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村の残骸

「……ふぅ」


 大きく息を吐き出しながら、カイルは思わずその場に腰かけた。

 疲れた、という言葉が自然と頭に浮かび、再度息を吐き出す。


 肉体的な疲労はそうでもないが、精神的な疲労が酷かった。

 何せ、今までずっと墓を掘っていたのである。

 今までやったことのない作業だったこともあり、大分堪えた。


 もっともそれは、そんなことをしなければならなくなった経緯も、大きく関係しているのであろうが。


 しかし、その場でジッと座っていたくなる誘惑を振り払い、あとひと踏ん張りだと自らに言い聞かせる。

 思い切って、立ち上がった。


「……こんなことでへこたれてたら、ティナに笑われそうだしな」


 その顔を思い浮かべ、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 それから、改めて気合を入れ――


「はい? わたしがどうかしましたか?」


 と、聞こえた声に振り返ると、たった今思い浮かべたばかりの顔がそこにはあった。


 不思議そうに首を傾げており、どうやらこちらの言葉は中途半端にしか聞こえなかったようだ。

 そんな少女へとカイルは肩をすくめると、口を開いた。


「いや、ティナはティナで自分の仕事を果たしてるってのに、俺だけが休んでるわけにはいかないって思ってな」

「そうでしょうか……? わたしは仕事と言えるほどのことが出来ているわけではありませんし、対してカイルさんは慣れてもいないことをやり続けているのですから、少しぐらいならば休んでも問題ないかと思うのですが」

