食事
まあ、当然と言ってしまえば、当然な光景ではあった。
何せここは未だ、魔王の勢力圏内。
即ち、魔王が最も強く影響力を発揮し得る場所である。
そんな場所で人類が生き残っていることは有り得ないし、その痕跡に関しても同様。
それはここに至るまでそれらのものが一つ足りとも発見できていない時点で明らかだし、そういったことから考えると、ここにこれほどの痕跡が残っているのは奇跡的ですらあるのだ。
しかしそれこそが、カイルがあそこで……村の外れで、墓用の穴を掘っていた理由でもあった。
ここは酷い有様ではあるが、それでも村だと判別出来る程度の残骸は残っている。
家の原型を留めているものはなかったが、それらの破片などであればそれなりに残っているのだ。
そして、同じように人の残骸とでも言うべきものもまた、そこら中に残されていたのである。
「カイルさん……? どうかしましたか?」
「ん? ああ、いや……飯食い終わったら、早く弔ってやらないとと思ってな」
「そうですね……いつまでも野ざらしにされたままでいるのは、可哀想ですし」
「ああ。こうして、恩恵にもあずからせてもらってるわけだしな」
言いながら器に口を付け、ふと気付く。
そういえば――
「器と鍋があって、スプーンみたいなのはなかったのか?」
「おそらくあったのだとは思うのですが……この二つの器も、偶然使えるものが見つかったんです。他のものは一部が砕けていたり、粉々になっていたりしましたから。その中にあった可能性は高いと思います」
『あるいは私が見逃している可能性もあるとは思いますが……その場合、地中の石などと区別が付かない状態になっているということですので、探すのは難しいと思いますね』
「いや、別にないってんならないで構わんさ。串を使えば十分食えるしな。ふと思っただけだから気にしないでくれ。ちなみにそういうのは?」
「他の遺品と同じように、一箇所に纏めてあります。一応見つかった場所ごとに、ある程度分けてはありますが……」
「まあ、そもそも見つかった骨がどこの誰だか分からん状態だしな。そこら辺がごっちゃになったところで、文句言ってくることもないだろ」
「だと良いのですが……」
むしろ文句を言ってきてくれるのならば、正確に分けることが出来るので望むところなのだが、さすがにないだろう。
この世界はファンタジーな世界だし、魔物の中にはゴースト系という幽霊そのものなものも確かに存在している。
だがあくまでもそれは、魔物に成り果てたからこそ、存在していられるのだ。
幽霊はそれなりに身近なものではあるものの、人のままで留まるには、魂というものは脆すぎるのである。
それこそこんな場所に留まっていたら、魔物の餌にしかならないだろう。
「ま、そういうのを考えるのは、実際に埋葬を始めてからでも十分だろ。俺が言った言葉が切欠になったような気もするが、それよりも今は飯を食っちまおうぜ。折角ティナが作ってくれた美味い飯があるんだからな」
『カイル様も、随分とそういう軟派な台詞をさらりと言えるようになりましたねえ。最初の頃は空気を和ませようとして無理に言おうとした結果、別の意味で和んでいましたのに』
「やかましい。そういう人の恥ずかしい過去は忘れるか、せめて口に出すんじゃねえよ」
「くすっ……分かりました。そもそも、先にご飯にしましょうと言ったのはわたしですものね。今は先に食事を済ませてしまいましょう」
「ああ。自分達を放っておいて、って思われるかもしれないが、そこは勘弁ってな」
「はい。施しの精神は大切ですが、それも自らの充足があってこそですから」
「分かってるって。だからこうして飯を先に食ってるんだろ?」
実のところ、カイルは最初、穴を掘り終わった後は、そのまま埋葬まで行うつもりであった。
だが。
死者を慈しみ、尊ぶ心があったところで、自らの腹が膨れていなければ、そちらに意識を取られ、結果的におざなりになってしまうかもしれない。
ティナにそう言われ、一理あると思ったからこそ、カイルは思い直したのである。
