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異邦人の旅  作者: ハル
1/1

宝石と混沌と暗闇と。

初投稿になります。宜しくお願い致します。

 「人は自分が死んだことを知ることは出来ない。何故なら死とは生命活動の停止であり、自我の消滅であるからだ」

 そんなことを何処かの無神論者が言った。

 だとするならば、俺はまだ死んでいないし、死ななかったんだろう。頬を撫でる微風を感じるし、しっかりと草原を両足で踏みしめて立っている。額に手を当て目を細めて天を仰げば、透き通った空色の中を流れる白い柔らかな雲の群れと、眩く輝く白い太陽。眼下を見渡せば青々とした田畑と草原、その向こうには煉瓦造りの家が建ち並ぶ小さな集落が見える。しかし一向に、ここが何処なのか、何故俺がここにいるのかは分からなかった。


 気がついた時にはここにこうしていた。どうにも頭が朦朧として、霞がかかったように記憶が不明瞭で、思考も上手く纏まらない。ぼんやりとしたぬるい倦怠感が身体を包み込んでいる。そんな自分の状態を冷静に、客観的に眺めている俺がいた。

 夢だろうか。

 俺はよく明晰夢を見る。初めて夢を夢だと認識したのは、もう何年も前、まだ小学校低学年の時に父に連れられてゾンビ映画を観に行ったことがきっかけだった。内容は今でもありありと思い出せる。未知のウイルスが蔓延したことによって人類滅亡の一歩手前まで荒廃した、そんな世紀末の世界が舞台だった。シリーズもので、確か俺が観たのは第二作だったように思う。第一作でゾンビウイルスが流行し始めてから五年後という設定だった。俺は第一作を観ていなかったし、父も観ていなかった。どういうつもりで第二作から観に行ったのか、今となっては分からない。内容としては十五禁などの規制がかからない程度の、「アメリカの中学生向け児童書の映画版」と父が言って笑っていたことを記憶している。

 涙目ながらにその映画を観た日の夜から、俺はゾンビに追いかけられる夢に魘されるようになった。そんな日々が七日程続いた頃だったと思う。「またこの夢か」と、俺が夢の中で思ったのは。それが初めて、夢を夢と認識した瞬間だった。

 それからの行動は早かった。夢の世界を自由自在に歪め捻じ曲げ、戦車や巨大ロボを創り出し、夢に蔓延るゾンビの大軍を掃討した。翌朝の目覚めはとても良かったことを覚えている。その日から、俺はもうゾンビの悪夢に悩まされることはなくなった。

 ――で、だ。これも、夢なのか……?

 靄がかかって回らない頭。そんな自分をどこか他人事のように捉えている自分。眠気を我慢し過ぎて酷く眠いのに何故か眠れない時に似ていた。体と思考がバラバラになっているような、形容し難い妙な浮遊感がある。視界が狭い。実際の時間の流れと感覚時間の流れがズレている。俺は確かに草原に立っている―――本当に立っているのか? 疑問を抱いた途端、膝に衝撃が伝わると共にがくんと視線が低くなった。次いで草原が急に視界に迫ってくる。地面が曲がって――違う、俺が倒れかけてる――手を着かなければ。そう思うも、体は動かない。柔らかな草原に膝をついて倒れ込む直前、暖かな陽の光を受けて透明に輝く朝露が瞳に映った。宝石みたいだ。ぼんやりとそう思ったのを最後に、俺の意識は混沌とした深く黒い濁流の中に呑み込まれた。


 「――――コイツは?」

 ――女の声がする。

 「丘の上にいたからさ、吹き矢でピュっと、な」

 ――男の声。荒々しい……喉に痰が絡まったような声。

 「へぇ、超ラッキーじゃん」

 さっきの女。

 「黒髪に見慣れない服……ああ、間違いない。日本人だ」

 ――三人目……低く太い男の声。

 「ポケットに財布があったけどよ、何かよく分かんねぇカードしか入ってねぇぜ。現金は百数円。にしても、何だこりゃ? ペンギンが描いてある」

 「それは置いとけ。歳は十八か二十か、そんなとこだろう。体はどうだ? アニー」

 「ちょっと鍛えてたのかしら、ソコソコに筋肉はあるけど……並の上、ランクで言うならBね」

 ――体が重い。血が足りないのか、酷く怠い。……鈍い痛みが体の中で騒めいている。

 「日本人にしてはいい方だろう。奴らは貧弱なのが多い。大抵はCかDだからな」

 「んで、アニー。コイツ、何か武器は持ってたか?」

 ――目が開かない。瞼が重い。不自然な眠気が覚醒を阻んでくる。背中が冷たい――鉄板の上に寝かされているのか……?……

 「何もなし。前の奴が持ってたエアガンとかいうのも、持ってないみたい」

 「あんなショボい玩具を構えて泣き叫んでたのは傑作だったぜ」

 ――痰の絡まった気持ちの悪い声で男が笑っている。煩い……煩い。吐き気がする。ガラガラとした声が耳につく。煩い。体に熱がある。額が熱い。自分でも分かる。――そもそも、ここは何処で、何がどうなっている……?

