第二話
「なぁ、嬢ちゃん、少しでいいから付き合ってくれよ?その肩に乗せた大きい樽を置いてさ。あ、それで殴らないでね?凄く………痛そうだし、ね?」
「何、少し楽しくお喋りするだけだっつーの。それよりも、その肩に乗せた樽、凄く重そうだけど………どうやって持ってるの?どう見ても魔法使ってないように見えるけど………」
「これが女子力よ」
「「女子って怖ぇ」」
何とかなりそうだな。
近くに寄りフィランと二人の男のそんな会話が耳に入り、そう判断してしまった。
いかんいかん、何しに来たんだ自分は。
薄暗い路地裏の入り口辺りまで近づいて見ると、男二人の顔は薄く赤くなっている。
どうやら真っ昼間から酒を呑んでいた様だ。
男二人は最初はフィランに詰め寄るような事を言っているが、視線が大人一人入れそうな樽へと移すと段々と尻すぼみするように小さくなっている。
君ら、女の子誘ってたんじゃなかったの?
何て事を思ったが、華奢な女の子が何の苦労する様子もなく樽を持っているのは異様な光景に感じるのだろう。
現にフィランが少し体を動かすと樽の中からゴトッ、と固いものがぶつかり合う音がしている。
何が入っているか分からないが、取り敢えず凄く怖い。
改めて超怖い。
「何の手伝いか知らねぇけど、そんな事より遊ぼうぜぇ?」
普通なら諦めるのが常識的だろうけど、この二人は何故か恐れない。
それ程、フィランの容姿が良いのだろう。
恐怖を感じて尚進み続ける二人に何となく敬意する。
「悪いけどアンタ達に構っている暇は無いの。そこを退きなさい」
話が平行線になり、心底めんどくさそうに後頭部を掻きながら、通ろうと無理矢理歩きだそうとするフィラン。
「まぁまぁ、そう言わずによ!」
そこへ、男の一人はフィランの空いた方の腕を握り、強引に連れ出そうとする。
俺は即座にその場から飛び出し、男の手を掴んだ。
突如現れた男に怪訝と不機嫌が混ざった表情をする二人。
「………うげ」
そして、フィランは苦虫をかんだ様な顔をしている。
「あぁ?何だ、テ──」
「同じ男同士、痛みは分かるが事前に謝っとく!すまん!死ね!!」
謝罪の後、間髪入れずに脚を振り上げた。
狙う先は男の息子、男にとって大事な所、金色の珠。
相手を持ち上げる勢いで股間に脛をぶつける。
「ふぉぉぉおおお!?!?」
一瞬だけ脛に独特の感触を感じながら脚を下ろすと、相手は天に届くような奇声を上げ、股間を押さえて冷や汗を流しながら倒れた。
「お、おい!?な、何しやが──」
「オラ、お前もじゃぁ!あ、挨拶まだだったな!こんにちは、死ね!」
和やかと殺意を両立させた挨殺と共に脚を振り上げた。
やはり脛に何とも言えない感触がした。
「ぬぉぉぉおおお!?!?」
同じ様に股間を押さえて倒れる男。
頬を何回か叩いて、気絶したのを確認するとフィランに向き直り手を上げる。
「よっ、お昼振りだな、フィランさん」
対するフィランは苦虫を食べ続け、やっとまともな食事にありつけたかと思ったら次にまた苦虫が出てきたような顔をしている。
いずれにしろ、乙女がするような顔ではない。
「………こんにちはさっき振りさようなら喋るな息するな退け去ね去れ退れ散れ消えろ」
「途中から物騒だな、おい」
今倒れている男達よりも幾分か酷い扱いに思わず苦笑いしてしまう。
「アンタ、何時からそこに………いや、まさかずっと追いかけてたの?もし、そうだったら………」
手を掲げ、指を重々しく曲げると関節からパキパキ、と軽い音が聞こえる。
ヤバい、女の子が出来る事じゃない。
慌てて両手を前に出して怪しい事がないのを証明する。
「違う違う!ここにいたのは偶々なんだよ!」
その言葉にフィランは片眉を上げる。
「だったらどうして宿に居ないのよ?もうこの時間だったら宿にいる筈でしょ?」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ………どこも満杯で未だに泊まる宿が見つかってないんだよ」
「ハァ?宿何て幾らでも………あー、なるほどね」