死者を心の底から弔いたいが故に、先に食事を取ることを選択したのだ。
そして必要なのは充足であることを考えれば、急いで食べたところで意味はない。
味わい、満足してこそ、死者へと十分な気持ちを向けられるのだ。
ゆっくりと、存分に食事を楽しみながら、大きく息を吐き出した。
「うぅむ……それにしても、美味いな」
『……それほど、ですか? 万感の思いを込めたが如く言われますと、さすがに気になってきますね』
「そうだな……正直なところ、人生で最も美味い食事なんじゃないかと思えるぐらいには美味い」
「さすがにそれは大袈裟すぎるとは思いますが……それでも、確かに美味しいですよね。自画自賛になってしまうようで、アレですが」
「いや、そこは自信を持っていいんじゃないか?」
『そうですね、カイル様がここまで褒めるのは、ティナ様の腕あってのことでしょう』
「いえ……それはどうなんでしょうか。わたしがやったことは、単純なことでしかありませんし」
「そんな単純なことすら出来ない俺からすれば、十分過ぎるほどなんだがな」
そもそもカイルが穴を掘っていたのは、純粋に力仕事がカイルの仕事だったというのもあるが、どちらかと言えばカイルが料理が出来ないから、という要素の方が大きい。
というのも、実際にはティナも力仕事はやっていたからである。
先ほどからちょくちょく話題に出ているものの、カイルが穴を掘っている間、ティナは食事を作るだけではなく、この村の人達の遺品を捜すこともやっていたのだ。
地面を掘るようなことはしないまでも、家の残骸をある程度退け、そこに何かないかを探すのはそれなりの重労働である。
それをカイルがやらなかったのは、単純に追い出されたからだ。
食事の準備と共にこちらは自分がやるからカイルは穴を掘っておいてくれと、ティナに頼まれたのである。
とはいえ、そこでカイルが素直に穴掘りに向かったのは、穴掘りなど簡単に終わるだろうと思っていたからだ。
百個とはいえ、穴を掘るだけである。
さっさと終わらせてしまい、遺品探しをカイルが、料理をティナに任せようと思っていたのだ。
甘かった。
いや、穴を作るだけならば、実際簡単に出来たのだ。
試しにある程度の力を込めて地面を殴ってみれば、楽に穴は誕生した。
しかし明らかにそれは、でかすぎたのである。
何せ先ほど掘っていた百個の穴、その全てを収容可能なほど大きさだったのだ。
全てを纏めではなく、一つ一つ丁寧にということに決め、だから百個としたというのに、これではただのアホであった。
かといってその大きさで百個作るのは、それはそれでまた別のアホだ。
仕方なくその穴を一旦埋め、今度はちょうどいい大きさにしようとするも、これが思いのほか神経を使う。
日常生活を送る程度ならばともかく、ある程度の力が必要とされる場合、カイルはその加減がいまいち苦手なのだ。
実は料理が苦手というのも、それが関係している。
前世では主に三種の神器に頼りきりであったし、今世では孤児院時代は母代わりが、龍に連れ去られてからは龍が用意してくれていた。
自分で料理の腕を振るうという機会はまるでなかったのだ。
だが二人旅ともなればそんなわけにはいかないだろうと、旅を始めすぐの頃に挑戦してみたのだが……結果から言えば、食材の消滅と共に地面に半径十メートルほどのクレーターが出来た。
以後、ティナからは料理は自分がすると言われ、カイルも料理はしないと心に決めたのである。
ティナはそれが穴掘りにも適用される、ということを最初から読んでいたのだろう。
カイルはツルハシのようなものを見つけ、何とか適度な穴を掘れるようになったものの、無駄に神経を使うことに変わりはない。
百個の穴を作るのは相応に時間がかかり、ティナはその間に遺品の捜索どころか、料理の準備まで終わらせてしまった、ということであった。
閑話休題。
『……そもそもカイル様のは、料理の腕とかそういう問題の以前のような気もしますがね』