「そういうわけにもいかんだろ。これ以上寒空の下に放置しておくわけにはいかないしな」

「それは……はい。確かに、その通りですね……」

「だろ?」


 実際のところ、それもまた本音ではあるのだ。

 というか、そうでなければ、こんなことをしてはいないだろう。


「ところで、ここに来るなんてどうかしたのか?」

「あ、はい……向こうが終わりましたので、何か手伝えることはないかと思いまして」

「もう終わったのか? 思ったよりも早かったな」

『私も手伝いましたからね。褒めていただいてもよろしいのですよ?』

「手伝ったって、どうせ口出しただけだろうに、何でそんな偉そうなんだお前は」

「いえ、手助けをしていただけたのは本当ですよ? 探すていたものを、探し当ててくれたりしましたから」

「ああ、そういや地面に埋まってた遺品とかを探し当てたりもしてたな……何て言うか、時折そいつは妙なとこで役に立つな」

『褒めていただいても、よろしいのですよ?』

「はいはい、よくやったよくやった」


 おざなりに褒めつつ、すぐ傍に立てかけておいたツルハシのようなものを手に取った。

 何となく不満気な思念を感じるような気もするものの、無視である。


「ま、とりあえず、こっちの手伝いは不要だ。あと一つで終わりだからな」

「あ、そうなんですか? では、準備を始めてしまいますね」

「ああ、頼んだ」


 そう言って、踵を返すティナの背を何となく眺めた後で、一つ息を吐き出す。

 一月の間に随分と様になってきたというか、慣れたなと、そんなことを思いながら。

 腕を振り上げると、そのまま地面へと叩き付けた。







 早いもので、魔王城を後にしてから、一月ほどの月日が流れていた。


 そして現在のカイル達が何処にいるのかと言えば、実はまだ魔王の勢力圏内である南端の大陸だ。

 とはいえ、何かやることがあるから留まっているとか、そういうわけではない。

 単純に、大陸の北端にすら辿り着けていないだけだ。


 何せ一つの大陸をほぼ縦断するのである。

 徒歩で移動することを考えれば、その程度は普通に過ぎてしまうのだ。

 もちろんそれは大陸の大きさにもよるのだが、生憎とここはそれなりの大きさなのであった。


 それでも、大雑把な推測によるものではあるものの、おそらくはそろそろ北端へと辿り着くはずだ。

 概算でしかないが、あと一瞬間程度で少なくとも水平線は見えるようになると思われる。


 そんな、これまでの道程を考えれば十分に北端に近付いていると言っていい場所にいるカイル達は、現在とある村へと訪れていた。


「……よし、こんなもんか」


 眼前に作り出した穴を眺め、十分な大きさと深さになっているのを確認すると、カイルは一つ満足気な息を吐き出す。


 それからその場を見渡せば、視界に入るのは合計で百ばかりの、今作り出したものと同じような穴だ。

 先に述べたように、それらは全て墓である。


 カイル達が訪れている村の、全村人(・・・)を埋葬するためのものであった。


「……もしかしたら少ないのかもしれないが、そこは我慢してもらうしかないな」


 そんなことを呟きながら、一つ大きく伸びをする。

 やり遂げた充足感を覚えつつ、念のためもう一度見渡した。


 数え直してみても、やはりきちんと百出来ている。

 ならば問題なさそうだと頷くと、カイルはその場から歩き出した。


 視線を空を向けてみれば、陽はそろそろ中天に達しようとしている。

 ティナが来た時点で分かってはいたものの、ちょうどいい頃合のようだ。


 そんなことを思いながら村の中心部、広場だったと思われる場所へと赴き……思わずカイルは目を瞬いた。

 そこにあったものが、予想外のものだったからである。


「えへへ、驚かせる事が出来たみたいですね。大成功です……!」

『そのようですね。協力した私も一安心というところです』

「……そういえば、妙に自信あり気だったが、こういうことか。よく鍋なんて見つけたもんだな」


 そう、それは鍋であった。

 蓋がされているために中身は見えないが、下に薪のようなものが敷かれ、火にかけている以上、空ということはあるまい。


 それを肯定するが如く、空腹を刺激する匂いがそこからは漂ってきていた。


「はい、村人の方々の遺品を探している時に、偶然。まあ、見つけたのはナナ(・・)さんなのですが」

『褒めていただいてもよろしいのですよ?』

「はいはい、よくやったよくやった」


 褒め方はおざなりではあったが、よくやったというのは本音であった。

 何せ鍋があるということは暖かいものが、料理と呼べるものが食べられる可能性が高いということである。

 正直肉を焼いただけの食事はさすがに飽きてきていたのだ。


 ただ、正真正銘お手柄であり、実際に得意気にしていたティナだが、直後僅かに申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「どうかしたのか?」

