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第三話


「本ッッッッ当に申し訳ございません!!」


「いやいや、そんなに深く謝らなくていいからさ。頭を上げて上げて」


如く勢いよく頭を下げる目の前の女性──アリア。

腰まである麻色の髪が一瞬舞い上がり、そして頭に引っ張られ急降下する。


彼女の姿は白と水色を基調とした服──聖女を信仰する聖女教会の正式な制服だった。

それだけで、この場所は聖女教会が運営していると分かる。


アリアの周りには五人の子供達。

三人の男の子と二人の女の子。

歳は一桁くらいの子から十歳前半までといずれも成人になる前だ。


要するに、フィランが案内したここは孤児院というわけである。


目が覚めると並べられた椅子の上に寝ており、固くなった体を解しながら起き上がるとそこには五体投地してあるアリアが。

自然な動きで土下座へと移行し、頭に地面を擦り付けるかの勢いで下げ始めた。


周りには鼻ほじったり、欠伸したり、くしゃみしたり、謎の踊りしたり、夜叉の構えしたりしている子供達がいて、とても言葉では表現出来ない光景だった。


そして、アリアの謝罪から始まり今に至る。


「そうだよ、アリアさん。お兄ちゃんが許してくれてるんだしさ。さっさと頭を上げなよ」


「元はと言えば主犯の貴方のせいでしょうが、クリム!!」


アリアは最年長の少年──クリムという男の子の頭に拳骨を落とした。

カコーン、と気持ちの良い音が響く。


どうやらこのクリムは俺を物理的に吊るし上げた罠を作ったり、奇襲を指示したりと主犯格だったらしい。

怒る気は無いし、それどころかよくあれだけの罠を作れたと賞賛したいくらいである。


「あいでぇっっ!?アリアさん、拳はやめてっ!?」


痛さに蹲るクリム少年が涙目と共に訴えると、アリアはクリムの頭を鷲掴みにして無理矢理下げた。

勢い余って床に打ち付けていたのはご愛嬌。


「フィランさんがようやく私達を頼って連れてきてくれたお客様にこんな仕打ちをするなんて………」


「いやいや、俺は今晩泊まりに来ただけだからさ。別に子供の可愛い………にしては凝りすぎだけど、単なる悪戯なんだから怒ってはいないよ」


土下座の姿勢から動いてくれないアリア。

怒っていない事を何度も言っているとフィランからの支援が入った。


「そうよ、アリア。それにコイツ、さっき私を誘っていた男二人に突然襲いかかって気絶させたりしてるから腕が立つわよ。門番に使ってやればいいのよ」


「フィランさん、それだと俺は犯罪者、それも男色趣味の変態という誤解を招いてしまうんだが………」


「「「お兄ちゃん、男好きなの!?」」」


「ほら、子供ってちょー純粋」


「貴方達、お黙りなさいっ!」


背もたれを前にして座っているフィランの言葉で収拾がつかなくなってきた所でアリアの一喝が入り、子供達は収縮してしまう。

クリムは土下座体勢だが。


「例え男色趣味な人でもお客様はお客様!貴方達が危害を加えたと言う事実は変わりませんっ!罪を償う為、レイジさんにはしっかりとしたおもてなしをするのです!」


「「「はーい!」」」


「俺が男色趣味なのは確定なのね」


「ではレイジさん、腕によりをかけてとびっきりの料理を作りますからお暇になるので、外をぶらついてて下さい。こんな所だとゆっくりと寛げませんしね」


先程とは優しい声を出してそう言うアリア。

別に構わない、と返事しようとした時、クリムの顔が突如上がり、俺に詰め寄って来た。


「じゃあさ、お兄ちゃん!俺の鍛錬を見てくれよ!お兄ちゃんって冒険者なんだろ!?」


因みにアリアがクリムを睨みつけていたが本人は気づいていない。


「あー、必要な時しか依頼を受けてないから未だに五等級だけどな。まぁ、今は予定なんて無いから見るだけならいいぜ」


「本当に!?じゃあ、今すぐに行こうよ!鍛錬している場所はすぐそこなんだ!」


嬉しそうに立ち上がり俺の腕を引っ張るクリムは、次にフィランの方へと顔を向けた。


「というわけでフィラン姉ちゃん!いつも通り教えてくれよ!」


「あれ?フィランさんが教えてるの?」


自分の口から自然と出た素朴な疑問にフィランからの答えは視線を逸らすだけだった。






♠︎






孤児院を出て路地裏の奥へ進むと、家同士が背中を向け合う事で出来た広場に出た。

大きさは大人三人程が運動しても支障が無い程度である。


そこには木刀を持ったクリムと向き合うように立ち、同じく木刀を持ったフィラン。