「いや、それは否定しないが、ティナの料理の腕は明らかに上がってきてると思うぞ? 最近では一口大に切られてるかと思ったら、繋がってた、なんてこともなくなったしな」
「それは料理以前の問題な気がするのですが……いえ、わたしのことではあるのですが。そもそも、このスープ以前のものは料理と呼べるかも怪しいですし、正直このスープにしたってそうです。美味しいのは、単にこの肉そのものが美味しいからでしょう。わたしも確かに最近では飽きてきてしまっていましたが、最初に食べた時は、焼いただけだというのにとても美味しく感じましたから」
「ああ……確かに俺もそうではあったな。これなら高級食材とか呼ばれるものがあるのも頷ける、とか思ってたし」
最近では飽きが来てしまっていたが、その時のことはきちんと覚えている。
これで最大の懸念は解消された、という思いと共に。
ティナ達と旅をする上で、当初最大の懸念であったのは、食料であった。
カイルはほぼ着の身着のままで龍に連れ去られ、さらには放り出されたのである。
食料など持っているわけがない。
ティナに関しては言うまでもないだろう。
となれば現地調達しかないわけだが、何せここは魔王の勢力圏内だ。
人里などがあるわけがなく、まともな動植物も期待出来ない。
だが一つだけ、期待できるものはあった。
それこそが、魔物だ。
この世界で魔物の肉を食すという考えは珍しいものではない。
しかし同時に一般的でもないのは、魔物を倒すという行為自体が危険であるためだ。
魔物を忌避するが故などではないため、機会さえあれば普通に食すし、中には珍味や高級食材扱いだったりするものもある。
カイルも孤児院にいた頃は毎日のように魔物の肉、というか角ウサギの肉を食べていたし、そのため食料に関してはそれを期待していたのだ。
だがそれでも懸念していたのは、ここが魔王の勢力圏内だからこそである。
ぶっちゃけた話、全身骨だらけのスケルトン系の魔物や、ゴースト系の魔物あたりで溢れているのかと思っていたのだ。
しかしどうやらそれは完全な偏見であったらしい。
巨大猪や巨大怪鳥、あるいは巨大な亀。
それぞれそのものではないものの、外見的には大差がないそういった魔物がここには溢れていたのだ。
しかも一匹につき二メートル強、ものによっては三メートル近いものもあったため、幾らでも肉が取り放題だったのである。
中にはサルのような魔物がいたりと、一部食えそうにないものもいはしたが、少し歩けば別の魔物に遭遇出来たため問題はなかった。
どう見ても角ウサギが束になっても敵わないような魔物達ではあったが、今のカイルであれば歩く肉も同然だ。
ティナからは呆れた目で見られたり、同様の思念を感じたりしたものの、なるほど確かに自分は大分強くなったのだなという自覚と共に、カイルはそれらを狩りまくったのである。
結果的には食いすぎて、飽きてしまったわけだが――
「ま、ティナがどう思うかは自由ではあるんだが、少なくとも俺はこれを再び美味しく食えるようになったのは、ティナのおかげだと思ってるぞ? そして俺にとっては、その事実だけで十分だ。俺には出来なかっただろうことだしな」
『そうですね、私など口出するしか出来ないのですから』
「……それはもしかして俺に対しての当てこすりか?」
『さあ、何のことか分かりませんが? 私が言いたいことは、ティナ様はもっと自分に自信を持つべきだ、ということです』
「ああ、それに関しては同感だな。ティナもっと、自分に自信を持っていい。それだけのことが出来るんだからな」
「それは、その……はい。ありがとうございます」
礼は言ったものの、ティナ自身それを受け入れたというわけではなさそうだった。
何となく、納得がいっていないような顔をしている。
そんな顔を眺めながら、カイルはそっと息を吐き出した。
この一月の間で感じたことだが、ティナは妙に自己評価が低い。
何かを褒めたところで、すぐにそんなことはないと否定しようとするのだ。
まるで、自分は褒められるに値しないとでも思っているかのようですらある。