 「ああ……一年前の奴か。アイツは五十万まで落としても売れなかったからな。肥満の男は使えない」

 太い声が呟いた。

 「今度のはどう?」

 女が楽しそうに笑った。

 「百万は軽くいくだろう」

 「そりゃ凄ぇや!」

 何だか楽しそうな笑い声が聞こえる。何が愉快なんだろうか……分からない―――何も分からない。ただ一つ、俺は今とても眠い……。寝てはいけない、そんな気がするけれど――もう、寝てもいいだろう―――。俺は再び暗闇に沈んだ。


 暗闇。目を覚ました俺は、冷たい床から上体を起こして辺りを見渡した。何も見えない。ひんやりとした重い感触を、両足首と両手首、それから首に感じ、俺は恐る恐る首に手をやった。じゃらりと金属の擦れる音がした。首に触れると、鉄製だろうか、金属質の首輪がされてある。手首と足首もそれぞれ拘束されていて、手探りで鎖を辿っていくと冷たい鉄格子のようなものに突き当たった。鉄の臭いがする。頭が混乱した。……駄目だ、落ち着け。そう、落ち着け。大丈夫、大丈夫。何とかなる……。考えることは一旦後にして、俺はゆっくりと立ち上がった。天井はそこそこあるのか、手を上に伸ばしても届かない。動く度に、暗闇の中でじゃらりじゃらりと底冷えするような音を鎖が鳴らした。一呼吸して意識を切り替え、次に自分の体を手探りで確かめる。下はジーパンに――上半身は裸。靴と靴下、それから上に着ていた衣服は脱がされている。腕時計や携帯電話、財布の類もない。

 成程……、俺は現状を認識した。どうやら何者かに捕えられ、広い檻の中に閉じ込められているらしい。残念ながらそれ以外に考えられない。そう言えば、一度覚醒しかけた時に、三人組がそんな会話をしていたような気がする。あれは確実に日本語だった。エアガン――五十万――Bランク。駄目だ、上手く記憶が引き出せない。深く息を吐き、俺は腰を下ろした。じゃらり。鎖が擦れる音が闇に虚しく響いた。足と尻の裏から金属の冷たさが伝わってくる。……そう、落ち着け、俺は大丈夫、大丈夫……きっと何とかなるし、なるようになる。心の中で呟くと、段々と頭にかかっていた靄が取り払われていった。明瞭になった思考を巡らす。そう、まずは簡単なことから確認していこう。俺の名前は? 決まっている、空嶺悠だ。歳は? 十九歳。誕生日は? 三月一日。血液型は? O型。家族構成は? 父と母と妹…………いや、今は誰もいない。二年前に交通事故で死んだ。家族全員で旅行に出かけた時のことだった。反対車線から突っ込んできた大型トラックと衝突して―――。そして、俺だけが一命を取り留めた。人の体は脆く、命は儚い。運命は無慈悲で、そして家族は唯一無二の存在で、だけれど失われたものはかえって来ない。そんな当たり前のことを思い知らされた。人を救う仕事に就きたい。そう思ったものの昏睡状態から目覚めた俺は病院のベッドとリハビリで受験期を逃し、学力不足もあって今は医学部を目指して浪人中だった。

 「ふぅ……」

 溜息を吐いて気分を切り替える。溜息はストレスを解消し、平常心を保つことにプラスに働く。目を閉じて心の漣を鎮め、自分の心臓の鼓動のリズムに感覚を研ぎ澄ませた。とくん、とくん、と温かな血液が体中に行き渡っている。

 ……俺は生きている。そう、生きている。なら、何とかなるし、なるようになる。人生、生きてる者勝ち。俺は? まだ生きている。ならオッケーだ。


 試しに軽く左手首の輪を引っ張ってみた。ガチャガチャと音が煩く鳴るだけで拘束が解ける気配は微塵もない。当たり前か、と独り言ちて、今度は記憶を掘り返していく。

 三人組が何やら話し合って楽しそうに笑っていた。その前は、見知らぬ草原の上に佇んで景色をぼんやりと眺めていた。じゃあ、その前は……?


 ―――白。そう、白だった――――。

書くことに慣れていないので、拙い部分や疑問点があればご指摘お願い致します。

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