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光の軌跡

 分かりきった結末だったはずだった。

 最初から理解していたはずだ。

 なのに自分でも理解できないぐらい、ティナは呆然とカイルが叩きつけられた壁を眺めていた。


『……ティナ様』


 『彼女』がそっと語りかけてくる。

 その意図は明白だ。

 逃げろと、そう言っているのである。


 分かっていた。

 そうすべきであるし、そうするしかない。


 おそらくこの部屋から出れば、男は追って来れないはずだ。

 その後どうするのかはともかくとして、少なくともそうしなければティナは生き残れない。


 しかし、こうも思うのだ。

 生き残ってどうするというのか、と。


 ここが魔王城だということは理解している。

 ここで生き延びたところでろくな目に遭うことはないだろうことも理解している。


 だが、そういうことではない。

 それ以前の問題だ。


 カイルを殺しておきながら、何故自分だけが生き延びようとするのか、ということである。


 死にたいわけでは、もちろんない。

 生きていたいし、やらねばならないことも、きっとあったような気がする。

 けれど……責任は、取らねばならなかった。


 確かにカイルを実際に殺したのはこの男だ。

 しかしその状況へとカイルを追い込んだのは、間違いなく自分である。


 あそこまで戦うことの出来たカイルだ。

 この男がどれだけ脅威なのかということを理解できなかったわけがない。


 ならばそんな様子を見せる事がなかったのは、それでもこの男と戦ったのは、果たして何のためか。

 ティナ以外のどこに原因があるというのか。


 ティナがいなければ、きっとカイルは男と戦うことなく即座に逃走していたに違いない。

 そうすればきっと、カイルだけであれば、この城から無事に脱出することも出来たのではないだろうか。

 あるいはカイルだけならば、男の猛攻を潜り抜けながらこの部屋からだって抜け出せたのかもしれない。


 だがカイルはそうしなかった。

 首を突っ込んだ責任があるからと、それだけのことで、こんな出会ったばかりの女のせいで死んだのだ。

 ならば、ティナにはその責任を取る義務があった。


「……っ」


 そう思いながら男に視線を向けると、男は不自然なほどに静かであった。

 次は自分の番だろうと、死の覚悟をしていたというのに、何の動きもない。

 訝しげに思いながらその様子を眺め――目が、合った。


「――っ」


 嗤った、ような気がする。

 それは一瞬だけ感じてしまった、浅ましい思いを見透かしているかのようだった。

 生き残れるのかもしれないと、そんなことを考えてしまったのを。


 ああ、だがそれはそうだ。

 男が正しい。

 そんなわけがないだろうに。


 男がすぐにティナを殺そうとしないのは、嬲り殺しにするつもりか、それとも死の恐怖をなるべく長く感じさせるためか。

 何にせよ、どうやら男はただ一方的に破壊するだけではないらしく、何らかの意思もあるようだ。


 とはいえ、結局死ぬことに変わりはないのだろう。

 おそらくここで逃げようとすれば、その時点で男に殺されるに違いない。


 だがそれならば、ちょうどいいと思った。

 少しばかり考えたい事があると思っていたのだ。


 結局自分が何者だったのかはいまいちよく分からないままだけれど、それは正直どうでもいい。

 とても大切な何かがあったような気がするのだけれど、もうどうしようもないことだ。

