73話:ちびっ子探検隊
しばし歩くこと30分。
ノエル達四人は商業地区の外れにある倉庫街へと来ていた。
ロン達三人が言うには、この近くにとっておきの秘密の隠れ家があるらしいのだが……。
「なぁ、ロン。さっき関係者以外立ち入り禁止の看板が見えた気がするんだが……」
「アニキは心配性だなぁ……。大丈夫だって、どうせ誰にもバレやしないんだから」
店舗や倉庫の間にある細い路地裏を、四人縦一列になって進んでいく。
確かにロンの言う通り、何とか小さな子供がギリギリ通れる程の狭い道幅で、管理人や監視が居たとしても目の届かない場所なのだろう。
子供達だけの秘密の隠し通路と言ったところか。
ノエルとしては、こんな思いまでして何になるのやらと思ってしまう。
が、それはノエルが転生者で大人だからに他なら無い。
ノエル自身、子供の頃は立ち入り禁止の文字を見ては心が躍ったものだ。
その先には、きっと誰にも知られてはならない秘密の何かがあるのではないだろうか、と。
「なぁ、ロンもう帰「しーっ」」
ロンがノエルを遮ると、口元に人差し指を立てながら頭を下げるよう手振りで促す。
するとノエル以外の二人は神妙な面持ちで匍匐前進で進み始めた。
見ると先にある小さな小窓から明かりが漏れている。
確かに人の気配もする。感じる魔力は六つ。
そのどれもが属性を持たない無属性で、大きさも魔力操作の心得すら持たないであろう希薄なもの。
おそらくは作業員かなにかであろう。
ノエルは小さく溜め息を吐くと、子供達を見て思わず微笑んだ。
きっとこれは冒険なのだ。少なくとも彼らにとっては。
結局、目の前を行く可愛らしい芋虫の行進に、仕方がないと後に続いて這い進む。
思えば折角手に入れた二度目の人生だと言うのに、子供らしい遊びの一つもしてこなかった。
これはこれでいい機会かもしれない。
たまには子供であることを楽しんでも罰は当たるまい。
そろりそろりと音を立てないように進み、小窓を横目に息を殺す。
――成る程……。確かにちょっとワクワクするな。
次に立ちはだかったのは高さ1,5m程の木で作られた壁。
高さと素材から考えて防壁と言うより敷居の意味合いが強いのだろう。
ロンは跳躍すると、天辺に手を掛けて簡単に越えていく。
「よしっ! 良いぞ、誰もいない」
ロンの声に頷くと、今度はフランが身軽に柵をよじ登る。
続いてハリーが……。登れない。
ぴょんぴょんと必死で飛び跳ねるものの、後少しと言うところで手が届かないようだ。
「うぅぅ……。待ってよぅ置いていかないでよぉ」
半泣きのハリー。なんと可愛らしい小動物でしょう。
ノエルとしてはもう少し眺めていたい気もするが、これ以上はちょっとかわいそう。
と、助け船を出す。
「ハリー、肩貸してあげるから乗って」
「あっ、ありがとう」
ハリーを肩車して持ち上げると、十分に手が届く高さであるにも関わらず、一向に登る気配を見せない。
どうしたことかとハリーのお尻を持ち上げると、またも半泣きで声をあげる。
「ま、待って! 落ちちゃう、落ちちゃうよぅ……」
「大丈夫だって、そんなに大した高さじゃないから」
「だ、だ、だっで……ごわいんだも゛ぉ゛ん゛。ひっぐ……」
遂にハリーは泣き出してしまい、どうしたものかと途方に暮れていると、不意に足元からフランが顔を覗かせた。
「こっちよ。ハリーは恐がりだから、いつもここから入るのよ」
見ると釘が抜けたのか、木の板の一枚が回転するようにずらせるようだ。
――ならなぜ登った、フラン!