そして、自分は廃材の上でその様子を眺めていた。


「準備はいいかしら?」


「おう!今日こそ一太刀入れてやる!」


腕をグリグリと回しながら答えるクリム。


フィランの視線を受け、金貨を握り拳の親指の上に乗せ、軽く上へと弾いた。

形がぶれる程に回転する金貨は最頂点に達すると重力に従いゆっくりと降下していく。


そして、地面にぶつかり、甲高い音を鳴らした。


「やぁぁあ!!」


先手必勝、とクリムが木刀を振り上げフィランの脳天を狙う。

予備動作が大きく明らに読める剣の軌道。

フィランは表情を変えず涼しい顔でそれを避ける。


だが、クリムの剣の軌道は未だに終わらなかった。

前足にしている右脚を軸に回転し、横薙ぎで追撃を行った。


「へぇ………」


数歩進み、関心したような声を出すフィラン。

間合いに入ると同時に木刀を持った手を抑える。


「その動き、読めてるぜ!」


クリムは剣を持った手を無理矢理下へ動かす

と同時に地面を蹴る。

フィランの肩程しかない体が宙を浮く。

そして、右脚を天高く上げ、己の手を掴んでいるフィランの腕目掛けて踵落とし。


フィランは咄嗟に手を離し、後ろへ大きく飛び退いた。


「おおっ」


この機転の効き方に俺は自然と喉から驚きの声が飛び出した。

見た感じだと十数歳の少年だが、そうとは思えない程の身体能力だった。


「そこそこ出来るようにはなってきたわね」


「当たり前だろ!フィラン姉ちゃんが見てない所で素振りしまくったからな!」


「じゃあ、次の段階に進みましょうか………今日は笑えなくしてあげるわ」


「………へ?」


突然の宣告に呆気に取られるクリムを無視するかのように動き出す。

僅かにクリムの間合いに入った時、クリムは慌てて木刀を突き出す。


しかし、それは先程と同じようにヒラリと躱される。


「はい、体勢が崩れ過ぎ。足が浮いてるわよ」


そこで初めてフィランが木刀を振るう。

狙う先は無防備なクリムの脛だった。


「い゛っ!?」


脛をぶつけられたクリムの喉から濁った声を出した。

あれは確かに痛い。


「ほら、休んでる暇は無いわよ」


痛みに蹲ろうとするクリムにフィランは返す刀で木刀を踵にぶつけ、半円を描きながら上へと振り抜く。


「どわっ!?」


クリムの体は勢いよく二回転程回り、地面に仰向けに倒れた。


「ほらほら、いつまでお昼寝してるの。言ったでしょ、笑えなくしてあげるって」


小さく微笑むが笑うフィランを初めて見たが、悲しいかな状況が状況なので全くときめかない。

鼻水と涙を流しながら怯えるクリムに木刀で肩を叩き、女神かと思える程の微笑みを浮かべながら近づいて来るフィラン。


助けを求めるかのようにクリムがこちらを見ていたが、とりあえず目を逸らしておいた。

『裏切り者ー!』と聞こえるが知らない。


この後、凄くボコボコにした(フィランが)。






♠︎






「グスッ………えっぐ………痛いよぉ………」


「あー、よしよしー。男の子は泣いちゃ駄目だぞー。男が泣いていいのは親が亡くなった時と財布を落とした時だからなー」


至る所がボロボロになったクリムが自分の腰に抱き着きながら泣いていた。

どうしてこうなった。

自分には男色趣味は無いと言っていたのに。


「体勢崩し過ぎ。そして、体勢を整えるのに時間がかかり過ぎなのよ。何?アンタの為に敵はわざわざ好機を潰してにこやかに待っていてくれると思ってるの?バカなの?アホなの?死ぬの?つーか、死ぬ。絶対死ぬ」


「うわぁぁぁぁあんん!!!」


フィランの放った矢の如き言葉が容赦なくクリムの心を抉った。

背中を叩いて慰めてあげる。


「まぁ、クリムよ。要するに重心が上がっているんだよ。重心が下がっていると脛の一撃も何とか対処できた筈だぜ?」


腰に涙と鼻水擦り付けながら頷くクリムをやんわりと離しつつ外していた刀をベルトに佩く。


「どうせならフィランさん、やらないか?これでよ」


自分の腰に佩いている刀を指でトントンと叩く。

どうやらフィランとクリムの鍛錬の様子を見ていて動きたくなっていたようだ。


「………」


フィランは何も言わず木刀を投げ捨てると、広場の入り口へ行き、置いていたメイスを持ち上げた。

意外だが、どうやら付き合ってくれるようである。


「実践形式で行うとして、フィランさんはメイス、俺はこの刀を使う。相手が参ったと言うまで続けること。相手を傷付ける寸前で武器を止めること。これの他に何か付け加える事はある?」