 それに……こんな風になってしまうのも、想定の内だったような気がする。

 だから、それはいい。


 先ほどからずっと呼びかけ続けている『彼女』のことはちょっとだけ気にはなる。

 そこにいるのが自然なので、多分友達だったのだと思う。

 ごめんなさい、と心の中だけで呟く。

 それは逃げようとしないことでもなければ、『彼女』を巻き込んでしまうことでもない、きっと意識することの出来ない何かに対することだった。


 だけど、それも考えたいことではなくて……やはりと言うべきか、それは彼のことであった。

 カイル。

 ほんのついさっき会ったばかりの少年。

 暖かな温もりを与えてくれた少年。

 ……見殺しにしてしまった少年。


 やはり、関わらせるべきではなかったのだ、と思う。

 どれだけ不安を覚えていようとも、はっきりと、自分達に関わる必要ないと告げるべきだったのだ。


 理由は分からないまま、それでもこの胸の内が訴えかけてきていたように。

 自分に関われば不幸になるだけだと、そう感じたままに。

 差し出された彼の手を、暖かいそれを、振り払うべきだったのである。


 それが出来なかったから、彼は死んだ。

 最低限それだけは、しっかりとこの魂に刻み込まなければならない。

 それはきっと、ただの自己満足だろうけれど……それでも、彼を死に追い込んでしまった、自分の義務だろうから。


 そうして、全てを終え、男へと視線を向け直すと……男は、つまらないものを見るような目をした、ような気がした。

 どうやら、当てが外れたようだ。


 それにティナは、小さく笑みを浮かべた。

 それが自分の、精一杯の抵抗だ。

 カイルのように刃は交わせないけれど、それもやっぱり自己満足に過ぎないのだろうけれど……それでも。

 こんな自分でも、矜持の一つや二つ、あるのだ。


 だからこそ、自分はこんな時代にまで眠り続けて――


「――――――!!!!!!」


 茶番は結構だ、と言わんばかりに、男が吼えた。

 男の身体が眼前へとやってきて、その腕が振り下ろされる。

 それでも、ティナは笑みを浮かべ続けた。

 最後の、最後まで。


 死の、刃が――


「――なんだ」


 その声は、妙にはっきりと聞こえた。

 呟きであったのだろうに、異様なほどに鮮明に。


 その理由をふと考え、すぐに思い至る。

 簡単なことであった。


「完全に見掛け倒しだったな。正直がっかりだ。わざわざ受け止めてみたってのに、この程度じゃな」


 声の主が、すぐそこにいたからだ。

 溜息を吐き出した少年が、振り下ろされたはずの死の刃の隣に、立っていた。


「……カイル、さん?」

「ん? おお、どうした、そんな呆然とした顔して? ああいや、もしかしなくても怖い思いさせたか? 悪いな、助けるのがギリギリになって。いや、本当にがっかりしてな……でもお前もちゃんと逃げる素振りぐらいは見せとけよ? 危ないだろ? っていうか、そこの役立たずもちゃんと警告とかしとけよ。声出すぐらいしか役立たないんだから」

『…………失礼ですね、私はきちんと役目は果たしていましたとも。ところでカイル様、貴方は今アレの攻撃を受けて吹き飛んだように見えたのですが?』

「ん? そうだな、確かに吹き飛んだが?」

『では何故私の目には無傷のように見えるのでしょうか?』

「実際無傷だからだろ? いや、結構やるんじゃないかと思ったんだが、どうやら俺の感覚はまるで役に立たないってことが判明したようだな。それとも、もしかして俺が予想以上に出来るってことなのか……? うーむ、判断材料が足らんな……」