と、突っ込みたい気持ちをぐっと堪える。
おそらくはそう言う気分だったのだろう。
これは冒険なのだ。
下を潜るより、上からよじ登る方がそれっぽい。
水を差してまで指摘するのは無粋だろう。
「ほら、ハリーとっとと潜りなさい」
「だっでぇ……、ぞじだらま゛だ笑うぐぜにぃ。ひっぐ……」
ノエルは泣きじゃくるハリーを降ろして、慰めように頭を撫でる。
「泣くなハリー。俺が先に潜るからハリーは後から潜ればいい。二人一緒なら恥ずかしく無いだろ?」
「アニギー……」
――ハリーお前もか! 子分とか止めてくれ……。
ハリーを宥めつつ何とか断崖絶壁を突破すると、続いて立ちはだかったのは幅2m程の用水路。
ロンは下をのぞき込むと眉間に皺を寄せ、何かを決意したように頷く。
「ここさえ越えれば秘密基地はまでは直ぐそこだ。みんな覚悟はいいか?」
「愚問ね。私を甘くみないで頂戴。何時だって覚悟は出来てるわ!」
二人は芝居がかった台詞を吐くと、重々しく頷き合う。
「待ってろよハリー。必ず助けてやるからな」
「待ってなさいハリー。必ず助けてみせるわ」
「う、うん、僕待ってるよ」
「何が? え? 何が?」
三人のやり取りに何がなんだか分からずに、それぞれの顔を見渡すノエル。
コレは彼らの間では毎度お馴染みのゴッコ遊びなのだろうか?
何の説明もないのでキョトンとしてしまう。
「アニキあれを見てくれ」
言って用水路の向こう側を指さすロン。
その横ではフランも神妙な面持ちで腕を組みノエルを見つめている。
「俺たちの中の誰かがここを渡って、彼処にある板で橋を架けなくちゃならない。すごく危険だけど、他に方法がないんだ」
「えぇ、そうねとても危険な任務だわ」
どうやら彼らの中では、用水路は危険な谷底と言う設定らしい。
かなり突飛で壮大な冒険の設定だ。
何となくだが事情を理解したノエルは、彼らに話を合わせるべく険しい顔で口を開く。
「え? あ、あぁ、そうか……。そうだな、俺が行って橋を架ければいいんだな?」
「待ってくれアニキ! 俺の話を聞いてなかったのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」
「そうよ、アナタじゃ危険だわ。私たちに任せなさい、いいわね?」
「お、おう。わかった、二人に任せよう」
――正解が分からない。出来れば事前に教えて欲しい。
彼らとのやり取りに恥ずかしさを覚えたノエルの耳はほんのりと赤らむ。
「フラン行くぞ! 用意はいいな?」
「えぇ、勿論よ!」
意を決したように頷き合う二人の顔は、まさに戦士のそれ。
少しばかり助走を取ると、大切な仲間を救うべく走り出した。
「うぉぉぉ!」
「やぁぁぁ!」
ぴょんと同時に跳躍した二人が用水路の向こう側へと着地を決める。
ハリーが両手を両手を上げて称えると、二人はパチンと掌を合わせてポーズを決める。
そこにやや間があって、ノエルが遅ればせながら惜しみない拍手を贈った。
ノエルは満更でのもない笑みを浮かべた二人が胸を張るのを眺めて頬をひくつかせる。
これは寝る前に思い出して身悶えする奴だ、と。
その後木の板で橋を架けてノエルとハリーが無事に水路を渡りきり、互いの検討を讃え合うと言うお約束を経て先へ進む。
キツい……。体力ではなく精神的に。
用水路に沿うように進んでいくと水路がT字路に道が分かれ、そこを曲がると先が下り坂へと変わっていく。
「アニキもう直ぐそこだぜ? ほら、あれ」
ロイの指さす先には、人工的に造られた洞穴のようなものが見える。
用水路がその中へと続いているところを見ると、下水なのだろうか?
ノエルは改めて水路の中を見下ろすと首を傾げる。
水路は深く底こそ見通せないが、十分に透明でありとても排水には思えない。
となると、コレは人工的に造られた川かなにかで、下水道は他にあるのかも知れない。
ノエルは地下水路の入り口に立つと盛大に溜め息を吐く。
正直地下道はもうこりごりなのだが……。
「なぁロン……。本当に行かなきゃだめか?」
「あったり前だろ。ここまで来て何言ってんだよ」
「だよなぁ……」
地下道には良い思い出がないノエルだ。
躊躇うのも無理はない。
(どうか、何も起こりませんように)
柄にもなく、心の中で祈るように呟いた。