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第五話

「本当にありがとうございます、レイジさん。荷物持ちをしていただいて」


「これぐらい御茶の子さいさいよ。アリアさんみたいな美人と買い物行けるなんて逆についてるよ」


「やだ、もう美人だなんて………」


食材が入った籠を背中に背負っている自分の隣で、口に手を当てて笑うアリア。

非常にときめいてしまった。


今、自分達はベンベルグの一番露店が多い通りに来ている。

通りの幅は狭く、空いた場所は人並みにより蹂躙されていた。

人と人の間を通ったり、無理矢理道を作ったりして歩いていた。


ここにいるのも、つい先程、アリアに買い物に付き合って欲しいと頼まれたからである。

何やら食事の材料がきれかかっているとか。


アリアは客人である自分ではなく子供達と共に出かけようとしたらしいが、フィランがレイジを使えばいいと具申を申し上げたらしい。


自分としては断る理由もない上に泊まっている身なので喜んで行くことにした。


そうこうして歩いていると、とある所で足が止まる。


目の前にはこの街にしては大き過ぎる教会。

神殿と間違えそうなそれは神秘的な光を放っているように見えた。


聖遺物がある聖女教の教会──ベンベルグ教会だ。

どうやらいつの間にか、街の中心に来ていたようだ。

周りには物珍しそうに見ている観光客らしき人達が群がっていた。


聖女教はその言葉通り聖女を信仰している宗教の事だ。

この世界の開拓された至る所に教会がある程、広まっており、この世界の一般的な宗教でもある。


「そう言えばアリアさんって教会のシスターだよな?何であの教会じゃなくて孤児院にいるんだ?」


ふと思った疑問をアリアにぶつけてみる。

そう言うと彼女は昔を懐かしむような目になった。


「私、あの孤児院の出身なのですよ。今はもう亡くなられましたが当時、院長だった方がシスターでした。私は時に優しく時に厳しく、己を曲げないその姿に憧れを抱いていました。だから、その背中を追ってシスターになったのです。そして、あの孤児院を引き継ぎました」


