鍵と役目
「ふむ、これが、か……一見するとただのゴミにしか見えんな」
『そうですね、私も一度も見過ごしてしまいましたからね』
「ふふふ、わたしが気付いたんですよ? 凄いでしょう?」
「ああ、素直に感心する。幾ら見知ったものだとはいえ、こんな状態になってたら普通は気付かないからな」
『はい、さすがはティナ様だと思います』
「……あの、そこで本当に褒められてしまうと、その、困ってしまうんですが……」
そう言いながら視線を彷徨わせ、頬を染める少女のことを微笑ましく思いながら、カイルは手元のそれへと視線を向ける。
黒ずんでいて、ゴミにか見えないが……丁寧に擦ってやれば、中からは銀色の輝きが見えた。
「なるほど……間違いなさそうだな。これが、『鍵』、か……」
『はい。試練を受けるための……即ち、ティナ様の記憶を元に戻すために必要なものです』
「ふむ……偶然立ち寄って、偶然供養しようと思ったからこそ見つかったもの、か……中々幸先良さそうだな」
『そうですね。そもそもコレを見つけたからこそ、私もカイル様に全てを話そうと思ったのですし。本当はここまで話すのはもう少し先、せめて北端に着いてからにしようと思っていましたから』
「そりゃ本当に僥倖だな」
運命という言葉は正直あまり好きではないのだが、ここまでおあつらえ向けな状況が用意されているとなると、さすがにその言葉を思い浮かべざるを得ない。
だがそう思った直後、カイルは首を横に振った。
これを運命だなどと考えたくはない、というのもあるが、何よりもカイルがここにいるのはあの龍のせいなのだ。
そしてあの龍が運命などに従うだろうか。
全力で逆らい殴り飛ばすに決まっているだろう。
ならばこれは全て偶然で、自らが選び取った結果である。
これからもそうなるに違いない。
と、そんなことを考えていると、不意に視線を感じた。
そちらに顔を向けてみれば、ティナが何かを言いたげにこちらを見つめている。
「どうかしたか?」
「いえ、その……本当にいいんですか? これはわたしの……わたしだけの都合で……」
心底申し訳ない、とでも言いたげな顔に、カイルは溜息を吐き出すと肩をすくめた。
今更何を言うのか、という話である。
「既に言ったし、前にも言っただろ? 責任は果たすってな。確かにティナの都合になるのかもしれないが、それを作り出したのは俺の責任だ。なら、ちゃんと果たすさ」
何となくそうなのではないかと思ってはいたが、ティナの記憶に障害があるのは、正規の手段を取らず無理やり目覚めさせてしまったから、という話であった。
ティナには役目がある。
そのためにこそ、千年もの時を渡る決意をした。
ティナの入っていたあの培養槽は、内部の時を止める効果を持っていたのだそうだ。
それによって、当時のまま千年の時を過ごすことを可能とする。
そんな機能を持っていることもあり、あれはほぼ正規の手段以外で壊す手段はない。
ただし、不可能でもない。
カイルがやってしまったように、その耐久力を超える威力を加えれば壊れてしまうのだ。
そしてその時のために、セーフティをかけた。
ティナが役目の為以外に悪用されてしまわないように、敵の手に渡った際に知識を奪われてしまうことのように。
最悪の場合を想定して、正規の手段以外で目覚めた場合は、知識を正しく引き出す事が出来ないようにし、さらには一部の記憶に至っては封印してしまうことにしたのである。
そう、ティナは今でこそナナの協力によってある程度の知識を引き出すことを可能としているものの、それにも限度があるのだ。
それをどうにかするには、封印を解かなければならない。
さらには、封印はナナにも作用しているとのことだ。
封印を解かなければ、ナナもまたそれに関する記憶は思い出せないようになっているらしい。
それもまた、悪用されてしまうことを防ぐための処置だそうだ。
ティナに役目があるように、同行しているナナにも役目がある。
それはティナのサポートであり、情報などに関してはナナの方が詳しいほどだ。
千年経ったということが分かることや、本来の目覚めより早いのが分かるのもその一環であり、ナナを放っておいたら片手落ちになってしまうのである。
そういった理由により、封印されている記憶は、主に役目に関わるものだ。
つまり、ぶっちゃけ役目さえ無視してしまえば問題ないと言えば問題ないのである。
が、どうやらそういうわけにもいかないらしい。
ティナが役目を果たさなければ、人類が滅亡してしまうからだ。
今から千年前、未来を予知することの出来る魔法を使えた者が視た、絶対不変の未来であったらしい。
どれだけ未来を変えようとしても、それだけは絶対に変わらなかった。
だからこそ、ティナを送り込むことで変えようとしたのだ。
そう言われてしまえば、納得せざるを得ない。
それに何より、ティナが乗り気だったのだ。
肝心なところは封印されているし、分からないことも多いけれど、それでも彼女はやると言ったのだ。
ならばそれを止めるのは無粋というものだろう。
故に、カイルも協力すると申し出たのだ。
今までも責任などと言いつつ、なあなあな感じで協力をしてきたものの、はっきりと口にした形であった。
それはカイルが、覚悟を決めた証でもある。
最後まで付き合うと、カイルは決めたのだ。
正直ナナには、これ以上責任を感じる必要はないとは言われた。
確かにカイルのせいでティナは目覚めることになってしまったが、むしろあのままの方がまずかったとも言われたのだ。