実際にそう思っているのかは分からない。
ただのカイルがティナに対して抱いている印象というだけだ。
何せ確認しようと思っても、出来ないのだから。
ティナの記憶に関しては、一月前から何一つ変わっていない。
ただ、それに関して積極的に何かしようとしないのは、現状問題がないからでもある。
自身の記憶を認識出来ないだけな以上、行動するだけならば何の支障もないのだ。
その行動を何故したのかや、どういう知識に基づいてのものなのか、などとを聞くと途端に困惑してしまうものの、ならば聞かなければいいだけの話である。
というかそもそもの話、結局この一月、互いに大してろくな話も出来ていなかったりするのだ。
落ち着けてからという話だったが、今まで落ち着けるような場所がなかったからである。
そういう意味で言えば、ここはここ一月の間で、初めて落ち着けるかもしれない場所であった。
理由は不明ながら、この周辺では魔物の姿を見ないのだ。
理由が不明だからこそ、気を抜くわけにはいかないものの、ある程度の話をするぐらいならば可能かもしれない。
そして出来るのならば、するべきだろう。
いい加減、溢れそうなぐらいに疑問は溜まっている。
例えば――このスープとか。
ティナはこのスープを、水と肉と塩で作ったと言っていた。
そこに疑問はない。
問題があるのは、その材料だ。
肉はいい。
カイルが腐るほど狩ったし、今も狩っている。
塩もいい。
これだけ村の残骸が残っているのだから、塩が残っているということもあるだろう。
だが、水は?
一体、何処から調達した。
この近くに水源はない。
それは確認済みだ。
そして唯一水が蓄えられている水袋は、この村に足を踏み入れた時からずっとカイルが持っている。
ティナが使える機会は、ない。
疑問を口に出来る機会があり、その材料がある。
ならば――
「そういえば、料理で思い出したっていうか、実はずっと疑問に思ってたことがあるんだが」
それを実行に移さない理由はなかった。
「はい? えっと……やはりお口にあいませんでしたでしょうか?」
「あれだけ美味いって言ってたのに何でやはりって言葉が出てきたのか小一時間問い詰めたいところだが、今は疑問を解決するのが先決だ。そしてその疑問の中身なんだが……このスープって、どうやって作ったんだ?」
「どうやってスープを作ったか、ですか? あれ? さっき言いましたよね? 水と肉と塩、と」
「ああ、聞いたからこそ疑問なんだ。このスープを作るための水は一体何処から出てきたんだろうな、と」
「……え?」
ティナは、言っている意味が分からない、といった顔をしていた。
しかしそれはそうだろう。
この質問はそもそも、ティナに向けられたものではないからだ。
ティナでは答えられないということを、カイルは最初から知っているのである。
その答えを知っているだろう人物は、一人しかいない。
「あの、その……」
「ああ、紛らわしくてすまんが、実はこの疑問はティナに向けてるわけじゃないんだ。ティナじゃなくて、この疑問の答えを持ってるだろうやつへの問いかけだ。なあ……お前はこの疑問の答えを知っているんだろう――『ナナ』?」
ナナ――自身が名付けた『それ』の名を呼びながら、ティナのローブの右ポケットへと視線を向ける。
一度だけ目にした翠色を射抜くように見つめ……やがて、溜息交じりの思念が伝わってきた。
『……ここでその質問をしますか』
「ここだからこそ、だな。いい機会だろ? 変に疑問を溜めたままじゃあ、充足には程遠いからな。せめて一つぐらいは解決しておかんと」
『まあ確かに、いい機会ではありますか。そろそろティナ様には自覚していただかなければ、とも思っていましたし』
「え、わたしが自覚、ですか?」
首を傾げたティナへの返答はない。
ただし、無言だったというわけでもなく――
『――魔法。それが、スープを作る際にティナ様が用い、水を創り出したモノの名です』
カイルの疑問に対しての返答が、放たれたのであった。