 と、何やら暢気な会話を交わしているようではあるが、実際のところ危険は何一つ去ってはいない。

 振り下ろされた死の刃は、まさにティナの目の前に迫っているからだ。


 なのにそれが訪れる事がないのは、そこで止められているからである。

 無造作に突き出されたようにしか見えないカイルの剣によって、完璧に、そこに縫いとめられたかの如く静止しているのだ。


 それがどれだけ完璧だったかと言えば、ティナがその事実に気付くのに数秒を要することからも分かる通りである。

 ただ止められただけではなくて、それは音の一つもせずに止められたのだ。

 衝撃も何もかもを、カイルは吸収して止めて見せたのである。

 どれだけの技量があれば出来るのかも定かではない、故の完璧であった。


 もちろん男は先ほどからそれをどうにかしようとしている。

 必死に押し込めようとし……だが、びくともしないのだ。

 首を傾げているカイルはまるで力を込めているように見えないのに、ピクリとも動く気配を見せない。


「――――――――――ォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」


 それが気に障ったのか、男の身体が一回り膨れ上がったように見えた。

 威圧感がさらに増し、反射的にティナの身体が震える。

 振り上げられた死が、先ほどカイルを吹き飛ばした時以上の力と速度で以て――


「おいおい、あんまいきり立つなって。ティナが怖がるだろ? というか――遅いぞ、ノロマ」


 瞬間、何が起こったのかは、相変わらずよく分からなかった。


 分かったのは、二つだけだ。

 カイルが左腕を持ち上げ、指を二本だけ立てていたことと、その間に酷く硬質で、物騒なものを挟んでいたということである。


 ああ、あと敢えて言うのであれば、もう一つだけ。

 カイルが指で挟んでいる漆黒の色をしたそれは、男が振り下ろした剣の刃だということであった。


「しっかし、さっきのでも思ったことだが、速度だけじゃなくて威力も酷いな。龍のブレスとまではいかんまでも、龍の溜息にすら劣るって、なんだお前、やる気あんのか?」


 言った直後であった。

 ティナはその光景を、呆然と眺める。

 大した力を込めたようにも見えないのに、カイルが軽く手を振っただけで、その刃が粉々に砕け散ったのだ。


 その瞬間、男ですら呆然としたようであった。

 今まで見たことがない顔を男が見せ、だがその姿が瞬時に消え去る。

 何処に行ったのかを理解したのは、遠く離れた壁の方で轟音が響いたからだ。


「ふーむ……やっぱ思ってた以上に弱いが、あれが弱いだけなのか、俺が強いのか……ティナ、どっちだと思う?」


 それは聞きようによっては物凄く傲慢な言葉ではあったが、不思議とティナはそう思わなかった。

 というか、カイルの目が間違いなく真剣だったのだ。


 もっとも、それはそれで何を言ってるんだろうか、と思わなくもないが――


「えっと……少なくともアレが弱いということはないと思いますが。……ちなみにですが、先ほどカイルさんは龍のブレスと言っていましたが、もしや目にしたことが?」

「目にしたどころか、よく食らってたぞ?」

「食らっ……!?」

『……よく生きていますね、カイル様』

「ああ、まあ……そこら辺は色々とあってな」


 そう言ってカイルは苦笑を浮かべるものの、そこにはやはり冗談を言っている素振りはない。

 そして戯言だと判断するには、今カイルが見せた何もかもが邪魔をしている。

 つまり本当に、龍のブレスをよく食らっていた、ということなのだろうか?


 それがどれほどのものなのか、ということをティナは思考することは出来ないが、驚くということは知ってはいるようだ。

 ついでに言うならば、感覚から言ってそれは明らかに有り得ないことのようである。

 ああ……だというのに、こう判断するしかないのだろう。

 これだけのものを見せられてしまえば、否やはない。


 カイルは、それらの言葉を大真面目に言っているのだと、そういうことだ。


 そのことは、あの男もわかっていたはずである。

 しかし男は、再度カイルの前へと立ちはだかった。


「――――――――――ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 今までで最大の咆哮と共に、素手のままカイルへと突っ込み――


「正直俺達はここを通りたいだけだから、最後までお前とやり合う必要はないんだがなぁ。ぶっちゃけあんまちんたらしてると、なに起こるか分からんし。だから、まあ――とりあえず、寝てろ」


 ――閃光が奔った。


 少なくともティナにはそれはそうとしか見えず、次の瞬間そこにあったのは、真っ二つになった男の身体だ。

 腕を振り抜いた態勢のまま、カイルが息を吐き出し……直後、げっ、という言葉がその口から漏れた。


「おいおい……マジかよ」


 驚いたのはティナも同じであった。

 『彼女』も絶句したような気配を感じるが、無理もないことだろう。


 真っ二つになったはずの男の身体が即座にくっ付くと、そのままカイルへと向かっていったのである。


「いや、あの再生能力の高さを考えれば、死なないってのは想定通りではあるが……さすがに龍でも真っ二つになったら元に戻るにはしばらく時間かかるって言ってたぞ? そんなとこだけ龍以上でもこっちとしてはまったく嬉しくないんだが……」