まだ追いつけていませんけどね、と軽く舌を出しながらお茶目に言うアリア。

非常にときめいてしまった。


「ピリカは服屋さんでルーンはお花屋さん、ハルムは料理屋をカラムは鍛冶屋を、そして、クリムは………冒険者に。皆、それぞれ未来を思い描いています」


「クリムが冒険者になるのは反対か?」


クリムの時だけ顔を暗くするアリアを見て、そう尋ねる。

アリアは首を横に振った。


「いえ………いや、正直に言うと反対です。あの子が旅立ち、何かあったらと思うと………でも、これは私の私情。それであの子を止める理由にはなりません」


これが保護者としての彼女の思いなのだろう。

何時からか自分は知らないが長い時間を共にしてきた家族だ。


冒険者は常に危険と隣り合わせ。

魔物とは一日一回以上は戦う。

下手すると誰にも知らされず、記憶に残されずにひっそりと死ぬ事もある。


家族が死ぬのは耐えられない。

家族の夢を止めることはできない。


アリアはずっと前からその堂々巡りの自問自答を繰り返していたのだろう。

しかし、ケジメをつけてクリムの夢を優先させたのだ。


強い女性だ、と思う反面、どこか押し殺しているその顔が気になってしまう。

だが、自分はこの家族とは関係の無い赤の他人だ。

ズカズカと入り込み、あれこれ言うのは間違っている。

故にこのまま置いておく事にした。


「さて、暗い話はここまでにしておきましょう。レイジさんはこの後、何かご予定が?」


「この後はギルドに行って依頼を受けようと思ってるよ。なるべく草原辺りに出ている魔物を狩りに行こうかな?」


「あ、でしたら、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」






♠︎






城門をくぐった後にある大草原。

自分が裸で魚取りしていた川がある森に入る一歩手前辺りに彼女はいた。


周りには体が歪に曲がったり、顔が潰れたりしている猪のような魔物の死体が数体転がっており、フィランはその一体の上に座っており空を眺めていた。


「フィランさーん、アリアさんお手製の昼飯を届けに来たよー」


手をおおきく振りながら近づくと最早恒例となったフィランの苦虫を潰したような顔を拝むことができた。


「アンタ、いい加減にしなさいよ………私に深く関わるなって言ったでしょ。死にたいの?」


「よくよく考えてみると孤児院に泊まっているフィランさんに言われても説得力が無い気がするのだが?」


「うるさい」


ピシャリと一言だけ口に出すと、立ち上がり魔物の皮剥ぎを開始した。


それを端に自分はアリアから受け取った小さな籠を開け、自分の昼飯を頂いた。


パンとパンの間にハムを挟んだだけの簡単な昼食だが、ハムに塗っている汁がハムとパンの良い味を引き出しており食欲が進んだ。

どうやって作るのか聞いてみても彼女は『秘密ですっ!』と言うのだろう。

非常にときめいてしまった。


剥ぎ終わったのを見て籠を渡す。

フィランは何も言わず受け取ると黙々と昼食を食べ始めた。


空を眺めると青空を彩るように雲が自由な形をとりながら浮いていた。


突然、膝に軽い何かが乗せられる感覚に視線を戻すと、目の前にフィランがいた。

そして、自分を指差す。


「この際、しっかりと教えてあげるわ。私は『恩恵持ち』なのよ。それも最悪な『恩恵』のね」


──恩恵

何万人に一人の確率に宿るとされている謎の力。

神が与えているのではないか、と言う者もいれば聖女による力だ、と言う者もいる。


そして、人間が作り上げた魔法とは違う人智を超えた力を持った者を『恩恵持ち』と呼ぶ。


「『聖女の微笑み』。それが私の恩恵。自分が幸福となる代わりに周りにいる他の者に不幸が降りかかる恩恵よ」


「ほぉー、俺にも似たような恩恵があるぞ?」


自分の言葉に驚いた表情をするフィランを無視しつつ言葉を紡ぐ。


「『死神の愛』。自分が不幸となる代わりに周りにいる他の者に幸運が舞い降りる恩恵だよ」


実は自分はベンベルグに来るまで結構不幸なことが多かった。


ベンベルグに行こうと歩き始めていた頃だった。

偶然知り合った旅団の荷車で寝ていたら、いつの間にか山賊に拉致され、山の洞窟にあるアジトの檻に閉じ込められていた。


『これは経験上、奴隷市場行きだな』と思っていたら、酒に酔って全裸になった山賊が『合法ロリサイコォォォオオオ!!!!』と謎の言葉を叫びながら松明を持って火薬とか油等をしまっている部屋に突っ込みアジトが炎上。


鍵を持った山賊が慌てて逃げて鍵を檻の前に落としたので慌てながら脱出した。


また歩いていると、旅をしながら各地で芸を見せる旅団に出会った。


非常に友好的で『近くの街まで送ってあげる』と言ってくれたので、甘えて乗せていってもらうことにした。

『明日には街に着くよ』と旅団の人はそう言ってた時だった。


何故か魔物が入っている檻の鍵が突然壊れ、牛のような巨大な魔物が大暴れ。


必死こいて逃げていると背中を思いっきりその魔物に突き飛ばされ、『あ、意外とまともな不幸の会い方………』と思いながら先にある谷へと真っ逆さま。


そのような苦節折々があり、何とかベンベルグの街に着いた時には下着一枚で、門番に怒られたのは記憶に新しい。


「何で不幸なアンタが今こうして私の目の前にいるのよ。普通死んでるんじゃないの?」


「それも死神の愛の特性だよ。寿命で死ぬまで、自殺しようにも他殺されようとしても“死ぬことが許されない”。ナイフで首を切ろうとしてもナイフが折れ、致命傷を受けても“運悪く”生きてしまう。ぶっちゃけた話、恩恵と言うよりも呪いだよな、これ」


「余計に意味分からない………どうしてそれなのに旅に出てるのよ」


「そうだなぁ………」


自分が旅に出る理由。

遡れば五年ほど前の話になるが、彼女に話す道理は無い。


「強いて言うなら、頼まれたからかねぇ………」


ぼやかしてそう言う。

フィランの顔を見ると納得のいかない表情を浮かべていた。


「………本当に意味分からないわよ」


「それはそうだな。分かったら予知者だよ」


「………」


「………」


どうして自分達はこう会話が続かないのだろう。

果たしてどうやってこの場を乗り切るか、そう思い何か言葉を出した時だった。




自分達に影が落ちる。




薄い雲の影とは違う近距離に何かがいる真っ黒な影に、反射的に手が己の武器に触れる。


「じゃあ、ここにいる魔物はアンタの恩恵のせい?それとも私の恩恵のせい?」


「うーん、俺的に偶然じゃないかなぁ?」


影が動く。

またも体が勝手に動き後ろに飛び跳ねる。

その直後、地面が砕かれる音と共に土煙が巻き上がった。


着地と同時に足を踏ん張り後ろに引かれそうになる勢いを殺す。

襲いかかる土煙に目を細めながら待つと次第に視界は晴れていく。


正体が分かり、訝しい顔を浮かべる。


自分達がいた場所には巨大な鉄の棍棒。

それを持つのは土色の肌を持つ巨人だった。

成人男性三人分の身長に筋肉隆々の体は厚い脂肪に覆われている。


巨大な魔物──トロールだ。


自分達の前にいるのは確かにトロールなのだが、自分達が疑問に思うのはその姿にあった。


「どうしてここに『鎧持ち』がいるんだ?」


このトロールは鎧を着ている。

普通のトロールとは違い、このトロールは“文明”を纏っているのだ。


文明を持つ魔物。

それが意味するのは………


「そんなの考えるのは後でいいわよ。まずは──」


自分の思考を止めるようにフィランが一歩踏み出しメイスを構える。


それを見た俺は刀を抜刀。

柄を肩上まで上げる。


「──死ぬまでぶっ叩く」


「ハハハ、それ賛成」




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