第四話
時間は流れ日の暮れた夜。
夕食はアリアのお手製だった。
簡素なスープながら深いコクと後味がアッサリとしており非常に美味だった。
どう作ったのか聞いてみるとアリアは片目を瞑り『秘密ですっ!』と答えた。
非常にときめいてしまった。
今は自分が泊まる部屋、つまり男子部屋でクリムと話していた。
二段ベッドが二つ並べられており、男の子は三人いるので空いているもう一つのベッドを使わせて頂いている。
クリム以外の男の子は只今水浴びをしており留守である。
自分とクリムは椅子に座っており、クリムは興奮した様子で俺に詰め寄っていた。
「凄いな、お兄ちゃん!フィラン姉ちゃんと同等にやり合えるんだからさ!」
「ハハハ、至る所危なかったけどな。何故か途中から試合から死合になってたしよ」
「それでもお兄ちゃん凄ぇよ!だってフィラン姉ちゃんってギルドだと二等級なんだぜ!?十分凄いって!」
凄い、凄ぇ、を連発しまくるクリムに自分は後頭部を掻く。
正直自分としてはあまり実感がない。
と言うより自分の剣技は初撃を止めとして使うので相手は一撃で死んでいる。
しかも、自分に備わっている『力』的にも一撃で終わらせないといけないので相手の隙を突かないといけないのだ。
故に実力を感じず殺してしまう事なんてザラにあった。
「それにしてもフィランさんってこの孤児院に何時からいたんだ?」
「えーと、一年前くらいかな?俺が魔物に襲われかけた所を助けてくれたんだ」
「へぇー、まるで物語みたいな出会いだな」
裸一貫で出会った俺とは違うな、と心の中で呟いとく。
男と女が逆だがいつか行商人が運んでいた本で見た物語を思い出す。
流浪の騎士がお転婆なお姫様を助け出す話だったが、どうも連想させてくれる。
「そして、腹ペコでぶっ倒れてた」
「物語みたいな出会い、台無しだな」
自分の感動を返して欲しい。
「それでここで泊まって『一宿一飯の恩』って言いながら一泊よりも多いお金を出してくれたり、お手伝いもしてくれているんだ」
思わずマジか、と口から出てしまった。
反射的に咳をして誤魔化すが、クリムに聞かれてないようで安心する。
あのフィランがそんな律儀な事をするなんて思えなかった。
いや、食事の時でも子供達に苦手な食べ物を食べさせていたし、水浴びも女の子と一緒にしているらしい。
「フィラン姉ちゃんって素っ気ないけど本当は優しいんだよ。俺に剣を教えてくれているし、アリアさんが家事している時に皆の相手をしているしさ。あいつら最近文字読めるようになったし、計算もできるようになったんだぜ?それも全部フィラン姉ちゃんのお陰なんだよなぁ」
ほぉー、と返事を返しつつクリムの顔を見る。
自分の褒めている時よりも心無しか早口である。
しかも、何処か忙しない気がする。
「お前、フィランさんの事好きだろ?」
そう言うとクリムが固まり、数秒の後、顔が熱した鉄のように真っ赤になった。
そして、椅子の上でバタバタと慌て出す。
「んななななななな、なわけねぇだろぅですが!?」
「落ち着けって。と言うか分かりやすいな、お前」
「うぅ………」
自分としては当てずっぽうで言ったつもりがどうやら正解だったらしい。
「まぁ、フィランさんは綺麗だしなぁ。美人だしなぁ。でもどーしてちみがフィランさんが好きなのかなぁ。理由しりたいなぁ。なぁ。なぁ。なぁ。なぁ。なぁ」
「分かった!分かったから、その首を振りながら近づくのはやめろ!」
前屈みになり首を横に振りながら椅子を引きずり近づいていくと、観念したようにクリムが俺の肩を押して引き剥がした。
恥ずかしそうに俯きながら『まず俺が鍛錬している理由から始まるんだけどよ………』と前置きをし、ぽつりぽつりと話だした。
「俺、強くなりたいんだ………死んだ父ちゃんと母ちゃんは冒険者で色んな所を旅してたんだ。だから、俺は知りたいんだよ。父ちゃん達が見ていた世界がどんな物なのかを」
──世界。
この世界は限りなく広い。
冒険者という存在が生まれてから約百年だが、それでも未開の地が多いと言われている。
故に冒険者は噂でしか聞かない場所を追い求めて旅をする奴もいる。
クリムの両親はそう言う人物だったようだ。
「だから、フィラン姉ちゃんくらいに強くなれたら俺も旅に出ても問題ない筈だからフィラン姉ちゃんに戦いの仕方教えてもらってたんだけど………」
「教えて貰っている内に恋心が芽生えたと」