人類を滅亡させる、ティナ達の敵は、他でもない魔王であるから。
だからアレは好都合でもあったのだ。
ナナが強く止めなかったのもそのためである。
連れ出してくれるのであれば、それに越したことはなかったのだ。
そうして、ここまで連れてきてくれた。
それで十分だと、そう言われたのだ。
ティナにも同じようなことを言われ、だがカイルは既に決めた後であった。
そうかそれはよかったとは思うものの、カイルが原因となったことに変わりはない。
結果的にはよかったのかもしれないが、それはそれ、これはこれ、なのだ。
そもそも、このままでは人類が滅ぶと言われてしまえば、放っておくわけにもいくまい。
ティナ達の失敗は、人類滅亡と同義なのだ。
協力しないでいられるわけがない。
「ま、それに、これもまた前に言っただろ? 俺の望みにも合致してるってな」
人類を救うための旅など、何と心躍るフレーズか。
そんな冒険があると目の前に見せられて、仲間外れにされてたまるかという話である。
「望み、ですか……確かに以前にも言っていましたが、具体的にそれが何なのかは教えていただけていませんよね? それって一体何なのですか?」
「あー……そうだな。……まあ、機会があったら教えてやるよ」
言わなかったのは、何となく恥ずかしかったからでもあるし、若干不純な気もしたからだ。
彼女達は真剣に人類を救うために、千年先にやってくることさえ厭わなかったというのに、冒険がしたいから、という動機でそれに同行するなど。
もちろんカイルはカイルで真剣だし、そこで諦めるということもないのだが。
ともあれ。
「ま、とりあえずそういうわけだから、ティナが気にする必要はない。俺は俺で、やりたいからやってるんだ。むしろ置いて行こうとしたところで、勝手についていくからな?」
「何ですか、それは……もう。ですが、はい、分かりました……これ以上は言いません。カイルさん、改めてこれからもよろしくお願いします」
「ああ、こっちこそな」
そうして、何となく互いに見つめあい……不意に、コホンと、咳払いをするような思念が届いた。
『えー、良い雰囲気なところ申し訳ないのですが、話を先に進めさせていただいてもよろしいでしょうか?』
「い、良い雰囲気とか、そんなんじゃありませんよ……! 全然……! そ、そうですよね、カイルさん……!?」
「ふむ、そう力強く否定されると、それはそれで悲しいんだが……まあ、ティナがそう言うんならきっとそうなんだろう。残念だが……」
「か、カイルさん……!?」
頬を赤く染め、素っ頓狂な声を上げるティナに、思わず軽く噴き出す。
ほぼ同時に、同じような思念も届き、それでティナもからかわれていると気付いたようだ。
その頬が大きく膨らむ。
「むむむ……二人してわたしをからかいましたね……!?」
「いや、悪い悪い。ついな」
『申し訳ありません。つい、です』
「つい、ではありません……!」
怒るというよりは、拗ねたような声に笑みを漏らし、しかし息を一つ吐き出すと気分を切り替える。
気分転換ののんびりとした空気はここまで。
ここからは、真剣な話である。
「さて、んじゃそろそろ話を戻すが……これが鍵だってのは分かったが、これを使う場所が何処にあるのかは分かるのか?」
コレを見つけたのは、先に述べていたように遺品を捜していた最中だったのだという。
そこでティナが鍵だということに気付き、遺品とは別に保管していたらしい。
だが当然ながら、鍵というからには、それに応じた鍵穴がある。
即ち、使う先だ。
『コレがどこの鍵なのかということと、ここが何処なのか、ということが分かれば私でもある程度は分かるかと思いますが、今はその必要はありません。それは一種の魔導具であり、相応しい者が持つことでその先へと導いてくれるのです』
「ふむ……相応しいっていうと、ティナか。でも最初に手に取ったのはティナじゃなかったっか?」
『あの時は煤のようなもので覆われていたからかと。それを渡せば、おそらくは大丈夫でしょう』
カイルの手元には、銀色に輝く少し大きめの硬貨のようなものがある。
鍵とは言いつつも、実際に鍵の形をしているわけではないらしい。
これを使う先に行くことで、ティナの記憶の封印はようやく一部解かれる。
封印は幾つかあり、その全てを解かなくては完全にはならないらしいのだ。
しかも、封印を解くにはその場所に行くだけではなく、試練と呼ばれるものを受ける必要もあるとか。
まったく以て手間ではあるが、仕方があるまい。
それはそれで冒険らしいな、とか思っているのは秘密である。
ともあれ。
「んじゃ、ティナ。これ」
「はい。それにしても、導くとはどういう意味なのでしょうか」
「魔導具の一種だってことは、これが光って向かう先を指し示したり、向かうべきが脳裏に浮かんだりするんじゃないか?」
そんなことを言いながら、ティナへと鍵を差し出し――
『あ、カイル様。そのままティナ様の手を握っておいた方がよろしいですよ?』
「は……?」
ナナの言葉が聞こえ、鍵がティナの手に触れた、その瞬間であった。
鍵を中心にして、唐突に周囲に光が溢れたのである。
余計なことを考えている暇はなかった。
先ほどのナナの、忠告なのかよく分からない言葉に反射的に従い、ティナの手を掴み――そして。
次の瞬間、視界が完全に白で染まり、全身の感覚が消失したのであった。