「魔法は使わない。それだけしかないけど、いいでしょ?」


「おう、問題ないよ。じゃあ、お互い………」


「えぇ、正々堂々と……」


自分達は己の武器を構える。


自分は刀の先を空に向け、肩まで持ち上げる。

フィランは腰を低くし、メイスの先を背後に持っていく。


そして、薄く笑った。


「「ぶっ殺す」」


「物騒っ!?」


クリムの突っ込みが入り、試合が開始する。


お互いその場から一歩も動かず相手の動作に対し敏感になる程、神経を研ぎ澄ませる。

時間にしてどれくらい経ったのだろうか、考える事は行わない。




──考えたら殺される。




それ程、フィランは動かないながらこちらの間合いに入る準備を整えていた。

その姿はまるで獲物に飛びかからんとする獅子のようだ。


対する自分はゆっくりと左へ半円状にフィランへと近づいて行く。

するとフィランも同じく足を地面するようにして自分と距離を空ける様に同じ方向へ進む。

片時も視線を逸らさず、渦巻きを描きながらお互い近づいていく。


相手の顔、手、脚は見ない。

相手の胸を見る。


一は見ない。

全を見ろ。

相手の動きに本能のまま対処する。


そして、フィランの間合いに俺が入った。


「ッ!」


鋭利な打突部分がぶれたかと思うと、次に見たのは天へと向けている時だった。

そして、直ぐに急転直下。

その細腕でどうやって繰り出しているのかと思える程の速さで頭を狙ってくる。


体を態と右へと倒し、地面を思いっきり踏み付ける。

急激な加速でフィランの側面に回り込んだ。


自分がいた所からメイスによる轟音が響く。

耳が劈くような音だが動きを止めない。


更に一歩踏み出し、刀を袈裟斬りでフィランを襲う。


だが、腹に痛みと共に衝撃が走る。


後ろに吹き飛ばされ、地面を足で踏ん張りながら勢いを殺した。

まるで穿たれたかのような鈍い痛みに自然と咳が出る。


視線の先には足を上げ、足裏をこちらに向けている状態のフィラン。

どうやら自分の攻撃よりも早く蹴っていたようだ。


フィランが地面を小さく跳ね、横薙ぎにメイスを振るう。




──避けるのは不可能




直ぐさま刀を縦にして左腕を峰に押し付ける。


右へと跳ぶと先程の蹴りとは比べ物にならない衝撃が体を突き抜ける。

少しでも力を抜かすと刀が弾かれそうで、押さえ込んでいる左腕がミシミシと泣き叫ぶ。


フィランがメイスを振り抜くと、まるで放たれたバリスタの矢の如く自分の体は壁に向けて吹き飛んだ。


壁にぶつかり、ズルズルと地面にずり落ちる。

鈍い痛みが邪魔して自分の体が上手く動かせない。


しかし、フィランはそんな自分を放って置かない。

メイスの先に付いた針部分をこちらに向け、ランスの突進の様に突っ込んでくる。


このままだと自分は体をひしゃげながら絶命するだろう。


だが、こんな状況だからこそ自分は息を大きく吸った。


深く深く深く、肺を空気だけで満たしていく。

胸が膨らみ苦しくなってくるが、止めない。

鼻から口から空気を無理矢理押し込める。


フィランのメイスが自分に届く範囲に入り、メイスを振り上げようとする、その瞬間。

一気に溜めに溜めていた空気を声という形で吐き出した。


「ウオオオオオオオオオオオ!!!!」


それは空気を破壊する轟音。


空気と人体が痺れるかの如く震え、窓がカタカタと言う。

狭い路地裏で大声は反射し、更にけたたましい。

不意打ちで耳を襲い鼓膜を麻痺させる大声にフィランは顔を顰め、動きを一瞬だけ止めてしまう。


その一瞬だけで自分にとっては永遠の時間となる。

足で地面を踏み砕かんばかりに一歩進む。


右手に持った刀、左手は添えるだけ。

この一撃で相手を殺す。

その思いを込め、刀を振り下ろす。


目を大きく開くフィランはメイスの長柄を横にして掲げる。

刃と棒がぶつかり、火花を散らす。

だが、自分の一撃は止まらない。

持てる力の限り、押し込み続ける。


「──ォォォァァアアアアアアアラアアアアアッッッ!!!」


フィランが大きく後ろへ飛び、狙いを失った刃は地面を薄氷のように割った。


「………」


「………」


お互い動きが止まる。

フィランの表情は笑ってない。

自分も笑っていない。


自分達は笑う事はしない。

このような戦いが自分達の日常だからだ。

朝起き、飯を食い、敵を殺し、帰り、飯を食い、寝る。

生活の一つとして殺しがある。

故に笑えない。


構えはいつも通りの動きで無意識で動く。

刀を立てて足を半歩出す。


相手もそれも同じだ。

メイスの打突部分を後ろへ持っていく。


フィランの方が初速は遅い。

だが、こちらも間合いに入るのに時間がかかる。


自分の刀が先か、フィランのメイスが先か。

否、このままだと同着だ。


それでも前へと進む。


刃の先がフィランの喉元へ、メイスが自分のこめかみに当たる──




「あ、皆さーん、夕餉の準備が出来ましたよー」




──アリアの言葉にお互い寸での所で止めた。


「………」


「………」


フィランは静かにメイスを下げる。


自分は刀を体の横で回転させ、逆手に持つ。

そして、鯉口を峰を滑らせつつ、刀先を鞘に入ると一気に刀身を鞘に収めた。


フィランに向き合い、お互い頭を下げる。


「「ありがとうございました」」



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