111話:ダンジョン 3日目――その2
キンドーの襟首を掴むと強引に座らせる。
と、よほど痛いのか折れた右手を抱えるようにして唸り声を上げた。
ポーションを振り掛けたといっても骨折までは治らない。
然るべき処置をしたうえで、更に魔法とポーションの治療が必要だろう。が、ノエルにそのつもりはない。
脂汗を流し、痛みに顔を歪ませたキンドーをのぞき込むと、ノエルは口を開いた。
「お前に聞きたい事がある。これ以上駄々を捏ねるなよ? お前も痛い思いは懲り懲りだろ?」
「あぁ、喋るよ。何だって話す。だからもう勘弁してくれ……」
怯えたように目を伏せて、震える声で呟く。
漸く話す気になったようだ。ノエルはヤレヤレと立ち上がると、椅子を引きずりキンドーの前で腰掛けた。
やはり子供の姿ではどうしたって舐められる。都合の良い場合もあるが、こと荒事に関しては面倒の方が先に立つ。
仕方が無いとはいえ、何か方法はないものだろうか。
「質問に答えてくれりゃあそれでいい。俺も面倒がなくて助かるしな」
キンドーは顔を攣らせ、ヒヒヒと笑う。媚びた笑い声。怯えた者がとる保身や自衛の所作。
不快な立ち居振る舞いだが仕方がない。そもそもの原因はノエルなのだから。
「ミリル平原で俺や他の子供達を攫ったのはお前だな?」
「そうだ、すまなかった。でも、仕方がなかったん「黙れ、聞かれた事にだけ答えろ」――っ! わ、わかった」
キンドーはピクリと身体を震わせると、またも痛みに顔を歪ませる。
と、チラチラと上目遣いでノエルの御機嫌を伺うように卑屈な笑みを作る。
――やり過ぎたな……。
ノエルは自身の行き過ぎた行動を悔いた。
キンドーは怯え《《過ぎて》》いる。これではノエルに恐怖するあまり、回答にノイズが混じる可能性がある。
所謂、拷問の弊害と言うやつだ。少し対応を変える必要があるかもしれない。
「依頼者は誰だ? お前が首謀者と言うわけではあるまい?」
「女だ、名前はミルファと言っていた。商隊でフェアリー・ベルに付いたときに声を掛けられたんだ」
「詳しく話せ。終わったら治療してやる。ただし正直に話せよ? そうすればどんな内容であれ、決して危害を加えないと約束しよう」
言うとインベントリから中級ポーションを取り出し、キンドーの前で見せつけた。
「わかった――」
キンドーの話では――
彼は行商人だがイグニス王国に拠点を持っているらしい。
そんな彼がフェアリー・ベルに行商で訪れた際、一人の女性に声を掛けられる。
ミルファと名乗ったその女性は、キンドーにとある取引を持ちかけた。
『魔法に心得のある10歳未満の子供を手に入れて欲しい』
突拍子もないその依頼に、キンドーは手を貸すしかなかった。
当初、彼は依頼を拒否してその場を去ったらしいが、それ以来嫌がらせが相次いだらしい。
いったい何が起きているか方々手を尽くして調べたところ、ランスロットの名がチラついて見えたという。
――その時点で彼は抗うのをやめた。
いくら情報が命の商人とはいえ、人攫いの裏に大貴族が隠れているなど普通はわからない。
要するに情報を掴まされたのだ。これはもう詰んでいる。彼は即座にそう理解した。
おそらく依頼を拒否し続れば始末されると。だから受けた。
が、彼は同時に逃げる計画も立てていたという。
「まぁそうだろうな」
ノエルは頷く。結局キンドーは蜥蜴の尻尾なのだ。
滞りなく依頼を遂行したところで口封じに殺されるのが落ち。
犯人達にしてみれば、あらかじめスケープゴートを用意しただけのことだろう。
「くそう、何で俺がこんなめに……」
キンドーは恨めしそうに呟いた。
「他には何かないか? 知ってることは全部話せ」
「あぁ、教会もグルだ。金も子供も何もかも、受け渡し場所はいつも教会だった」
「…………」
――どえらい事を聞いてしまった……。ノエルは心の中で頭を抱えた。
「一部の人間だけじゃなく、教会そのものが裏にいたってのか?」
「そこまではわからない。だがこの街の教会にいる関係者は知っていたはずだ。じゃなきゃあんなに堂々と取引なんて出来るわけがない」
「ちょっと待て、少し頭の中を整理したい……」
