうでなければティナである必要性がないのだ。

 ティナが選ばれた以上は、必ずどこかにその必然性がある。

 カイルの知らないティナの特異性が他にもあるのかもしれないが、それがティナの魔法である可能性は高いだろう。


 具体的なことに関しては、試練とやらを乗り越えなければきっと分からないのだろうが――


「もうっ、お二人して……」


 しかしそれよりも先に、お姫様のご機嫌を治さねばならないようだ。

 完全に自業自得ではあるので、苦笑を浮かべながらも声をかける。


「いや、悪かったって。この詫びに……そうだ、今度最も美味い部位をこっそりやるから」

「こっそりって……誰に対してなんですか?」

「ん? んー……ナナとか?」

「無理ですし意味もないじゃないですか……本当にもう。ですが仕方ありませんから、それで手を打つとしましょう」

「ははー、ご配慮有り難く」


 などとそんな馬鹿なことを言い合って、顔を見合わせると互いに笑みを浮かべた。


「さて、それじゃあそろそろ気を取り直して……って言いたいが、本当にここ何も起こらないな」

「そうですね、試練が始まる様子もないですし……」


 先ほどからずっと歩き続けているのだが、周囲の様子に変化があるわけでもなく、何かの気配を感じるわけでもない。

 何も起こらず、試練とやらが本当に起こるのかすらも怪しくなってきていた。


「実は既に試練が始まってる、なんてことはないのか?」

『それはないかと。試練はそれと分かる形で始まるはずですから』

「ううむ……じゃあティナ、何でもいいからここで感じることとかないか?」

「はい? 感じること、ですか?」

「ああ、ここは要するに、お前のために作られた場所だろ? なら何か感じることはないかと思ってな」

「そうですね……何か、ってほどのことでもありませんが、何となく懐かしさのようなものは感じるかもしれません」

「懐かしい、か……」


 それは何とも言えないところであった。


 確かにここがティナのために作られたのであれば、ティナ達にとって最も馴染み深い時代の建造物だということだ。

 懐かしさを覚えても不思議ではない。


 とはいえ、それは千年経ったという実感を持っていればの話である。

 ずっと眠り続けていたティナからすれば、千年前のことだろうとついこの間の出来事のように感じるはずなのだ。

 人里を訪れたことがあるならばともかく、今はひたすら旅を続けているだけ。

 実感を覚えるほどの違いを感じることは出来ていないのではないかと思うのである。


 だがそうなると、何故懐かしさを感じるのか、ということになるが――


『ティナ様がここを懐かしいと思うのは、私達が眠っていたところと似ているからかもしれませんね。ティナ様はあまりあそこを目にしていないはずですが、無意識の内に、というところでしょうか』

「ほぅ……? そうなのか?」

「……確かに、何となくですが、ずっといた場所、安心出来る場所、といった感情に近いものを覚えている気がします」

「ふむ……ちなみに似てるってのは、構造的な話か? それとも、そこも洞窟っぽいとこの奥にあったのか?」

『いえ、あそこは森の奥にあったため、そういう意味では異なりますね。ただ、構造的には似ていますし、見た目もそこそこ似ています。あそこは壁が光るなんてことはありませんでしたが。あとは、役割的な意味でも、でしょうか』

「役割って……そこも試練の間とかいうとこだったってことか?」

『厳密には異なりますが、似たようなものだとは言っていいでしょう。試練は試練でも、ティナ様を連れ出すに相応しい相手かを試すものではありましたし、結局不発ではありましたが』

「不発?」

『はい、ティナ様が目覚めたと同時に発動する予定だったものですから。さすがにあれごと持ち去られるのは想定外でした』

「まあ、普通想定は出来んわな」


 仮にカイルがそれの仕様を決める場にいたとして、そんなことを言い出すやつがいたら考えすぎだといったことだろう。

 褒めるつもりはないが、そんなことを考え実行に移すとは、さすが魔王軍といったところか。


「ふーむ……しかしということは、懐かしいって感覚は何かのヒントには使えそうにないか」

「……すみません」

「謝る必要はないさ。ただの思いつきで言っただけだしな」

『そうですね。責められるべきはそんなことを口に出したカイル様かと』

「いや、否定はしないがな……」

『ああ、それとついでと言うわけではありませんが、先ほどのカイル様の言葉は間違いですね』

「ん? さっきの言葉って、どれだ?」

『ここがティナ様のために作られた場所、というものです。確かにそれも間違いではありませんが、厳密にはここはティナ様達に試練を与える場所ですので。そういう意味では、ティナ様だけのために作られたわけではありません』

「……そういや、さっきも達って言ってたし、その可能性は高いだろうと思ってはいたが……やっぱ試練ってのは俺も受けるのか」

『はい、そもそもティナ様一人では受けられないようになっていますから』

「え、そうなんですか? では先ほどわたし一人だけが転移してしまっていた場合はどうなっていたんですか?」

『先ほどの場所でティナ様は待機し、カイル様がティナ様を探し当てることになっていたでしょう。それもある意味では試練の一部ですから』

「クソ仕様すぎんだろ」


 というか、罠過ぎる。

 どんな初見殺しだ。


 と、そんなものに引っかからずに済んで安堵の息を吐いていると、ようやく周囲に変化が生じた。

 幾つ目かになる曲がり角を曲がると、目の前にはそれまでと同じような回廊ではなく、大きな広間が広がっていたのだ。


 そしてその中央付近には、一つの人影があった。

 自然とカイルの足は止まるが、直後その目を大きく見開くこととなる。


 何故ならば、こちらを振り向いた、その顔が――


「……は? え……母、さん?」


 非常に見覚えのある、見知ったものだったからであった。

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