表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第六話


相手から視線を逸らさず、ゆっくりと動いてフィランの隣へと行く。

目の前にいるトロールも低い唸り声をあげながら、こちらから視線を逸らさない。


「どうする?一筋縄ではいかないと思うけど」


「フィランさん、少しだけアイツを止められる?」


自分の提案にフィランは顔をトロールに向けたまま疑問の声を上げる。


「何するの?」


「ただ、一撃で斬るだけだよ」


「………分かったわ」


簡単なやり取りをしたら即行動。


フィランが姿が消えたかと思うと自分の数歩先を走っていた。


対するトロールは低くもその巨体に見合った声を張り上げ、直ぐに地面から棍棒を引き抜きまたも頭上に掲げる。

そして、先程と同じ動きでフィランに向け棍棒を振り下ろした。


「シッ!!」


フィランは時を見計らいメイスを握り締め、迫り来る棍棒を迎え撃つ。

背後に向けた打突部分が棍棒とぶつかり、金属の甲高い音を響かせる。


力と力が相反し、一人と一体の武器が弾かれた。

そこで素早く体勢を直したのはフィラン。

仰け反りかけた体を後ろ足で支える事で無理矢理持ち直し、メイスをまた振りかぶる。


狙うは脛を覆うグリーブ。

後ろ足の大きく右脚を前に出し、左脚を前に出す。

フィランの並外れた筋力がメイスを小枝の如く振るう。


メイスは寸分の狂いなく脛を捉えた。

グリーブは砕け、中の脛に強烈な一撃を与える。

振り抜くと砕けたトロールの脚は飛び散る血と共に踵が背中に付くほど跳ね上がる。


一撃で片脚を再起不能にされたトロールは宙を一回転させられ、なす術をなく体を地面に投げ出されてしまう。


トロールは起き上がろうと両腕を地面に付け、片脚を使い起き上がろうと必死に藻掻く。


そこでトロールの傍に立つフィランから視線を送られた。




──殺れ




この女の子はどうしてそう物騒なのか。


内心苦笑いながら、息を大きく吐き出し柄を握り締める。


ゆっくりと刀を鞘から抜刀していく。

鞘から垣間見えるのは太陽の光に照らされ煌めく刃ではなく、全てを飲み込む漆黒に染まった凶刃だった。


一度軽く刀を振るい目の前の敵を睨み付け改めて殺す相手だと確認する。


目の前の物は敵だ。

その敵は生きている。

その敵は魂がある。




──なら、この刃で殺せる




「『一撃必当』………!」


相手は地に手を付けて対処できない。

動く為の足は潰されている。


動けない、抵抗できないトロールに慈悲を与えず、ただ進む。


フィランの横を通り抜け、トロールの懐へ入る。


そして、振るった。


「セイッハァァァァァアアアア!!!」


漆黒の刃は鎧をすり抜け(・・・・・・)、トロールの体を切り裂いて行く。

肉を引き裂く感覚を感じながら、左肩から右脇腹まで一閃。


鎧には傷一つ付かず、鎧と体の間から赤黒い血が溢れ出す。

粘液質な血が緑色の大地を汚していく。


一瞬硬直した巨体が糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

体を投げ出されると地面が軽く揺れる。


柄を軽く叩き刀に付着した血を落とす。

体の横で回転させながら鞘に納刀した。


血を広げるトロールの死骸に近寄り、軽く蹴る。

目は瞳孔を開き、完全に事切れていた。


「よし、終了ー。俺達、大勝利ー」






♠︎






「何、今の?どうして鎧が切られてないの?」


トロールを仰向けにし、鎧を観察しているとフィランに話しかけられた。


一瞬だけ教えるべきか迷ったが、自分とフィランは知った仲に隠す事では無いので教えることにした。


「簡単な話だよ。俺には『死神の愛』とは別にもう一つ恩恵があるんだよ」


本来、自分に恩恵があるかどうかを知らせてくれるのは神の声を聞く神官により知らされる。

街に一人だけ神官がおり、子供の出産には神官が立ち合うのが世界の掟とされている。


そして、どういうわけか自分には二つある。

神官に知らされた時、大騒ぎになったらしいが自分の両親が揉み消したらしい。

顔も見たこと無ければ声も聞いたことがない親だが、そこだけ気になって仕方なかった。


親代わりだった者曰く『異なる世界が私達を呼んでる!!』と叫んで出て行ったらしい。


「恩恵が二つある奴なんて聞いたことないんだけど」


「おう、俺も俺以外に聞いたことがない」


カラカラと笑う自分にフィランは眉を顰め、怒気が滲み出ている。

これはまずい、と背中に薄ら寒い物を感じつつ、恩恵の説明をする事にした。


「恩恵の名前は『一撃必当』。これは発動すると一撃だけ必ず当たるんだ。例え、どんなに盾で阻まれようとも、鎧で邪魔されようとも、すり抜けて生身に当ててしまう………まぁ、弱点もあるんだけどね」