「いえ……本当はこれも遺品として埋めるべきかとも思ったのですが……」


 その言葉に、カイルは納得を示す。

 ティナが何を気にしているのかを悟ったからだ。


 とはいえ――


「いや、さすがにこれはいいだろ。明らかにまだ使えるもんだしな。ありがたく使わせて貰ったところで、亡くなった村人も文句は言うまいよ」

『確かに余裕があるのならばそうすべきでしょうが、生憎とこちらには余裕はありませんしね。弔う際の手間賃と考えれば、きっと許してくださるでしょう』

「……そうですね。それに、使わせてもらってしまっている以上、今更ですか」

「というか、これでやっぱり遺品として埋めるとか言い出されたら、俺は暴動も辞さんぞ」

「くすっ、何ですか、それは……。では、仕方ありませんね。カイルさんに暴れられてしまいましたら困ってしまいますし」

「そうそう。そういうことで、っと」


 言いながら手を伸ばし、蓋を開ける。

 そうして現れたのは、期待していた通りのもの――スープであった。


 たちまち溢れた匂いに、カイルはゴクリと喉を鳴らす。


「ああ、もう、子供ではないんですから、もう少しだけ待ってください。すぐによそってしまいますから」

「いや、久しぶりの肉以外のものだったから、ついな」

「まあ、気持ちは分かりますが……」


 そんなことを言いながら、ティナは器にスープをよそい、差し出してくれる。

 それを礼と共に受け取りながら、ふと思う。

 この器もまた、かつては他の誰かが使っていたものなのだろう、と。


 ティナは敢えて言ってこなかったが、これもまたここで見つかったものであることは確かだ。

 だがそこに思うところはあれども、今はありがたく使わせてもらうだけである。


 自分の分を注いでいるティナのことを横目に、その場を見渡すと、ちょうどいい位置に切り株のようなものがあった。

 そこに腰を下ろし、一つ息を吐き出すと、ティナも準備を終えたようだ。

 こちらを見てきたので頷きを返し、二人でほぼ同時に両手を合わせる。


 ただし、同じだったのはそこまでだ。

 ティナはおそらく神か何かへの祈りを捧げているのに対し、カイルは小さくいただきますと呟いただけである。

 前世からの習慣故か、どうしてもこれは抜けなかったのだ。

 孤児院で煩く言われなかったというのも、理由の一つではあるのだろうが。


 そうして、何とかティナの祈りが終わるまでは待ったが、そこが限界であった。

 器を口に持ってくると、最初はほんの少しだけ傾け、舌がその味を認識した瞬間にあとは一気に傾ける。

 貪るように流し込むと、器から口を離し、深く長い息を吐き出した。


「……やっぱあれだな。文明って最高だな」

「スープ一つで文明などと言われてしまうと困るのですが……しかし、我ながら上手くいったとは思いますので、満足していただけたようで何よりです」

「満足も満足、大満足だ。いや、やっぱ人は肉だけで生き続けるのは無理だな」


 自然とおかわりをよそおうとしたティナの手を押し留めると、自分でおかわりを注ぐ。

 先ほどはつい流れで受け取ってしまったが、この程度は自分でやるべきだろう。

 カイルはカイルでやることがあったとはいえ、手伝い一つしてはいないのだから。


 しかしおかわりを注ぎ終わり、座り直そうとしたところで、それを見計らったかのように眼前に何かが差し出されてきた。

 木串に刺さった、いつも通りの肉だ。


「肉か……」

「嫌な顔をしないでください。スープは十分な量を作ったつもりですが、スープだけではお腹にたまりませんよ?」

「それは分かってるんだが、折角スープが飲めるってんだから、まずは満足いくまで飲ませてくれないか?」

「駄目です。何となくカイルさんは、そのままスープだけで済ませてしまいそうですし。それに、食べてみれば驚くと思いますよ?」

「ほぅ……?」


 そう言われてしまえば、試さないわけにはいかない。


 それに実際、このままではスープしか飲まなそうだ。

 一月で随分とこちらのことを把握されてしまったものだ、などと思いながら、ティナから串を受け取る。


 だがざっと眺めてみるも、やはりいつも通りの肉にしか見えなかった。

 これでどうして驚くのだろうかと疑いつつも、肉を一切れ口の中へと放り込み――


「っ……!?」


 確かに、驚くこととなった。

 今まで食べた肉の味と、まるで異なっていたからだ。


 しかし同時に、その理由に思い至る。


「これは、塩、か……? いや、そうか、そもそもの話、塩がなけりゃスープは無味だよな……」


 スープと言えば味がついているのが当然だったので忘れていたが、当然のことだ。

 そしてティナへと視線を向けてみれば、先ほども見たような得意気な顔を浮かべていた。


「ふふふ、どうですか、驚いたでしょう?」

「ああ、驚いた。というか、塩を発見してたんだな」

「はい。本当はスープの段階で気付くかと思っていたのですが、気付いていないようでしたので、ちょっとだけ演出してみました」

「確かにまるで気付いてなかったから、実に効果的だったな。うーむ……俺の目を誤魔化すとは……やるな文明」

「ですから文明は大袈裟ですって」

『ちなみにですが、先ほど手伝ったと私が言っていたのは、塩を見つけることです』

「でかした……!」

『……そう素直にお礼を言われてしまいますと、逆に困惑してしまうのですが』

「今まで聞いた事がないほどの、力のこもったお礼でしたね」

「それだけ感激してるってことだ。素直に受け取っとけ」


 実際かなりの革新だ。

 ナナ(・・)に肉体があったのならば、喜びのあまり抱きしめていたかもしれない。


「ふーむ……それにしても、落ち着いて食ってみると、スープの中に入ってるのはこれ肉だよな? 簡単に解けていくんだが……特別な調理法でもしたのか?」

「いえ、単純に水と肉と塩とで煮込んだだけです」

「それでこれか……塩をかけただけであれだけ美味くなったことといい、飽きたと思ってた肉にもまだまだ可能性は秘められていたんだな。まあそれでも、これを続けてたらやっぱりそのうちまた飽きそうだが」

「実は、食料のようなものも見つけたのですが……食べられるかは怪しかったので、入れませんでした」

「いや、それで正解だろ。この状態で残ってるってことは、食べられないものだってことだろうしな」


 肉とスープを交互に口へと放り込み、喋りながら、その場を見渡す。

 遮蔽物がほとんどないため、村の全貌はここからこうするだけでよく分かる。


 朽ち果てた……いや。

 蹂躙され暴虐の限りを尽くされた結果、朽ち果てらされた、かつては村だった残骸が、そこには広がっていた。

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