「だろうな」
動揺を隠しきれないノエルを見て、キンドーがヒヒヒと笑う。
意趣返しでもしたつもりなのだろうか。確かにしてやられた気分だ。自分で聞いておいてなんだが。
「一番の問題は攫った理由なんだよな……」
言ってチラリとキンドーを伺うと、彼は無言のまま首を振って答えた。
それはそうかとノエルは肩を落とす。そこまでは相手も教えてはくれなかったのだろう。
ならば、ここから先は推理するしかない。
まず考えられる事は、キンドーを選んだ理由だ。
ひとつは行商人である事。もうひとつは外国人である事。だと思う……。
国を行き来する行商人なら、多くの馬車で子供達を運び出すのに適している。
更に外国人である彼なら、街に根付いた商人達より後々始末しやすい。
とくに平原で始末すれば盗賊の仕業ですむからだろう。
ここまではいい。問題はこの先――
ミルファ達は攫った子供達をどうしようとしていたのか、だ。
身の代金目的とは考えづらい。そもそも裏に領主や教会関係者がいるのだ。金に困っているとは思えない。
となると、思い付く理由は二つだけ。
戦時利用目的か生け贄だ……。
ランスロットが隣国に宣戦布告をしようとしてたのか、もしくはさせようとしたのか。
他にも理由は思い付くが概ね似たようなものだろう。
最悪なのは生け贄にしようとしていた場合だ。
魔法の心得のある子供を選んでいたというのがまず怪しい。
おまけに教会――アルフィードの一件でも教会の騎士団が関わっていたはずだ。
しかし、とノエルは首を捻る。本当に教会が悪魔崇拝の連中と関わり合いがあるのだろうか?
そもそも悪魔は神敵の筈だ。何故教会側が悪魔を呼び出そうとするのか。それがわからない。
「何となく予想は付くが決め手に欠けるな……。他に何かないか? 会話の中に気になる節があったとか、なんでもいいんだが」
「そう言われてもな」
キンドーはしばしの間考え込むように俯くと、ハッとした様に顔を上げた。
「そういえば貴族の子供達の事を《《質の良い素材》》と言っていた。意味はわからんが……」
「クソっ、最悪だ。だがコレで決まりだな」
「何だ? どういう事だ? 俺は一体何に手を貸したんだ?」
「本当に知りたいのか?」
「あぁ、教えてくれ」
「おそらく連中は、子供達を生け贄にして魂石を作り出そうとしていたんだと思う」
「なんだそれは?」
「悪魔召喚の触媒だよ」
「そんな……、俺はなんて事を……」
自分のしでかしたことにショックを受けたのか、キンドーは途端に静かになった。
ノエルとしては、彼のしでかした事を考えると同情する気にはなれなかった。
たとえ脅されていたとしても、だ。
「ほら、約束のポーションだ」
うなだれるキンドーの手にポーションを握らせると、椅子をテーブルへと戻し、突っ伏すように座り込む。
自身の置かれた現状を打破できないものかとキンドーの話に期待していたのだが、結果として余計な敵が増えてしまった。
いや、正確には敵性組織の存在を知った、か……。
――知りたくなかったぁぁぁっ!
心の中で雄叫びを上げつつ頭を掻き毟る。
真っ先に思い立つのは今すぐにこの街から逃走する事だ。
だが同時に思うのは、どこに逃げればいいの? ということ。
街を出たとしても、東西南北敵だらけ。
――いったい俺にどうしろと?
「はぁ……、貝になりたい」
「何を言うとるんじゃお主は」
「いやぁ、どうしてこうも俺はツイてないのかと思ってな」
「みゃー……」
『元気を出して』と、言わんばかりにナインがノエルの頭にちょこんと片手を乗せる。
「ありがとうナイン。お前だけが俺の癒しだよ」
ナインを抱き上げると、モフモフと撫で回す。
「どうする気じゃ? お主とそこの男の話を総合すると、とても楽観視出来る状況とは思えんがのう」
セバールが心配げに口を開く。彼には前もってこれまでの事情を話していたので、余計に心配になったのだろう。
「さぁな、取り敢えず目前の事から片付けていくしかないだろうな」
「それでもどうにもならんかった時は?」
「あー、うん、その時は――」
――戦争でも起こしてやるさ――