 ふと、カイルが斬り飛ばしたはずの左腕が瞬時に元に戻っていたことを思い出すが、アレも今のと似たようなものだったのだろうか。

 いや、腕はまだ再生能力ということで納得出来なくはないが、今のは明らかに生物としておかしい。


 人とかそんなもの以前の話であり……だが、不意にティナは、そんな存在のことを知っているような気がした。

 あの男のことなどまったく知らないはずなのに、何処かで――


「まあ、でも、いいか。再生能力を持ってるやつの攻略法なんて、簡単だしな。――要は、お前の再生が間に合わない速度で斬り刻めばいいんだろ?」


 言った瞬間であった。


 再び、閃光が奔る。

 ただし今度は一条ではない。

 無数にだ。

 カイルの眼前を、光が埋め尽くすが如く閃光が奔り、男の身体を粉微塵にしていく。


 その光景を前にして、ティナはようやく思い至っていた。

 先ほどまで感じていたものの意味……否、感じなかったものの意味を。


 カイルから威圧感を覚えなかった理由は、単純なことだったのだ。

 男のそれに抑えられていたわけではない。

 カイル自身が抑えていただけだったのである。


 分かってしまえば単純な、それでも分かった今でも信じられないことだ。

 それはつまり、カイルはあの男を前にしておきながら、手加減をしていたということなのだから。


 だがこの光景を見てしまえば、納得する以外に出来ることはないだろう。

 あの死そのものにしか思えなかった男が、文字通りの意味で手も足も出ずに一方的にやられているのだ。

 自分の見る目のなさと滑稽さに、変な笑いすら漏れてきそうだった。


 しかしそんなティナのことなどは知ったことではないとばかりに、事態は進行していく。

 男の四肢が削られていき、その度に再生していくも、明らかにカイルが削る方が早い。

 四肢がなくなり、胴体がなくなり、ついには頭部を残すだけとなった。


 そして。


「さて、ここまでやればさすがに十分だろ。じゃあ、もう一回言っとくぞ? 俺達は行くから――お前は、寝てろ」


 ――一閃。


 最後の閃光が、男の頭部を両断し……一瞬、男は両目を見開いた後で、少しだけ、穏やかになったように見えた。

 それは、気のせいだったのかもしれないけれど……確かめる間もなく、男の顔が崩れていく。

 さらさらと、まるで砂のように化していき、地面へと零れ落ちていった。


 全てが崩れ終わった後で、何処からともなく一陣の風が吹いた。

 それは砂のようになった男を運び、跡形もなく消えていく。


 そうして、今度こそ静寂が訪れた。


「ありゃ……本当に通れればよかっただけから、倒すつもりはなかったんだよなぁ。別に何かを目的にしてここに来たわけでもなかったし。だがまあ人類に向けられてればそこそこ厄介そうだったから、その前に倒せてよかったと考えるべきかね。それを考えればここをもっとなんとかすべきなんだろうが……ま、俺が無理してまでそんなことをしなくても、きっと誰か相応しいやつがやるだろ」


 そんな者がカイル以外にいるのだろうか、とティナは正直思った。

 これだけのことをやっておきながら、カイル以上の者がいるのだとは、どうしても思えない。

 意識できないことばかりで、分からないことだらけだけれど、それだけは確信を持って言えた。


「何と言いますか……わたしもですが、カイルさんも色々と問題ありそうですね……」


 それは、独り言というよりは、『彼女』に向けてのものだった。

 しかし、『彼女』からの返答はなく――


『………………そう、ですね。ですが不思議と、不安には思いません』

「ああ、確かにそうですね。力があるだけではなく……不思議と、カイルさんはこちらを安心させてくれるような気がします。まだ出会ったばかりではありますが……」


 返答が遅かったのは、カイルの力に呆然としていただけなのだろうと思い、言葉を続ける。


 ああ、本当に。

 彼がいつまで一緒にいてくれるのかは分からないけれど、その間は問題はあっても不安に思うことはなさそうである。


 そんなことを思いながら……ティナは、そんなことを思えることに、ほんの少しだけ口元を緩めたのであった。

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