自分の言葉にクリムは俯いたまま顔を赤くした。
「………でも今のままだと俺なんかじゃあ釣り合わないって分かってる。せめてフィラン姉ちゃんに一撃入れるまで強くなってやるんだ!そして、告白する!」
意気込んだ勢いで椅子から立ち上がるクリム。
その決意の固さに自分は拍手を送る。
「おー、いいねぇいいねぇ。お兄ちゃんはその恋が成就する事を応援するよ。よし、未来の冒険者の予習の為にお兄ちゃんが今まで旅して来た所を話しようではないか!海のように広い湖、火を噴く山、雲の海、何でも話してやるよ」
「うぉぉおお!!本当かお兄ちゃん!」
「勿の論だ!では先ずはデデドン族に会った時の話をしようか。あれは行商人の荷車に乗っていた時だった────」
♠︎
『ねぇ、知ってる?世界って広いんだって』
『そっか知らん』
『もしさ、私達が十五歳になってこの戦いが終わったら旅に出ない?世界には摩訶不思議な景色があるんだって!』
『例えば?』
『うっ………それは知らないけど………でも!歩けば分かるよ!歩いて行けば、いつかその場所に辿り着けるんだよ!』
『あっそ』
『………何でそんなに興味無さそうなの?』
『興味無いから』
『………レイジのバカッ!何よ意気地無しっ!』
『いや、意気地無しは関係ないだろ』
『口答えしないっ!!』
♠︎
「オグっ!?」
突然に襲う脇腹の衝撃に夢という名の海に浸っていた自分の意識が無理矢理覚醒させられる。
脇腹を擦りながら周りを見ると何故か俺の寝ているベッドにクリム含める男の子三人が気持ち良さそうに寝ていた。
あの後、男の子二人を混ぜて話していたがアリアの『寝なさいっ!』の一喝で強制的に終了となった。
別々のベッドだった筈なのにどうしてこうなった。
もう一度寝ようと後頭部を枕に埋めるが、どうも睡魔は自分を夢の世界に誘ってはくれなかった。
子供達を起こさない様にゆっくりとベッドから降り、部屋を出る。
誰もいない孤児院の出入口を潜って外へ向かう。
しかし、自分はこのベンベルグに来て知っている場所は手の指くらいの数しかない。
とりあえず頭に入っているクリムとフィランが鍛錬していたあの広場に向かう事にした。
道順はまだ覚えていたので特に苦労せず何とか広場に着いた。
空を仰ぐと雲の隙間から満月が覗いており神秘的だった。
月と言うのはどの場所から見ても同じだが、変わらないでいるその姿に安心感を持つことができる。
視線を元に戻し積み上がった廃材の方へ向かうと先客がいた。
動きやすい薄着を着たフィランだった。
「あれ、フィランさん?フィランさんも寝れなかったの?」
「どうして私が行く所にアンタがついてくるのよ………」
相変わらずのジト目で見下ろすフィランの横には酒ビンが置いてあった。
どうやら晩酌していたようだ。
「あれだよ。運命の赤い糸に結ばれ………ごめんなさいごめんなさい。謝るからその持った廃材を下ろして下さい」
本当に魔法も使ってないのにどうしてそんな怪力なのだろうか。
青く澄んで光るような美貌、すらりとした流麗な曲線の体の持ち主である彼女は百人中百人が振り向くだろう。
どう筋肉の質が違えばあのような怪力になるのか。
気にはなるがとりあえず頭の隅に置いておく。
廃材を下ろして酒ビンを仰ぐようにして呑むフィラン。
空気が気まずいので何か話をする事にした。
「でも意外だな。フィランさんって結構他人を拒んでいるように見えたんだけど、ここを拠点としている所を見るとそうでもないのかな、って思えるな」
「別に。そうでもしないとあの子達が五月蝿いのよ。『宿に泊まる』って言っても皆して服掴んで『嫌だ』って言うし、いい迷惑だわ」
「その割には顔が綻んでいますよー」
自分の横に廃材の先が通り地面を砕いた。
「あの、水浴びした後に汚さないで頂きたいのですが?」
「なら甘んじて受けなさい。そして、死ね」
「理不尽だぁ………理不尽の塊がここにいる………」
「どうも理不尽の塊、フィランです」
そこで一度会話が終わる。
またもや空気が気まずくなってきた時に溜め息混じりにフィランが口を開いた。
「まぁ、くっつき虫の貴方には一応言っておくわ」
真っ直ぐと琥珀色の瞳を自分に向けながら彼女は言葉を紡ぐ。
「私に深く関わり過ぎると死ぬわよ」
それはとても物騒な言葉だった。
だが、月明かりに照らされた彼女の姿はいつか本で見た聖女と重ねてしまう程、美しかった。