説明を中断し、刀を抜刀する。

刀身は先程と同じ漆黒に染まった色をしている。


左右に数度振るい、目の前に飛ぶ蝶目掛け振り下ろした。

そして、僅かに羽に触れる距離で止める。


蝶は驚いたのか自分から距離を取ろうと逃げるが俺はもう一度その蝶に刀を振るう。

今度は止めず振り抜いた。


だが、刃は蝶をすり抜ける。


蝶はヒラヒラと羽を忙しなく動かしながら森の中へと消えて行った


「当たったら同じ相手には二度と当たらないんだよねぇ。それがどれだけ足掻いても、俺が相手に殴りかかっても、石投げつけても、永遠に当たることは無い」


「使い手によっては役に立たない恩恵ね」


「ハハハ、正にその通りだな」


フィランの的を得ている返事に思わず笑ってしまう。


無理矢理、話を中断させ、次に目の前で倒れているトロールの死骸について話をする事にした。


「さてと、どうしてここに『鎧持ち』──魔王軍の魔物がここにいるのかね?」


生きる者の魂を何百も吸い込み知性と理性、強靭なる肉体を持った存在──魔族。

その魔族と魔物を支配する王──魔王は聖女によって倒されたとされている。


だが、残された魔族達は新しい魔王と共に魔王軍を再編成。

今でも世界を暗躍しており、時折どこかで魔族が出現したと言う話も出ている。


「ベンベルグを狙っているって考えるのが普通だけど、街には結界があるのよ?それも、聖遺物の結界が」


「まぁ、そうだよね。だけどかつて人間を脅威に晒した魔物達が何も考えずここを襲うとは思えない」


魔族達は魔物が魂を吸い込み進化した者。

中には人の魂もあるが故に並外れた知性を得る者もいるのだ。


それは最早人間と同等以上。

魔物を引き連れた奴らは正に一騎当千の将となっている。


その力こそ聖女が存在していなければ人間の殆どは魔王軍の奴隷となっていた、と言われる程である。


「魔王軍が街に攻め込む確信があるってこと?」


「多分、ね。ここは流通の中心の街だ。落とされればこのログナス王国もたまったもんじゃない」


おそらくはログナス王国全ての物資の流通が止まる可能性がある。


「ま、私達がどうこうする話じゃないわね。ギルドに言った方がいいわよね」


「だな。じゃあ、依頼の報告も兼ねてとっとと帰るか。俺も依頼は終わってるし」


懐にある袋の中にはフィランに会う途中までに採った薬草が入っている。

子供にとったら良い小遣い程度だろうが、飯を食うには十分だ。


「ねぇ………」


今日の晩御飯は何だろうか?

アリアの食事に胸を踊らせていると、フィランが声をかけてきた。

彼女にしては珍しく弱い声音だった。


「どうした?」


「アンタ、不幸なのよね?」


「まぁ………そうだよな」


「酷い目にあって、それでも頼まれたからって理由で旅を続けるの?」


「あー………」


頼まれたが止めるのはできる筈なのでは?


おそらく彼女はそう言いたいのだろう。

自分が望まない旅を続けていると思っているのか。

自分が不幸なら旅になんか出ずに、どこかで静かに暮せば良い筈だ。


普通に考えればそれが普通だろう。

だが、自分は少しだけ事情がある。


「俺は頼まれたから旅に出ている。そして、不幸な目にもあっている。でも、苦ではないよ。俺の裁量で、俺の気持ち、本能に従って、俺が決心しているからこそ、俺はどんなに辛くても歩いて旅して行けるんだ」


自分の言葉にフィランは顔を俯かせる。

動かないフィランが気になり近づこうとするが、フィランはそのまま歩く。


「………馬鹿みたい」


すれ違いざまにフィランはそう呟くと、地面に足跡を残すくらいズンズンと大股で前を歩いて行った。


「あり?俺、何か怒らせる事言ったかな?」


今までの事を思い返してみながらも、思い当たることが見当たらない。

頭の上に疑問を浮かべ、首を傾げながらフィランの後を追うために歩き始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