俺の事情を察したのか納得したように頷くフィラン。
「なぁ、フィランさんが泊まっている所とかどこか空いてそうな所知らないか?」
自分がそう言うと彼女は思案顔になる。
何か、ヤバい気がするが娼館に行こうとしていた自分は何ふり構っていられなかった。
「アンタって金あるわよね?」
「まぁ、そこそこはな」
あの時の金はまだ何も使ってない。
あ、デデ丼なる絶望感がする食べ物を食べたがまだまだ金はある。
そう答えると彼女は後頭部を掻く。
「蹴ったことや朝飯を食べたことはチャラ。でも木の実を持ってきてくれたり、さっきは助けてもらったりしたから、アンタに二つ借りがあるって事よね」
彼女は数歩進む。
そして、こちらを振り向いた。
「泊まれる所、紹介してあげるわよ」
日の明かりに照らされた彼女の無表情は何故か救世の女神に見えた。
樽持ってたけど。
♠︎
右左右右左右左と何回か覚えてない程道を曲がり、フィランが止まった所は周りと変わらない煉瓦で出来た建物だった。
要するに一般的な家だった。
フィランが樽を下ろす。
ドスン、と自分の体が少しだけ浮いたのは気のせいだと思いたい。
フィランが木製のドアを開ける。
ギイィ、と錆びた蝶番が鳴る音がする。
家の中に入って目に入るのはテーブル。
何故か球や積み木等の子供が遊ぶような玩具が床に転がっているのが気になるが、良い雰囲気の家だ。
「ほぉー、宿にしては家庭的な雰囲気があるな」
「あ、あんまり入らない方が………」
「え?何か言っ──」
その瞬間、自分の足に何かが巻き付き強い力と共に引っ張られた。
「──たぁぁぁぁぁんんん!?!?」
木の床に後頭部を打ち付け、目の前に星が散らばったかと思ったら、次は引き摺られ家の奥まで連れていかれる。
そして、片脚が上へ引っ張られ、それに釣られ体も持ち上げられる。
腹筋を使い引っ張られている足を見ると縄が結ばれており、そこから梁に伸びて掛けられていた。
腹筋を緩めて何がどうなのか目を白黒させながら逆さまの景色を見ていると、辺りから幾つもの小さい何かが飛び出してきた。
「かかれー!!」
「「「うらららららーーー!!!」」」
「ふぐっ!?ぐがっ!?げぶっ!?ちょっ、何!?何起こってるの!?きょぉぉぉおお!!?誰だ、股間狙ったの!?ま、待て!股間は駄目だ!股間はぁぁぁぁぁあ!!!?」
顔面、両腕、両肩、渠、そして、股間、更に股間、やっぱり股間。
何が起こったのか理解する前に満遍なくぶたれにぶたれ、遂には顎を打たれ意識が朦朧とする。
四重にぶれる視界が俺をフルボッコにしたのを子供だというのが分かった。
数は約五人程。
その中の一番歳上そうな少年の高笑いが家に響く。
「フハハハ!遂に!遂にフィラン姉ちゃんを倒したぞー!!」
「クリムお兄ちゃん、これフィラン姉ちゃんじゃない」
「何だと!?クッ………囮を使うとは流石フィラン姉ちゃん………だが、次の作戦はもう考えている!参謀!」
「いや、もう作戦無いんだけど………」
「ガバガバだなぁ!?」
「アンタ達、作戦って言うなら、せめてもう少し玄関前に置きなさい。ただでさえ私は何回もアンタ達の罠を受けてきたのよ?まぁ、全部未然に終わったけど」
「「「クリムお兄ちゃん………」」」
「大丈夫だ、家族達よ。俺にはお前達がいる。もう、何も残す物は無い。後は任せたぞ?」
「「「クリムお兄ちゃん!!」」」
「征くぞ、フィラン姉ちゃん!俺は、俺の心はアンタの喉元に喰らい付いてみせる!!」
「必殺しっぺカウンター」
「ごっパァ!?」
「「「クリムお兄ちゃぁぁぁぁぁん!!!」」」
「いや、何この茶番………」
何やら揉めている様だがいい加減に降ろして欲しい。
頭に血が上りすぎて目の前がチカチカしてきた。
と言うよりフィランさん、何とかしなさいよ。
何、頬を膨らませて、こちらを見て笑うのを堪えてるのよ。
「あ、フィランさん、おかえりなさい………って何やっているのですか、貴方達!?」
あ、やっと話が通じそうな人が来た………
血が溜まった頭でそう考えた途端、俺の意識は途絶えた。